第35話 聖法術師は決断する(後半)
「お父様、ミオの実力はこれを見てお分かりになったと思いますが、シドはミオを上回る実力を持っておりますわ。その実力は後日、お父様ご自身が出向いてご検分いただきたいですわ」
「そうだな。ミオ君にはゴブリンダンジョンの件、そしてキャサリンが世話になっている礼もしたい。また、シド君の実力も直接見せてもらおう。ぜひ日を見て訪問させてもらおう」
<それが賢明だな。公邸に呼び出せば、多くの官僚や衛兵、使用人の目に二人を晒すこととなる。公邸には密かに伝統貴族派から遣わされた者も含まれるだろう>
「そうですね。最終的な人事権は私にありますが、省庁から送り込まれた人材の中には伝統貴族派がいます。下級職の採用はそれぞれの部門長に主な人事権を与えていますから、伝統貴族派が人を紛れ込ませている危険性はあります」
<聞くに二人の実力と成果から、我が国としては二人に名誉騎士爵を与えなければならない状況だ。だが、下手に中途半端な準貴族として爵位を与えては伝統貴族派が占める省庁からの人事権の介入と引き抜きを許してしまう>
そう、最前線のマナエルから貴重な戦力が失われてしまうのは避けなければなりませんわ。
<伝統貴族派の人事権が及ばない男爵位を二人に与えるまでは、くれぐれも二人の情報は隠蔽するように。メイというギルドの教官にも協力を願う必要があるな>
「それは、私から冒険者ギルドの支部長へ要請します」
<ところで、その六振の聖属性剣は今後どうするか………。使用者が火傷をして実戦では使いにくい炎属性剣とは違って、魔物に対する特効がある剣だ。国宝としてただ宝物蔵に収めておくには惜しい剣だろ>
「伯父様、それについては私から提案がございますわ」
私はシドから聖属性剣を借り受け、私が使用する一振を除いて五振を当家で使用する了承を得たこと、そして、謝礼は金銭以外のもので支払うことがシドの望みであることを説明いたしましたわ。
「そ、そんな気前の良い話があるのか?! 信じられない!」
<国宝級の剣をあっさりと貸し出すとは! 何とも大胆だな>
「加えて、提案がありますわ―――」
私はさらに提案を続けましたわ。
「私はこの借り受けた五振の聖属性剣を当家の奴隷剣士に貸し出すことを提案いたしますわ」
「なんだって?! この国宝級の剣を奴隷に使わせるのか?!」
当家で抱えている奴隷剣士たちは、武器の更新に失敗し、人頭税が払えなくなった元冒険者たちですわ。
彼らの命はとても軽いですわ。
彼らは当家の奴隷となった後、領軍や衛兵の槍士たちの訓練のための魔物の追い立て役や、スタンピードの最前線で使い潰されますわ。
もちろん、父は彼らを好きで危険な目に合わせているのではありませんわ。
槍士たちの訓練とスキル向上はスタンピード戦において防衛線を形成する槍士たちにとって必須のことですわ。
また、スタンピード戦においても誰かが最前線を担わなければなりませんわ。
しかし、自由な意志の元で働く冒険者で好んで最前線を担う者は僅かですわ。
使い捨てになっていることを知りつつ、父は心を鬼にして奴隷剣士たちを使っているのですわ。
「お父様、この剣の価値は国宝級かもしれませんが、これを奴隷剣士に使用させることでお父様の心のつかえは少し和らぐと思いますわ。それに、この剣は鉄製で、武器転換に失敗した元冒険者の奴隷が使用しても破損することはありませんわ」
「確かにミスリルとは違って鉄なら心配なく使わせることができるか……」
「必要とあれば、剣はシドに頼めばまた作ってもらえますわ。この際、この剣の価値は忘れ、お父様のお心のためにも、この剣の運用を大胆に行うべきですわ」
「確かに、この剣を運用すれば奴隷剣士の死亡率は格段に下げることができるだろうね」
魔物の追い立てで一番困難なのは、魔物の群れを統率している集落のボスの討伐ですわ。
奴隷剣士たちの死亡原因の多くがこのボス討伐にありますわ。
ボスを討伐しない限り、魔物はボスの指示のもと統率された動きで反撃してきますわ。
だから、魔物を追い込むためには必ずボスを討伐しなければなりませんわ。
私の提案は、この剣を隊長格の奴隷に持たせることで、ボス討伐を安全にすることですわ。
<ジョセフ、国に気を遣わなくていい。我が国のために使えるものは何だって使うべきだ。それに、キャサリン曰く、必要となればシド君がまた剣を作ってくれるのであろう? であれば、人命を優先すべきだ>
「エド兄さんがそう言うなら、そうしよう。それにこの剣があれば、ゴブリン集落の一掃も簡単だろう。ゴブリン殲滅戦で有効活用できるよう隊長格の奴隷にこの剣で習熟訓練をさせよう」
