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第50話 公爵は天日干しスライムから復活した

執務室の机の明かりが机上の一粒の種を照らす。


「まったく、なんてものがこの街に持ち込まれたんだ⋯⋯⋯」


私の職業は「研究者」。


その能力は物事の構造を読み解く力だ。


だからこそ、今目の前に置かれている『種』の怖さが分かる。


「宿り木の種⋯⋯」


私はバルターの死後、彼の体を解剖し、検視した。


久しぶりの人体解剖だったが、どうしても腑に落ちないことがあり、決行したのだ。


それはどうやってバルターが操られていたかだ。


通常、公共奴隷には法術による奴隷紋が刻まれ、精神が縛られる。


一定の条件を奴隷紋が検出すると、その先に進めなくなるような精神的嫌悪感を奴隷に与えるのだ。


しかし、バルターにはその奴隷紋が無かった。


一体彼は何によって支配されていたのか。


私はバルターの胃の中で根を張るそれを発見したのだ。


人の尊厳を踏みにじる『宿り木の種』を。


人は通常、外部の痛みより内部の痛みに弱い。


それは、内部の痛みのほうが、より深刻な問題であると脳が感じるからだ。


この痛みは慣れることはない。


『宿り木の種』はバルターの胃の中に完全に根を張り、神経に繋がっていた。


おそらく、この種に指令を与える者に逆らったら、強烈な痛みを感じたことだろう。


それは決してどんな屈強な者でも耐えられないような痛みだったに違いない。


「問題は判別と解除方法か⋯⋯⋯」


この種の厄介さは、誰が奴隷なのか分からないことと、解除方法が我々には無いということだ。


この種はおそらく、エルフ聖樹国から持ち込まれたものだろう。


そして、その解除方法は聖樹の契約者の『祝詞』であると、私の研究者の目は示している。


私が考え込んでいると、執務室のドアがノックされた。


「どうぞ」


「夜分遅く失礼いたします。旦那様」


「どうした? ウォルター」


「はい、冒険者ギルド支部長のヴァン様が緊急のご要件でお越しです。いかがいたしましょうか?」


「こんな夜中に来るということは、よほどのことだろう。ここに通してくれ」


ウォルターが出て行って、程なく再びドアがノックされた。


「どうぞ」


「旦那様、ヴァン様をお連れいたしました」


「領主様、夜分遅くに大変申し訳ございません。どうしてもお耳に入れておかなければならない事があり、参上いたしました」


「構わない、君のことは信用している。君がそう判断したのなら、それだけの事態なのだろう。掛けてくれ⋯⋯」


私は彼から、彼の部下が「暴露草のエキス」というエルフの秘薬を飲まされ、キャサリンたちの情報をビバルという男が収集し、情報がサイロスに流れていたという説明を聞いた。


