第39話 番頭は結界師に提案する
「サイモンさん遅いです」
「二人とも窓からの出入り禁止!」
「「えぇぇぇぇ」」
「エミリーさん、商人なのに下半身の身体強化すごいですね」
「ええ、お父様がゴブリンから逃げ切れるようにって、無属性法力の身体強化を教えてくれる師匠を見つけてくれて、訓練したの」
「そうなんですか。差し支えなかったら師匠のお名前を教えてください」
「本名は教えてくれなかったけど、エル爺って呼んでくれって」
「ああ! それ、俺の学校の師匠ですよ。同門だったんですね」
「そうなんだ! 奇遇だね!」
「エル爺の剣術はとにかく歩法を重視しますからね」
「そうそう、最初はとにかくきつくって、立って店番ができないくらいだったのよ」
「分かります。学校の子たちもみんな最初はエル爺の授業が終わったら足がプルプルして真っ直ぐ歩けない子ばかりですから」
「法力操作も一歩一歩に使う法力を一定に保てって言われるし……」
「ははは、そうですね。あれは、ミオも苦戦してましたよ。ああ、ミオは俺の従妹です」
「そうなんだ。私も同じように苦戦した方だから、ミオちゃんとも仲良くなれそう。同じ修行をしないとあの感覚は分からないよね」
「君たちやっぱり気が合うみたいだね……」
どうやら、シド君とエミリーは同じ師匠に身体強化を習っていたらしい。
非戦闘系の中級商人に身体強化を教えられると言うのはすごい方だ。
「私、この商会の護衛隊の訓練にも時々参加してるんだよ」
「はい! 城壁外を周回する走り込みでは、エミリー様が一番速いですぞ! 私はいつも二番ですな」
「城壁外って、イビルモールの穴に落ちたらどうするんだ!」
城壁には魔物を寄せ付けない法術がかかっているが、城壁外は距離が開くとその効果が弱くなる。
特に地中は効果が弱くなりやすく、イビルモールが城壁近くまで穴を掘ることがあり、それに落ちる冒険者や行商人などが後を絶たない。
イビルモールは目が見えない代わりに嗅覚と聴覚が優れていて、攻撃する相手からは遠ざかり、怪我をしたりして怯え逃げ惑う相手には攻撃する性質がある。
だから、奴らを狩ろうとする冒険者からは遠ざかり、弱い女子供には襲いかかる厄介な魔物だ。
「大丈夫ですよ。護身用にってお父様が持たせてくれた笛があるから、すぐにダンたちが気づいてくれます」
そう言って、首にぶら下げた小さな笛を見せてくれた。
「なるほど、笛ですか……。そうだ、それが良い!」
そう言うと、シド君はポケットから何か角の様なものを取り出した。
「それは?」
「ゴブリンの角です。何かに使えないか考えてたんですが、中が中空になっているので、笛にするのは良い考えだと思って」
そう言うと、シド君は何もない空中にゴブリンの角を固定してしまった。
「「「え?」」」
「ああ、すみません。結界で角を固定しました。そして……」
そう言うと、人差し指の指先からキリの様なものを出して、ゴブリンの角に穴をあけ始めた。
キリは何の抵抗もなくゴブリンの角に吸い込まれ、穴が開いた。
穴を開けた後は紐を取り出し、滑り止めになるよう角に巻き付け、また、首から下げられるように輪っかを作った。
その間、わずか数瞬。
「す、すごい手際だね! 穴を開けた指先のキリみたいなのは結界かな? それに、剣の柄に巻かれてる紐もそうやって巻いたのかい?」
「まあ結界の様なものです。紐は柄に巻いた要領で巻きました。ちゃんと接着してますから、剥がれませんよ」
「そ、そうなのか……」
(すごい技術だ。この技術だけでも十分に食べていける)
「浄化は済んでいますから、サイモンさん吹いてみてください」
「ああ」
俺が手渡された笛を吹くと『ピー』という高い音が発せられた。
「良い感じだな。この音なら遠くまで響くと思うぞ」
「イビルモールを捕食するイビルホークという鳥の鳴き声に似てますな。もしかしたら、穴の中でイビルモールと鉢合わせた時にも使えるかもしれませんぞ」
