第36話 ギルド支部長は怒涛の報告に熱く高揚する
執務室のドアがノックされる。
「入れ!」
ドアが開くと筋骨隆々の男が入ってくる。
「失礼するのである!」
「ゴーリキーか。すまないな、立て込んでてお前の報告を聞くのが遅れてしまった」
「かまわないのである。待っている間は報告書の作成と、新人たちと筋トレに励む有意義な時間に使ったのである」
「相変わらずだな。あまり新人を無茶な訓練につき合わせるなよ」
「みな若いから大丈夫なのである。鍛えた筋肉は裏切らないのである」
「そうか……まあ、座れ」
ゴーリキーはソファーまで行き、腰かけるが、微妙に体が浮いている。
「……空気椅子をしろと言ってないぞ。普通に座ってくれ」
「良い筋トレになるのであるが、仕方ないのである」
そう言いつつソファーにどっかと腰かける。
これはいつものことなので、これ以上は触れないで本題に入る。
「それで、どうだったトータスダンジョンは?」
「良くないのである。スタンピードの兆候が強くなっていたのである」
「どの程度だ?」
「低階層の魔物、特にスライムがダンジョン周辺に追い出されて、周辺の草木を侵食していたのである。ダンジョンの中は低階層に中層の魔物が進出して、魔物同士の小競り合いが頻発していたのである」
「小競り合いがあったということは、まだ指揮個体は上がってきていないということか?」
「そうでもないのである。一部の魔物、特にゴブリンは分隊規模でまとまった行動を取っていたのである。明らかにゴブリンリーダーが率いる群れが形成されていたのである」
「そうか。で、スタンピードまでどの程度の猶予があると思う?」
「低階層ではホブゴブリンは見かけたが、ゴブリンジェネラルクラスの魔物はまだ見られなかったので、今すぐ起こる可能性は低いのである。しかし、半年以内に起こる可能性は高いと思うのである」
「半年か……。打てる手は打っておきたいのだが……」
「やはり問題はゴブリンなのである」
「ああ、そうだな……」
ゴブリンは城塞防衛戦において最悪の敵だ。
奴らは持ち前の身軽さと小さな体躯を武器に城壁を突破し、市街地を引っ掻き回す。
この街の城壁はサイクロプスなどの大型種が相手でも、十分な高さと強度で侵入を許すことはないが、逆に身軽なゴブリンは容易に城壁を登ることができる。
加えて、ゴブリンは体躯が小さいため城壁の上から弓矢や投石で狙いにくく、数に物を言わせて登られると全ての個体に対応することはできなくなるのだ。
「十年前の厄災戦ではジェネラルクラスの魔物に城壁の防御が手薄な所を見つけられて、大規模なゴブリン軍団を投入され、突破を許してしまったのである」
厄災戦の敗北の要因はゴブリンにあった。
城壁を突破したゴブリンは市民に襲いかかり、家々に火をつけて回った。
その対応に防衛に当たっていた冒険者と衛兵を回したため、城門の突破を許してしまい、結果、この街から市民を逃がす以外の選択が取れなくなってしまったのだ。
「やはり、大規模なゴブリン殲滅戦が必要になるな………」
「そうであるな。しかし、問題は討伐隊に十分な人数が集まるかどうかなのである。同じ討伐等級のグラスウルフは毛皮が換金できるが、ゴブリンの素材はどれも値が付かないので、基本依頼料と討伐報酬だけの収入になり不人気なのである」
「……そうだな」
そう、問題はゴブリンは買い取れる素材がないことだ。
ゴブリンが使用する武器は粗末な鉄製ナイフ、こん棒、粗雑な短弓だ。
ナイフは鉄製だが鉄としては良くもなく悪くもない。
法鉄なら買い手がつくが、単なる鉄製のナイフでは買い手が限られ、冒険者が自分の手で運んでも労苦に見合うだけの価格がつかない。
ギルドが一括して運搬するにしても、ゴブリン集落がある森の奥では荷車が使えず、運搬費の方が高くついて足が出る。
「亜空間バッグは余っているか?」
「備品管理部に聞かなければ分からないのであるが、おそらく高級素材クエストに貸し出されていて余っていないと思うのである」
このマナエルは魔物素材の宝庫で、様々な高級素材が取引されている。
ギルドでも亜空間バッグはいくつも所有しているが、それらは大型種の魔物素材や、運搬時の損傷を避けなければならない高級素材の運搬に使用されている。
そんな引く手あまたの亜空間バッグを安価でしか売れない粗末な鉄製ナイフの運搬に使用できるはずもない。
その他、売れるとすれば魔石だが、ゴブリンの魔石の買取価格は一個銅貨三枚と安い。
と言っても、メイ君が持ち込んだように二千個もあれば結構な額になるが、あれは例外だ。
ダンジョン内では死骸はダンジョンが吸収し、牙、角、魔石がドロップするので、魔石の回収は容易だが、一旦ダンジョン外に出た魔物は解体しないと魔石が取れない。
ゴブリンの肉は食用にならず、人件費をかけて解体してまで取り出すには費用対効果が低すぎる。
比較的容易に取れるのは角や牙だが討伐証明部位としてしか用途が無い。
