第65話 民衆は新しい時代の到来を知る
【エルノート視点】
「ダイゴ殿、エル殿、アマンダ殿、なぜここに!?」
ジョセフ様が三人に問いかける。
「何やらエルノート殿を助けてほしいと、聖樹が私に呼びかけてきてね」
アマンダ様の返答に私は一瞬混乱する。
「な、なぜアマンダ様に聖樹が⋯⋯⋯な、なるほど。ミオ様の聖属性はアマンダ様が源でした。だからアマンダ様と聖樹にパスが⋯⋯」
聖樹の主であるミオ様の内には、アマンダ様の因子があるため、ミオ様を経由してアマンダ様にも聖樹の思念が伝わったのだと理解した。
だが、ジョセフ様が別の疑問を投げかける。
「では、なぜ主であるシド殿、ミオ殿には呼びかけなかったんだ?」
それに対しては私が答える。
「おそらく、私が対峙している問題に、私自身がシド様、ミオ様を関わらせたくないと思っていたせいでしょう。だからアマンダ様に―――」
私たちが話し込みそうになっていると、
「その話は後じゃ。精神安定の術が効いてはいるが、まだ民衆は動揺しておる。まずはそれをどうにかせんとな」
ダイゴ様が私たちの話を打ち切り、民衆への呼びかけを促す。
「私が行こう」
ジョセフ様がまず先頭に立った。
ジョセフ様は大聖堂の階段の上に立ち、拡声の法術具で民衆に呼びかけた。
「諸君、私はこのマナエルの領主、ジョセフ・ヴァル・マナエルだ」
それを聞いて民衆は明らかに動揺した。
先ほどは勢いに任せて騒いでいたが、この場に本当にマナエル公爵がいるとは思っていなかったからである。
「諸君、まずは君たちに安心してもらいたい。先ほど君たちが私の言葉を聞かなかったことについて、私は君たちを追及するつもりはない。そして、ナイジェル司教に操られ暴れた者たちも罪に定めるつもりはない」
それを聞いて、民衆と闇奴隷だった者たちは少し緊張が解けたようだ。
「この場に集まっている者の中には、まだ、なぜ私がここにいるのか分からない者もいるだろう。だから、事の経緯を説明しよう」
ジョセフ様は司教の行った一連の犯罪行為を宿木の種などの実物を見せつつ丁寧に民衆に説明した。
民衆は驚く者もいたが、疑う者もいた。
「疑う者もいるかも知れない。だから、実際に操られていた者に話を聞こう。ザイン君、君が操られていた時の様子を聞かせてくれ」
「はい、公爵様」
ザインは拡声の法術具を受け取り、民衆に語りかけた。
「私は冒険者ギルド本部所属のA級冒険者のザインだ。私は先ほど公爵様が説明した通り司教にこの宿木の種と言う物を飲まされ、闇奴隷にされていた。ここにいる暴れた者たちも同様だ」
ザイン氏はどのような手段で司教がこの種を自分に飲ませたのか、どのようなことを命じられたのかを説明した。
実際に操られていた者が説明したこともあり、疑いの顔をした者たちも一様にその疑いは解けたようだが、困惑の表情がぬぐえない。
再び拡声の法術具を持ったジョセフ様が民衆に語りかける。
「諸君、君たちの動揺は理解している。このマナエルは魔素の多い街だ。だから、浄化の役割を担う者がいなければ生活できないと思っていることだろう。だが、安心してほしい。この街は魔素から解放されつつある。エルノート殿、語ってくれ」
ジョセフ様が私に法術具を差し出す。
私はそれを受け取り語りかける。
「みなさん、私はエルフ聖樹国から来たハイエルフ、エルノートと申します」
それを聞いて、民衆は口々に「ハイエルフ⋯⋯」「なぜこの街に」とつぶやき始めた。
私は気にせず語り続けた。
「みなさん、あなたたちの周りに咲く花を見てください」
民衆は季節外れに一斉に咲いた花々を見て、「なぜこんな時期に」などとつぶやいた。
「その花はこのマナエルに生まれた『聖樹』の力で咲いた花です」