「もし有効なら売れますか?」
「ああ、穴の中に落ちた者が使うという用途だけでも売れる。さらにそれがイビルモール除けになるなら尚のことだ。冒険者に限らず、行商人や商隊の者が用を足しに茂みに入って穴に落ちると言うのはよく聞く話だ」
「不意に穴に落ちると受け身が取れずに怪我をして、立てなくなる者が多いですからな。そうなるとイビルモールと戦うのは厳しいですぞ」
「じゃあ、落ちた先で戦うにしても、座ったまま用足し用のスコップを振り回すくらいしかないですね」
「スコップを振り回せるのはまだましですな。落下を止めようとして手や腕を怪我することもよくありますぞ。そうなるとスコップを力を込めて振り回すのは難しいですな」
「うぅぅん…………」
また何やらシドがアイデアをひねり出そうとしている。
(何か自然と期待してしまうなぁ)
「三人とも少し向こうを向いていてくれますか?」
しばらくすると何か思いついたらしく、俺たちに見えないよう何かゴソゴソ作り始めた。
「もういいですよ」
そう言われたので振り返ってみると、彼の手には細い筒と矢尻のようなものがあった。
「それは?」
「吹き矢です」
彼はそう答えると、筒に矢尻を入れて俺に渡してきた。
「色付きの結界を作りますから、結界に向けて吹いてください」
「吹き矢なんて使ったことがないので外してしまうかもしれないが……」
俺は空中に浮く赤い結界に向けて思いっきり吹き矢を吹いた。
すると、矢じりが飛び出し結界に突き刺さった。
「結構な威力だね。矢じりは何の素材だ?」
「ゴブリンの牙を矢じりにしました」
「ゴブリンの牙ぁ!? 」
「はい、これも何かに使えないか考えていました。意外とよく刺さりますね」
「十分な威力だろう」
「この威力だとイビルモールの討伐は無理でも、撤退させることはできるでしょうな。大したもんです」
「じゃあ、このセット売れますかね?」
シド君は角笛、吹き矢、矢じりの三点セットを見せてきた。
「わしは、今すぐこのセットを買いますぞ! いくらですか?!」
「サイモンさん、いくら位でしょうか?」
いくら位と言われても、笛はともかく、吹き矢というものがあることは聞いたことがあるが、商品として扱ったことがない。
「私なら小金貨一枚出します! 」
「わしも小金貨くらいならすぐ出しますぞ!」
「いやいやいや、いくら何でも高すぎますよ!」
確かに、角笛も吹き矢も珍しい商品だからその値段でも欲しいと思う者は多いだろう。
だが、問題はシド君がどんな客にどれほど売りたいと思っているかだ。
「シド君はどんな人に買ってもらいたいんだ? それに、生産数の目処は?」
「そうですね……ミオたちがゴブリンダンジョンで拾ってきた角と牙が大量にあるんですよ。多分、万単位であるので、それをできるだけ売りたいと思ってるので、万単位の人たちに買ってもらいたいですね」
「分かった。では先ずは冒険者ギルドの売店や、行商人や商隊員を対象に売ると良いだろう。価格は銀貨一枚でどうだろうか。それなら駆け出しの冒険者も買えるだろう」
「ええええぇぇ、サイモンさんそれはいくら何でも安すぎますよ!」
「そうですぞ。安すぎます!」
「まあ待て。この笛と吹き矢の加工はシド君でなくてもできるような気がするんだ。だから、これ専門の工房を建てて、そこに加工専用の法術装置を作って、人を雇って大量生産して薄利多売で売れば良いのではないかと思ってね」
「ああ、なるほど! じゃあ、お父さんに言って今すぐ工房を建ててもらってうちの職人を派遣して作ってもらいましょうよ!」
「フォートラン商会で作ってもらえるならば、俺としても助かります。今後も冒険者をしつつ剣の納品をしないといけませんから」
「シド君には二通りの選択肢がある。一つは君がこれらの製品の特許をうちの商会に売るか、特許使用料を受け取るかして、うちの商会の製品として売り出す」
「特許なんて取れますか?」
