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第64話 主任監察官は司教を追い詰めた

私たちは公邸前で警吏長官とヴァン支部長たちと合流し、軽い打ち合わせの後に、北の貧民街にある大聖堂へと向かった。


詳しい話は、前もって書面で警吏長官とヴァン支部長に伝えてあり、合計で二百名ほどの部下たちにも、すでに情報は共有されていた。


大聖堂には私とジョセフ様、警吏長官とヴァン支部長に護衛となる冒険者ギルドの教官四名が同行し、他の部下たちは大聖堂前の広場を取り囲むように配置についた。


正面玄関で、受付の男に司教を呼び出すよう告げると、彼は急いで大聖堂内へと入っていった。


黄昏時の赤い日が照らす大聖堂。


その豪奢な正面玄関に法衣をまとった一団が現れる。


「これはこれは、ジョセフ・ヴァル・マナエル公爵様、ごきげん麗しゅう。このような時間に何用ですかな?」


慇懃無礼な態度で挨拶をする司教。


それに対し、


「ナイジェル・ノアール司教、貴様の胸に聞くといい。お前自身が一番よく分かっているだろう」


毅然と胸を張り、応答するジョセフ様。


「何のことだか分かりませんねぇ」


しらを切る司教を横目に、ジョセフ様は大聖堂の前に並ぶ馬車の列に目を向ける。


「このような時間と言えば、なぜ、このような時間に出立を待つ馬車がいるのだ?」


これに対し、口角を上げ答える司教。


「この馬車には聖地巡礼の旅に出る者たちが乗っております。家族の見送りができるようにと、仕事の終わる時間帯に出立させるのが習わしとなっております」


動揺する様子もなく、堂々と言い放つ。


「聖地巡礼だと? 闇奴隷の出荷の間違いではないのか! 夜陰に紛れ、目立たぬ北門から貴様は幾人の闇奴隷を出荷してきたのだ!」


司教が目を細め口を開く。


「これは、恐ろしいことをおっしゃられる、公爵様。シルバニア王国では公共奴隷以外に奴隷はおりません。そして、我々は奴隷を所有する権利はございません。私が奴隷を所有する、何か証拠でもございますでしょうか?」


あくまで、しらをきり通す態度を改めない。


「これに見覚えがあるだろう、司教!」


バルターの検死を行った際に、ジョセフ様が取り出した宿木の種をかざす。


「小さくてよく見えませんが、何かの種でございましょうか?」


口角がもとに戻り、真顔になる司教。


「これはバルターの胃の中から取り出した『宿木の種』というエルフ聖樹国から持ち込まれた、人を奴隷にする種だ!」


司教は一瞬の歯噛みの後に、一段低い声で応答する。


「その種が私と何の関係があるというのでしょうか? あくまで、聖地巡礼の出発を邪魔すると言うなら、こちらも相応の対応をさせていただきます」


そう言って、司教は後ろに立つ一人の屈強な剣士を見る。


「ザインさん、聖地巡礼の馬車の護衛はあなたです。全力で守ってください」


司教がそう述べると、その男が後ろから進み出て、私たちの前に立った。


「公爵様、ザインと申します。お目にかかるのは編成会議以来となります。私は司教に⋯ぐ! がはぁ。わ、私はあの馬車の護衛を任されております。これを全力で守らなければならないのです。どうかご容赦を⋯⋯」


