第38話 番頭は剣の価格設定に苦悩する
「サイモンさん、シドさんが来られましたよ」
「え? ああ、分かった。通してくれ」
いきなりドアが開いてエミリーが入ってきた。
「どうしたんです? 何度かノックしましたけど返事がなかったので入りましたけど……。疲れてます?」
「そ、そうだな。今日の午後の編成会議のための書類や提案内容を詰めていたらほとんど寝られなかった」
「大丈夫ですよ。領主様も冒険者ギルドの責任者も、急に決まった会議で満点の提案を期待してなんていないでしょう。むしろ、今は落ち着いて、緊張をほぐしておいた方が良いですよ。シドさんの分とハーブティ入れてきますね」
「ああ、頼む」
エミリーが出て行った後、しばらくしてドアがノックされた。
「どうぞ」
「失礼します」
「おお、シド君。よく来てくれた」
彼の手には一振りの剣があった。
どうにか間に合わせてくれたようだ。
「サイモンさん、約束していた剣を持って来ました」
「すまない。無理を言って急いでもらって。急に領主様からゴブリンの殲滅戦の部隊編成会議に出るよう言われてしまって、昼までにどうしてもその剣が必要になったんだよ」
「大丈夫ですよ。もともと、泥の採取を昼までに済ませて、納品の時に一緒に持ってくる予定でしたから」
「え?! 剣の納品だけでなく泥の納品もするつもりだったのか?!」
「当然です。自分の日々の仕事をおろそかにするつもりはありません」
「はぁぁ、さすがというか、何というか。この数日だけで今年の納税額を稼いだ上に、数カ月は遊んで暮らせるくらいの金が君の手元に入って、さらにこれからは継続的利益が入ってくる予定だというのに……」
「いいえ、成人したての若輩者ですから、将来何があっても安心なように稼げるチャンスは逃しません。時は金なりです」
「現実を良く見据えた良い教えだね。さて、その剣を鑑定させてくれるか?」
「どうぞ」
鑑定した結果、予想以上の性能があると分かった。
「どうですか?」
「ど、どうですか……何て言えばいいんだろう……鑑定のまま言うと『鉄製の無属性剣』だ。それも品質は『最高級』」
「『無属性剣』?」
「ああ、普通は法力を通す鉄製の剣は『法鉄の剣』という鑑定結果になるが、これは『鉄製の無属性剣』だ。すなわち、昨日君に見せてもらった聖属性剣と同じ部類の剣となる。すなわち、国宝級だ……」
「国宝級?」
「はぁぁぁ、どうするかなぁぁぁぁ。性能は良い、むしろ最高なんだけど、こんな剣をリースするとなると価格をどう設定すれば良いんだぁぁぁぁぁ。昨日から練ってきたリース価格の設定案がぁぁぁぁぁ」
俺が吠えているとドアがノックされた。
「どうぞぉ」
「失礼します」
エミリーがハーブティーを持ってきてくれた。
「随分吠えていましたが、どうしたんですか?」
「ああ、それが……」
エミリーにも鑑定結果と問題点を教えた。
「年大金貨一枚ですか。良いじゃないですか。そのままの価格設定で。シドさんはどう思われますか?」
「俺はサイモンさんが設定された価格で良いと思いますよ」
「あのなぁ。この剣はシド君と当商会の共有財産として登録され、それをリースすることで、シド君と当商会が永続的に利益を得る仕組みなんだぞ。俺の価格設定次第でシド君の将来の収入も大きく変わるんだ。二人とももっと真剣に考えてくれ!」
俺がそう言うと、エミリーが間髪入れずに答える。
「だって、サイモンさんが考えた価格設定って冒険者ギルドが中級冒険者向けに貸し出して、赤字が出ない様に考えた価格設定なんでしょ?」
「そりゃ、そうだ。冒険者ギルドとしてもリース数が増える度に赤字が増えていくようでは、今後、リースする数が増えていかない。こちらも儲かり、あちらも儲かるようにしないと商売は長続きしない」
「結論出てるじゃないですか」
「だって、国宝級だぞ! 国から国宝を借りようとしたら、一体いくら払えば貸してもらえるか想像がつくかぁ?!」
「サイモンさん、この際、その国宝級というのを忘れましょう」
「そんなわけにいくか! シド君、国宝がどんな値段で取引されるか知ってるか? 物にもよるが、大金貨千枚は下らない。それを年大金貨一枚で分割すれば千年かかる。それに、リースの取り分を当商会と折半するとなると、期間は倍になる。君は今売れば、大金貨千枚なのに、分割して二千年生きなければ回収できない価格設定で満足なのか?!」
「俺はかまいませんよ。それって、俺が死んでも子供たち、俺の子孫たちが継続してお金を受け取れるということでしょ?」
「いやいやいや、君の剣がいくら丈夫でも二千年は持たないだろう」
