第37話 番頭は商会長に報告する
「おかえりなさい、サイモンさん。商談はいかがでしたか?」
俺がシド君の家から商会に帰ると、店頭で婚約者のエミリーが迎えてくれた。
「ただいま、エミリー。まだ言えないが、すごい儲け話が聞けたよ。また忙しくなりそうだ」
「それは良かったです。でも、私としてはサイモンさんとの二人の時間が減って複雑な気持ちです」
「はは、俺もそう思うけど、お義父さんの跡を継ぐためには今が重要な時なんだ。君との未来のために今は我慢してくれ」
「ええ、チョットかまってほしい気持ちがあふれちゃいました」
「俺も君と二人でゆっくりすごしたいと、いつも願っているよ」
「うれしいです。あ! そうそう、帰ったら商会長室に来るようお父様が言ってました。多分、排魔草の件だと思います。さっき農場の方から報告が入って、シドさんが納品した泥のおかげで、一日で信じられないくらい排魔草が伸びたそうです! サイモンさんの狙い通りでしたね!」
「そうか! それは何よりだ。じゃあ店内の様子を少し見てから、商会長の所へ行ってくるよ。店は引き続きお願いするね」
「任せてください」
俺は軽く店内を見て回ってから商会長室に向かい、ドアをノックした。
「入っていいぞ」
中から声がしたので俺はドアを開き中へ入った。
「ただいま戻りました。フォートラン商会長」
「おお、帰ったか! 他人行儀はよせ、トーマスでいいと言ってるだろ」
「はい、トーマス様」
「まあ、かけろ」
俺は勧められた通りソファーに座った。
商会長は秘書にお茶の準備をするよう命じて、自分もソファーに腰かけた。
「先ずは、おめでとう。排魔草の栽培の目途が立ったと農園から報告を受けた」
「ありがとうございます。さっきエミリーから聞きました」
「あの子は店頭でペラペラと! 誰が聞いてるか分からないと言うのに……」
「それは大丈夫です。携帯式の遮音装置を起動させてましたから」
俺はいつも携帯している遮音装置を商会長に見せた。
「さすがだな」
「良い儲け話にはいつ巡り合えるか分かりませんからね」
「そうか。それで、その様子だと排魔草の件以上の何か良い儲け話があったのだろ?」
「はい、実は……」
俺はシド君の家で見た聖属性剣のことを商会長に説明した。
「……待て。そんなことが本当にあるのか? シド君と言えば、排魔草の肥料原料を供給してくれている彼だろ?!」
「はい、その彼です。私も聖属性剣の実物を見せられなければ信じられませんでした。それに、その場にはキャサリン公爵令嬢がおられ、シド君が複数の聖属性剣を一日かからず制作してみせたと証言されておられました」
「い、一日で複数?! ドワーフ王国でも属性剣の生産数は年々減っていて、今は年に一本あるか無いかと言われているのに、一日で複数だと?! 領主様のご令嬢が証言されたとなると真実なのだろうが、信じられん! 」
「はい、私も剣の鑑定をしてみて驚愕しましたが、正真正銘、最高品質の属性剣でした!」
「それで、まさかそれらの買い取りなんかを依頼されてないだろうな?! そんな剣はいくらうちでも手に余る。保管施設を国の宝物殿なみにするか、最高レベルの個人認証がついた亜空間バッグにでも入れないと安心して眠れん!」
「ご安心ください。私もそんなことは百も承知です。ここからが我が商会へのシド君の提案となります」
俺はシド君の計画に加え、キャサリン様のご意向を商会長に説明した。
「なるほど。シド君は冒険者を辞めて自分が作成した武器を扱う商人になるべきだな。大した商才だ」
「トーマス様もそう感じられますか」
「ああ、普通性能の良い武器を作ったなら他人に売って儲けようとするだろ。だが、その性能の良い武器が売れる一方で、武器が売れなくなった鍛冶師や商人が出てくる。一本、二本ならまだしも、鍛冶師ギルドや商人ギルドに所属していない彼が数多くの武器を売ると必ず軋轢となる」
「当然ですね」
