第46話 聖剣士は過去を語る
家の近くで「ドーン」と言う音が聞こえた。
「シド、ちょっと待った」
「何だ?」
「さっき何か落ちる音がしたけど、今日は『鳥の日』じゃない?」
「ああ、そう言えばそうだな」
「『鳥の日』って、いつもシドと私が稽古している時に落ちてくるよね」
「そう言えばそうだな」
「多分、お父さんが解体すると思うから、私、浄化に行ってくるよ」
「アマンダさんの所には? 今日も派手に傷ができたけど」
「誰のせいよ! 私の傷は全部シドが付けたんじゃん」
「そうだけど、逆に傷がつかないよう容赦しても良いのか?」
「容赦なんかしたら、絶対容赦しない!」
私はアマンダさんの所へ向かう前に家の食堂に寄った。
「お父さん、鳥が落ちたよ!」
「ああ、分かってる。今解体道具持って出るから、先に浄化を頼めるか? 今日も腕がなるぜぇ!」
このマナエルには主に二つの貧民街がある。
北の方に大聖堂がある貧民街と南の方に庶民派の礼拝堂(ぼろい&しょぼい)がある貧民街だ。
うちの貧民街はこの庶民派の方だけど、ここはおかしな地区だ。
なぜか月に一度、シャドウオウルと言う鳥が落ちてくる。
魔鳥なので、浄化は必要なんだけど、肉はとても美味しい。
だから、お父さんが解体して、町内の皆んなで肉を食べるようになった。
皆んなはその肉を食べる日を「鳥の日」と呼ぶようになった。
「おお、ミオちゃん。今日もかわいいね」
私が鳥の浄化に行こうとしていると、酒場のテラスでお酒を飲んでいる隣の家具職人のナンガさんが声をかけてきた。
「ナンガさん、こんな外で飲んでて大丈夫?」
このマナエルは魔素が濃いため、基本的に外に出るのを控えて、酒場でも屋内で飲むのが普通だ。
「最近、ここらの魔素が減ってる様で、外に出ても大丈夫になったんで、せっかくの『鳥の日』なんで、鳥が落ちる様を見ながら一杯やろうかと思って外で飲んでたんだよ」
「安い酒は混ぜ物が入ってるから、絶対飲むなってアマンダさんが言ってたよ」
「ミオちゃん、うちのお酒はちゃんとした酒造所から仕入れてるから大丈夫よ」
声をかけてきたのは、酒場の奥さんのアンリさんだ。
「ここいらの酒場は同じ町内の酒造所で仕入れてるから大丈夫だが、大聖堂がある方の貧民街の酒場は危ないってもっぱらの噂だ。何でも安い酒は悪酔いしやすくて、すぐ本音が出やすくなって、喧嘩が絶えないらしい」
「そうなんだ」
「それにしても相変わらず酷い傷だらけだな。またシドと組んず解れつしたのかい?」
「ちょっと下品な言い回しはよしなさいよ!足止めして悪かったね。浄化に行くんだろ早く行ってらっしゃい」
「はい、行ってきまぁぁす」
うちの周りに住んでいる人たちは気さくな人が多くって、みんな家族のようだ。
病気をすれば、みんなで食べものや薬を差し入れするし、近所の子供はみんな自分の子供の様に可愛がってくれたり、悪いことをすると叱ってくれる。
うちの食堂はご近所さん共用の食卓のようだ。
わいわいがやがや、人が絶えない。
みんなお金持ちじゃないけれど、私はこんな町が大好きだ。
私が鳥に近づくと鳥の周りにおっちゃんたちが集まって騒いでいた。
「やったぜぇぇ! 今日はヤエルさん家の前で大穴、倍率百五十倍だぜぇぇ!」
「ちくしょう、今日は何でこんなに遠くに落ちんだよぉぉ! 先月はもっとリカルドさん家に近かったのによぉ」
シャドウオウルはなぜか私の家の前の通りに落ちることが多く、いつも誰の家の前で落ちるか賭けの対象になっている。
以前は私の家の近くに落ちてたけど、今日は結構遠くに落ちた。
「さあ、はったはった来月の鳥の日の賭場はここだよ」
賭場で胴元をしているのは町内会長のサンダさんだった。
「サンダさん、皆んな相変わらずだね。奥さんたち怒ってない?」
「おお、ミオちゃん。まあ、月に一度の『鳥の日』だからお祭りの富くじみたいなもんさ。賭けてるのも今晩の飲み代くらいだし、胴元の収益は鳥が落ちた時に壊れた家や怪我した人の治療代にしてるから、許してもらえるさ」
「そうなんだ」
「ここいらに住んでる住人は娯楽で賭けをしているが、大聖堂があるらへんじゃ賭場がたくさんあって、身を持ち崩す住人も多いそうだ」
「へえぇぇ」
「浄化に来てくれたんだろ? ミオちゃんが聖剣士になってくれて助かってるよ」
