第32話 結界師は世知辛い現実を目の当たりにする
「やっぱり、あんたの実力は、H級じゃ収まらないと思うなぁ」
振り返るとサイモンさんが立っていた。
俺は誰かが見ている気配を察知していたが、害意は無いと思いあえて気づいていないふりをしていた。
「見ていたなら、声をかけてくださいよ」
「すまん。何かあったらすぐに通報笛を吹くつもりでいたんだが、あんたならどうにかしてしまうような気がしたんでつい……」
そう言うとサイモンさんは通報笛を見せた。
この辺りは大店の商店が多く、衛兵の見回りも手厚い地区なので、通報笛を吹けば、直ぐに衛兵が集まっただろう。
「拾得物の件、ありがとうございました。ギルドで受け取りました。でも、良かったのですか? あの泥は納品したものですから、そこから出てきた拾得物は商会のものとしても、私は文句は言えないのですが………」
俺がそう言うとサイモンさんは笑って答えた。
「ああ、あんたとの契約はスライムの死骸を含む泥の買い取りだから、それ以外のものはあんたのものだ。それに、泥の中からあれらを拾い集めるための人件費はしっかり適正価格で引かせてもらったので気にせず受け取ってくれ」
(さすが大店の番頭さんだな⋯⋯)
「これからも拾得物はギルドを通してあんたに渡すつもりだ。引いた人件費の明細は月一で明細書を渡すのでそれを見てくれ」
取引相手に信用されるための契約の順守、そして、一方的な好意の押し付けとならないために人件費をあえて取ることで取引相手の重荷にならない配慮がなされている。
また、今日の様な指輪などの貴重品が含まれる時はギルド立会いで受け取った方がトラブルになりにくい。
「ご配慮ありがとうございます。では、遠慮なく受け取らせてもらいます」
「ああ、そうしてくれ。ところで、入っていた指輪はどうするつもりなんだ?」
サイモンさんが少し心配そうに尋ねる。
「あの指輪は冒険者ギルドを通して持ち主を探してもらって、返却してもらえるよう依頼しました」
そう聞いてサイモンさんは安堵の表情に変わる。
「そうか、それは良い判断だ。あんな《《やばい》》指輪の持ち主となると相当な実力者か金持ちだ。あんたが賢明な判断をしてくれて、安心したよ」
「それは、ご心配をおかけしました」
「まあ、さっきの連中なら売って金にするだろうが――」
サイモンさんが逃げて行った冒険者たちの方へ向いてそう呟く。
「さっきの連中を知っておられるんですか?」
「一人ひとりの名前までは知らんが、しきりにこの辺りのドブの蓋を開けてドブさらいをさせてくれと言ってきた連中だ。当然断ったが」
「あの連中もドブさらいのクエストを?」
「いや、あの連中はああ見えて中級冒険者だ。ドブさらいのクエストは受けられない」
(それはそうだ⋯⋯)
「奴らの狙いは小銭拾いだ。ここらのドブは長く蓋を開けられずにそのままになっているからな。あんたが受け取ったように小銭がたくさん落ちている」
「確かに」
「ここらは裕福層が集まるので、それを狙う引ったくり犯も多い。奴らは衛兵に追われてる時なんかに盗んだ貨幣を道にばらまいたりするんだ」
「それで、小金貨なんて大金が落ちてたんですか」
「そうだ。おそらく指輪も同じような理由なんじゃないかと思うが……」
(まあ、実際に指輪を拾えていれば、人頭税百年分が手に入っていたわけだから、連中の狙いは悪くなかったわけだ⋯⋯命の保証は無いけど)
「俺の予想では、連中はモグラ狩りの冒険者だ」
「モグラ狩り?」
「連中の下げていた剣は短剣だっただろ? あれはイビルモールと言うモグラの魔物を狩るための、ミスリル製の刺突剣だ」
(フィーネさんが言ってた魔物だな⋯⋯)
「イビルモールは高く売れるんですか?」
「状態が良ければ毛皮が高級品として売れる。まあ、狩れればの話だが」
「そんなに狩るのが難しいんですか?」
「イビルモール狩りは待ち伏せの狩りになる。何日も穴倉の中に身を潜めてモグラが通るのを待つ。だが、イビルモールは恐ろしく鼻が利く魔物でちょっとでも怪しい臭いがするとその場所に近づかない。だから奴らは何日も風呂も水浴びもしないでひたすら待つ。時には一月の収入がゼロという月もある」
「なぜそんな効率の悪い狩りをするんですか? 他に効率のいい魔物がいるでしょうに」
「奴らは中級冒険者でありながら、持てる剣が短剣だけだからだよ」
(どういうことだ?)