民衆はそれを聞いてざわついた。
「『聖樹』は私の国、エルフ聖樹国の力の源、そして魔素を浄化する聖なる樹です。その『聖樹』が今、このマナエルに生まれ、魔素を浄化しているのです」
それを聞いて、民衆は驚き、先ほどより一層ざわついた。
そして民衆の一人が叫んだ。
「本当に、本当に魔素を恐れる必要はもうないんですか!? 」
私は答えた。
「はい、今はこの周辺はまだ魔素が残っていますが、聖樹の発生させる聖域は南から徐々に広がっています。近く、この地域もその聖域に入り、魔素は浄化されていくでしょう。その証拠がこの花々です」
民衆は口々に「魔素から救われるんだ」「ありがたい」と言い始めた。
「今、魔素中毒にかかっている患者がおられる家庭は、患者を政庁付近まで連れてきてください。今、聖域はあの辺りまで広がっています。しばらくの時間、聖域の中にいれば、魔素は取り除かれ、浄化されるでしょう」
「ああ、これで息子は助かる」「政庁に行けばいいだけなんて」という声が聞こえる。
「聖域が広がるまでの間は、フォートラン商会から排魔草のお茶を購入して飲んでください。そのお茶は魔素を外に追い出します。そのお茶はエルフが昔から飲んでいるお茶で、今、マナエルで生産され安価で購入できます」
「そんなお茶が⋯⋯」というざわめきが聞こえる。
(もしかして、司教はこのお茶の流通をこの地区で止めていたのかもしれませんね……)
「そして、日課で政庁辺りまで散歩をすれば、毎日健康に暮らせるでしょう」
私の一言で緊迫した空気はほぐれ、「ははは、散歩か。子供を連れて一緒に行こう」などの笑い声も聞こえた。
かなり民衆の緊張がほぐれたので、私は役割を終え、ジョセフ様に法術具を返した。
「諸君、君たちにはまだ朗報がある」
そうジョセフ様が語ると、民衆は一斉にジョセフ様に注目した。
「君たちはこれまで自分たちの職業スキルの低さゆえに安定した職に就けなかった者たちが多いことだろう。しかしこのマナエルで産業革命が起こった。産業を支える新しい技術が開発され、職業適性に依存しない方法で製品が生み出せるようになったのだ」
「本当か?」「領主様が言ってるんだ」など互いに言い合っている。
「先ほど語ったエルノート殿の工房では今、未成年の孤児たちが働き、製品を生み出している」
ジョセフ様がそう言うと「未成年でも働けるのか」「うちの子も」と民衆は驚き口々に言い始めた。
「私の職業は研究者だ。この技術はこのマナエルを変える。いずれ、その技術がマナエル中で導入される。その機械の操作は、君たちの子供たちが通っている学校の授業で教えている法力操作の方法を学べば誰でも操作できる。ここにその方法を教えた教師がいる。エル先生だ」
そう言うと、ジョセフ様は先ほど来られた年配者の一人に法術具を手渡した。
「ホホホ、わしはエル、南の貧民街の学校で剣術と法力操作を教えておる者じゃ。お前さんらの子供の学校にも剣術と法力操作を教える者がおるが、その者たちは引退した冒険者で、わしが剣術と法力操作を教えた者たちじゃ。ホホホ」
「あんなヨボヨボの爺さんが」などと言う者たちがいるのを聞いて、
「ホホホ、では、証拠を見せてやるわい。ホホホ」
と言うと突然、エル氏は大跳躍し、大聖堂の屋根へ飛び乗った。
民衆はみな口を空けてエル氏を見上げて、一瞬、静まり返った。
そして、一斉に大喝采を上げた。
エル氏は屋根から飛び降り、手もつかず静かに着地した。
「ホホホ、無属性の法力を使いこなせば、みなこのくらいのことはできるようになるぞい。ホホホ」
エル氏の言葉に、民衆からは「いや、無理だろ」といった声が漏れた。
