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第57話 モグラ狩りは時代を変える角笛の音を聞く

「空が青い」


俺は昼でも暗い穴蔵の中から天井に空く丸い穴を見上げてつぶやく。


ここはイビルモールの狩り穴。


モグラの魔物の横穴に縦穴を掘り、四隅の窪みに四人が潜み、モグラが通りかかったところを四隅の剣士が息を合わせて短剣で刺し、仕留める。


だが、モグラはそう簡単には通過することはない。


奴らは目は見えないが、鼻と耳が良い。


地中のワームや、穴に落ちて苦しむ小動物はすぐに察知し襲いかかるが、俺たちのようなモグラ狩りの気配を感じると別のルートを通って行く。


モグラが狩れるのはせいぜい一月に一匹程度だ。


すなわち、一月のほとんどを無収入のまま穴蔵で過ごす。


俺たちは五人組で四人が待ち伏せし、一人は休憩する交代制で狩りを行っている。


だが、休憩と言っても金が無いから寝に帰る家も定宿もない。


穴蔵以外には城壁の外周沿いに張ってあるテントがあるが、仲間の食事の準備をする以外はやることもなく、食って寝るだけ。


時々、モグラ狩りの冒険者総出で、新しくできた横穴の調査と補強をするが、それ以外の日は、食料の買い出し、ギルドに生存報告を出すくらいで、ほとんどを城壁外で過ごす刺激のない生活だ。