「分からないか? 連中は何も好んで短剣を持ってるわけではない。武器の更新に失敗して、ミスリルの長剣を失ったから、ミスリルの短剣を持っているんだ」
(ああ、法力容量の問題でミスリルしか素材として選べないのか⋯⋯)
「ミスリルの長剣はとにもかくにも価格と修理費が高い。多くの冒険者は一度長剣を失うと短剣しか買えなくなる。それも借金してな」
「それでモグラ専用の刺突剣というわけですか」
「そうだ、イビルモールは中級冒険者が受注できる魔物の中で一番狩りやすい。奴らは目が見えないから、懐に入り込めさえすれば攻撃は容易だ。それに、穴の中なら取り回しの容易な短剣が生かせるというわけだ」
「確かに、他の魔物は短剣では間合いが取れなくて危険ですからね。でも、何でそんなに無理をしてまでC級に留まるんですか? 降格処分でD級になればもっと安全な魔物も狩れるでしょうに」
「それができると思うか? C級以上の中級冒険者は初級冒険者の様に長期間クエスト達成なしでも降格処分がない。そして、C級以上はクエスト失敗の違約金、犯罪行為の罰金の桁が違う」
「なるほど、中級冒険者は冒険者ギルドの顔ですからね」
「そうだ。一般の領民は長期クエストに出ているS級やA級の冒険者にはほとんど会わない。だから、中級冒険者は冒険者ギルドの看板を背負っているわけだ」
「でも、そんな立派な中級冒険者さんたちが、俺みたいな底辺冒険者から金をいびり取って良いんですか?」
「良いわけはない。だが、行き過ぎた指導という犯罪すれすれの行為で罰金なしで降格を狙った可能性はあるかな?」
(いい迷惑だ⋯⋯)
「まあ、中級冒険者ともなるとそれなりにプライドがある。だから普通ならそんな底辺冒険者いびりなんてしない」
「連中が普通でないような言い方をしますね」
「連中はおそらく、人頭税未払い五年目の冒険者だ」
(そうか⋯⋯崖っぷちの冒険者か)
「あと一年、人頭税が払えなければ、肩代わりしてる冒険者ギルドに、未払いの人頭税分の大金貨五枚で売られる」
「公共奴隷落ちですか」
「冒険者みたいな戦闘職は、領軍の魔物狩りの追い立て役や、スタンピード戦の最前線に立たされる」
「世知辛いですね」
「ああ、特にこのマナエルではな」
俺はこの魔境の街、マナエルで冒険者をすることの難しさを再認識した。
「ところで、知っておられたら教えていただきたいのですが、連中、シルビアさんに呼び出されるのにルールがあると言ってたんですが、何か心当たりはありますか?」
「ああ、受付のシルビア嬢だな。彼女には冒険者、特に独身の男どもが中心となった非公認のファンクラブ、いや『宗教』があるんだよ」
「宗教!?」
「連中のような穴倉暮らしで貧乏な冒険者は所帯が持てない。娼館もあんな水浴びさえできない臭い客は入店させないから、欲望のはけ口がない。そんな鬱憤をため込んだ連中は偶像に走るのさ」
「偶像って、シルビアさんは『人』じゃないですか!」
「シルビア嬢は釣り合う男がいないくらいの本当の高嶺の花だから、結婚しない、いや、できない。だから、ああいった連中の偶像として崇め奉られるのさ」
「そんなの迷惑ですよ!」
「確かに迷惑ではあるだろう。だが、シルビア嬢のおかげで性犯罪が抑えられているのも事実だ。『宗教』の連中はシルビア嬢に対して貞操を守るのが鉄の掟らしいからな……」
(人を崇拝の対象とするなんて――)
勝手に『人』を奉り、自分のルールで信奉する。
そして、奉られた当人の気持ちなんて気にしない。
(なんて身勝手なんだ!)
俺はまるで自分の身内がその様な目に遭ってるような気がして、とても腹が立った。
「そんなことして、よく正統神聖教会が黙っていますね!」
「黙ってはいないさ。庶民派の連中はしきりに諫めている。だが、司教派の連中は金のことしか頭にないから、貧乏人が何に縋ろうが気にしないがね」
「サイモンさんは『宗教』肯定派ですか?」
「そうだな。俺はどちらかと言うと肯定派だ。連中はそう遠からず公共奴隷になる。死亡率の高い仕事だ。人生の最後に何かに縋るのは自然なことだ」
「何とか連中が公共奴隷にならないで済む方法はないんですか?」
「まあ、本来なら連中の様な法力容量の増えた剣士は使える武器さえあれば役に立つ存在だと思う。俺たち商人も何か手伝えればいいんだが、今のところ打つ手なしだ」
縋る冒険者も不幸なら、縋られるシルビアさんも不幸だ。
俺は自分自身へのリスクも覚悟して、ある提案をサイモンさんにすることにした。
「サイモンさん、重要なお話があるのですが場所を変えられますか?」
この手なら連中を救える。
俺は後の世にとって歴史的な第一歩を踏み出そうとしていた。




