第54話 結界師は工房を開く
「お茶のおかわりはいかがですか?」
「ありがとう、ナナちゃんもう大丈夫だよ」
「じゃあ、食べ終わった食器を持って行きますね」
「ああ、助かったよ」
結局、ジョセフ様とキャサリンとエルノートさんは昼近くまでしゃべり通し、昼食時にようやく冷静な話ができるようになった。
午前の学校が終わったナナちゃんが店の手伝いに来てくれて、二階に全員分の食事を運んで、給仕をしてくれた。
とてもよく気が付く、気配りのできる良い子だ。
「それで、ジョセフ様のご来訪の要件ですが、そろそろお話しいただけますでしょうか?」
「すまない、すっかり要件に入るのが遅くなってしまった」
午前中の談義でかなりエルノートさんとジョセフ様は打ち解けたようだ。
「実は相談というのは『これ』だ」
ジョセフ様は一つの根が伸びた種を机の上に置いた。
「やはり『これ』でしたか。使用後のものですが良く見つけましたね」
「ああ、被害者からのものだ………」
「いえ、詳しくはお聞きしません。私は本国からこの種とある薬がこの街に持ち込まれたとの情報を得て参りました」
「やはりそうだったか。わたしたちは幸運だ。『これ』の解除方法もあると考えてよいのか?」
「はい、今は完全に可能になりました。私が本国からこの街に来た時の状況では五分五分といった状況でしたが、今は解除に全く問題ありません」
「良かった。それは『聖樹』の力によるものだろうか?」
「そうです。たとえ、この私がいなくても、この街はシド様に救われていたと思いますよ」
「それはどういうことだ?」
「ご覧になるのが早いでしょう。シド様、聖樹の所へジョセフ様をご案内してよろしいでしょうか?」
「え? あ、はい問題ありません」
二人は詳しくは分からないが、何かの植物の種についての共通の問題があり、それを話しているようだ。
そして、それを解決するには聖樹の力が必要なようだ。
俺たちは空き地の聖樹の所へ移動した。
少しの間に空き地は花だらけになっていた。
間違いなくミオが祝詞を唱えまくったせいだ。
ミオはキャサリンに祝詞を見せたくてまだ花の咲いていない雑草を探しに行ってしまった。
空き地にはジョセフ様の馬車があり、また、馬たちが気持ちよく過ごしているようだった。
馬たちが機嫌がいいのは聖樹の影響があるように思えた。
「これが『聖樹』か。何かここにいるだけで、すがすがしい気分になるな」
「それは正しい感覚です。実際に聖樹はここを中心に聖域を張り、人々の心に安らぎを与えています」
「聖域?」
「はい、この聖域には魔物は入って来られません」
「そ! それは本当か?!」
「はい、ですがこの聖樹は生まれて間もないため、大規模な魔物の襲来にはまだ耐えられないと思われます」
「いや、それでもありがたい。ここに聖樹があるというだけで民に平安が与えられる。それで、この聖樹の主はエルノート殿で合ってるか?」
「いえ、そのいきさつは主の許可をいただいてからご説明いたします。シド様、よろしいでしょうか?」
エルノートさんは俺を見て許可を求めた。
俺は静かにうなずいた。
エルノートさんは昨日からの一連の経緯と、精霊眼による考察をジョセフ様に語った。
「シド君、君がいてくれて本当に良かった。マナエルを代表して感謝する」
ジョセフ様は再度、俺に深々と頭を下げた。
俺はマナエルを代表してとか大げさじゃないかと思った。
「いや、これは俺が意識してやったことではないんで……」
「それでもだ。君にはいずれ功績に見合ったお礼をさせてもらいたい」
「だけど⋯⋯」
「シド、お父様の気持ちを受け取ってほしいのですわ」
いつの間にか戻ってきたキャサリンが俺に語りかけてきた。
「シド、あなたがいつも自然に行ってることは、みんなにとってとても幸いなことですわ。それはあなたが自覚しなくても、周りのみんなは実感していることですわ。だから、みんなからの感謝の気持も受け取ってほしいのですわ」
俺はいつも自分のためと思ってやっていたが、それが人のためになっていたんだと聞かされて、少し嬉しくなった。