「だが、このマナエルで唯一軋轢を生まない武器の供給先がある」
「冒険者ギルドですね」
「そうだ。あそこの鍛冶師は修復が主な仕事で、武器の新規製造が間に合っていない」
「はい、おそらくミスリル剣の在庫は足りていないでしょう。そこにミスリル剣に代わる頑丈な剣を貸し出すと言えば飛びつくこと間違いなしです」
「ああ、リース契約なら新規購入とは違い予算を大きく圧迫することもない。それに貸し出した剣の修理は当方が行うと言えば、なおのことだ」
「冒険者ギルドは半年間は新人の武器を無料で修復する方針ですから、ギルドの専属鍛冶師は半年間は連日修復に追われてます。修理までこちらが請け負い、常に整備された剣を貸し出すと言えば、ギルドの鍛冶師は泣いて喜ぶことでしょう」
「剣を借りる冒険者たちにも利が大きい。剣を借りた冒険者は金を稼ぎ、自分の武器を新調できるようになる」
「良い武器を使用すると良い武器の目利きができるようになります」
「ああ、最近、ミスリル剣の不良品を安く売る商会が目立つようになったが、そういった輩に騙される冒険者も減るだろう」
「そうですね。真面目に良い武器を売っている、うちの様な商会や鍛冶師は新しい顧客が生み出されます。リースした武器に当商会の印字を刻めば、良い宣伝になります」
「極めつけは領主の後ろ盾だ。うちが儲けても誰も文句は言えない。おそらく、冒険者ギルドに留まらず、領軍にも剣を貸し出す流れになるだろう。そうなれば、継続して安定した儲けが約束される」
「これら全部を分かっていて今回の提案をしたとすると、シド君の商才はその辺の木っ端商人では太刀打ちできないものでしょう」
「だが注意しろ。彼と仕事上の契約を結ぶのは良いが、間違っても彼を部下にしようなんて考えるなよ。領主家、下手すると王家も敵に回すかもしれん」
「やっぱり、キャサリン公爵令嬢がそばについていると言うのは……」
「想像している通りだろう。それに聖属性剣を製作できる時点でドワーフ王国ならば即座に伯爵位が与えられるだろう。それほどの人物だ」
「既に貴族として接しなければならない人物ということですね」
「そうだ。親しくするのは良いが、礼を失さぬよう注意しろ。そして、どんなことがあろうが、決して彼との関係を損なうな!!」
「分かりました! 明日には剣の試作品ができると聞いています。トーマス様もお会いになりますか?」
「もちろんだ!」
この様に二人で興奮して話していると、お茶の用意ができたようで秘書が戻ってきた。
二人とも喉を潤したところで、俺は話を再開することにした。
「これは商談でなく、今後を左右する情報なのですが――」
「何だ?」
「ゴブリンダンジョンが白化したとのことです」
「なに?! それは本当か?!」
「ええ、キャサリン公爵令嬢とミオというシド君の従妹に加え、ギルドの教官の三人で白化させたと聞いています」
「さ、三人で!? それは、聖属性剣を使っての結果なのか?」
「そのようです」
「教官付きでダンジョン攻略ということは、ギルドの特別新人育成制度の対象者で、お二方の能力も高いんだろうが、何より剣の性能が凄まじいのだろうな! 」
「ミオさんは聖剣士だそうですが、キャサリン様は聖法術師、教官は付与術士とのことです。驚くことに三人とも聖属性剣のみで戦われたそうですから、剣の性能がよほど良かったのでしょう」
「戦闘のことはよく分からないが、ダンジョンの白化は歴史資料でしか見たことが無い。低レベルダンジョンであっても歴史的快挙だろう。ましてや、三人でなんて…」
「令嬢がそのメンバーですから、当然、公爵の耳には既に入っているでしょう。ギルドの教官は引き抜かないにしても、ミオさんは公爵家に囲われ、いずれ何某かの地位が与えられることでしょう」
「そうだな。今後彼女も必ず重要人物となる。シド君を通してミオさんとも親しくなっておいてくれ」
「分かりました」