「そうですかねぇ。剣を作ってみて感じましたが、多分、この剣ならどう使っても中級冒険者の狩り対象となる魔物で傷がつくことは無いと思いますよ。それこそドラゴンとか相当固い魔物と戦わない限りは、かなりの年数はそのまま使えると思いますよ」
「ド……。はぁぁぁ、じゃあ耐久性なんかの意見を聞くために剣の実力者を呼んでみよう。エミリー、ダンを呼んでくれ」
「了解しました」
待っている間、ハーブティーを飲んで落ち着こうとしたが、間もなく騒々しい音でドアがノックされた。
「ど、どうぞ」
「失礼します!」
ノシノシと巨漢の壮年の男が入ってきた。
「サイモン様! 国宝級の剣の試し切りをさせてもらえると聞いて飛んできました!」
「サイモンさん、お待たせ」
「いや、全然待ってないから。どんだけ早いんだ君たち。そうだった、君たち当商会最速の一位と二位だったな……」
これは、『廊下は走らない』という学校みたいな規則の追加を余儀なくされるなぁ。
「それで、それが国宝級の剣ですか?!」
「ま、待て!」
ザっと剣に駆け寄るダンを俺は制した。
「先ずは、剣の製作者に挨拶しろ! 君は曲がりなりにも当商会の護衛長なんだぞ。礼儀を大切にしろといつも言ってるだろ」
「これは失礼しました。私はフォートラン商会で護衛長を務めていますダンと申します。無属性の剣士で元B級冒険者です。よろしくお願いしますぞ」
「ご丁寧にありがとうございます。H級冒険者のシドと申します。剣の製作者です」
「H級……失礼ですが、鍛冶師ギルドと剣の製作方針の不一致でもあって、追い出されて冒険者になられたのですか?」
「いえ、正真正銘、成人したてのH級新人冒険者です。職業も鍛冶師でなく結界師です」
「な! 何と! 不遇職の……い、いや失礼しました!」
「いいえ、ここ数日で慣れましたので」
「挨拶はもういいかな? ダン、この剣を持ってくれ」
俺は剣をダンに手渡した。
ダンは受け取るやいなや、鞘から剣を抜いて構えた。
「「「う、美しい……」」」
シド君以外の三人は自然と同じ言葉を発した。
俺たちはしばらく、剣に見とれて呆然としていた。
「シド君、昨日の聖属性剣も美しかったが、この剣も負けず劣らず美しい!!」
「こんな綺麗な剣、見たことありません!」
「こんな美しい剣だと戦いに集中できないではありませんか!」
「そ、そうですか……、でも戦いに集中できないのは困りますね。柄や鞘は地味にしましたが、刀身にも何か対策しましょうか……」
「「「この美しさを消すなんてとんでもない!」」」
「はあ……じゃあこのままで」
「早速、試し切りをしたいのですが、サイモン様この部屋に巻き藁はないですかな?!」
「あるわけないだろ!」
「サイモンさん。中庭に岩がありましたが、あれを切っても問題ないですか?」
「し、シド君?! 岩って……鉄製の剣だよ?!」
「多分、問題ありません。耐久テストにも良いでしょう」
「ま、まあいいけどって、その剣、今日の会議に持って行くんだけどぉぉ」
俺が言い終わらないうちに『では早速!』と言ってダンとエミリーが出て行ってしまった。
急いで廊下に出ると二人とも姿が見えず、窓の外から声が聞こえた。
「おぉぉい、サイモンさぁぁん」
「ええええ! 君たちここ三階だよ!!」
「飛び降りたんですよぉ」
「はあぁぁぁぁ?!」
道理で速いはずだ。
『廊下は走らない』どころじゃない。
『廊下は飛び降りない』という規則が必要だ。
「では、俺も」
と言ってシド君も飛び降りてしまった。
「ちょ!……」
俺は急いで階段を下りて行った。
「サイモンさん遅いです」
「はぁはぁ、君たちが非常識すぎるんだ! 番頭権限で飛び降りを禁止する!」
「えええぇぇ。便利なのにぃ」
「エミリー、君は商会長の令嬢なんだよ! どこに窓から飛び降りる令嬢がいるんだ!」
「ちぇ、分かりましたぁ」
「サイモン様! 切っていいですか?! 切っていいですか?!」
「ダン、君も反省してくれ!」
「は、はい……」
「試し切りだが、やはり岩はだめだ! 午後からの編成会議にその剣を持って行かなければならない。今、間違って傷物になるとまずい」
「「「え?」」」
「え? って何か俺が間違ってるのか?」
「サイモンさん、剣の納品はそれ一本じゃありませんよ」
シド君がサラッと答える。
「え?」
「そうです。既に剣百本の納品を完了してますよ」
今度はエミリーがサラッと信じられないことを言う。
「ええぇ?!」
「はい、わしも倉庫に運ぶのを手伝いましたぞ」
そこにダンが決定打を打ち込む。
「えええええぇ?!」
俺は急いで武器倉庫に走って行った。
「た、確かに………」
俺は武器倉庫の中で膝から崩れた。
(昨日、あれだけ一本の納品を心配したのに、それが百本!? 国宝級が一日百本!