「ホホホ、では帰っておぬしらの子供たちに聞いてみるがよい。みな学校で法力操作を習っとるから走るのが速くなっとるはずじゃわい。ホホホ」
「そう言えばうちの子、最近、走るのが速くなってたわ」「本当か?」などと言いあう。
「ホホホ、家に帰って子供たちに鍛錬の方法を聞くか、子供のいない家は近所の子供に聞くとよいわい。ホホホ」
そう言うと、エル氏は法術具をジョセフ様に返した。
「聞いての通りだ。君たちの子供たちはすでに技能を持っている。製造機械の更新には今しばらく時間がかかるが、遠くない将来、君たちは新しい職場で働けるようになるだろう」
「ありがたい」と言う声が一部で上がる一方、
「それまではどうすれば」「神のお恵みはもうもらえないのか」「また賭けでもうけるか」などの声が上がる。
そして、
「あんたらいい加減におし!」
拡声の法術具も使わずに、その大きな声は大聖堂前の広場にこだました。
「まったく、年寄りに大声を出させるんじゃないよ」
と言って、アマンダ様が出てこられ、ジョセフ様から法術具を受け取った。
民衆はざわめきつつ、彼女の声を待った。
「私はアマンダ。南の貧民街で治癒院を開いているもんさ」
「誰だ?」と言う者もいれば「アマンダ様あの方が」と言う者もいた。
「あんたらの内で最近、子供たちの顔をまともに見た者はいるかい?」
アマンダ様はそう問いかけた。
その問いの意図が見えず、民衆は口を閉じ、彼女を見つめた。
「あんたら、司教が犯罪の裏で何をしていたか、知ってるかい?」
と再度問いかけた。
ますます民衆は静まり返った。
「司教はあんたらの家族をバラバラにして、自分のための強力な手駒にしていたのさ」
「どういうことだ?」と民衆は互いを見合ったが、奴隷にされていた者たちは顔を伏せた。
「バルターという商人がいたのは知ってるかい? そいつは司教の奴隷だったが仕事に失敗して、司教に殺された」
民衆は大きくどよめいた。
「バルターは家族を人質に取られ、司教によってわざと孤立させられ、やぶれかぶれになってあらゆる悪事に手を染めたのさ」
その時、
「何で孤立するとダメなんだ。一人なら面倒を見る相手がいないから、気兼ねなく自由に仕事ができて良いじゃないか!」
と言う声が民衆から聞こえた。
「『自由』ってのは聞こえのいい言葉さね。だがね、『自由』であるってことは危険なことでもあるんだよ」
「どういうことだ?」と民衆は互いに言い合った。
「死んだバルターは『自由』だった。司教が命じたあらゆる悪事を『自由』に行えたのさ」
民衆は再度口を閉じた。
「もう一度聞く、あんたらの内で最近、子供たちの顔をまともに見た者はいるかい?」
再度の質問に誰も返事をせず、黙って彼女を見つめた。
「あんたらの子供はあんたらを守る囲いなのさ。あんたらは自分の子供が見てる前で人殺しができるかい? あんたらは子供が見てる前で金を盗めるかい?」
民衆の一部はアマンダ様が何を言いたいのか分かってきたようで、頷き始めた。
「人殺しや金を盗むことはできないかもしれないが、あんたらは子供たちが見てる前で賭け事を始めた。司教はここにいる元闇奴隷たちに賭場を運営させ、あんたらから金を巻き上げていたのさ」
「許せねえ!」「逮捕しろ!」などの声が聞こえたが、
「賭けをした時点であんたらも同じ穴のムジナさ! よく思い出してみな。この地区に賭場が無かった時代を。賭場に初めて行った日、あんたらの心はどう感じていたかを」
この言葉を聞いて騒いでいた者たちは黙った。
「街の復興後、マナエル公爵は素晴らしいことを始められた。それは『学校』さ。子供たちは毎日、一生懸命勉強し、訓練し、一緒に給食を食べ、互いに助け合うこと、人として正しく生きることを学んでいる」