それを聞いて、ヴァン支部長が一歩前に出る。


「ここは私が⋯⋯」


だが、一人の護衛の教官が前に出る。


「いいえ、ここは私にお任せください」


「ライノ、やれるのか? 相手は操られているとはいえ、A級冒険者だぞ?」


ヴァン支部長はその若い教官には荷が重いと見ているようだ。


「ザインさんを無傷で無力化します。見ててください!」


「⋯⋯⋯良いだろう、やってみろ。できたら、C級冒険者の昇格試験を受けさせてやる」


「ありがとうございます!」


ライノ教官が前に出る。


彼はカレン教官と共にサイロス氏の監視役として何度か工房に顔を出しているので、知ってはいるが、どの程度の剣士なのかは知らない。


D級冒険者がA級冒険者の全力に敵うとは、とても思えない。


だが、彼の表情には不安の影がない。


「マナエル支部で教官を務めております風剣士のライノと申します。ザイン様、よろしくお願いいたします」


「冒険者ギルド本部所属、同じく風剣士のザインだ。私は全力を出さなくてはならない。手加減ができないが大丈夫か?」


「大丈夫です。お任せください」


「私はおそらく、気絶しないと止まれない。多少のケガでは戦いをやめられない」


「分かりました。では、参ります」


「ああ、頼む」


双方が対峙して剣を構える。


「ゆくぞ」


「はい!」


空斬撃エアスラッシュ


ザイン氏が先制攻撃をしかける。


範囲攻撃性のある空斬撃が襲いかかる。


風斬撃ウインドスラッシュ


対してライノ教官は狭い範囲に集中した威力を出す風斬撃で対応する。


通常なら見えないが、私の精霊眼では空斬撃の中心に風斬撃が当たりザイン氏の攻撃が二分されているのが見える。


それでも凄まじい威力の風斬撃がライノ教官を襲い、彼は風によって後方へと大きく飛ばされる。


「今のが空斬撃でなく、風斬撃なら終わってたな」


ヴァン支部長がつぶやく。


ザイン氏とライノ教官とでは剣に込められる法力の容量の桁が違う。


だから、同じ技では必ず押し負けてしまう。


「ザイン氏は全力しか出せません。だから範囲攻撃の空斬撃を選んでいるのでしょう」


「ライノを殺さないための配慮だろうな。だがそれだけに、攻撃をかわすのは難しい⋯⋯」


範囲の狭い風斬撃なら、かわしながら前進し肉薄できるが、範囲攻撃の空斬撃では威力を弱められてもかわせない。


ライノ教官が間合いに入ろうとするたびに空斬撃が襲いかかる。


そんな展開がしばらく続いたが、ライノ教官の顔に諦めの色はなかった。


「仕方ない、私が出る」


ヴァン支部長が前に出ようとしたが、


「待ってください。何かライノ教官がしかけるようです」


私はライノ教官の雰囲気、いや覚悟が定まったような印象を受けた。


そしてその時、ライノ教官の剣が手から離れ、地面へと落ちていくのが見えた。


ザイン氏の視線もその剣へと向けられる。その瞬間、


風加速エアスラスト


風剣士の加速スキルでライノ教官が一気に加速する。


間合いが一瞬で詰まり、ザイン氏の攻撃の間合いを突破する。


そして、ライノ教官はザイン氏の横をすり抜け、背後に抱きつき、ザイン氏の頭に右手を当てた。


「はあぁぁぁぁぁ!」


「な!? か!」


ザイン氏は大きく口を空けて、続く言葉を発する間もなく気絶し、倒れた。


「支部長、やりました!」


「バカモン! 剣士が剣を捨ててどうする! だが、よくやった!」


「最後の一連の技は何ですか?」


「あれは新人試験でカレンさんが受けた王族の暗殺術と言うのを試してみたんです。あと、ザインさんを気絶させたのは無属性の法力です。私の出力では、法力酔いを起こすには頭に直接法力を流し込むくらいしか無かったので⋯⋯」


聞いただけの技を再現するとは、ライノ教官は周りの評判通りの天才なのだろう。


(ここからは私の仕事ですね)