ゴブリンは指揮個体がいない時は容易に狩れるが、ゴブリンリーダーが指揮をすることで組織立って行動する。
だから、群れを相手にする殲滅戦の場合、それなりの連携ができる中級冒険者の参加は必須となる。
中級冒険者でも法鉄からミスリルへの武器転換に成功した者たちはより高額で効率の良いクエストを受けたがる。
そして、武器転換に失敗した者たちは、自分のスキルレベルに合わない法鉄の剣を持つか、ミスリル部分が少ない短剣やナイフを持つかしかできず、武器損傷を過剰に恐れて鉄製の武器や固いこん棒を使うゴブリンとの戦闘はしたがらないのだ。
結論として、こんな金にならない魔物を進んで狩りたがる者はいないと言うことだ。
俺は深く息を吐いた。
「ギルドからの強制クエストにした場合は、武器をギルドで貸し出さなくてはならなくなるのである。そうなると問題はギルド保管のミスリル剣なのである」
「ああ、その通りだ」
冒険者ギルドには強制クエストを出す権限がある。
しかし、この強制クエストを出す場合はギルド保管の武器を貸し出さなければならない規則となっている。
これはスタンピード戦などの街を守るための重要クエストに、ためらいなく全ての冒険者が参加できるようにするための制度だ。
そして、ここでも問題となるのは高額なミスリル剣だ。
ギルドは大規模なスタンピード戦に備えて常にミスリル剣を蓄えている。
冒険者にミスリル原石の採取依頼を出し、買い取ったミスリル原石からギルド専属の鍛冶師が武器を製造する。
市場で既製品のミスリル剣を買うよりは安価で武器を調達できるが、それでも法鉄と比べると五倍以上のコストがかかる。
だから保有する数はどうしても法鉄の剣に比べて少なく、損傷したなら可能な限り早く修復し、保有数を維持しなければならない。
それが大規模な強制クエストともなれば、ギルド専属の鍛冶師が全力で修復しても、保有数を回復するのにかなりの期間がかかる。
「今のミスリル剣の保有数はどのくらいなのであるか?」
「昨日、ジルと調べたが、ミスリル剣は三百二十本だ」
「心もとない数なのである。それに、今は時期が悪いのである」
「そうだな……」
そう、今は時期が悪すぎる。
今は成人したての新人冒険者が多く、ギルドは新人の支援のために半年間は新人冒険者の武器修復を無償で行っている。
マナエルのギルド専属の鍛冶師は二十人。
この時期は、その専属の鍛冶師全てが連日武器修復に追われる。
そんな中、さらにミスリル剣の修復が入れば完全にギルド鍛冶師の対応能力を超えてしまう。
「外注しか手はないのである」
「ああ」
ギルド鍛冶師の対応能力を超えるならば、後は外部の鍛冶師に依頼するしか選択の余地はない。
しかし、ミスリル製の武器を修復できるのは上級鍛冶師で、工賃も高く、修復にも多くの予算がかかる。
「……仕方ない。上層部にかけあっても時間ばかりかかって予算がいつ下りるか分からない。修復費はどうにか一時的に災害予備費から捻出するしかないだろうな……」
スタンピード戦に関わるクエストの基本依頼料と討伐報酬は領主から支払われる。
ゴブリン殲滅戦はスタンピード戦に関わるクエストと見なされており、ギルドから領主に対し状況報告と実施の必要性の説明が成されればほぼ実施され、直ちに領主から予算が支払われる。
しかし、所有権がギルドにある武器の修復費はギルド側の負担となる。
スタンピード戦に関わるクエストの場合、基本依頼料と討伐報酬の25%がギルドに入るが、修復費にかかる費用を考えると実質、ギルド側の赤字となる。
その赤字分をどこの資金で補填するかが問題になるのだが、支部からの要請ぐらいでは冒険者ギルドの上層部の動きは鈍く、予算が承認されるには長い時間がかかる。
そのかかっている時間の間はマナエル支部内の予算で何とか持ちこたえるしかない。
支部では常に災害時の予備費をプールしているが、通常予算から出せないならば、そのプールしている資金を一時的に充てるしかない。
「ゴブリンの素材が何かに使えると良いのであるがな……」
「ああ……」
そう呟いているとドアがノックされる。
「入れ!」
「失礼します!」
ゴーリキーとは違って華奢な体躯の男が入ってくる。
「おお、ジャン部長。何かあったか?」
素材販売部のジャン部長が入ってきた。 何か興奮した様子だ。
「し、支部長! ご、ゴブリンの素材に買い手がつきました!」
「何ぃ!!?」
正に今悩んでいた問題に解決の手立てが与えられ、驚愕した。
「それで、何の素材に買い手がついたんだ?!」
「はい、燃料ギルドからゴブリンのこん棒の発注がありました! 計算しましたところ、運搬費がかかっても十分儲けが出ます!」
「こ、こん棒だと?!!」
燃料ギルドは木材、炭、油、アルコールを扱うギルドだが、こん棒は木材だ。
(用途的には直接燃やすか炭にするかだが、なぜそんなに高値が付いたんだ!?)
