第62話 主任監察官は大掃除を開始する
マナエル領、領主公邸の中庭。
ここはマナエル公爵家のプライベートな庭であり、側近や使用人も出自の明確な者しか出入りができない空間。
私はマナエル公爵の許可を得て、この中庭にて今、重要な儀式を行おうとしている。
「第二世代聖樹の主として命じる、聖樹よこの地に根を張り繁栄せよ」
この言葉と共に小さな木は中庭の中央に根を張り、光り輝いた。
そして、光が弱まった時、そこには人の背丈の二倍ほどの木が生えていた。
「エルノート殿、成功したようですね」
「はい、ジョセフ様、いえマナエル公爵様」
「どうか、ジョセフとお呼びください。あなたと私は友人同士なのですから」
「ありがとうございます。どうやらうまく植樹できたようです。これもジョセフ様が大量の法石を用意してくださったからです」
「いや、これでこの公邸と政庁が聖域化されるなら多少の法石など安いものです。それに、シド君、いやシド殿と呼んだほうが良いかな。シド殿の産業革命により今後、法石の消費が抑えられる見込みなので、問題ありません」
私はこれまで瓶の中で持ち歩いていた挿し木の聖樹をマナエル公爵公邸の中庭に植樹することにした。
それは、このマナエルを私の一生の住まいとする宣言でもあった。
マナエルを生涯の住まいと定めた以上、聖樹の守り人として、この街の行政の中枢を守る必要があると判断した。
そこで、キャサリン様を通じ、聖樹の植樹と、冒険者ギルド主任監察官として、ある重要事項への協力を公爵に要請したのだ。
だが、問題があった。
植樹には大量の法石が必要だったのだ。
シド様、ミオ様の場合、お二人の法力が毎日のようにあの地に注がれていたため、第一世代の聖樹の植樹は達成されたが、今回は法力の蓄積のない公爵公邸の庭への植樹となったため、大量の法石を埋め、その上に聖樹を植える必要があったのだ。
そこでジョセフ様に法石の提供を願ったのだ。
「旦那様、お茶の用意ができております」
「分かった」
執事のウォルター氏の案内で、私たちは庭のあずまやに移動した。
「植樹をして分かったことがあります。ここ公邸内は大丈夫だったようですが、政庁内は諜報活動が行われていた形跡がありました」
「やはりか⋯⋯魔族の仕業だろうな」
「おそらくそうでしょう。弱い魔物を使って情報収集していたものと思われます。今は聖域の拡張を通して、政庁内の魔物は消滅しました」
「本当にありがたい。どんな魔物だったか予想はできるか?」
「おそらくスライムではないかと」
「スライムか⋯⋯。スライムは政庁のみならず、マナエルのあらゆる排水経路に大量発生している」
「そのようですね。私も冒険者ギルド特別監察機関の紋章指輪を排水路に落とした際に、大量のスライムが出す魔素の影響で指輪を探すことができませんでした」
「大事な指輪をなぜ落としたんだ?」
「夜間、引ったくりに狙われまして⋯⋯。犯人を取り押さえる時に犯人が排水路に指輪を投げたため落としました。直ぐに排水路の蓋を開けたのですが、暗さと思いのほか早い水流で見失ってしまったのです。ですが、シド様のドブさらいクエストで拾われて冒険者ギルドに預けられていたなんて、思いもしませんでした」
「娘の話だと、シド殿は大量のスライムを毎日狩っていると聞いている。諜報網がスライムによるものなら政庁のみならず、マナエル全体が諜報対象となっていることだろう。シド殿には街に敷かれた敵の諜報網の除去にも協力してもらっていることになる。彼に足を向けて寝られないな」
「シド様の規格外さに、さぞかし魔族も驚いていることでしょう」
「まったくだ。トータスダンジョンのスタンピードが起きる前に対処できて良かった。これで、半年後に備えて準備ができる」
ジョセフ様は少々安堵されているご様子ですが、私には危惧があった。
「ところで、四日後の南の森のゴブリン集落の殲滅戦に、ミオ様、キャサリン様も参戦されると伺いました。魔族の諜報網があったことで、奇襲性が失われてしまっていると危惧いたしますが、いかがでしょうか」
「それについては以前から私も危惧していた。しかし、討伐対象のゴブリンの規模と投入戦力を比較すると、奇襲性が失われていたとしても、十分勝てる戦力差だと思う」