「じゃあ、いずれその時が来たらお願いします」
「誇りにかけて約束するよ。――ウォルター、冒険者ギルドに連絡をしてくれ。状況が整ったので二人を移送してくれとな」
「承りました。二人でよろしいのですか?」
「ああ、念のために二人、連れてきてくれ。眠ったままな」
「はい、急ぎ行ってまいります」
何やら先ほどの種の問題の案件が冒険者ギルドと関係しているようだ。
詳細を教えてくれないのは、俺を巻き込まないためのジョセフ様の優しさだろう。
「おぉぉいシド、またお客さんだぞ」
ウォルターさんと入れ違いにリカルド伯父さんが俺を呼びに来た。
今日は来客の多い日だ。
店の正面に回ると、サイモンさん、エミリーさんそしてダンさんがいた。
「やあ、約束通り工房の準備が整ったので来たよ」
「サイモンさん、意外と早かったですね」
「空き家の元大工工房が意外とよい物件で、ほぼ修理など無しで使えたんで、手間が省けたんだよ」
「あそこのご夫婦はきっちりした人でしたから」
「じゃあ、さっそく―――りょ!?」
「やあ、サイモン君。ここでは私は《《ただの》》ジョセフだ」
「え!? あ、はい畏まりました。なぜジョセフ様がここに⋯⋯そ、それにあなたは――」
「しばらくぶりですね、サイモン様」
「エルノートさん、サイモンさんとはお知り合いですか?」
「はい、私はここに来る前は流れの細工職人として路銀を稼いでいましたから。その際にサイモン様にお世話になりました」
「お世話だなんて、こちらこそ良い取り引きをさせてもらいました」
「エルノートさん細工職人なんですか?」
「私の職業は聖細工師ですから」
「そうだったんですか!」
細工師は一般的な職業で、上級、中級、下級のランクがつく非戦闘系職業だが、それに属性が付くのは大変珍しい。
属性が付いた場合、上級の能力と固有属性の技能が合わさったスキルが使える。
「私のことはまた追々、本日は工房を開くことを優先いたしましょう」
「ジョセフ様とエルノート様もご一緒されるのですか?」
「「当然!」」
サイモンさんの質問に即答する二人。
午前中のようにならなければ良いのだが………。
「はあ、ではご案内します」
俺たちはサイモンさんの案内で、おっちゃんの鍛冶場の隣の元大工工房に移動した。
「おお、シド来たな!」
俺たちが工房に入るとおっちゃんが工作道具の整備をしていた。
「シド君、彼は?」
「はい、隣の鍛冶場の持ち主のドノバンさんです。副工房長になってもらいたいって私が依頼しました」
俺はサイモンさんから工房の話をされたその日におっちゃんに相談し、副工房長になってくれるようお願いしていた。
最初はおっちゃんも今一乗り気じゃなかったけど、サイモンさんと相談して決めた構想を語っている内に乗り気になってくれた。
「シド、お偉いさんか?」
「キャサリンのお父さんのジョセフ様」
「これは、失礼しました。ドノバンと申します」
「貴殿の鍛冶場で製作された剣は我が家の貴重な戦力になっている。これからもよろしく頼む」
「はい、精一杯頑張ります」
「ドノバン様、昨日よりシド様のお家でお世話になっておりますエルノートと申します。これからこの工房でもシド様をお支えしようかと思っております。職業は聖細工師です。よろしくお願いいたします」
「聖細工師!? あんたエルフだろ? 何でまた⋯⋯」
「私についての詳細はまた後ほどといたしましょう。先ずは工房内の間取りの確認からいたしましょう。シド様、参りましょう」
「あ、はい」
俺たちは工房内を歩き回って、間取りの確認をした。
ミオとキャサリンはエミリーさんとダンさんと共に昨日までにダンジョンで獲得したドロップ品を工房の倉庫に納めに行った。
俺とおっちゃん、サイモンさん、エルノートさん、ジョセフ様の五人は各部屋を見て回った。
工房は主に作業区画、倉庫区画そして生活区画の三つに分かれていた。
前の持ち主の大工の夫婦はとても真面目で几帳面な性格で、工房内はとても良く整備されていた。