信じられない!)
俺の築いてきた常識がガラガラ崩れて行くのを感じる。
「サイモンさん、まだですかぁ?」
お気楽な感じでエミリーが声をかけてきた。
「エミリーなぜさっき報告してくれなかったんだ!?」
「え? シド君があまりに当然のように百本納品したんで、それで良いものだと……」
(納品したのは良いけれど、報告・連絡・相談はしっかりしてほしい!)
「サイモンさん、何かまずかったですか?」
「シド君、昨日、聖属性剣を見せてもらった時にも思ったが、君は規格外すぎる……」
「そうですか? 俺は自分ができることをできる範囲でやってるだけですが」
「君がそう言う性格なのは分かった。今後は俺が注意しよう……」
「サイモン様! 切っていいですか?! 切っていいですか?!」
「ダン、君は納品を手伝ったんだろ?」
「さっきは地味な剣だと思って、作業的に運んだだけで、刀身は確認しませんでした」
「はぁぁ、分かった。じゃあ、試し切りをしてみよう」
俺たちは再度、中庭に移動して岩の前に来た。
「では!………せい!!」
ダンが剣を抜いて正眼に構え、その後、掛け声と共に振りかぶり、岩を切りつけた。
素振りでもしたのかと思える感じで、剣は何事もなく振りぬかれた。
その後、岩が斜めにずれて、音もなく真っ二つになった。
「「「な!!」」」」
三人とも予想の斜め上の現象にその場に立ち尽くした。
「やっぱり、傷一つありませんね」
「いやいやいやいや! シド君どう見てもおかしいだろ! 岩だよ! 岩!」
「すっごぉぉぉぉい! すぱっていった! すっぱって!」
「おおおおおおおおおおおお! 何という切れ味ぃぃぃぃ!」
「まあ、ここに来る前にミオが試し切りで岩を切ってたので、こうなることは予想してたんですが、いい切り口ですね」
「サイモン様、わしはこの剣に武器転換しますぞ!」
「ええええ!? ダン、君は今、アダマンタイトの剣を使ってるだろ!?」
「あの剣は重すぎて、最近歳のせいか振るのに苦労するようになりまして」
「多分、この剣は個人所有はできないぞ。うちの商会から冒険者ギルドにリース予定で、従業員にも有料で貸し出しはできると思うが、盗難防止のために奴隷のチョーカーを付けてもらうことに――」
「払います!つけます!」
「値段も聞かず即答かよ!」
「で、値段は?」
「一年で大金貨一枚」
「や、安すぎますぅぅぅぅ!!」
ダンは即座に財布から大金貨を出して渡してきた。
俺はシド君とエミリーを見て、
「な? 二人とも、これが正常な反応だ」
と言った。
だが、シド君は反論してきた。
「ダンさんは商会の護衛長でしょ。お金を持ってる人はこうでも、お金を持ってない中級冒険者はこうはいきませんよ」
「ではやはりこのままの価格設定で行くのか?」
「はい!」
「はぁぁ、仕方ない。ダン、とりあえずこの剣の貸し出しは商会長の許可を得てからだ。必ず商会長には掛け合うので今はその金をしまってくれ」
「絶対ですぞ!」
中庭でうるさくしたので、従業員たちが何事かと思い集まり始めた。
剣の性能に驚いて携帯遮音装置を起動するのを失念してしまった。
(これはまずい⋯⋯)
「三人とも、この剣のことは冒険者ギルドとの契約が完了するまでは口外禁止で頼む」
「「「分かりました!」」」
俺は集まった従業員たちにも、ここで見聞きしたことは口外禁止だと言い渡し、俺の部屋に戻ることにした。
「じゃあ、部屋に戻ろう」
「「はい!」」
「え?」
エミリーとダンは平然と身体強化で一階と二階の庇を足掛かりに、三階の窓に入っていった。
「そうか……そんな風に移動してたわけか……道理で移動が速いわけだ」
番頭権限で『窓から出入りしないこと』という規則を設けることを決意した。
「じゃあ、俺も」
と言ったシド君の肩をつかんで止めさせ、俺たちは一緒に階段を上った。
2026年1月28日までで本話までお読みの方へ
第0話が加わり話数が増えましたので、ご注意ください。第0話もお読みいただけますと幸いです。
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