「投入される戦力をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ゴブリン集落に奇襲をかける冒険者は中級冒険者以上が約二千人。追い立てられたゴブリンを包囲殲滅する領軍が騎士千五百、槍士一万、弓士三千の総兵力一万五千人。火力支援の法術師隊が五百人に、後は輜重隊の護衛に剣士隊が五百人といったところだ」
「ゴブリン集落の規模は?」
「冒険者ギルドからの報告だと、ゴブリンの数は全体で十万程度、通常のゴブリンに加えて、ゴブリンリーダー、ホブゴブリンなどの分隊や小隊を指揮する個体がおり、十の集落を十体のゴブリンジェネラルが治めているとのことだ」
「そうですか。お聞きしている戦力が正しければ奇襲性が無くても、十分殲滅することができる戦力差だと私も思いますが、敵戦力が種族進化などで増大していることはありませんか?」
「あの森はマナエルと同じく、魔境の浅い層に位置している。魔物は魔素を取り入れることで種族進化していると言われている。私は研究者だが、あの森の魔素量ではどう計算しても戦力を劇的に増大させるだけの種族進化が起こるとはあり得ない」
「魔族が援軍を投入してくる可能性は?」
「小規模ならあり得るが、戦力差を覆すほどの援軍が動いているなら、冒険者ギルドが察知しているはずだ」
「そうですか⋯⋯最近、何か異変などはありませんでしたか?」
「異変か⋯⋯⋯、私が視察中に西の平原でオーガとコボルトに奇襲されたことがある。あの地域には生息しない魔物だ。この事件があったので私は魔族の諜報網を疑ったのだ。その後は何度も巡回をさせているがオーガもコボルトも確認できていない」
「数は何匹くらいですか?」
「何回かに分けて襲撃されたが、総勢がオーガ十体、コボルト十体だった。コボルトは殲滅したが、オーガには逃げられた」
「見通しの良い平原で奇襲なんて⋯⋯⋯ひょっとして地下を通って移動したのではないでしょうか?」
「地下? そんな平原全体に地下通路なんて⋯⋯⋯いや、その可能性はある。イビルモールだ。あのモグラの魔物は草原に無数の横穴を掘っている!」
「おそらく、その穴を通じて戦力が送り込まれたのではないでしょうか?」
「そうか、盲点だった!」
「今回のゴブリン殲滅戦でも地下を通って戦力が送り込まれることはないでしょうか?」
「あり得る⋯⋯⋯あり得るが、スタンピードとは違い、あったとしても大規模戦力でなく少数精鋭ではないだろうか?」
「ですが、可能性があるなら対処すべきかと思います」
「そうだな――ウォルター!」
「はい」
少し離れた所に控えておられたウォルター氏が近づいてくる。
「早急に法術師大隊に連絡し、南の森の魔境側の湖周辺を調査。地下通路らしきものが発見されたら湖の水で水没させてしまえ。同時に領軍にも布陣予定の場所に地下通路がないか調査させ発見次第、地下通路を埋めさせろ」
「承りました。付近にはイビルモールを専門に狩る冒険者がおります。彼らにも協力を要請してはどうでしょうか?」
「よい判断だ。領軍からの短期の特別クエストとして高額の報酬を出し、領軍指揮のもと連携して事に当たれ。また、新しい穴を掘られないよう、イビルモールの駆逐も同時に進めろ」
「かしこまりました。直ちに対応いたします」
ウォルター氏が一礼し、急ぎ連絡に向かった。
「これで不確定要素が潰せれば良いのだが⋯⋯」
「聖樹の主様の関係する作戦ですから、私も可能な限り協力させていただきます」
「ありがたい」
私たちは用意されたお茶を飲んで一息ついた。
「では、続けて人間側の不安要素も取り除きましょう」
「宿木の種だな」
「はい、聖樹を植えましたので、聖域内にある政庁の宿木の種についてはこれで全て解除できます」
「本人たちに解除の自覚はあるのか?」
「解除時に宿木の枝の持ち主に逆らった行動をしているなら、自覚するでしょうが、そうでなければないでしょう」
「そうか」
その時、マリーカと呼ばれるメイドさんから声がかかる。
「旦那様、エルノート様、警吏長官以下百名、冒険者ギルドマナエル支部長以下百名、準備が整ったとのことで、お見えです」
ジョセフ様が私の目を見て頷かれる。
「頼めるか?」
「はい」
私は目を閉じ、集中した。
「聖樹の主が命じる、宿木の種よその生を全うし、土へと還れ」
私が祝詞を唱えると、聖樹が輝きその祝詞の効果が広がっていった。
「⋯⋯⋯終わりました」
「では、行こう」
「はい、行きましょう。正統神聖教会司教ナイジェル・ノアール―――」
私たちは、このマナエルにおける大掃除のために、
「彼の偽りの楽園の終焉を告げに」
共に歩み出した。




