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第61話 元副支部長は居場所を得る

「こ、これは⋯⋯」


エルノート氏の案内で工房の作業区画に来た私は驚愕した。


そこには明らかに未成年と思われる女児たちが働いていた。


普通の工房は職業スキルを持つ成人がスキルを使って働く。


だがこの工房のメインスタッフは女児たちだ。


大人はいるが、見守っているだけのようだ。


「ナナちゃん、次の竹の原料持ってきたよぉ」


「ありがとう、ユナちゃん。ミミちゃんに渡して裁断してもらって」


「分かったぁ」


「ナナちゃん、角笛の完成品の箱、もうちょっとで一杯になりそう」


「分かったサヤちゃん。ロキ先生、キセラ先生と一緒に倉庫に運んでもらって良いですか? 代わりに、空箱を持ってきてください」


「任された! キセラ、運ぶぞぉ」


「はい、あなた」


どうやら、あの「ナナちゃん」と呼ばれている女児が司令塔をしてるようだ。


「エルノート様、一体あれらの女児は何でしょう? 女児に見えるが成人した女性なのでしょうか?」


「いえ、正真正銘の女児たちです。あちらの女児たちは貧民街の孤児院の子たちで、ここの工房長である聖樹の主様がお雇いになられた従業員です」


(孤児? これが学のない貧しい孤児の仕事か? 明らかに熟達した仕事をこなしている⋯⋯)


「大人の方もおられるようですが、あの体格の良い男性と女性も従業員の方ですか?」


女児たちとは明らかに体格が違う二人の大人が女児の指示に従って荷を運んでいる。


「箱を運んでおられる男性と女性は庶民派のロキ神父様と孤児院長のキセラ様のご夫婦です。最近、付近の魔素が少なくなり仕事が減ったとのことで、お手伝いに来てくださいました」


「ロキせんせいとキセラせんせいは、すごいんだよ。おててがピカピカってひかって、えいっとすると、マモノもパッカンってなっちゃうんだよ」


「ご説明ありがとうございます、キキさん。両先生方は聖治癒師でおられるとともに、拳法をお使いになられるご様子ですね。ご説明からすると聖属性の法力を込めた拳で魔物を殴殺されると言ったところでしょうか。拳闘士と違い魔物の返り血がついても自身で浄化できるので魔素の汚染を気にせず戦えるようですね」


(さっきの女児の説明から、どうやってそれだけの情報を得ているんだこの人は⋯⋯。それにしても司教の所にいたナヨナヨした聖治癒師とはかなり違う……)


私はさらに女児が実際に製品を加工している現場を見た。


そこには、熟練工と思えるスピードで、次々と製品を完成させていく姿があった。


だが、私は違和感を覚えた。


(そうだ、あの法力機械だ)


私は出世の機会を得るために、ギルドと取引のある、あらゆる商会や工房に訪問し顔をつないできた。


そして生産現場にも度々顔を出し、法力機械も数多く見てきた。


そして気付いた、今私が見ている法力機械は大幅に何かが無いことに。


それは、術式紋による機械制御装置と動力だ。


通常の法力機械は術式紋を紋章法術師という特別なスキルを持った専門家が作成し、機械を制御する。


この術式紋による機械制御装置は単純作業用でも直径数メルトの大きさの装置になる。


次に動力だ。


法力機械は法石をエネルギー源として、術式紋で制御された回転装置で動力を生み出している。


この動力も大きさは機械制御装置と同じくらいの大きさになる。


だが、目の前の機械にはそれらが一切無いのだ。


「エルノート様、あの子たちが使っている法力機械は一体何なんですか!? 制御装置も動力も無いのですが」


「はい、あれらの法力機械は主様が設計され、私が製作いたしました、最新型の卓上法力機械となります。現在、特許を取得中ですので詳しくはお話しできませんが、あの機械には術式紋による制御装置がありません。また、従来のような回転動力はなく、法力を直接駆動部に送り込んでいます」


(分かる。私には分かるぞ!)


