第49話 結界師は不思議な木を発見する
リカルド伯父さんの串焼き店で「ギャハハハハ」という声が聞こえる。
「さわさわ」
表通りで「鳥美味えぇぇ」という声が聞こえる。
「さわさわ」
「ふうぅぅむ、何ぞこれ?」
俺たちの家の裏、いつもミオと鍛錬している地面が荒れ放題の空き地に、不思議なほんのり淡く光る木を見つけた。
正確に言うと、お隣の家の裏と俺たちの家の裏の境界線にその木は生えていた。
その木は、不思議に風もないのにさわさわ揺れる。
俺がその木を見つつ思案していると、後ろの方で声がした。
「おおぉい、シド」
ミオがアマンダさんの所から帰ってきたようだ。
だが、ミオの他に人影が二つ。
一人はアマンダさんだろう。
俺は実はアマンダさんとは挨拶程度の関係で、あまり話をしたことがない。
ミオはよく怪我でお世話になっているが、俺は彼女にお世話になるような怪我はしないため、彼女の診療所にはほとんど行ったことがない。
(それにしても、あと一人は誰だろう?)
地味な格好だが、眼鏡をして、この辺りでは見かけない服を着ている。
そう思っていると、三人は俺に近づいてきた。
「シド、お客さんなんだけど……」
「あのぉ、私、エルノートと申します」
暗がりで始めはよく分からなかったが、この人はエルフだった。
「はじめまして。シドと言います」
「シド様、失礼ですが、ご職業は結界師ではございませんでしょうか?」
「はい、そうですが……」
(まあ、エルフの結界師とは違い、人種の不遇職ですが……)
「失礼しました。纏われている雰囲気がどこかオスカー・スピネル様と似ているなと思いまして……」
(はいはい、オスカー・スピネル様とは比べ物にならないくらいの雑魚ですよ……)
「エルノートさんはオスカー・スピネル様とお知り合いなのですか?」
「はい、知り合いと申しますか、オスカー様はエルフ聖樹国の大聖樹の契約者であり、国家元首であられます」
「そうですか。それは失礼いたしました」
「いえ、ここ数十年は目を覚まされることはまれで、もっぱら大聖樹の御下でお眠りになる日が続いておりますので」
「そうですか」
「話が逸れました。実は私が所用で表通りを通りかかりましたところ、聖樹の聖域の中に入ったという感覚がございまして、こんな魔境の中の街でまさかと思いまして、とりあえず大きな聖法力の気配を探って参りましたところ、アマンダ様とミオ様の所へたどり着きました」
「はあ……」
「しかし、アマンダ様の診療所は聖域の中心ではないと感じ、お二人にご案内いただきつつ、ここに参りましたところです」
どうやら聖樹とは、聖域という聖法力の濃い空間を発生させる木のことらしい。
木といえば、さっきから「さわさわ」している木がここにある。
「エルノートさん、その聖樹ってこの木のことでしょうか?」
俺は後ろに隠れていた小さな木をエルノートさんに見せた。
「おお! そうです! それはまさしく聖樹の若木!」
エルノートさんは感動のあまり涙を流している。
しばらく、その「さわさわ」する聖樹の前に座っておられたが、立って俺たちの方へ向き直られた。
「ありがとうございます。大聖樹は世界中に種子を飛ばし、各地に若木を生えさせ、その聖樹が発する聖域の領域を広げてまいりました。しかし、実は最近、大聖樹は勢いが衰えて来ておりまして、新しい若木が育たなくなって来ておりました」
「そうなんですか」
「はい、大聖樹は自身の領域を若木によって広げ、育った若木はまた種子を飛ばし、世代を重ねることで領域を広げてまいりました。しかし最近、大聖樹の勢いが衰え、その領域が狭まり、末端の若木と繋がりが途絶えて、聖域が狭くなって来ておりました」
「でも、ここは西の大地でなく大渓谷の東側で、エルフ聖樹国からは遠く離れてますけど……」
「はい、とても不思議な現象です。失礼ですが、この土地についてどのような用途でご使用か伺ってもよろしいでしょうか?」
「ここは俺とミオが毎日訓練に使用している空き地です」
「訓練に? それはどんな訓練なのでしょうか?」
「剣術の訓練ですが、説明するより実際に見てもらう方が早いのですが……」
辺りはすっかり暗くなっていたが、家々から漏れる光がかろうじて空き地を照らしている。
「ああ、光でしたらご心配には及びません。照光!」
エルノートさんの宣言と共に、光の玉がふわりと空中に浮かび、空き地を明るく照らした。
「これは、聖樹と契約した者が使う祝詞だねぇ」
アマンダさんが口を開いた。
「ご明察です。私は大聖樹の第二世代の木と契約しております。と言っても、私の契約している木との距離が離れすぎていて、今の私が唱えられるのは照光くらいですが」
「ああ、聞いたことがあるよ。エルフは木と契約してその木と同調して力を行使するってね」
「はい、私の契約する第二世代の木は十二本しかなく、エルフ聖樹国の十二人のハイエルフが契約しております」
アマンダさんがわずかに眉を上げた。
「ハイエルフ!? あんた、いやあなたはエルフ聖樹国の十二長老のハイエルフですか!?」
「はい、第五席のエルノート・スピネルと申します。本当は身分を隠して旅をしておりましたが、聖女様と聖樹の生える土地にお住まいの方々に名乗らないのは不義理かと思いまして。どうぞ私の身分はご内密に。外交的儀礼も必要ありませんので」
「《《元》》聖女だがねぇ」
「元聖女!? アマンダさん元聖女だったの!?」
