第51話 付与術師は前衛芸術になる
(おはようございます。メイです。私は今、前衛芸術になってます。何のことか全く分からないかもしれませんが、私も全く分かりません)
「メイ君、録音用の法術具は右手、信号発信用の法術具は左手にはめてある。サイロスの部屋に入ったら、録音用の法術具を起動させてくれ。了解なら信号発信用の法術具で二回信号を送ってくれ」
(ああ、一体何で私がこんな目に⋯⋯⋯。支部長、終わったらボーナス出してください⋯⋯。ってえっと、左手の指輪に法力を流してっと⋯⋯)
「大丈夫だ。受信した。いいか、サイロスが暴露草を所持していることが分かったら、四回信号を送ってくれ。即突入する。それまでどうか耐えてくれ」
「それにしても、こんな短時間でよくこんな石膏像を作れましたね。ヘルマン人事部長」
「私の趣味でね。時々、作品を売ってほしいと言われて譲ることもある。良ければシルビア嬢にも教えてあげよう」
「いえ、私は芸術的なセンスが無くって⋯⋯、よく学校の先生にも絵が下手すぎて呆れられていました」
「メイ君、君のスキル、不動防御は比較的、持続性のあるスキルだが、法力切れを起こさないよう出力調整は誤らないようにな」
(はい分かってます。と言っても、結構出力調整って難しいんですよね。石膏像を崩さないためとはいえ、こんな格好で長時間動かずにいるなんて⋯⋯)
「支部長、そろそろサイロス副支部長が来られる時間です」
「分かった。シルビア君もここから離れてくれ」
「分かりました」
「ヘルマン人事部長、後は任せられるか? 私は領の警吏と隣室で待機する」
「承知しました。お任せください」
(ああ、みんな行ってしまう⋯⋯)
「メイ教官、心配することはないです。私が絶対にバレないように作りました。像の眼球も特殊加工で内部のあなたの眼球は見えません」
(が、眼球は良いですが、鼻の穴は息のために塞げてないんですが、それでバレないですか?)
「そろそろサイロス副支部長が出勤してきます。もう話しかけませんので、メイ教官も心を落ち着けて待っててください」
(ああ、こんな格好で廊下に立ってるのに、心を落ち着けるなんてできないよぉ)
「⋯⋯来ました」
(え? もう? 心の準備なんてできてないんですけど!)
「おはようございます。サイロス副支部長」
「ヘルマン君⋯⋯なんだね、朝から。私は忙しいと常々言ってあるだろ!」
「お忙しいところ失礼いたします。バルター商会からの荷が届きまして」
「バルターの? 奴は死んだが、知らないのかね?」
「はい、知っております。運送業者から聞きました。どうやら、バルター様がお亡くなりになる前に運送業者に預けられていた荷物のようで、返品先が無いため、必ず受け取って欲しいと言われました」
「ふん、バルターの死に土産か。いいだろう、中に運び込みたまえ」
「はい」
(わわ!? 何か宙に浮いた! そ、そうか。これは運搬用の法術具だ。燃費が悪くて冒険者は使わないけど、重いものを持ち上げることが出来る⋯⋯悪かったわね重くって! 最近、筋肉質になってきて体重が増えたのよぉ!)
「このあたりで良いでしょうか?」
(初めて入ったけど、副支部長の部屋って何かわけのわからない芸術品ばかりだなぁ⋯⋯って今は私もその一つだけど)
「ああ、そこでいい」
「後で運搬用の法術具は⋯⋯」
「分かっている。運送業者に引き渡す。いつものことだ。私は忙しい、早く出ていきたまえ!」
「はい、失礼いたします」
(ああ、ヘルマン人事部長ぉ! 最後にウインクして行ったけど、全然自信ありませんよぉ⋯⋯って、は、早く録音の法術具を起動させなくちゃ!)
「ふぅ、全くバルターの奴、またわけの分からん芸術品を送りつけよって。伝統貴族派でも、うちのような底辺男爵じゃあ、芸術教師なんて雇えるわけもないから、さっぱり価値が分からん」
(副支部長、伝統貴族派だったんだ⋯⋯。でも、副支部長も何だか苦労人なんだなぁ)
「それでも、バルターの選ぶ芸術品は何故か上級貴族に受ける。奴め低級商人のくせにこういう目利きだけはできていたからな。奴の代役を司教に早く用意してもらわんといかん」
(やっぱり副支部長と司教って繋がってたんだ⋯⋯って、な、何で近づいてくるの? も、もしかしてバレた!?)
「ふむ⋯⋯」
(や、やめてぇぇ! じっくり観察するのはやめてぇぇ! ど、どこ見てんですかぁ!?)
「題名『ラットスプレッドする筋肉少女』⋯⋯何だ? ラットスプレッドって? 何やらギミックもついているみたいだな⋯⋯」
(ラットスプレッドって何ぃぃ!? あ! 何か鳴ってる)
「いかん! 定時連絡の時間だった!」
(慌てて机の方に行ったけど、あれは通話用の法術具? とっても高価で、ギルド支部や、上級貴族しか持ってないけど、副支部長どうして持ってるんだろう?)