数値計算は上級会計士である私の専門分野だ。


あの卓上法力機械のエネルギー効率は従来の法力機械を遥かに凌ぐ。


使用しているエネルギーに対する作業効率が恐ろしく良いのだ。


「エネルギーは法石からの供給ですか?」


「いいえ、彼女たちの足元を見てください。あの足の下にあるミスリルの板に無属性法力を流し込むことで、機械が動くのです」


「て、天才だ!」


思わず声が出てしまった。


そう、この卓上法力機械を設計した主様は天才だ。


法石を使用しないということは、実質かかる費用は、機械のイニシャルコストとメンテナンス費用だけで、機械を駆動させ続けることができるということだ。


産業機械用の充填済み法石は、従業員の人件費に比べて非常に高価だ。


(高コストの法石を使用せず、従業員の法力を生産に使用するなんて、何て経済的なんだ!)


問題はコストだけではない。


法石を使用した機械は人の働き口を奪う。


機械化するということは、それまで職人が手でやっていたことを機械が行うのだ。


それは自然と職人の働き口を奪ってしまう。


しかし、この卓上法力機械は違う。


必ず人が機械を操作しなければならない。


そして、法力切れにならないよう、必ず交代制で作業を行う。


だから、この機械は人から働き口を奪わないのだ。


(一体、主様とはどんな人物なのか?)


そう思っているとエルノート氏から声がかかる。


「主様がお見えです」


私はそれを聞いて入り口の方へ視線を移した。


そして驚愕した。


入ってきた三人のうち一人は私が知っている方だった。


(あれは公爵令嬢のキャサリン様ではないか!?)


そう、その方は私がビバルを通して情報収集しようとしていた、キャサリン様だ。


(この方がおられるということは、もしかして、この工房は公爵様の肝いりの工房なのか!?)


エルノート氏が語りかけてきた。


「あの真ん中と左側におられるのが、第一世代聖樹の主様、シド様、ミオ様です。シド様はこの聖樹工房の工房長でもあられます」


(シド様とミオ様⋯⋯)


私はその名前に心あたりがあった。


「シド様は結界師、ミオ様は聖剣士として冒険者ギルドに所属されています」


(思い出した! そうだ!)


キャサリン様のパーティーメンバーはミオと言う聖剣士だった。


そのパーティーメンバーがミオ様だとすると、あの結界師のシド様は――


(私がH級に落とした88番ではないか!?)


「まずい!」


「何かおっしゃられましたか?」


(な! 思わず声に出してしまった!)


このエルノート氏はエルフ聖樹国の元中枢におられたお方、そして今、この方が仕えておられるのが、シド様とミオ様。


エルフ聖樹国は聖樹が政治の中心。


そして第一世代聖樹の主がシド様とミオ様。


それはすなわち、あのお二人は―――


(エルフ聖樹国の国家元首や王族に近い方ではないか!! まずい! まずい! まずい! 大変まずい!)


おそらく、偽装の法術具を使って耳などを隠し、人族としてお忍びで冒険者になっておられるのだ。


そして、エルフの結界師と言えばあの有名なオスカー・スピネル様。


シド様はオスカー様の血縁の方かもしれない。


下級とはいえ、私は曲がりなりにもシルバニア王国の男爵家の人間。


他国の下級貴族がエルフ聖樹国の要人に無礼を働いたとなると、ただではすまない。


(外交問題になれば、私一人では済まない……下手すると戦争だ!)