「ミオもシド君も、あまり言いふらさないでおくれ。誰にも言うつもりはなかったのに、とんだとばっちりさね」
「失礼しました」
「見なくていいのかい?」
「は?」
「二人の訓練をさ」
「そうでした。ではお二方、お願いできますでしょうか」
俺たちはいつも通り訓練をした。
最初はエルノートさんもアマンダさんも普通に見ていたが、次第に顔色が悪くなり、最後には二人とも手で目を覆って立ち尽くしていた。
訓練を一通り終えると、アマンダさんが寄ってきた。
「あんたらあんな訓練を毎日繰り返してたのかい!? ミオの傷が酷い理由が分かったよ!」
「まあ、俺はもっと手加減しようかと言ったんですが……」
「絶対にだめだからね!」
「というわけで……」
アマンダさんはすぐに聖治癒でミオの傷を治してくれた。
「ミオさんはお見受けすると聖剣士でおられますね。ですが……」
ミオの治療を見ていたエルノートさんが話しかけてきた。
「気付いたかい?」
「はい、波長が似通っているかと」
エルノートさんはミオと聖樹を交互に見て、何か考え込んだ。
「ミオ、多分あんたの聖属性の力は私から受け継がれた可能性がある。あんたは小さい頃から異常な回数、私の聖治癒を受け続けた。おそらくだが、そのせいで聖属性が定着してしまったと思うのさ」
「そうだったんだ!」
どうやらミオが聖剣士になったのはアマンダさんの影響らしい。
まあ、俺の結界師も、法力訓練で無属性法力の形状固定なんかしてたからかもしれないわけで……。
成人前の経験が職業に影響するというのは十分あり得る話だ。
「シド、聖樹の立っている場所って、私が木剣を刺した場所だと思うんだけど……」
「木剣……ああ、そういえば、隣の家の裏の空き地がでこぼこになると申し訳ないからって、ミオがヒビを入れた木剣を境界線の目印に立てたんだっけか」
何年か前、俺が作ったトレントの木剣をあの場所に刺したことをようやく思い出した。
「木剣というと、先ほど訓練で使われていた木剣でしょうか? お見受けするに、法力容量からしてトレントの木剣とお見受けしますが……」
「そうです。俺が作りました」
俺は自分が持っている木剣をエルノートさんに渡した。
「これは! す、素晴らしい! この流麗で斑のない法力の積層構造……細部にまで緻密に法力が行き渡っている。これがトレント……いや、しかし、まさかこんなことが……」
と言うと、また考え込んでしまった。
「シド、どうせなら作ってるとこ見せてあげたら?」
ミオが、訓練で折った木剣置き場から木剣を拾ってきて俺に渡した。
普段はごく親しい人にしか木剣の製作は見せないが、エルノートさんは明らかに法力の流れを見る目を持っている。
俺の技術的な好奇心もあり、木剣の製作を見せることにした。
「エルノートさん、俺が木剣を作るのを見ますか?」
「はい! ぜひ拝見させてください!」
俺はいつも通り、法力で折れた木剣を再形成し、一本の木剣にして見せた。
「ピシッ!」
エルノートさんを見ると、口を大きく開き固まっており、なぜか眼鏡にヒビが入っていた。
「シド、その木剣、あの木の側に刺してみようよ!」
まあ、木剣の予備は何本もあるし、折れた木剣もまだある。
一本くらい良いかと思いミオに渡した。
ミオは木剣を受け取ると、思いっきり聖法力を木剣に流し込んだあと、聖樹の隣に刺した。
すると―――
聖樹は「さわさわ」と嬉しそうに揺れたかと思うと、「ピクッ、ピクッ」と枝を小さく跳ねるように反応した。
淡い光がふわりと強まり、まるで抱きつくようにミオの刺した木剣に絡みつき、そのまま自分の中へ吸い込んでいった。
「ポン!」
「すっごぉぉい! かわいいぃぃ!」
ミオが喜んでニコニコ笑っていたら―――
「パギャン! ボテ!」
何かが割れる音がしたので見ると、エルノートさんの眼鏡が割れて落ちていた。
エルノートさんはワナワナと震えており、目は血走り、口はパクパクしていた。
「ま!」
「ま?」
「間違いございません!」
そう言うと、エルノートさんは五体投地して俺たちにひれ伏して―――
「間違いなく、あなた方は聖樹第一世代の契約者様たちです!」
と言い放った。
俺はミオと顔を見合わせて―――
「「なんのこと?」」
と首を傾げた。
聖樹を見ると―――
「さわさわ、さわさわ」
と嬉しそうに揺れている。
それはまるで、両親と一緒にはしゃぐ子供のようだった。
俺の法力とミオの法力で生まれたのだから、俺たちの子供と言っても良いだろう。
どうやら、俺たちは結婚前に子供を作ってしまったようだ。
俺たちがそんなやり取りをしていると、
「ミオ! シド! 肉が焼けたぞ! 今日は楽しい『鳥の日』だ! 皆んなで食べて飲んで楽しむぞ!」
と、伯父さんの大声が空き地に響いた。
まあ、今日は「鳥の日」。
成人して酒を飲めるようになったのだから、伯父さんとも一緒に飲んでみたい。
「シド、行こ!」
ミオが俺の手を引っ張る。
「ああそうしよう。アマンダさん、エルノートさんも行きましょう!」
「そうさせてもらうかね」
「よく分かりませんが、お供いたします」
通りでは楽器の演奏も始まったようだ。
祭りの夜は始まったばかり。
俺はミオと手を繋いで祭りに繰り出した。
また、「さわさわ」と聖樹が揺れていた。
この聖樹との契約は『天地無用!魎皇鬼』の構造のオマージュです(注:本小説の聖樹は空を飛んだりビームを撃ったりしません)。しかし、シドとミオの「つがい契約」による第一世代誕生は本小説のオリジナル設定です。