「部下の失態でお嬢様の情報が漏洩してしまい、誠に申し訳ございませんでした」


彼は深々と頭を下げた。


「いや、君たちのせいではないと思っている。どうか顔を上げてくれ」


「ありがとうございます」


「それで、それだけではないのだろ?」


「はい、そのビバルいう男を尋問しようとしましたところ、急に激しい腹痛で苦しみ始めまして、仕方なくダイゴ氏の薬で眠らせ、ギルドの地下牢に監視付きで寝かせました」


「そうか。おそらくその原因はこれだ」


私は彼に種を見せ、その恐るべき効果を説明した。


「それは何とも悪辣な⋯⋯⋯領主様はこれをどこで?」


「バルターの遺体の中から見つけた」


「では」


「ああ、バルターは闇奴隷だった。そしてそのビバルという男も闇奴隷なのだろう。そして、バルターに紐を与えたのも闇奴隷だろう」


「では、このお屋敷にも⋯⋯」


「いや、この屋敷には信頼のおける者たちだけだ。バルターに紐を渡したのは政庁で働く下働きの公共奴隷だろう」


「それは、二重奴隷ということですか?」


「そうなる」


「で、この種の解除方法は?」


「私の研究者の目は、これの解除方法はエルフ聖樹国にある聖樹の契約者による『祝詞』だと示している」


「聖樹!?」


「ああ、だがこの街は大聖樹の聖域の外、しかも東の大地にある」


「聖樹による解除は⋯⋯⋯できない」


私たちは重苦しい雰囲気に包まれ、絶望の縁へと落ちていこうとした。


長い沈黙が執務室を支配した。


その時、再びドアがノックされた。


「⋯⋯⋯⋯どうぞ」


「夜遅く、失礼いたしますわ。お父様」


「⋯⋯⋯ああ、キャサリン。おかえり」


「あら、お客様でしたの? お邪魔でしたら⋯⋯どうかされましたのお父様?」


「ああ、少しね⋯⋯ヴァン支部長がお見えだ⋯⋯キャサリンもご挨拶して行きなさい⋯⋯」


「まあ、ヴァン支部長。ごきげん⋯⋯⋯麗しくないご様子ですわね。いかがされたのですか?」


「ああ、キャサリン嬢⋯⋯君たちの活躍は報告を受けている⋯⋯ゴブリンダンジョンの白化、この街のギルド支部長として心よりお礼申し上げる⋯⋯⋯⋯」


「ほ、本当にお二人とも一体どうされましたの!? 何かお二人とも塩をかけられたナメクジのようですわよ!?」


「ははは⋯⋯⋯、それは適切な表現だねキャサリン⋯⋯⋯」


「キャサリン嬢⋯⋯こんな姿を見せてすまない⋯⋯冒険者ギルド支部長として⋯⋯恥ずかしい⋯⋯⋯」


「お二人とも、よろしければ私に悩みを打ち明けていただきたいですわ。もはや萎んだ皮袋のようですわよ! 一体何がございましたの!?」


「ははは⋯⋯機密事項に当たるので軽々には話せないんだ⋯⋯⋯それでどうしたんだい?」


「機密事項⋯⋯そうですか⋯⋯。今日は私、南の貧民街の『鳥の日』というお祭りに参加してまいりましたの。それはそれは珍妙なことに、月に一度、シャドウオウルという魔物が町に落ちてくるというお祭りで、私も実際に落ちてくるのをワクワクしながら通りで待っておりましたの。するといきなり『ギャオウゥゥ』という絶叫がこだましたかと思ったら、空から『ドーン』と大きな鳥が落ちてまいりましたの⋯⋯って聞いておられます? お父様⋯⋯お二人とももはや天日干しスライムのようですわよ!」


「は⋯は⋯は、聞いているよ⋯⋯キャサリン」


「⋯⋯では続きを話しますわ。その落ちた鳥をミオのお父様が解体して、町の皆様で分けて、肉を串焼きにしていただいて食べたのですが、それはそれは美味しい肉でしたの! 肉を食べておりますと、訓練から帰ってきたシドとミオがアマンダ様ともう一人、ハイエルフのエルノート様というお方をお祭りに――」


「「!!? ハイエルフ?!」」


「⋯⋯はい、お二人とも天日干しスライムから水に戻したスライムのようになりましたわね」


「いいから続きを話してくれ!」


「⋯⋯いいですわ。そのハイエルフのエルノート様は実はエルフ聖樹国の長老だとミオが教えてくださいま――」


「「長老!?」」


「お二人ともようやく人の形に戻って来られたようですわね⋯⋯ちょ、ちょっとお二人とも鼻息が⋯⋯」


「「いいから続きを!!」」


「は、はい。エルノート様曰く、聖域があると感じて立ち寄られたら、ミオのお家の裏の空き地に聖樹の若木が生えて――」


「「うおおおおおぉぉぉぉ! 聖樹ぅぅぅぅぅ!!」」


「ちょ! ちょっとお二人とも、レディを胴上げなんて! キャアアアアア!」




その後、私はこの日を『聖樹記念日』として年に一度のお祭りの日とした。



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