「役に立ってるなら嬉しいよ。じゃあさっさと浄化しちゃうね。浄化!」
私は全長八メルトくらいあるシャドウオウルを浄化した。
「しかし、毎月ありがたいねぇ。これも神のお恵みかねぇ」
「そう言う言い方すると、アマンダさんに『神の恵みは物じゃない』って言われちゃうよ」
「そうだった。今からアマンダさんの所かい?」
「そう、行ってきます!」
「ありがとう。行ってらっしゃい」
私はアマンダさんの診療所に向かった。
「アマンダさん、いる?」
「ミオかい?」
「そうだよ」
少しすると奥からアマンダさんが出てきた。
「ありゃまぁ、今日も派手にやったもんだねぇ」
「えへへ」
「ダンジョンでやったのかい? それとも訓練で?」
「当然、訓練で。今日はE級のアンデッドのダンジョンに行ったけど、私に近づいた敵は二十メルト以内はゼロだったよ」
「まあ、聞くまでもないとは思ったんだけどねぇ。じゃあ、やるよ。聖治癒」
アマンダさんの聖治癒は相変わらずすごい。
一瞬で全身の傷が癒えた。
「で、今日は何勝したんだい?」
「負けた数はあんま数えてないけど、五百回くらいで二回勝てたよ」
「そりゃあ、また勝率の低いことだねぇ」
「でも二回勝てたよ。百裂剣が完成すればもう少し勝率が上がると思うんだけどなぁ」
「エル爺に教えてもらった技かい?」
「そう、アマンダさんはエル爺と知り合い?」
「飲み友達と言ったところかねぇ」
「そうなんだ。シド曰く、百裂剣は法力操作が完璧じゃないとできないんだって。特に九十を超えてからは、それまで斬撃の威力が一撃一撃に乗って増えていくからとか言ってた。私は八十九回までエル爺の斬撃を受けたけど、どうしても九十回が超えられないの」
「それ以外の技ではシドに勝てないのかい?」
「勝てないわけじゃないけど、シドは学習能力がすごく高いの。一回勝てた戦法は二回目は通用しないの。だからやるほど、勝率が下がっちゃうの」
「日を変えてもかい?」
「そう」
「大抵、人は左右のどちらか一方に僅かな隙とかがあると思うんだがねぇ。苦手な方向とか無いのかい?」
「それは絶対に無い。シドは変態的に左右均等に鍛えてるの。私、夜はこうやって修行してるし、朝はギリギリまで法力鍛錬してるから、よく学校の授業は寝ちゃうことが多かったんだけど、授業が終わった後、シドが授業内容を書いた私のノートを渡してくれるの。授業の終わった直後なんで、『いつ書き写したの』って聞いたら、左右の手で同時に書いたって言うの。シドのノートを見たら字体まで同じ字が並んでた。シドって何でも修行にしちゃうのよ」
「何でもうまくこなす子なのかい?」
「ううん、それは人並みだと思う。初めてのことはよく失敗してるし、『しまったぁ!』ってよく言ってる。だけど二回目からは学習していて同じ失敗はしない。苦手なことでも一回目より二回目の方が必ず少しうまくなってるの」
「真面目だねぇ。何でまたそんなに真面目な性格になったんだい?」
「うーん、多分だけど、不真面目な人のせいでひどい目にあったからだと思う。厄災戦の時、アマンダさんはどこにいたの?」
「あたしゃ、その頃は王都にいたねぇ」
「そうなんだ。シドはあの時のことを覚えてないって言うんだけど、私はよく覚えてる」
「話すのが、つらくないかい?」
「私は大丈夫。私はお父さんが非戦闘職だったんで、街の偉い人が先にお父さんと私とシドを逃がしてくれたんだけど、私のお母さんとシドの両親、グラハム伯父さんとセシル伯母さんの三人は戦闘職の冒険者だったんで強制依頼で防衛に出なくちゃいけなくなったの」
「戦闘職のつらい所だね」
「うん。だけど、お父さんが私をおんぶして、シドの手を引いていたんだけど、門の所で人混みに巻き込まれて、シドと離れ離れになっちゃったの」
「十年前だから五歳だね。よくその後、合流できたねぇ」
「ううん、私とお父さんは合流できずに馬車に乗せられて逃げたの。後はお母さんに聞いたんだけど、その後、シドは両親を探して街の中に戻って行って、冒険者たちの防衛戦まで来てしまったんだって」
「そりゃあまた、よくたどり着いたもんだねぇ」
「そうなの、シドのお父さんとお母さんはびっくりしたけど、もう、シド一人を逃がすための人員の余裕がなくて、誰にもシドを託せなくて、シドを守りながら戦ったんだって」