だがつい先日、そんな俺たちにもある劇的な経験があった。


「ああ、シルビア様ぁ~」


この声は風剣士のチャックだろう。


おそらく、シルビア嬢の似顔絵にでも頬ずりしているに違いない。


俺たちはシルビア嬢のファンクラブの会員だ。


俺たちはいつも会員の誰かがシルビア嬢に近づく怪しい奴がいないかをチェックしている。


そして、先日怪しい奴がシルビア嬢に『お呼び出し』されたと情報が入った。


そいつは成人したての最底辺のH級冒険者だった。


何やらそいつはどんな方法かは分らないが、ドブさらいで荒稼ぎをしていると聞いた。


普通、ドブさらいなどで荒稼ぎなんぞ出来はしない。


そして、そんなドブさらい冒険者がシルビア嬢に呼び出しを受けるなど、あり得ない話だった。


俺たちはそいつの尾行を開始した。


そいつはドブの蓋も開けず、泥を次々と掻き出して行った。


ますます怪しい。


そして、俺たちはそいつに接触し、俺たちのシルビア嬢に近づかないよう、指導してやろうとした。


しかし、俺たちは突然、理由の分からない苦しみが内側に込み上げてきた。


そして、過去の苦しい思い出や、もう思い出したくない思い出が呼び起こされた。


「クソ!」


またフラッシュバックが俺を襲う。


「どうしたゲイル、また思い出したのか?」


仲間のハンクが湯気が立っているカップを俺に差し出してくる。


「すまないハンク」


「お互い様だ。俺もあの新人冒険者に会って以来、悪夢を見る日が続いている」


俺は受け取ったカップに口をつける。


「ああ、落ち着く」


この茶は最近フォートラン商会から売り出されるようになった排魔草と言う草から作られた茶らしく、安価だが、魔素を体外に追い出す効能があるらしい。


この茶を飲むと気分が落ち着いて楽になる。


「お前が思い出すのは、やっぱりあの時のことか?」


ハンクが尋ねる。


「ああ、十年前のあの時のことだ」


俺たちはあの厄災戦の生き残りだ。


そう言えば聞こえはいいが、実際には守るべきものを守らず逃げ出したのだ。


当時の俺たちはまだ駆け出し冒険者で、厄災戦の矢面には立っていなかった。


しかし、敵が城壁を突破した時、俺たちにも任務が与えられた。


それは突破した敵を避難民に近づかせない任務だった。


俺たちは街中に防衛陣地を築き、敵の足止めを行いつつ、後退していった。


その時、任務に就いた冒険者仲間の内に逃げ遅れた子供がいた。


何度も敵に迫られ、極度に緊張を強いられる戦場であの子供はじっとそれを耐えていた。


次第に仲間たちは疲弊し、狂って突撃する奴や、嘘をついて逃げる奴が続出した。


もはや、俺たちの信頼関係はボロボロだった。


そしてついに、俺たちは迫りくる敵の脅威と、仲間への不信感に耐えきれず、その任務から逃げてしまった。


俺たちは同じ任務に就く仲間を、子供を見捨てたのだ。


俺はその時のあの子供の目を忘れられない。


何度も冒険者たちに裏切られ、絶望する子供の目を。


そして俺たちもその子供に絶望を与える側となってしまったのだ。


俺はあの新人冒険者に会った時、肉体の目じゃなく、心の中であの子供の目をもう一度見たような感覚に襲われた。


「あの時は俺たちも素人同然の新人冒険者だったんだ。あまり気に病むな。あれがあったから、俺たちはその後悔を糧にしてマナエル奪還戦を戦い抜けたんだ」


「ああ、その通りだ。だが、理屈では納得できても、俺の心はそれを許してくれない」


ハンクの言う通り、俺たちは自分の身が助かった後、激しい後悔に苛まれた。


俺たちはマナエル奪還戦では、その罪滅ぼしをするように、がむしゃらに戦った。


そして、俺たちは勝利した。


俺たちは、あの時の犠牲は無駄じゃなかったんだと、自分たちの心を無理やり納得させた。


その後も俺たちは過去を忘れようと必死で冒険者活動にのめり込んだ。


そして四年前、一人前の冒険者と言われるC級冒険者にまでとうとう昇格した。


俺たちは肩を叩きあって喜んだ。


あの経験は無駄じゃなかったと互いに励まし合った。


しかし、俺たちには見えていない落とし穴があった。


そして、C級冒険者になると言う重みが理解できていなかった。


俺たちは目の前のことばかりに気を取られ、ミスリル剣への武器転換に失敗してしまったのだ。


ミスリル剣への転換は法力容量の増大とともに行わなければならない。


武器転換はまだ低ランクのクエストが受注できるD級冒険者の時に行うべきだったのだ。


俺たちはC級に上がった後、中位ランクのクエストをこなしながら武器転換を行わなければならなくなった。


最初のいくつかのクエストは無事にやり過ごせたが、次第に剣は駄目になり、修理ではどうにもならない状態に陥った。


それまでにかさんだ修理費も俺たちを追い詰め、俺たちは判断を誤った。


怪しい商会の売り出す異様に安いミスリル剣に手を出してしまったのだ。


それからは、坂道を転げるように転落して行った。


ミスリル剣はすぐに使い物にならなくなり、深手の傷を負った。


契約で剣は購入した商会でしか修理ができず、高額の修理費を払わざるを得なかった。


また、傷を治すために高額の治癒費を正統神聖教会に支払った。


俺たちはあっという間にそれまで貯めてきたパーティー資金を食いつぶしてしまったのだ。


俺たちは最後の資金を使い、ミスリルの短剣を堅実な商人から買った。


そして、モグラ狩りになったのだ。


しかしその結果は人頭税の未納と言う結果で現れた。


あれから四年、一度も人頭税が払えなかった。


ギルドが人頭税を肩代わりしてくれるのは四年間。


あと一年で俺たちは公共奴隷にならなければならなくなったのだ。


「俺たちも焼きが回ったな」


「ああ」


あの新人冒険者に俺たちが接触したのは、シルビア嬢のことが理由だったが、その他にも俺たちには打算があった。


新人冒険者への嫌がらせを行うことで、D級冒険者へ降格されるという打算が。


D級冒険者になればまた、低級のクエストが受けられる。


俺たちは表面的にはシルビア嬢のために動いたが、内面ではもうこの薄暗い穴蔵暮らしはもうこりごりだと思っていたのだ。


俺たちはシルビア嬢への思いに対しても、泥を塗ったのだ。


本当はみな薄々感じている。


俺たちが抱いているシルビア嬢に対する思いは、彼女にとっては迷惑な思いであることに。


俺たちは彼女を俺たちの偶像としたのだ。


俺たちは高い治癒費を請求され、こんな生活に突き落とされる原因となった正統神聖教会に背を向けた。


長い穴蔵暮らしで、俺の視力は悪くなり、モグラと肉薄して格闘する間に前歯も折れてしまった。


金を払って治癒してもらうこともできただろうが、金が無いと言う理由だけでなく、今さら神にすがることをしたくないと言う思いが、俺にそうさせなかった。


「ゲイル、お前治癒師の所に行って、視力だけでも治してもらってきたらどうだ」


「多分俺の視力低下は魔素に当てられたのが原因だ。普通の治癒師じゃ治せない。今さら教会に行って頭を下げたくない」


「庶民派の教会に行けばいいじゃないか。あの連中は口うるさいが、俺たちのことを親身になって考えてくれる」


「今さら視力が戻っても、見える現実は見たくないものばかりだ。それに、この排魔草の茶を飲むようになって、少し視力が戻ったように思える。今は空の青さが感じられるようになった」


空は澄み渡っていても、俺たちの心は晴れない。


そう思っていた。


だがその時、高く響き渡る鳥の鳴き声が聞こえた。


「何だ!? イビルホークか?」


俺たちはまだ知らなかった。


その高く響き渡る音は、時代を変える角笛の音であることに。



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