「な! バカな! A級冒険者があんなにあっさり⋯⋯」


さすがに、司教も少々動揺を見せる。


私はザイン氏へと近づき、彼の背中に手を当てて、


「聖樹の主が命じる、宿木の種よその生を全うし、土へと還れ」


祝詞による宿木の種の解除を行った。


続けて、種を一つ彼の頭に乗せ、


「聖樹の主が命じる、吸精菊きゅうせいぎくよ、渦巻く法力を吸い取り発芽せよ」


私は彼の頭に注入された余分な法力を種に吸収させた。


すると、種から芽が出て小さな葉が生えた。


「う!」


「気がつきましたか? ザインさん」


「ああ、大丈夫だ⋯⋯あ、あなたは!」


「はい、よく耐えてくださいましたね。起き抜けに申し訳ございませんが、種を吐き出してもらえますか?」


「分かった」


ザイン氏が種を吐き出し始めた時、音もなく一人の男が現れる。


「上手くいったようでやんすね。エルノートさん」


ヴァン支部長がとっさに反応し剣に手をかける。


「心配いりません。私の部下です」


「突然失礼しやした。あっしはジンと申します。職業は暗殺者でやんす」


「暗殺者!?」


「ヴァン支部長には、編成会議でもお会いしてやんすよ」


「すまん覚えてない」


「ザインさんが切った鋼鉄製のグレートソードを持ってたのがあっしでやんす」


「すまん、顔までは覚えてない」


「それは、あっしが気配を薄くしていたからでやんす」


「ジンにはザイン氏に気配を薄めて同行させ、護衛兼、連絡役をしてもらっていました」


「指輪は見つかったようでやんすね」


「お前が指輪を私に渡す際に、引ったくりに気づいていれば、こんな苦労はしなかったのですがね」


「へへへ、ストーキングは得意でもストーキングされるのには慣れてないもんで⋯⋯」


「まあ、それのおかげで第一世代聖樹に行き着くことができたんですが⋯⋯」


どうやら、無事にザイン氏は宿木の種を吐き出せたようだ。


「役者がそろったようでやんすよ」


「分かっている」


私は司教たちの前に出て、被っていたフードを取った。


「エ、エルフ!? なぜ、こんなところにエルフが!」


明らかに動揺する司教を見つめつつ、私は右手の指輪をかざした。


指輪は光り始め、空中に紋章が浮かび上がった。


「そ、その紋章は冒険者ギルド特別監察機関の紋章! お、お前は!?」


司教が一歩引き下がる。


「はじめまして、ナイジェル・ノアール司教。私は冒険者ギルド特別監察機関所属、主任監察官のエルノートと申します」


「バカな!」


「バカではありません。あなたは繰り返し冒険者ギルド本部所属の冒険者を利用し、闇奴隷を流通させてきた。特別監察機関に目をつけられないと思っていたあなたの方がバカなのです」


「ギルド上層部には十分な金をつかませて、バレないようにしていたはずだ!」


「残念ながら特別監察機関、いや、私にはあなた方の動きなどお見通しなんですよ。今頃は特別監察機関の監察官がギルド本部にも査察に入っている頃です」


(まあ、サイロスさんの提供情報が役に立ったんですがね……)


「だが、私とその種をつなぐ証拠はない! 私はそんな種は知らない!」


「この期に及んで、まだ言い逃れできると思っているのですか?」


私は再度、指輪をかざした。


指輪は光を空中に投影し、司教とザイン氏を映し出し、声が発せられた。


〈き、貴様、私に何を飲ませた!〉


〈効いてきたようですね。あなたには宿木の種と言うエルフ国の植物の種を飲んでもらいました〉


〈あの時の浄化剤の試供品か!?〉


〈ご名答、もうあなたは私に逆らえません〉


〈何だと!? が! うう!〉


〈どうです? 逆らえないでしょう?〉


〈あなたには、奴隷の出荷を依頼します。なに、簡単です。マナエルから王都の指定する貴族屋敷まで、馬車を護衛してくれるだけで良いのです〉


〈貴様! 闇奴隷の売買を!?〉


〈これまでも、あなたのような強い冒険者を私は奴隷にしてきました。なんせ、奴隷は大切な商品ですから、強い冒険者に守ってもらわなければ安心できませんので〉


〈わ、私は⋯⋯ぐっ!〉


〈安心してください。私に従っている限り、あなたはいつも通り冒険者として働けます。ただ、私からのお願いがあった時は護衛を引き受けてくれれば良いのです。簡単でしょう〉


〈が! あぁぁ⋯⋯⋯〉


指輪はここで光を収めた。


「どうですか? これでもまだ、しらを切りますか?」


ザイン氏が吐き出した宿木の種を手のひらに乗せ、司教に突きつける。


「バ、バルター商会に忍び込んだのですか? どうやって!?」


「気配を消せる部下に従業員役をさせ、この指輪を持って行かせ、撮影しました。ケガもしていない冒険者が大聖堂を頻繁に出入りしては怪しまれると思ったあなたの慎重さのおかげで撮影できました」


