第40話 ギルド支部長は感激の涙を流す
「ではこれより、ゴブリン殲滅戦の編成会議を始めます」
冒頭、口を開いたのはマナエル家の執事であるウォルター様だった。
彼はマナエル家に執事として仕えているだけでなく、領主ジョセフ・ヴァル・マナエル公爵様の執政補佐官もしており、この様な政治の場にも顔を出す。
昨日は緊急通達のため冒険者ギルドまでわざわざご足労いただいたが、本来ならこの領の中枢人物である。
会議室には他に領軍の将軍と参謀、中級指揮官が右側に、左側には方術師大隊の隊長クラスの面々が並んでいる。
領主様の対面には私と、私の右側に奴隷剣士の隊長クラスの者たち、私の左側にはフォートラン商会の番頭のサイモン氏と護衛長の元冒険者のダンが座っている。
ダンは俺の昔馴染みで、俺やゴーリキーなどと同じく厄災戦の生き残りだ。
彼らが、どういった経緯でこの場にいるのか分からないが、領主様の招聘があったのは確実で、このゴブリン殲滅戦で何らかの役割を担うのだろう。
私が会議室の面々を見回していると、ウォルター様が続けて語られた。
「先ずはジョセフ・ヴァル・マナエル公爵様よりご挨拶をいただきます」
会議室の奥の席に座っておられる公爵様が立ち上がられ、口を開かれた。
「みな、聖日にも関わらず、緊急の呼び出しに応え、今日はよく集まってくれた。この領の領主として深く感謝する」
いきなり、公爵様が頭を下げられたので、俺も含めてみな腰を浮かして動揺してしまった。
ざわつく室内を手で制され、公爵様は続きを話し始められた。
「昨日、法力通信でシルバニア王の御前会議が持たれ、ゴブリン殲滅戦の実施が王命にて決定された」
それを聞いてみな表情を引き締めた。
「今回のゴブリン殲滅戦は我が領のみならず、このシルバニア王国にとって重要な作戦となる。みな知っての通り、十年前の厄災戦の一番の敗因は、ゴブリンの城壁突破を許してしまったことにある」
みな静かに頷く。
「この敗戦によってこのマナエル領は実質、一度無くなってしまった。王国はこの事態を重く受け止め、周辺諸国の協力を得て多大な犠牲を払い、この領を取り戻した。この戦いと厳しい執政の心労から、前王である父ギルベルトは厄災戦終結と共に退位され、その後わずか十日で崩御された――」
俺もそのことは昨日の様に思い出すことができる。 シルバニア王家は厄災戦で大きな財政赤字を出し、結果、伝統貴族派の台頭を許してしまう結果となった。
「我々はこのマナエルを二度と失ってはならない。このマナエルの防衛はこの領のみならずシルバニア王国全体の問題であり、エドマリス王は王国の未来のために王命をもってゴブリン殲滅戦を命じられた」
一同、決意の表情で首肯する。
「みなの者、急な会議となり準備は不十分かもしれないが、それぞれの立場から現状報告と提案をしてほしい」
公爵様が着席されると、再びウォルター様が口を開かれた。
「では、冒険者ギルド支部長のヴァン様から現状報告をいただきます。なお、本会議では冒険者の個人名を出さないようにしてください」
早速、俺の番となった。
個人名を出さないことは、公爵令嬢に関する情報を広めて、令嬢の行動を阻害しないための配慮だろう。
ダンジョンの白化なんて偉業を発表すると大騒ぎとなり、令嬢が自由に冒険者として活動できなくなってしまう。
「それでは、私から厄災戦の原因となったトータスダンジョンの現状と、ゴブリンダンジョンとその周辺集落の現状についてご説明いたします」
俺はゴーリキーからの報告内容に従って、トータスダンジョンのスタンピードが迫っており、発生まで半年程度と予想されると説明した。
「なんと! よく報告してくれた。我々もトータスダンジョンのスタンピードは予期していたが、それほど差し迫っているとは思わなかった。やはりゴブリン殲滅戦を急いで正解であった」
領主様の言葉を受けて出席者らは同意し、みなの緊張度が増し加わった。
「次にゴブリンダンジョンについてですが、昨日、ダンジョンの白化が確認されました」
そう報告した途端、会議室内全体が一瞬静止状態となり、その後、歓声で満たされた。
領主様とウォルター様、領軍の将軍、法術師大隊の大隊長は落ち着いていたので、事前に領主様からこのことを聞いていたのだろう。
「静粛に! 続きをお願いします」
ウォルター様が制せられると、室内が静まった。
俺は続けてゴブリン集落について現状報告した。
ギルドでは時々冒険者にクエストを出し、ゴブリン集落の調査を行っている。
ゴブリンの数は全体で十万程度、通常のゴブリンに加えて、ゴブリンリーダー、ホブゴブリンなどの分隊や小隊を指揮する個体がいること、そして十の集落を十体のゴブリンジェネラルが治めていることを報告した。
このゴブリンジェネラルたちは前回の厄災戦の生き残りだろうと考えられる。
この報告をするとさっきまでの歓声とは違い、重苦しい雰囲気で満たされた。
「冒険者ギルドでは今回の殲滅戦に際し、中級冒険者以上に強制クエストを出すことに決定いたしました。規模は約二千人」
これを聞いて出席者らはみな頷く。
「同時に冒険者ギルド本部および周辺支部にも応援を要請、予算も確保しました。破損武器の修理については今後、鍛冶師ギルドに協力を要請、各商会所属の鍛冶師にも要請を出す予定となっております」
「分かった。今回のゴブリン殲滅戦では王国としても予算を割くとエドマリス王は仰せだ。冒険者ギルドの破損武器の修理費については王国と我が領からも補助金を出し、半年後のトータスダンジョンに十分な量の武器が揃えられるよう協力すると約束しよう」
「あ! ありがとうございます!」
領主様の言葉で一瞬涙があふれた。
(何とありがたいことか! これで心置きなく、ゴブリン殲滅戦に保有するミスリルの剣を投入できる!)