「吹き矢の筒は取れないだろうが、ゴブリンの角と牙を原料とした笛と矢じりは取れるだろう」
「そうですか。で、もう一つの選択肢は何ですか?」
「もう一つは君が工房長になって君の工房の製品として売り出すことだ」
「え? 俺が工房長に?」
「工房の設立資金等はうちの商会が出資するから心配ない。工房は、最初はフォートラン商会の系列工房として登録する。後に儲けが安定したら独立してもいい」
「俺は冒険者を続けたいんですがそれでも良いんですか?」
「かまわない。事務仕事や加工は人を雇えばいい。それに今は剣の加工に他人の鍛冶場を借りてるんだろ? 今後のことも考えると工房でひとまとめにした方が良い」
「なるほど」
「それに、どうせ君の場合、今後も何がしか発明をしていくんだろ? 特許管理の事務仕事も個人でやるより工房で一括管理したほうがいい」
「それもそうですね。鍛冶場もこのまま貸してもらうのはおっちゃんに悪いですから……あ! 鍛冶師のおっちゃん、じゃないドノバンさんという人を雇ってはダメですかね? おっちゃんは剣の製造を手伝ってくれて――」
「絶対に雇え!! そのドノバンさんは剣の製造過程を知っているんだろ?」
「はい」
「だったら、もはや無関係の人間ではない! 必ず雇わなければならない!」
「そうですね。おっちゃんにはお礼に剣を一本プレゼントしましたし……」
「あ、あのなあ。菓子折じゃないんだ! 国宝級の剣をそうもあっさりプレゼントするなんて非常識だ!」
「そうですかねぇ」
俺が必死に訴えかけていると、緊張感のない声が挟まれる。
「まあまあ、いいじゃないですか。で、工房はどこに建てるんですか?」
まったく、シド君とエミリーはつくづく気が合うようだ。
「じゃあ、おっちゃんの鍛冶場の隣の空き家はどうですかね。最近まで木工工房があったんですが、工房を経営していたお爺さんが亡くなって、奥さんは子供たちの家に引っ越したんで今は空き家なんですよ」
「そうだな。鍛冶場も隣にあるので条件は良いだろう。一から建ててたのでは時間がかかるからな。うちから不動産屋に仲介を頼んでおこう」
「おっちゃんには俺から言っておきますよ。収入も安定して喜ぶと思います」
「そうしてくれ。正式な雇用契約は政庁に工房の届け出をしてからだ。事務職についてだが――」
「サイモンさん、私がしばらく出向して事務をしましょうか?」
「え? あ、そうだな、エミリーが工房の事務兼出向役員なら、フォートラン商会の系列工房として肝いりの工房だとしっかりアピールできるか」
「では、わしは工房の守衛長になりますぞ」
「おいおい、商会の護衛隊の指揮は大丈夫なのか?!」
「良い若手が育っておりますから、大丈夫ですぞ。隊長は今の副長のダリルに任せましょう」
「まあ、エミリーの護衛としても君なら安心だが……、シド君はそれでいいか?」
「そうですね。エミリーさん、ダンさんとは気が合いそうなので助かります」
「じゃあ、俺から商会長に提案するが、反対されることもあるのでそのつもりでいてくれ」
「分かりました」
「そうそう、君の剣も特許登録しておくといい。鍛冶師のスキルで作る一点物の剣は特許申請できないが、君の作る剣はオリジナル技術で作る統一規格の製品だから特許が認められると思う」
「俺の剣も結界のスキルを使って作ってますが、それでも良いのですか?」
「特許で重要なのは、技術の再現性だ。鍛冶師がスキルで作る剣は同じ材料で作っても、どうしても一本一本どこかに違いが生じるが、君の作る剣はどれも同じ品質で、一本一本の剣で技術が再現されている。それが技術的思想として認められれば特許は取れる」
「同じ品質でって、上級商人の鑑定ってそんなことまで分かるんですか?!」
「ああ、俺の目は特別でな。色でそのものの品質が判別できる。最高品質のものは明るい赤に見える。君の剣は全て明るい赤で、どれも同じ明度の赤だった。鍛冶師の剣は最高品質に分類されても明度に若干違いが出る」