「ご両親の職業は何だったんだい?」
「お父さんが土法術師で、お母さんが鳥系のテイマーだったみたい」
「なるほど、陣地作成と鳥による索敵を担当していては、自分たちだけ子供を連れて逃げるってのもできないか」
「そう、私のお母さんはシドのお母さんの姉なんだけど、お母さんは無属性の剣士で伯母さんの護衛をしてて、離れることができなかったの」
「索敵担当がいなくなれば致命傷だからねぇ」
「でも、だんだん劣勢になって、戦線を何度も後退しながら戦って、生き残ってる人が集まりつつ徐々に後退したんだけど、後退する度に決めた作戦通りに行動しない人がいて、英雄的に突撃しちゃう人とか、嘘ついてこっそり逃げちゃう人をたくさん見たんだって」
「話しが見えてきたよ」
「そうなの、シドの両親とお母さんは最後まで頑張り抜いたけど、門の手前でゴブリンの主力に囲まれて、もう三人同時には逃げられない状態になって、シドの両親が盾になってる間に身体強化で一番早く逃げられるお母さんがシドを抱えて離脱したの。結局、その後シドの両親は戻らなかったの」
「そうかい。思い出せないほどつらい記憶だったんだろう。それでも、無意識で自分は無責任な大人になりたくないって思いが、ここまでの真面目さを身に着けさせたんだろうねぇ」
「真面目さだけじゃなくて、シドは感情にも蓋をしちゃったんだと思う」
アマンダさんはそれを聞いて返事を少し遅らせた。
「どういうことだい?」
「シドは泣かない子になったって、お父さんもお母さんも言ってた」
「そうかい、それだけの光景だったんだろうねぇ」
「シドは誰かを好きになるって感情もよく分からないみたい」
それを聞いてアマンダさんが少し寂しそうな顔になる。
「………ミオ、さみしくないかい?」
「大丈夫。どんな状態でもシドがいてくれるなら、私は幸せ」
「立派だよ、ミオ」
「私も成人した大人だから。でも、どうして大人として責任を果たせない人がいるんだろう。私たち冒険者は戦う力を持ってるのに」
「人が責任を果たすのは、外側の力によってじゃなく、心の力によってだからさ」
「心の力?」
「外側で力を持っている人間が必ずしも心の力を持っているわけじゃあない。心が弱いから自分に酔ったり、酒に酔ったりして現実から逃げてしまう。心が弱いから現実と向き合えない」
「心の力ってどうやって強くするの?」
「聖典にこういう言葉がある『神は人の心に住む』」
「神様って天にいて、私たちを助けてくれるんじゃないの?」
「そういう面が無いとは言わない。でも、それだけじゃあ人の心は弱いままなのさ」
「アマンダさんがよく、神の恵みは物じゃないって言うのは、外側は助かっても心は助からないってこと?」
「神の恵みは人の心に住む神そのものなのさ。心が救われないと、人は本当に救われたことにはならないのさね」
「そうなんだ。ひょっとするとシドの心の中にも神様が住んでるかもしれないね」
「そうだねぇ、ミオはどうなんだい? 」
「私は分からない。でも今は、シドにとことん付いて行くって決めたの。だから、私が聖剣士になれたこと、神様に感謝してるの」
「そうかい。今はそれで構わないさね。じゃあ、シドと一緒に行くミオにもう一ついいことを教えてあげよう」
「何、いいことって?」
「聖典には『一人が千人を追い、二人が万人を敗走させる』って言葉があるのさ」
「え? 一人が千人なら、二人は二千人じゃないの? 神様って計算できないのかなぁ?」
「神の計算は人の計算では計れない。一人の力には限界があっても、二人の力なら人の計算を超えた力が発揮されるってことさ」
「よく分からないや」
「今はいいさね。いずれ、シドと一緒に分かる日が来るだろうさ」
「分かった。覚えておく」
「何だかいい匂いがしてきたねぇ」
「今日は『鳥の日』だからね!」
「そう言えば、そうだったかねぇ」
「アマンダさんも一緒に行こ!」
「じゃあ、ご相伴にあずかるとするかねぇ」
私たちが治療院を出ようとしたとき、一人の風変わりな人が入り口に立っていた。
「あのぉ、ひょっとしてここら辺に聖樹って生えていませんか?」
「「せいじゅ?」」
その人は『エルフ』だった。