私はシド様をH級に落としただけじゃなく、誓約書まで書かせた。


(冷や汗が止まらない! どうする……)




「ナナちゃんおはよう。学校が始まる前の早朝に、こんなにたくさんの子たちを連れてきてくれてありがとう」


「シドさん、おはようございます。今日出荷できる分だけでも作っておこうと思って、みんなに頼んだら、みんな工房に来たいって言ったんで、ロキ先生とキセラ先生と一緒に来ました」


「そうなんだ。みんな学校の卒業式以来だね。今日は朝早くから来てくれてありがとう」


作業をしていた女児たちが「わぁー」と言って一斉にシド様たちに駆け寄り、笑顔で取り囲む。


ミオ様、キャサリン様も孤児たちとかなり仲がよい様子だ。


「ロキ先生とキセラ先生もご無沙汰しております」


女児たちをうまくかわしつつ、シド様は両聖治癒師に近づき語りかけられた。


「シド君、この度は工房で子供たちを働かせてくれてありがとう」


「この子たちもとっても喜んでます!」


シド様は両氏と語り合っておられる。


(今のうちに何かよい手を考えなければ⋯⋯そうだ! 既に私はエルノート氏から会計士として働かないかと言われている。これを利用しよう!)


シド様がこちらに歩いて来られた。


「エルノートさん、おはようございます。朝早くから工房の面倒を見てくださって、ありがとうございます」


「おはようございます、シド様。当然のことをしたまでです。シド様はもうドブさらいのクエストをお済ましになられたのですか?」


「はい、済ませてきました」


(ドブさらいクエスト!? そ、そうか、私がH級に落としてしまったので、そんなクエストを。何とかして、何とかして取り繕わねば⋯⋯そうだ! シド様、ミオ様に忠誠を捧げ、私の持てる限りの能力で有用さをアピールしよう!)


「シド様、こちらは元(ゴホン、ゴホン)」


「エルノート様、私に自己紹介をさせていただけませんでしょうか」


エルノート氏はにっこり笑って頷いた。


(この方、ひょっとしてこれを計算していたのでは⋯⋯)


「シド様、私はこの度、エルノート様よりこの工房の会計士に推薦いただきました、サイロスと申します。この様な素晴らしい工房の会計士に推薦いただき、感謝の念に堪えません」


「そうだったんですか。エルノートさんが推薦するほどの方ですから、さぞかし優秀な方だと思いますが、こんな小さな工房の会計士になっていただいて良いのですか?」


「もちろんでございます。私の持てる限りの力と人脈を使いまして、この工房を盛り立てて参ります。末永くよろしくお願いいたします」


「とっても頼もしいです。ありがとうございます」


「早速ですが、工房の製品を見せていただいてもよろしいでしょうか?」


「良いですよ。俺が案内しましょう」


作業区画から倉庫区画に移動した。


そこにはフォートラン商会の商会長の娘、エミリー氏と護衛隊隊長のダン氏、そしてビバルがいた。


互いに目が合って、気まずい雰囲気になったが、気にしてはいられない。


商品のチェックに進む。


この工房の主な商品は、角笛、吹き矢とその矢じり、そしてあのゴブリン殲滅戦の編成会議でフォートラン商会のサイモン氏が持ち出したあの剣。


(あの剣の出どころはこの聖樹工房だったのか⋯⋯すると、キャサリン様の剣も⋯⋯)


いや、今はこの製品を売ることに集中しよう。


私は角笛、吹き矢の性能も見せてもらった。


(なんと! 素晴らしいのひと言だ!)


「シド様、製品のご説明ありがとうございます。素晴らしい商品ですね!」


(ここからだ。ここから私の有能さをアピールせねば!)


「この角笛ですが、信号に応用してはどうでしょうか?」


「信号?」


「はい、ある符牒で吹けば前進せよ、また別の符牒で止まれなど、符牒を一覧にした用紙と共に販売するのです」


「なるほど、良いですね!エルノートさんお願いできますか?」


「はい、直ちに」


(よし、つかみは成功だ)