「ぐっ!」


司教が強く歯噛みし、睨んでくる。


そして、青い石のはまった指輪を頭上にかざす。


指輪はかざした途端、赤く光る。


「何をしたのですか?」


「ハハハ! 今に分かる」


司教が街の中央に見える政庁を見つめる。


「政庁の闇奴隷に何かをさせようと言うなら無駄ですよ。察するに、爆発物に火を投げ入れる指示でもしたのでしょうが、もう、二重奴隷たち全員の解除は終わってます」


「何だと!? どうやって見つけてあの人数を!?」


「今に分かります」


「こうなったら!」


そういうと、司教は懐から宿木の枝を取り出し、


「わが奴隷たちよ、わが敵を食い止める盾として全力で戦え!」


馬車の中や、家族の見送りに大聖堂の周りに集まっていた闇奴隷たちが一斉に私たちに襲いかかってきた。


しかし、ジョセフ様がすかさず、


「行動を開始せよ!!」


と、大声を発すると、二百人の冒険者たち、警吏たちが動き出した。


「決して、傷つけないように取り押さえなさい!」


命令通り、冒険者と警吏たちは素早く、的確に闇奴隷たちを取り押さえていった。


「ハハハハ! 取り押さえてもこんな人数を一斉に解除できまい!」


叫ぶ司教に対して、私は冷静に応える。


「そろそろ時間ですね」


私がそう言った直後、公爵の公邸の方角から光が発せられる。


「何だ!?」


すると、周りの路地に生えている草が一斉に開花していく。


「な、何が起きているんだ!?」


驚愕する司教は、光の第二波の到来にさらに驚く。


光の第二波は取り押さえられた闇奴隷たちに一気に作用し、激しく抵抗していた奴隷たちは静かになっていった。


「何が起きたんだ?」


ジョセフ様が寄ってきて耳元でささやく。


「ミオ様の祝詞の練習のお時間なんです。私の第二世代聖樹は第一世代の聖樹に従属していますから、公邸の私の聖樹を経由して宿木の種の解除の祝詞がここまで届いたんです」


「祝詞の練習!? 最近、領内で季節外れの花が咲いていたのはそのせいだったのか!?」


「開花の祝詞は出力を抑えるよう言ってたんですが、ミオ様は『ふぃーりんぐ』頼みの方なので⋯⋯今頃、シド様に怒られてると思います」


「ハハハ⋯⋯」


私は再度、司教を見つめ、


「さあ、観念してください! もう逃げ道はありません」


そう宣言した。


司教はしばしの沈黙の後、


「ハハハ、ハハハハハハハハ! 逃げ道がないだと? 笑わせるな!」


そう応えると、大きなカバンを持った彼の部下が司教に駆け寄り耳打ちした。


「そろそろ時間だ」


司教は低い声でそう言うと、部下に手渡された大きな法石を頭上にかざした。


その途端、司教とその周辺の部下たちの周りに大きな刻印法術が展開された。


「まさか、転移法術!?」


私が駆け寄ろうとすると、司教は


「無駄だ。もう“人数を指定した”刻印法術が発動した!」


と口角を上げ言い放った。


「最後の言葉だ。アマンダに言っておけ。お前の信仰では人々を変えられない。人はみな罪の奴隷なのだ。だから、誰かが主人となって奴隷どもを制限しなければならない。私は逃げたお前に代わって人々を正しい道へ導いてみせる!」


そう言い残すと、ひときわ大きな輝きが刻印から放たれ、司教たちは転移されて行った。


辺りは異様な静けさにつつみ込まれた。


誰も何も発せなかった。


しかし、一人のボロボロの服を着た中年の男が言葉を発した。


「し、司教様を返せ!」


その一言を皮切りに、一斉に集まった民衆が同じ言葉を叫び始めた。


「ま、待ってくれ! 静まって、話を聞いてくれ!」


ジョセフ様が民衆に呼びかけるが、聞く耳を持つ者はいない。


「どうすれば⋯⋯⋯」


私がそうつぶやいた時、


精神治癒マインドヒーリング!」


広範囲に精神系の治癒術が発せられた。


すると、騒いでいた民衆は静けさを取り戻した。


私はその治癒術が発せられた方へ目を向けると、


「お前さんら、少々騒ぎすぎじゃ」


「ホホホ、領主の話を聞かんのは、いかんのぉ。ホホホ」


「あのバカ、無責任に信者たちをほっぽらかして行って、何が『正しい道』だい」



そこには最強の三人の年配者が立っていた。



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