「ゴブリンダンジョンの白化を受けて、近く必ず公爵家は動く。おそらく、ゴブリンの殲滅戦が実施されることだろう。そんな時に我が商会が剣のリースを通して役に立てるのは望外の喜びだ。亡き妻も喜んでくれることだろう」
「厄災戦でお亡くなりになったメアリー様ですね。私は入れ違いで入ってきましたからお目にかかれませんでしたが」
「今のエミリーを見ているとメアリーを見ているようだ……。メアリーは城壁を超えてきたゴブリンに殺された。ゴブリンは私たち家族にとって敵だ。だから、殲滅戦が行われるなら、当商会としても全力で取り組むつもりだ」
「分かりました。私も知恵を絞って《《商人として》》必ず役立って見せます」
「そうだな。我々は商人だ。商人として全力で戦おう。頼んだぞ」
「矜持にかけて」
私たちがその様に決意を固めている正にその時、ドアがノックされた。
「入りなさい」
「お父様、失礼します」
「エミリー、仕事中は商会長と呼びなさいと言っただろう」
「えぇぇ、サイモンさんにはトーマス様と呼ばせているんでしょ。私もお父様でよいではないですか」
「サイモンは商売に私情を持ち込まないから良いが、エミリーは親子の情を持ち込むだろう。それが火種になって大炎上することもある」
「むぅぅ」
「それで、用件は何だ?」
「そうだった! 領主館のメイドのマリーカさんがさっき来られて、伝言を預かりました。領主様からの通達です。シルバニア王の王命にてゴブリン殲滅戦が実施されます。 討伐軍の編成会議を実施するので、フォートラン商会も明日の正午に政庁に出頭せよとのことです!」
「なっ! 王命!? 明日正午!?」
「いやいやいや、それは幾らなんでも話が進むのが早すぎるのでは!?」
「でも、そうはっきり言われたけど」
「時間がない。サイモン、シド君のことを含め本件は君に一任する。君の裁量で自由にやってくれていい。間に合うか? いや、間に合わせてくれ!」
「とりあえず、試作品の剣は明日届けてくれるとシド君が言ってましたから、リース契約の内容の草案を早急に作る必要があります。今夜は徹夜です!」
「あまり凝った内容にせず、シンプルな構成にして、後ほど必要に応じて内容を更新できる自由度のある契約内容にしておけ。なんせ、前例のない契約だ。無理をして詰めると、むしろ後の障害になりかねん」
「分かりました! エミリー、シド君の家までの地図を描くので、誰か足の速い男の従業員にシド君の家まで使いに行ってもらってくれ! 急ぎでかかった料金はいくらでも払うから、一本でもいいので剣の試作品を明日の朝に持ってきてもらえるよう、どうにか頼み込んでくれ!」
「いいけど、足なら私がこの商会で一番速いけど……」
「だめだ! シド君の家は貧民街だ。こんな時間に君を行かせられない!」
「そうなんだ。じゃあ、私の次に足が速い商隊護衛のダンさんに行ってもらうね」
「それがいい。でも、君って中級商人なのに元B級冒険者よりも足が速いのか?」
「知らなかった? お父様がゴブリンよりも逃げ足が速くなるようにって、無属性法力の身体強化の先生を見つけて、走る指導してもらったのよ」
「そ、そうなんだ……。ひょっとすると君はシド君と気が合うかもしれないね」
「そうなんだ。今朝会ったけど、また会って話すのが楽しみだわ」
「二人とも話が逸れているぞ!」
「そうでした! エミリー急いでくれ!」
「分かったわ!」
と言って脱兎のごとく駆けて行ったのだが、肝心の地図を持たずに行ってしまった。
慌てて呼び止めたが時すでに遅し。
足が速いと言うのは本当だったようだ。
「やれやれ、俺も足を鍛えようかな……」
トーマス様に挨拶し、俺も急いで商会長室を後にした。
2026年1月28日までで本話までお読みの方へ
第0話が加わり話数が増えましたので、ご注意ください。第0話もお読みいただけますと幸いです。
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