何か分からないが、明るい未来に向けた大きな流れが生み出されていくのを感じた。
俺はそう感じつつ、報告の最後に少し明るい報告を入れることにした。
「これは、直接ゴブリン殲滅戦に関係することではありませんが、これまではゴブリンの素材はどれも買い取りができない状況が続いてまいりましたが、最近、ゴブリンのこん棒が高級炭の材料となることが分かり、本日からこん棒の採取クエストが受注できるようになりました」
『おおぉ』と唸るような声が聞こえる。
「これを受けて、これまで不人気だったゴブリン討伐に積極的に参加する冒険者が増えることが期待できます」
それを聞いて会場からは『やっとか』『少し光明が見えたな』などの声が聞こえた。
「それは朗報だ。殲滅戦後もゴブリンの定期的な間引きは必要となる。冒険者たちがそれを進んで行ってくれるならとても喜ばしいことだ」
みな笑顔で首肯する。
「今回の殲滅戦で冒険者ギルドには主にゴブリン集落に奇襲をしかけ、集落のボスおよび司令塔となっている個体の討伐を行ってもらいたい。木々が密生する森の中であるので、小規模パーティでの奇襲戦に慣れている冒険者たちが適任だ。働きに期待している!」
「は! 承りました!」
「それと、これは私からの願いなのだが、このボス討伐戦にゴブリンダンジョン白化の功労者を参加させてほしい。どうだろうか?」
また目が潤んでしまった。
領主様はこのボス討伐戦にキャサリン君、ミオ君、メイ君を参加させること、すなわちギルドを信頼し、ご自身の一人娘を我々に委ねると言っておられるのだ。
報告を聞く限り、彼女たちの実力はもはや上級冒険者の域に入ろうとしている感じだ。
経験の面では劣るがボス討伐戦に参加する資格は十分にある。
「はい! ぜひそうさせていただきます!」
「よろしく頼む。特殊剣士隊の隊長五名、立て!」
領主様は次に「特殊剣士隊」という名の隊長たちに起立を命じた。
すると、奴隷剣士の五名が立ち上がった。
どうやら、「特殊剣士隊」というのは奴隷剣士の部隊名のようだ。
領主様はあまり「奴隷」と言う言葉を使いたくないご様子だ。
あの五名は俺も良く知っている。
元B級冒険者の右からハザエル、ルザン、ジバル、ジェフそして最後に女性のバレリーだ。
彼らはいずれも武器転換に失敗した剣士だ。
それぞれに実力者ではあったが、残念ながら冒険者として残れなかった。
だが、冒険者をやっていた時よりましな装備をしており、身ぎれいにしている。
健康状態も良さそうで、目にも力がある。
多分、領主様が彼らを日頃から思いやって、良く扱って下さっているのだろう。
そう思うと、心にじんと来た。
「ウォルター、例のものを」
ウォルター様はワゴンに乗せられた五振の剣を隊長たちの所へ運んでこられた。
(あの剣は見覚えがあるぞ。あれはメイ君が持っていた剣だ⋯⋯)
キャサリン君、ミオ君、メイ君の三振どころじゃない。
領主様はあの国宝級の剣をさらに五振も所持しておられたのだ。
「五名にこの剣を預ける。今回のボス討伐戦において君たちは冒険者ギルドと共闘し、ボスを討伐し、ゴブリンたちを追い立てる任務に就いてもらう」
(何と!?)
領主様はあの国宝級の剣を奴隷剣士たちに預けられると宣言された。
(ダメだ、涙がこぼれる。 人生に失敗した我々の仲間を領主様はこんなにも大切にしてくださるのか!)
ウォルター様によって手渡された剣を五名は膝をついて受け取った。
「それぞれ、抜剣を許す!」
五人が立ち上がり抜剣すると、あまりの美しさに会議室内全体が驚嘆の声であふれた。
五人も目を見開き、震えていた。
「りょ、領主様! こ、こんな素晴らしい剣を我々に預けてくださるのですか!!?」
五人を代表してハザエルが口を開いた。
「君たちには日頃から辛い任務を負ってもらっている。それは、私と私の家族からの君たちへのささやかな償いだ」
領主様は「償い」と申された。
領主様も彼らに不本意な任務を与え、罪の意識を持っておられたと言うことだ。
五人は涙をこらえきれなくなり、立ったまま大粒の涙をこぼしている。
俺ももうこらえきれず、ハンカチを出してあふれる涙を拭いた。
「領主様、償いなどと申されないでください。私たちは十分、日頃から良くして頂いており、隊員一同誰も領主様を悪く思っておる者はおりません。私たちは預けて頂いたこの素晴らしい剣にかけて、忠誠をもってこの任務を完遂することを誓います!」
「ありがとう。よろしく頼む!」
この後、会議室にいる出席者全員がもらい泣きをしてしまったため、一旦休憩を挟むこととなった。
2026年1月28日までで本話までお読みの方へ
第0話が加わり話数が増えましたので、ご注意ください。第0話もお読みいただけますと幸いです。
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