「次に冒険者ギルド内でのデモンストレーションです。実際に使うところを見てもらい実演販売します」


「良いですね! 誰に行ってもらおうか?」


「僭越ながら、デモンストレーションは女児のどなたかにやってもらう方が印象に残るかと思います。子供でも扱える簡単さをアピールできます」


「じゃあ、学校が終わった後に誰か大人と一緒に行ってもらおうか?」


「冒険者ギルドのギルドホールがちょうど良いかと」


「スペースを貸してくれるかな?」


「はい、ギルドホールを管理しているホール長のラルゴ氏に、サイロスが『試飲で飲む酒は美味かったか?』と聞いていたと言えば、きっと貸してくれるはずです」


ギルドホールの酒場を仕切るホール長のラルゴは試飲と称して、大量の酒を自分のために持ち去っている。


それは、会計上無視できないレベルだ。


これを利用して、奴に便宜を図らせる。


「そうなんですか。サイロスさんは顔が広いんですね」


(やったぞ! 喜んでおられる)


「あと、角笛の生産が一段落したら、皮革工房の皮革裁断と縫穴の穴あけの仕事を請け負ってはいかがでしょうか? 」


「そんな仕事があるんですか?」


「はい、皮革工房では裁断と縫穴の穴あけ作業は重労働です。しかし、この聖樹工房の機械なら、効率よく作業ができます」


「なるほど。良いですね! まずは、どこの工房がおすすめですか?」


「リッチェル皮革工房の工房長リッチェル氏にサイロスが『だんごはうまいか』と言っていたと伝えれば、直ぐにでも対応してくれるはずです」


リッチェル皮革工房は競争入札で談合して不当に安く魔物の革を手に入れている。


それをつついてやれば、直ぐにでも協力するはずだ。


「サイロスさんは人材網が豊かなんですね。助かります」


(やったぞ! これで当面は大丈夫だろう)



しかしその時、私の最大の弱点となる存在が倉庫区画へと入ってきた。


「あ、メイさん、おはようございます」


「おはようございます。シドさ⋯⋯⋯⋯⋯」


彼女と目が合ってしまった。


そう、あの前衛芸術に偽装していた彼女だ。


「ふえ、ふえぇぇぇぇぇぇぇぇん!」


急に泣き出した。


「何で、何でこんな所にサイロス副(わー! わー!)。モゴモゴ」


思わず、叫んで彼女の口を押さえてしまった。


(ど、どうする⋯⋯どうすれば良いんだ!?)


彼女を見ると目が涙でいっぱいだ。


シド様が怪訝な目で見てる。


「頼む、頼むから私のことはただの『サイロス』と呼んでくれ」


私は小声で彼女にお願いした。


彼女は静かに頷いた。


とりあえず、手を離したら――――


「ふえぇぇぇぇぇぇぇぇん! あだじ、サイロスさんに恥ずかしいところ見られて、もうお嫁にいげまぜぇぇぇん」


さらにまずいことを言い出した。


シド様だけでなく、周りの人々も怪訝な目で私を見てきた。


「ぜぎにん取ってぐだざい! ザイロズざぁぁぁん」


も、もはや周辺のみならず、作業区画からも人が集まり、完全な悪人を見る目に囲まれている。


(もう、打つ手は一つしかない!)


「分かった! 責任を取る! 責任を取って君と結婚する!」


「え゛!?」


涙と鼻水だらけの顔で彼女が私を見つめる。


「ザイロズざん、おぐざんは?」


「いない、私は独身だ!」


「ほんど? ほんどに結婚じてぐれまずが?」


「する! 君と結婚する!」


「ぶえ、ぶえぇぇぇぇぇぇぇぇん!」


すると、また泣き出し、彼女は私に抱きついてきた。


私の服は彼女の涙と鼻水でびしょびしょになったが、周囲の目は温かい目に変わり、私は濡れ衣を着るのを免れた。



その後、私と彼女は即日入籍。


この工房の元の持ち主の夫婦が住んでいた住居区画に住むことになった。


「はい、サイロスさん、あーんしてください」


(どうしてこうなった?)


「あ、あーん」


私は図らずも、この工房で居場所を得る結果となった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「予定通り、うまくいきましたね」


「何か言いましたか? エルノートさん」


「いいえ、何もありません。シド様の工房は販路や仕事も増え、これからも全て順調に行くでしょう」


「みなさんのおかげです。ありがとうございます」



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