第67話 結界師は買い物をする
歩いているうちに徐々にミオの頭が冷えてきたようなので、簡単に今日のデートの目的とプランを話した。
今日の一番目の目的はミオの防具を購入することだ。
そのことを説明していると、ミオはコクコクと頷いた。
フォートラン商会に向かう道すがら、いろいろな出店を見て回るうちにミオの頭も冷え、今はすっかりいつもの彼女に戻っていた。
「ねえねえ、シド、あの店も見てみようよ!」
俺たちは自然と腕を組んで歩いた。
キャサリンに借りた服は鮮やかな赤のワンピースで、貧民街を歩くには少々派手な格好だったが、中央街に入っていくにつれて、裕福層の人々も増え、街に溶け込むようになっていった。
冒険者ギルドは政庁の隣にあり、街の中央に位置するが、普段は人の服装なんて気にせず歩いていたので、何か新鮮な感覚を覚える。
そのように思っていると、
「シド様とミオ様でしょうか?」
後ろから声がかけられた。
振り向くとそこには受付嬢のシルビアさんがいた。
彼女を見た時、一瞬、ミオの腕に力が入った。
「こんにちは、シルビアさん」
「こんにちは」
なぜか、ミオの声に力が感じられない。
「こんにちは。お二人でお出かけですか?」
ミオが少しうつむく。
「ええ、ミオとデートです」
ミオが顔を上げて俺を見る。
「デートですか。うらやましい」
「シルビアさんは昼食の帰りですか?」
「はい、たまにはギルド食堂以外でも食事がしたいと思いまして」
「そうですか。良いお店がありましたらまた教えてください。ミオと一緒に行ってみます」
「うふふ、次のデートの情報収集ですか? 計画的にお仕事をされるシド様らしいですね」
「それで、何か御用でもありましたか?」
「すみません。あまり長く話してデートを邪魔するといけませんね。新人試験の時のホーンラビットとグラスウルフの正式な買い取り価格が決まりました。品物はすでに納品が終わり、報酬はいつでもお支払いできる状態です」
「そうでしたか。ありがとうございます。明日のドブさらいのクエスト報告の際に受け取りに参ります」
「了解いたしました。デートをお邪魔してしまい、申し訳ございませんでした。いってらっしゃい」
「はい、行ってきます」
シルビアさんは軽く会釈をして、冒険者ギルドの方へ歩いて行った。
ミオは俺の顔をずっと見ていた。
そして、
「シド、何か変わった?」
と質問してきた。
俺は少し、自分の中で何かの整理がつきつつあるように感じていた。
「ちょっと変わったかも」
俺はそう答えた。
「そっか」
ミオはいつもの笑顔に戻り、俺たちはフォートラン商会へと向かった。
「このたびは、フォートラン商会へようこそ。いつも娘のエミリーがお世話になっております。本日はどうぞごゆっくり、お買い物をお楽しみください」
フォートラン商会に入るなり、いきなり店頭で商会長のトーマス・フォートラン氏からの出迎えを受けた。
俺は剣の納品の時に挨拶したので分かるが、ミオは面識がないので、単に『エミリーさんのお父さんなんだぁ』というような顔をしている。
フォートラン商会はマナエルにおいて押しも押されもせぬ一番の大店であり、その商会の商会長がいきなり店頭で出迎えをしたもんで、店の従業員、来店した買い物客は一斉に俺たちに注目した。
少々、いや大いに目立ってしまっている。
「⋯⋯⋯あ、あの、エ、エミリーさんにはいつも私たちの方がお世話になっておりまして⋯⋯」
周りの目線が気になってまともに返事ができない。
「あれは、お役に立っておりますか?」
「は、はい。ダンさんや孤児院の子たちと一緒に実演販売を頑張ってくれてます」
「そうですか」
そのような受け答えをしていると、
「しょ、商会長、こんなところで何をなさっているのですか?」
と、慌てて奥からサイモンさんが出てきた。
「何を言ってるんだ、サイモン。今や聖樹工房は我が商会にとって最重要なパートナー。その工房長がお見えなのに、お出迎えしないなど失礼だろ」
「いえ、後ほど商会長室にご案内すると、連絡しておりましたのに」
サイモンさんが困り顔になっている。
俺もこれ以上は辛い。
ミオはキャサリンの服を借りて、この場に合った服装だが、俺はいつもの服だ。
大店の商会長に店頭で挨拶されるにはあまりにみすぼらしい。
俺が服を気にしていると、
「シド様、まずはお召し物をご覧になられてはいかがでしょうか」
と、トーマス商会長に勧められた。
サイモンさんもそうだが、一流の商人は客をよく観察して、その必要を供給するものだと学ばされた。
「では、そうします。ミオ、それでいいかな?」
「私はシドがそれで良いなら、良いよ」
「では、サイモンに案内させましょう」
「ありがとうございます」
「どうぞごゆっくり、お買い回りください」
トーマス商会長は丁寧な所作でお辞儀をして、俺たちを見送ってくれた。
「すまない。来るなり衆目に晒すようなことになってしまって」
サイモンさんが謝る。
「いいえ、いい経験になりました」
たぶん、これからは工房長として人前に立つ場面もあることだろう。