「殲滅戦に私とミオも参加いたしますわ」
「父親としては家にいてほしいが、この戦果を見せられてはダメだとは言えないな」
「シドはフォートラン商会を通して冒険者ギルドに剣をレンタルする計画をしているようですわ」
「そ! それは聖属性剣をレンタルするということか?!!」
「いえ、法力容量の大きい無属性の鉄の剣と聞いておりますわ」
「そ、そうか……。だが、この聖属性剣の出来からも、単なる無属性の鉄の剣ではなさそうだね。うちの奴隷剣士にも貸し出せないか交渉しよう。フォートラン商会には討伐軍の編成会議に出てもらおう」
お父様がメイドのマリーカに目配せすると、マリーカは一礼して出て行きましたわ。
<いい機会だ。フォートラン商会には近衛用にも剣を融通させるか>
<エド、近衛はプライドが高い者ばかりですわ。多分、鉄の剣を渡しても誰も使いませんわ>
<まあ、それもそうか。まったく、技量が足りていないのにプライドばかり高く、困った連中だ……>
伯父様も伯母様も近衛の古い気質にはうんざりしていますわ。かく言う私も、王城で暮らしている時にはうんざりさせられましたわ。
「え、ええっと……まあ近衛の話はやめて、シド君の褒賞について考えましょう。金銭以外の報酬となると難しいですから……」
<さっきも言ったが、現時点で爵位を与えるのは愚策だな。伝統貴族派の勢力が強い今の状況では、国宝級の剣の製作者でも武勲のない者に男爵位を与えるのは難しい>
伝統貴族派は先祖が武勲によって高位貴族となった者たちの末裔ですわ。
彼らは武勲第一を掲げる連中ですわ。
<シド君が目覚ましい武勲を立てたならば異論は出ないだろうが、ドワーフ王国と違って我が国の職人に対する伝統貴族派たちの評価は低いからな>
「もしシド君が聖属性剣をドワーフ王国に一振でも献上するなら、彼らは即座に伯爵位くらいは与えますね……」
<だろうな>
(そろそろですわね……)
私はある決断を伯父様、お父様に聞いてもらうことを決めておりましたの。
「伯父様、お父様、シドへの報酬の件ですが、シドの意志を確認する必要はございますが、私からの提案として彼に与えて頂きたい権利が一つございますわ」
「権利? それは……」
今、このタイミングで言うべきですわ!
「シドに、私の婚約者としての権利を与えてほしいですわ」
そう、金銭でないシドへの報酬、それは私自身ですわ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、それがどう言う意味を持つか分かって言ってるのかい?!!」
「はい、分かっておりますわ。このマナエル家の血筋を残すためには私かユリア伯母様の子がこの家を継がなければなりませんわ。しかし現在、ユリア伯母様の子はクリストファー王太子のみ、ですから、一番の可能性は私が次期公爵となり、配偶者を迎えて子を残すことですわ」
「確かに、キャサリンの婚約者を決めるのは当家であって、他家の干渉を受けることはないが、このことを知った伝統貴族派たちとの軋轢は相当なものになるだろうな………」
<ジョセフ、あまり奴らに気を遣うな。約束しただろう、俺とお前でマナエル家を強く盤石な家とし、魔境に対する最先鋒を担う家とすることを! シド君は間違いなく将来、マナエル家にとって欠かせない人物となる>
確信を持って言えますわ。
シドは遅かれ早かれ武勲を挙げて、正式に男爵位を得ますわ。
<伝統貴族派に目をつけられていない今、彼をキャサリンの婚約者候補としておくのはありだ>
<そうね。それにキャサリン自身もシド君のことを気に入っているのでしょ>
「はい、伯母様。私はシドのことを慕っておりますわ。それに実は、ミオもシドのことを慕っておりますわ。ですから、シドが私とミオ、二人と結婚すれば、ミオも当家に取り込むことができますわ」
「まあ、公爵家の家督のことさえ問題なければ、シド君がミオ君と結婚することは問題ない。私も政争の覚悟を決めなければならないだろうな……」
「はい、お願いいたしますわ」
(シド、わたしはあなたを決して逃がしませんわ!)
私はこのマナエルのために全力でシドを得ることを決心しましたわ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「うお!!」
「どうしたのシド?」
「いや、なにか背筋がぞわってしたんで………」
「炉の前に立ってるのに?」
「う~ん、風邪かな?」
「まあ、これが済んだらゆっくり休むといいよ」
「そうする……」




