第53話 結界師は危険物を混ぜてしまった
「おはようございます。すがすがしい朝でございますわね」
キャサリンが馬車から降り立ち、いつもと違う令嬢然とした丁寧な挨拶をした。
「「…………キャサリン?」」
「ふえ……ふえぇぇぇぇぇん! お父様のばかぁ! シドとミオにドン引きされてしまいましたわぁ! だからあれだけ普通の格好で行きましょうと言いましたのにぃぃ!」
俺たちが普段の雰囲気とあまりに違うキャサリンに気後れしてしまったのを見て、キャサリンは「お父様」と呼ばれる人物に泣きついてしまった。
そして、キャサリンに続いて馬車から出てきたのが威厳ある正装に身を包んだ男性だった。
「すまない、キャサリン。だが、エルフの長老にお目通りするのに、平服というのはちょっと……」
済まなさそうな表情でキャサリンに語りかけるこの人物がキャサリンの父親であるというのは、顔立ちや雰囲気でよく分かった。
「失礼いたします。私の名前はエルノートと申します。お二方のご訪問の目的は私かと存じます。しかし、お二方のご容姿はいささかこの場に不釣り合いかと存じます。失礼とは存じますが、お召し換えの上で会見できればと思いますが、いかがでしょうか」
すかさずエルノートさんが二人に提案をした。
さすが、場の理を読むエルノートさんだ。
「え、あ……そ、そうですね。こちらこそご迷惑をおかけしました」
「ミオ、申し訳ありませんがお部屋をお借りしたいですわ」
「喜んで! 来て来て」
「お父様、お召し物の用意は⋯⋯」
「キャサリンお嬢様、ご心配なく」
「ウォルター、こちらは私のパーティーメンバーのシドですわ。彼にお部屋を借りてお父様のお着替えを……」
「心得ております。シド様、私は執事のウォルターと申します。キャサリンお嬢様をいつもお助けいただき、心より御礼申し上げます。突然のお願いで心苦しいのですが……」
「あ、え、あの、俺の部屋でよろしければどうぞお使いください」
「御心遣いありがとうございます」
「シド君、ありがとう。私はキャサリンの父、ジョセフという。突然来て迷惑をかけてしまって申し訳ない」
「いえ、俺、いや私もキャサリンお嬢様には色々とお世話になっておりますので」
「シド、私のことはこれまで通り呼び捨てでお願いしますわ」
「シド君、どうか気を遣わないで、いつも通り振る舞ってほしい」
いつも通りと言われても、とてもそんな気にはなれない。
「おおシド、どうしたんだ?!」
店の前で話し込んでいたら、店内から伯父さんが出てきた。
「ジョセフ様、こちらはミオの父、私の伯父のリカルドと申します」
「これは、リカルド殿、キャサリンの父、ジョセフと申します。娘がいつもお世話になっております」
「え、あ、そ、そんな、お世話だなんて、こちらこそ娘がパーティーメンバーとしてお世話になっております……」
さすがの伯父さんでも、正装を着たジョセフ様を前に気後れしてしまっている。
「まあまあ、キャサリンちゃん、ドレス姿とっても綺麗よぉ」
一方、シエル伯母さんはいつものテンションだ。
「あ、ありがとうございますわ、シエル様。こちらは父のジョセフですわ」
「シエル様、ジョセフです。お美しい奥様にお会いできましたこと、うれしく思います。いつも娘を温かく迎えていただき、ありがとうございます。娘は母親を亡くしており――」
ジョセフ様が挨拶をしていると「パンパン」と手を打つ音がした。
それはエルノートさんだった。
「失礼いたします。いささか、衆目が集まりすぎており、ご迷惑になっておりますようです。積もるご挨拶は後ほどとなされてはいかがでしょうか?」
馬車の周りを見ると黒山の人だかりになっていた。
「こ、これは失礼しました。ウォルター、私は中で着替えさせてもらう。お前は馬車を移動させてくれ」
「かしこまりました」
「馬車なら裏の空き地へどうぞ」
俺はウォルターさんを案内した。
「ありがとうございます」
と、一騒動あった後、俺たちは改めて家の二階で挨拶し、ジョセフ様からの贈り物の受け渡しなどが行われた。
店の営業が中断してしまっていたため、迷惑料を払うとジョセフ様が提案されたが、それはリカルド伯父さんが丁重にお断りしていた。
そんなこんなで、伯父さんと伯母さんは店の営業に戻って、俺たちは話し合いの場についた。
「まずはシド君、この度はキャサリンと我が家の使用人に聖属性剣を貸し出してもらい、本当にありがとう」
ジョセフ様が深々と頭を下げられたのを見て、俺は少々気後れしてしまった。
「あ、あの、どどういたしまして。あと、キャサリンの剣は貸し出しでなくキャサリン自身の物ですので……」
「シド様、聖属性剣とは……?」
そう言えばエルノートさんにはまだ見せてなかった。
「こちらですわ」
すかさずキャサリンが自身の剣をエルノートさんに見せた。
「失礼します―――こ、これは!」
エルノートさんは剣を受け取った後、抜くこともしないで固まってしまった。
「こ、これはシド様がお作りになられたのですか!?」
何だか、鼻息が荒い。
先ほどまでの様子とは明らかに違う。
「はい、ゴブリンダンジョンのドロップ品から――」
「ゴブリンダンジョンのドロップ品から?! ど、どうやってお作りになられたのですか?!」
さらに「ハアハア」と、さらに息が荒くなった。
「え、えっと、ゴブリンのナイフを溶かしてそれにミオと俺の法力を流し込んで――」
「溶けた鉄にお二人の混合した法力を流し込まれたのですかぁ?!」
エルノートさんの目が血走っている。
見るとジョセフ様も前のめりになり、何やら鼻息が荒くなって来た。
「無属性の法力で強化した結界を型枠にして――」
「「結界を型枠に!?」」
エルノートさん、ジョセフ様が同時に叫ぶ。
ジョセフ様ってエルノートさんに会いに来たんじゃなかったっけか?
「そうですわ! シドは結界を型枠に十本の聖属性剣を同時に製作したのですわ!」
そこにキャサリンも鼻息を荒くして参戦してきた。
「「おおぉぉ!」」
俺はどうやら、まずいスイッチを入れてしまったようだ。
キャサリンは前からそうだったが、彼女の性格はジョセフ様から受け継いだものだったようだ。
そして、意外なのはエルノートさん。
何か冷静沈着なイメージがあったが、どうやら、モノづくりに関してはタガが外れてしまうようだ。
もはや、キャサリンの独演会に二人の興奮した聴衆が加わり、俺抜きで話が進んでしまっている。
「シド様、大変申し訳ございません………」
ウォルターさんが申し訳なさそうに謝ってきた。
説明せずとも、これが日常なのだとウォルターさんの目は語っていた。
ミオは――と思い周りを見たら、既にいなかった。
多分、話が長くなるのを見越して、外に花を咲かせに行ったのだろう。
「…………どうしましょうか?」
「…………大変申し訳ございません」
ウォルターさんの答えが全てを物語っていた。
どうやら俺は混ぜてはいけない危険物を混ぜてしまったようだ。