「そんなことまで分かるなんて、すごいですね」
「すごいのは君の剣の方だよ。どんな作り方をすればあんな均一な品質になるんだか……。まあ、ともかく特許取得の面倒な書類手続きは商会の専門家にやらせよう。守秘義務契約をするので、剣と笛と矢じりの製造方法を説明して文章化してもらうといい。後で紹介する」
「ありがとうございます。助かります」
「あと、必要な材料もうちが調達する。君は剣の生産に専念してくれ」
「ありがとうございます。では、材料として今度のゴブリン殲滅戦で鹵獲できるゴブリンのナイフ、弓、角、牙を仕入れてください」
「角、牙は分かるがナイフと弓は何に使うんだ?」
「剣の材料です」
「「「は!?」」」
「剣ってあの属性剣の?!」
「ゴブリンのナイフなんてどの商会も買い取りませんよ!?」
「ナイフと言っておりますが、刃物と言っていいかも怪しいですぞ!?」
「まあ、溶かせば鉄ですから」
「弓は何に使うんだ?!」
「剣の柄と鞘、そして吹き矢の筒の材料です」
「「「は!?」」」
「弓だぞ弓!?」
「ゴブリンの弓なんて木材として役に立つのは焚き火の時だけですよ!?」
「どう見ても木材として面積が足りませんぞ!?」
「加工方法は秘密です」
「そ、そうだよな。技術の核心部をおいそれと教えられないよな。だが、我がフォートラン商会としてはありがたい申し出だ」
「と言うと?」
「エミリーのお母様は厄災戦でゴブリンに殺されてね。そのこともあって、当商会はゴブリン殲滅戦に商人として全力で協力すると決めていたんだが、いざ、具体的な協力となると何ができるか悩んでいたところだったんだ」
「そうだったんですか」
「ゴブリンの素材はどれも流通に乗らないようなものばかりで、うちで買い取れるのはゴブリンを焼却した後の骨ぐらいだと思ってたんだ」
「骨ですか?」
「ああ、うちは知っての通り直営の農園があるので、魔物の骨を買い取って、焼成して肥料として使用しているのさ」
「なるほど」
「普段は牛系なんかの大型種の魔物の骨を冒険者ギルドから買い取っているんだけど、大規模討伐となれば、小物のゴブリンでも現地で焼却してまとまった量の骨が取れるからね」
「大型種だけと言うのは⋯⋯、ああ、小型種は解体せず骨ごと納品されるからですか。まあ、小型種と言ってもゴブリンなんて肉が食べられないのでそもそも納品されませんよね」
「ああ、だから今回はせめて骨を買い取って殲滅戦の役に立とうと思ってたんだが、君がゴブリン素材の使い道を見つけてくれたので、うちはより殲滅戦に協力できるようになった」
「私からもお礼いたします」
エミリーが深くお辞儀をした。
「いえ、たまたまミオたちがゴブリンダンジョンから大量のドロップ品を持って帰ってきたのをどうにか活用しようとしただけですから」
「いや、おかげで午後からの編成会議に胸を張って行けるよ。ありがとう!」
「どういたしまして」
本当にシド君は信じられないような人物だ。
現実を見据えているが、出す答えは常識から外れている。
彼にはこのマナエルが抱える問題の突破口を開く力があると感じる。
最近、伝統貴族派の後ろ盾を持った悪徳商人の活動が目立ってきた。
(彼を悪意ある者から守るのも人生の先達としての俺の役目だ)
俺はそう決意した。
その後、シド君を商会長に紹介して、先ほどまでのことを報告、説明したら、『何で試し切りに呼んでくれなかったんだ!』と怒られ、もう一度、岩を切りに行くことになった。
今度は二人の窓移動を阻止したのは言うまでもない。
「さて編成会議に行くか」
俺は胸を張って商会を後にした。
2026年1月28日までで本話までお読みの方へ
第0話が加わり話数が増えましたので、ご注意ください。第0話もお読みいただけますと幸いです。
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