「お待たせしました!」
(あ、誰かと通話し始めた⋯⋯相手の声は聞き取れないなぁ)
「申し訳ございません!」
(誰も見てないのに副支部長、頭下げてる⋯⋯って私が見てるけど)
「はい、公爵の娘については引き続き調査しております。はい⋯⋯きょ、今日の情報ですか!? しょ、少々お待ちください!」
(副支部長がドアポストに一気に走って行った⋯⋯。相当、目上の上司と話してるみたい⋯⋯)
「ちきしょう! ビバルの奴、何で報告書を入れてない!」
(また、副支部長が法術具の方へ走って行った⋯⋯ビバルは今、牢屋です⋯⋯って、私のしゃべった事ってこうやって報告されてたんだぁ)
「も、申し訳ございません! 手の者の報告がまだ上がってきておらず⋯⋯はい! はい! 申し訳ございません!」
(あ〜あ、誰もいない空間に向かって何度も頭下げてる⋯⋯何だか哀愁を感じるなぁ⋯⋯)
「はい、ゴブリン殲滅戦につきましてはバルターの剣の偽造がバレまして⋯⋯も! 申し訳ございません! し、しかし、マナエル司教管区からの聖治癒師の派遣は潰されておりません。正統神聖教会からのキックバックは期待できます!」
(やっぱり支部長が言ってたように、教会からのキックバックがあったんだ⋯⋯)
「はい、バルターからの線ではこちらの計画が漏れることはありません。ご安心ください!」
(いや、すみませんが漏れてます。漏れると言えば、さっきからお腹が冷えて何だか嫌な予感がしてきたのですが⋯⋯)
「引き続き、計画を進めます。ヴァン支部長が失策を晒したときにはぜひ私を支部長に推していただきたく。はい、はい、ありがとうございます」
(やっぱり、支部長の座を狙ってたんだ。ギルド上層部は正統神聖教会に莫大な予算を使いそのキックバックを受け取る。サイロス副支部長はヴァン支部長の失敗を機に支部長の座を手に入れる算段だったんだ⋯⋯ああ、私の下の状況も何とか算段をつけないと⋯⋯)
「はい、また情報を集めご報告いたします。はい、はい、了解いたしました。では、失礼いたします」
(副支部長、直角に頭下げてる⋯⋯ついでに嫌な気配が膀胱に下がってきた⋯⋯)
「っち! たかだか、伯爵家の三男坊が偉そうにしおって! 」
(法術具切った途端、言動が豹変した⋯⋯私の下の状況も豹変しつつあります!)
「今に見ておれ、絶対に追い抜いて顎で使ってやるからな! 実家のバカな父親と兄たちにも目に物を言わせてやる! 先祖が有名な弓士だったことにあぐらをかいて、騎士団付きの弓分隊の分隊長なんかにしがみついて。何が誇りだ!」
(あ、あのぉ。お怒りのところ、失礼しますが⋯⋯私の大人としての誇りが失われつつあるんですが⋯⋯)
「何だ? 何か羽音がするが、蜂か?」
(蜂? ってあれ!? ちょ、ちょっと待って! 鼻の上に止まってるのって、魔境穴蜂じゃない? 何でこんなとこに? この蜂、毒性は低いけど穴に巣を作って増える蜂じゃない⋯⋯って、そこは、そこはだめ! ああ、鼻の穴に入らないで! だめ、だめ、だあああぁぁぁぁ! は、入ってきたあああぁぁ!ふ、ふぁ、ふぁふぁ、も、もう我慢できない!)
「クシュン!」
「誰だ! 誰かいるのか!?」
(あああぁぁぁ! バレたぁぁぁぁ! こっちに来るぅぅぅ!)
「今、この像からくしゃみが聞こえたぞ⋯⋯⋯」
(あああぁぁ、ごめんなさいぃぃ! ヴァン支部長ぉぉ!)
「くしゃみ⋯⋯⋯、そう言えばさっきギミックが付いているとか書いてたな⋯⋯おお、これだ。なになに、この像には『くしゃみ』や『あくび』などのギミックが施されているだと!? な、何でそんなギミックを付ける必要がある!? 夜中に用を足しに行くとき、ギミックが発動したら怖くて漏らしてしまうかもしれんではないか!?」
(ああぁぁ、バレなくてよかったぁぁぁ⋯⋯って良くない! い、今の拍子で少し漏れちゃったぁぁぁ。ヘルマン人事部長のサムズアップする姿が幻覚で見えるよぉぉ。ギミックで私の尿意もどうにか助けてくださいぃぃぃ!)
「ん!? この像、何だか臭うな⋯⋯これもギミックか? そう言えば、バルターが最近妙なエルフのギミック技師がマナエル内を放浪してると言ってたが、ひょっとしたらこの像もそのエルフの技師の作品か?」
(ああぁぁ、妙なギミック技師のエルフさんがサムズアップしてるのが見えるぅぅぅ)
「まあ、いい。それにしてもビバルの奴、報告書をよこさないどころか、薬を取りに来ようともしないとは⋯⋯奴の安宿なんかには預けておけん代物だから、仕方なく司教から私が預かったが⋯⋯⋯」
(や、やっと、やっと暴露草の話が⋯⋯ああ、解放されるぅ⋯⋯。ああぁぁ、私の下ももはや解放一直線⋯⋯)
「暴露草のエキスか⋯⋯一体どんなルートで仕入れてるんだ? 司教」
(今だぁぁぁぁ、信号発信四回!)
その後、突入してきたヴァン支部長と領の警吏たちによってサイロス副支部長は逮捕された。
私の乙女としての尊厳を代価にして⋯⋯⋯。
「変なエルフのギミック技師さん。私の乙女の尊厳を回復するギミックはないでしょうか?」
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「ハ、ハ、ハクシュン!」
「大丈夫ですか? エルノートさん」
「あ、はい、シド様。大丈夫です。ちょっと誰かが噂でもしてたのかもしれません」
「噂ですか? 良い噂なら良いですね」
「ええ、そう願いたいですね」