これは職業のランクではなく、職人としての意識の高さの現れだと感じた。
「どうやら、全盛期には結構な数の徒弟を抱えていたようですね」
エルノートさんの言う通り、生活区画は大食堂と男女別の浴場、二階と三階には徒弟たちが寝起きするためと思われる個室がいくつも並んでいた。
「シド様、ご相談があるのですが⋯⋯」
「はい、エルノートさんが思ってる通りで俺は良いですよ」
先ほどエルノートさんは近くの宿屋でしばらく暮らすと言っていたが、どうやらこの工房を気に入ったようだ。
ここなら俺たちの家と聖樹からも近く、工房の管理もお願いできる。
「ありがとうございます」
俺たちは一通り工房を確認した後、工作室にある広いテーブルについて、今後の話をすることにした。
「それで、これからこの工房で何をお作りになる予定でしょうか?」
エルノートさんにはまだ角笛と吹き矢については説明していなかったので、俺はまず角笛を一から工作して見せた。
そして、今作った角笛と先日作成した吹き矢の実演をしてみた。
「「素晴らしい(です)!」」
エルノートさんとジョセフ様がとても目をキラキラさせている。
少しまずい状況を感じ取ってしまった。
「ぜひ、この工房で働かせてください。聖細工師としてきっとお役に立ってみせます!」
「エルノートさんがいてくださるなら安心できます」
「あと、吹き矢ですが、こういう改良はいかがでしょうか?」
エルノートさんは俺の吹き矢の筒に何やら小さな法石を取り付け始めた。
とても巧みな技で、エルノートさんの技量の高さを感じた。
「出来上がりました。さっそく吹いてみましょう」
エルノートさんは石壁に掛けてある吹き矢の的に向かって吹いて見せた。
すると、驚くことに、ゴブリンの牙を原料とした矢じりが鈍く重厚な音と共に的を貫通して裏の石壁に刺さってしまった。
「こ、これは!」
あまりの威力に一同静まり返ってしまった。
「エルノートさん、一体、どんな改良をされたんですか?」
「はい、筒に風属性の宝石を取り付け、風力で矢じりの回転と押し出す力を強化するアシスト機能をつけました」
「こりゃ、魔物の牽制じゃなく、完全にハントする仕様の武器だな」
おっちゃんが刺さった矢じりを見て言う。
「サイモン様、あなたの眼はどう言ってますか?」
「はい、武器として一級品です。牽制用の通常タイプとハント用の高級品タイプを分けて売ればかなり需要があります」
「眼って、エルノートさん、サイモンさんの眼のこと知ってるのですか?」
「はい、私が言っておりました先祖にエルフの血が入っている精霊眼の持ち主は彼です。そのご様子ですと、シド様の気になっておられた人物も彼ではございませんか?」
「はい、そうです」
「俺の故郷はエルフ聖樹国の国境の町で、どうやら先祖は精霊眼を持つエルフの一族の男性と結婚したらしい」
「私の職業、研究者のスキルもこの吹き矢は一級品だと言っている。かさばらず、携帯も容易だ。ぜひ家の家人にも予備武器として持たせたい」
「シド、今の矢じりはゴブリンの牙を使ったのだろ? 矢じりは用途に合わせて鉄や青銅でも作ってみればいい。うちの鍛冶場ですぐに量産できる」
みんな、かなり吹き矢に前のめりだ。
「シド様、先ほどの角笛はイビルホークの鳴き声にそっくりでした。これは魔物の追い込み猟に使えます。また、笛の符丁を決めればフィールドでの連絡手段としても使えます」
「それは良いですね!」
かなり、商品の販売に向けた方向性が定まってきた。
後は、角笛、吹き矢の筒の量産体制をどうするかだな。
そう思っているとミオ、キャサリン、エミリーさんとダンさんが倉庫区画から作業区画へ入ってきた。
「シドぉ、これアンデッドダンジョンのドロップ品なんだけど、何か用途ないかなぁ? いっぱい有り過ぎて困ってるんだけど……」
ミオが何やらうねうねと動く肉片のようなものと骨を持って来た。
さて、いかがしたものか。
俺は工房が進む次のステップへの思考を開始した。