「ジャン部長、高額が付いた理由は聞いているか?」
「はい、どうやらこん棒は超高温炉の燃料である高級炭の原料となるそうです」
この街ではアダマンタイト鋼など超高温炉を使用する鋼材の取引も活発だが、一方で超高温を出せる高密度の炭の調達は困難な立地だ。
「盲点であったのである。確かにこん棒は密度の高い木でできているのである。ドワーフとは違い、我々はこん棒など使用して戦闘する職種は無いので、こん棒に何の関心も持っていなかったのである」
(その通りだ)
我々が使用する武器はそれぞれの職種で決まり、剣、槍、弓が主な武器だ。
訓練用に木剣を使用することはあるが、実戦では使用しない。
当然、実戦で使用しない木製の武器に関心を持つ人間は皆無だ。
「よく報告してくれたジャン部長。早速、依頼掲示板に張り出してくれ」
「はい、分かりました!」
そうすると、またドアがノックされる。
「入れ!」
「失礼いたします!」
今度は美女が入ってきた。 彼女も何か興奮している。
「シルビア君どうした?!」
「支部長、ご、ゴブリンダンジョンが白化しました!!」
「白化ぁ!!? どういうことだ!」
「はい、先ほどメイ教官から報告で、ミオさん、キャサリンさんと共に昨日と同じくゴブリンダンジョンに入り三人で聖属性剣を使用。スポーンポイントで大量のゴブリンを殲滅。結果、ゴブリンダンジョンが白化したとのことです!!」
「三人?! ミオ君はまだしもキャサリン君は聖法術師だろ?! それに三人でと言うことはあの聖属性剣は三振もあるのか?!!」
「はい、キャサリンさんも含め三人とも聖属性剣を使用したとのことです!」
「キャサリン嬢は法力切れであったのであるか?」
「いえ、本日は一切法力を使わず戦闘を行い、基本剣術のみで五百体以上のゴブリンを屠ったそうです!」
「驚愕なのである! よほどその剣の性能が良かったのであるな! 国宝級の剣なのである!」
「俺もメイ教官に見せてもらったが、相当の代物だった。聖剣士であるミオ君なら尚のこと性能を遺憾なく発揮しただろう」
「はい、現在ドロップ品は数が多すぎるためキャサリンさんの亜空間バッグの中に収納されているとのことでしたが、ミオさんだけで討伐数は優に万を超えていたとのことです」
「ま、万だと!!?」
「その成果は、今日だけでスタンピード戦でゴブリンジェネラルの率いる一軍を一人で屠ったようなものなのである!」
「ああ、少なくとも次のスタンピード戦ではゴブリン軍団の一軍団分が減るだろう。それに、ダンジョンが白化したことで、周辺地域へのゴブリンの拡散元が断たれた。今なら周辺地域のゴブリンを殲滅して、ゴブリン軍団のスタンピード参戦を大幅に削ることができる!」
「支部長、そのことで加えて報告です! 領主様からの通達がありました! シルバニア王の王命にてゴブリン殲滅戦に参戦せよとのことです! 討伐軍の編成会議を実施するので、明日の正午に領主政庁に出頭せよとのことです!」
「なんと、王命であるか?! いくら領主様が王弟であっても裁可が下るのが早すぎるのである! ゴブリンダンジョンの白化とは関係なく以前から準備されていたのであるか?!」
「そんなことはどうだって良い、これは好機だ! シルビア君、法力通信機を準備してくれ。ギルド本部に連絡、予算確保と周辺支部への協力要請を行う! 王命であれば本部も協力を拒めない!」
「了解いたしました!」
ついさっきまでは考えもつかなかった怒涛の変化に驚愕しつつも、それを上回って俺は今、熱く高揚していた。
2026年1月28日までで本話までお読みの方へ
第0話が加わり話数が増えましたので、ご注意ください。第0話もお読みいただけますと幸いです。
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