こういう事にも慣れておかなければならないだろう。
「そう言ってくれて助かるよ」
話しながら歩いていると、すぐに男性用の礼服などの売り場に到着した。
「シド君、私はここで失礼するよ。あまり見知った顔の者がいると逆に気を遣ってしまうだろうから」
さすが大店の番頭、サイモンさんは気配りのできる人だ。
「分かりました。ご案内いただきありがとうございました」
俺が礼を言うと、さっと右手を振って、その売り場の店員を呼び寄せ、彼の耳元で何か語ってからその場を後にした。
「いらっしゃいませ。サイモンに代わりまして服飾売り場担当、私、ミルドが承ります」
ミルドと名乗った男性店員は俺から、どういった場でどのような服を着るのかを聞き取り、次々適切な服を提案してくれた。
「シド、これなんか格好いいよ!」
「派手すぎないか?」
「そんなことないよ。着てみなよ」
ミオは提案された服を一つ一つ見て、俺に着るように勧めた。
結局その後、俺はミオの着せ替え人形になった。
「⋯⋯⋯つ、疲れた」
「お疲れ様でした」
ミルドさんが労ってくれる。
訓練とはまた違った気疲れを感じる。
結局、この後、俺がデートで着る服と、今後、工房長として公の場で着る服を数着見繕った。
デートで着る服はこの後、ミオの服と鎧を見ている間にサイズ調整してくれることになった。
さすが大店だけのことはある。
俺たちは隣の女性物の服の売り場に進んだ。
そこの女性店員も優秀で、用途に合わせたミオの服を次々と選んでくれた。
「シド、これなんてどうかな?」
「ミオ、かわいいよ。とっても似合ってる」
「はうぅ!」
店員のおすすめは素早かったのだが、ミオがいちいちダメージを受けてしまうので、時間がかかった。
女性物の服はサイズ調整に時間がかかるとのことで、また後日、俺の服も含め、工房まで届けてくれることになった。
俺が服の代金を払おうとすると、
「今回の服のお代は結構です。サイモンよりこれらの服は工房の設立のお祝いの品として受け取っていただきたいとのことです」
とミルドさんから言われた。
俺はこれに驚いたが、さすがサイモンさんだと思った。
先ほどの内緒話はこのことだったのだろう。
彼がここに残っていたら払う払わないで議論になっただろう。
その前に退散したわけだ。
「分かりました。ありがたく頂戴いたします」
(後で商会長とサイモンさんにもお礼を言いに行かないとな)
俺たちは服飾売り場を後にし、ミルドさんに教えてもらった防具売り場へと向かった。
「いらっしゃいませ。シド様でございますね。お話はうかがっております。防具売り場の担当、ヨハンソンと申します」
防具売り場には既にサイモンさんからの指示が届いていたようで、初老の店員が迎えてくれた。
「よろしくお願いします。今日は――」
「はい、承っております。お連れ様の女性用防具のご購入ですね。サイモンよりうかがっておりましたサイズの鎧で、その場でサイズ調整可能な防具をご用意させていただきました」
(さすがサイモンさん。既にサイズまで売り場に連絡済みとは⋯⋯)
そう思ったが、ミオを見ると腕で胸を隠し、微妙な顔をしていた。
(気が利きすぎるのも良くないことがあるんだな⋯⋯)
と、思った。
売り場にはヨハンソンさんの言った通り、ミオに合った防具が並べられていた。
「シド、これなんかどうかな?」
「うん、凛々しくて、かっこよくて、ミオにお似合いだよ」
「はうぅ!」
やはり俺に褒められるとダメージが入るようだ。
少々時間はかかったが、服飾とは違ってそこまで種類が多くなかったので、程なく選び終わった。
鎧は動きやすさを重視した急所や要所を守る部分鎧で、素材はアースドラゴンの鱗を使ったものを選んだ。
そして、その他の露出部を守るためにエルダーイビルスパイダーの糸で編んだ鎧下を購入した。
この鎧下なら、多少の攻撃では刃が通らない。
「じゃあ、これでお願いします」
「承りました。お値段は大金貨三枚と小金貨二枚となります」
(さすがアースドラゴンとエルダーイビルスパイダーの素材を使ってるだけのことはある。部分鎧でこの値段だ。キャサリンのようなスケイルメイルにするともっと高くなるんだろうな)
俺はそう思いつつ、代金を支払った。
「シド、ほんとにいいの? こんなに高い防具買ってもらって。お金なら私も出すし、もっと安い鎧でもいいんだけど⋯⋯」
ミオが心配そうに俺を見てくる。
「いいんだ。大切なミオを守る防具だ。値段なんて気にしないよ」
「はうぅ!」
またダメージを受けてしまったようだ。
防具は今日のうちに聖樹工房へ配達してくれるとのことだった。
俺たちはその後、服のお礼のためトーマス商会長とサイモンさんを訪ね、サイズ調整が済んだ俺の服を受け取り、それに着替えた。
着てた服も防具と一緒に届けてくれるとのことで、それに甘えることにした。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
(次は歌劇とディナーだな)
俺たちはまた腕を組んでフォートラン商会を後にした。




