第63話 司教は野望と共に歩み出す
いつものように大聖堂前に続く列を眺める。
だが、胸の奥に苛立ちがこみ上げる。
「さあ、神の恵みを受け取るがいい」
「ああ、司教様なんとありがたい」
(なぜだ⋯⋯)
「司教様お恵みを」
「さあ、受け取りなさいこれは神の恵みだ」
「ああ、これでまた賭けをして儲けられます。ありがとうございます」
「そうかそうか、では幸運のお守りを買って行きなさい。大聖堂で天の神に祈って行くといい。きっと幸運が巡ってくる」
「ありがとうございます!」
(なぜ、金の巡りが狂ってきている⋯⋯)
「司教様、魔素を防ぐ聖法術具が壊れました。娘が魔素中毒になり、死にそうです。どうか、お助けください!」
「ああ、かわいそうに。教会の聖治癒師に浄化させましょう。大聖堂の医務室に行きなさい。聖法術具も新しく買うといい」
「ああ、私も夫も賭けで負けて、払えるお金がありません」
ギリッと歯を噛みしめ堪える。
「ひ!」
(無能どもめ、金がなければ自分で稼いでこい!)
笑顔を貼り付け、いつものペースに戻す。
「なんということだ。仕方ない、特別に無料で浄化してあげましょう。聖法術具も分割払いなら買えるでしょう。お金ができたら返しなさい。代わりに教会の奉仕活動に参加し、街の清掃作業をしなさい」
「ありがとうございます! 清掃作業をいたしますが、お金は返す目処が立ちません」
「黙りなさい」
杖を握った手に力が入り、杖にヒビが入る音がした。
「お! お赦しを!」
女の顔に恐怖の表情が浮かぶ。
(誰かが私の財布に穴を開け金を吸い取っているというのに、お前たちに恵む金なんぞ無いわ!)
どうにか怒りを抑え込み笑顔を作る。
「では、家族そろって懺悔室に来なさい。私があなたの家族を救ってあげよう」
(奴隷になれば金に困ることも無くなる。お前たちも金に化けるがいい)
「⋯⋯⋯あ、ありがとうございます。家族を連れてまいります」
「司教様お恵み―――」
「今日は気分が優れません。また明日来なさい」
私はもはやその場に立っていられなくなり大聖堂へ踵を返した。
「ああ、お待ちください」
「司教様お恵みを!」
「どうかお救いください!」
(こいつらを見ていると、厄災戦で亡くなった両親を思い出す……)
〈神父様、子供が魔物に襲われ怪我を負いましたお助けを!〉
〈すまない、もう法力が残ってないんだ〉
〈どうか、どうかこの娘を救ってください〉
〈ごめんなさい。もう浄化のスキルが使えないの〉
〈そんなことを言って金持ちには浄化を使うんだろ!〉
〈そんなことはない。本当に法力が無くなってしまったんだ〉
〈あなた教会の聖治癒師なんでしょ! 神様に願って奇跡を起こしなさいよ!〉
〈ああ、神よ救い給え――――――――〉
「畜生どもめ!」
入り口の聖人像にヒビの入った杖を叩きつけ、怒りをぶつける。
杖が折れる硬質な音が聖堂に反響したが、溜飲は下がらない。
私の両親は貧民たちに殺された。
厄災戦の最中、庶民派の聖治癒師だった両親は、貧民たちの奴隷のように浄化を繰り返させられ、生命がすり減って死んだのだ。
「私は両親のようにはならない」
(そうだ。私は両親を奴隷にした貧民どもを逆に奴隷にしてやるのだ)
「私のために使い尽くされろ。私の両親のようにな!」
聖堂内を歩き、執務室へと入る。
「おかえりなさいませ。司教様」
私の秘書をしている聖治癒師の男が声をかけてくる。
こいつにも私の裏の仕事を手伝わせている。
「状況は?」
「はい、聖法術具の売り上げは下がる一方です。歯止めがかかりません」
「周りの貧民街の連中は変わらず聖法術具を求めているではないか」
「はい、この地区、北の貧民街の需要は落ちていませんが、南の貧民街を中心に周辺の平民街、商店区、工業区そして官庁区などでも魔素濃度が急激に低下しているとの報告があり⋯⋯」
「原因究明は?」
「南の貧民街へ奴隷を潜入させましたが、全て帰ってきませんでした」
「どういうことだ!? 殺されたのか?」
「いえ、どうやら宿木の種が解除されて、奴隷が解放された様子で⋯⋯⋯」
「バカな! ありえん!」
「それに⋯⋯」
「何だ!」
「フォートラン商会から販売されている排魔草のお茶によって、魔素中毒者が減ってきており、浄化希望者も激減しています」
「おのれ、フォートラン商会! どこまでも私を邪魔しおって!」
その時、ドアがノックされる。
「入れ」
ドアを開け、助祭が入って来る。
「護衛の冒険者の方が来られました」
「⋯⋯⋯よし、通せ」
入ってきたのはA級冒険者のザインだ。
「ザイン殿、政庁での編成会議以来だな」
「お前の顔など⋯⋯ぐ、あぁっ!」
「あまりご無理をされるとお体に障ります。どうぞ、御心を安んじられますよう」
「よく言う! こんな汚いまねを⋯⋯が、うぅ!」
(冷や汗をかきながらも抵抗するか。さすがA級冒険者だな)
ザインには新しい浄化剤の試供品だと言って、宿木の種を飲ませた。
この男は名目上聖地巡礼の護衛として、サイロスを通して王都冒険者ギルドから派遣させた凄腕冒険者だ。
その目的は―――
「では、奴隷どもの王都までの輸送、よろしくお願いしますよ。納品先は伝統貴族派のエビルス侯爵様の邸宅までです」
私は度々、王都から強力な冒険者をサイロスを通じて呼び出し、奴隷とした上で、奴隷を護衛、運搬させていたのだ。
表向きは聖地巡礼だが、これは奴隷の出荷作業だ。
「では、頼んでいたように王都へ」
その時、ノックもなく大聖堂の受付役の聖治癒師が入ってきた。
「し、失礼します!」
「何だ! 騒々しい」
「そ、それが今、正面玄関前にこ、公爵様と警吏長官、冒険者ギルド支部長と冒険者ギルド特別監察機関、主任監察官と名乗る方がお見えです!」
「何だと!」
ザインがフッと笑う。
「お前、何か知っているのか?」
「行けば分かる」
私は秘書を呼び寄せる。
「おい、例のものを用意しておけ。そして大聖堂内の全聖治癒師を正面玄関前に集めろ」
「まさか!? 良いのですか?」
「いいから行け!」
「りょ、了解いたしました!」
いざとなれば、奥の手がある。
これまで綿密に準備してきたのだ。
「行かなくていいのか?」
ザインがまた話しかけてくる。
「ザイン殿、あなたには私を守る盾となってもらいます。冒険者らしく護衛をお願いします」
「誰がお前な――くっ!」
ザインの顔が苦悶に歪み、冷や汗が見える。
そうだ、決して私の支配からは逃れられないのだ。
決して終わらせはしない。
両親の、私の無念はまだ晴れていない。
教皇庁への賄賂は配り終え、中央に戻りさえすれば枢機卿になれる。
正統神聖教会教皇への道筋は整っている。
「さあ、行こうか―――」
十年前の無念を晴らしに。そして、
「私のためのパラダイスを築くために」
私は腹の底から湧き上がる野望と共に、
支配者としての歩みを前に進めた。