これを聞いて、一部の者は泣き始めた。
「あんたら、賭け事に行く時、どんな顔で子供たちがあんたらを見送っていたか、思い出せる者はいるかい?」
その言葉にしゃがみ込み泣く者、子供連れの者は自分の子供を抱いて謝る者も出だした。
「あんたらのうちには、家族が今日食べる食事代も賭け事に使っていた者もいるんじゃないかい?」
これを聞いて、残りの大半の者が顔を伏せた。
だが、物乞いをしているだろうと思える男が、
「神のお恵みさえもらえれば、俺たちは食っていけるし酒も飲める。賭けをして儲ければいい生活ができる。司教様は金と食料を俺たちに恵んでくださったんだ!」
と叫んだ。
しかし、アマンダ様は間髪入れずに、
「『神の恵み』なんて言う金をもらって、食って飲んで賭け事をして、あんたの心は救われたのかい? 今、あんたの心は救われているのかい?」
男は黙った。
「神の恵みは物じゃない。心の救いさ。物は奪われ失うことがあっても、心の救いは奪われない。あんたは物乞いをしてるようだけど、あんたの心は救われてるのかい?」
アマンダ様の問いに、男は叫んだ。
「救われてるわけないだろ! 俺は病気で仕事を休んだっていう理由で商会をクビになったんだ! 女房も子供も俺を捨てて出て行っちまった。もう、子供の顔も見れねえ!」
「そうかい、あんたが今言った通りさ。司教があんたに与えた『神の恵み』はあんたを救えなかったのさ」
「それは!⋯⋯⋯」
「よくお聞き、神はあんたの心に住むのさ。妻が子どもと一緒に出て行った。辛かっただろうさ。でもね、あんたはそれでも生きている。生きているからには明日へと向かう心の力が必要なのさ。今とは違う明日へ進みたいのなら、金ではなく心の救いを求めな!」
男は、
「よく分からねえよ。俺は学がない。聖典なんて読んだこともねえ!」
と言った。
しかし、
「あんたの近所に子供は住んでるかい?」
と、アマンダ様は尋ねた。
「ああ、住んでる」
「じゃあ、その子供に聖典を読んでもらいな」
男は怪訝な顔になった。
「どうして子供が聖典なんて知ってるんだ?」
男の疑問に、
「知らないのかい? 学校で習う教科書は聖典なんだよ」
と、アマンダ様は答えた。
男は驚いた。
「本当か!?」
「本当さ。そして、給食を食べる時、子供たちはみんな神に祈って食べるのさ」
男はさらに驚いた。
「俺は毎週聖日に大聖堂に行ってたが、司教から祈りなんざ教えてもらったことはない」
アマンダ様は続ける。
「学校には音楽の授業がある。音楽の授業では聖歌をみんなで歌うのさ」
「聖歌は聖歌隊の歌を聴くもんじゃないのか!?」
男は自分の過去の常識と、アマンダ様が語る内容がかけ離れていることを知り、もう何も言えなかった。
アマンダ様は再度、民衆に語りかけた。
「みな聞きな! この街は危険な街だが、領主様は決してあんたらを見捨ててはいない。あんたらの子供たちは学校の教育を通して一人前の『人』として生きていくことを学んでいる。あんたらはどうだい? これでも大人として子供の前で賭け事を続けるのかい? 子供に胸を張って生きる大人として生きたくはないのかい!!」
アマンダ様がそう叫ぶと、一瞬の静寂の後に、「おおおおおおお!」という決意の叫び声が辺り一帯を満たした。
その後、大聖堂に誰も聖職者がいなくなった北の貧民街では、聖日には近所の家族が一緒に集まり、子供たちと一緒に聖典を読み、聖歌を歌い、みなで祈って食事をする習慣が定着した。
子供たちに恥ずかしい生き方をしないため、賭け事を止めるよう互いに声を掛け合い、苦しい時は近所で助け合うようになった。
民衆は新しい時代の到来を知ったのである。




