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第24話 結界師は商談を受ける

「俺の名前はサイモン、ここフォートラン商会の番頭をしている」


俺が従業員だと思っていた人物はこの店の責任者だったようだ。

まだ20歳代前半と言った感じなので、もっと下っ端の人かと思った。


「ん? ああ、意外か? ここフォートラン商会の商会長は実力主義の人でな。結果を出した人間は年齢にかかわらず出世させてくれるんだ。君の名前を教えてくれるか?」


「失礼いたしました。俺の名前はシドと言います。最下級のH級冒険者です」


「そうか。だが俺から見てあんたの実力は、H級じゃ収まらないと思うがね」


どうやらサイモンさんは実力主義の商会で勝ち上がってきたので、人の階級と実力は同じじゃないと考える人のようだ。


「さっきも言ったが、ぜひその泥を譲ってもらいたい。相応の代金も払う」


「どうして泥を?」


「ああ、それを話すには秘密保持契約をしてもらう必要がある。今後もあんたがドブさらいを続けるなら、あんたが掘った泥は全部うちの商会で買い取ろう。どうだろうか?」


一区画で銀貨一枚の仕事に、さらに副収入が入る。

討伐による職業成長のために収入はあきらめようと思ってた矢先にこのチャンス。

断る理由がない。


「分かりました。秘密保持契約を結んで泥を納品します」


「良かった。では、その泥を持って店の裏に来てくれ」


俺はサイモンさんと一緒に店の裏に回った。


サイモンさんは裏にある倉庫から麻袋が入った大きなバケツを持ってきた。


「この中に泥を入れてくれ」


俺は麻袋の上に結界を押し付け、下向きの円錐状に結界を変形させた後、結界の下部を開きつつ結界を縮めて泥を全て麻袋に収めた。


「あんたの結界、便利すぎだろ! 泥跳ね一つなく全部の泥を麻袋に収めるなんて、到底考えられん」


俺はサイモンさんの賞賛を聞き流しつつ、無属性の法力を体内に戻し、結界を解除した。


サイモンさんは何やら「原材料を無駄なく投入できる」だとか「容器を洗浄する必要がなくなる」だとか「不純物が混ざらない」だとかぶつぶつと呟いている。


ふと、俺は今入れた泥を覗いてみると、あまり臭気を感じなかった。


「あれ?! あまり臭いませんね」


「え?! そ、そうだな………。この泥は魔素の濃度が他の泥に比べて低いようだ。この麻袋の色を見てくれ」


そう言うとサイモンさんは空の麻袋を持ってきた。


その麻袋の色を泥を入れたものと見比べると泥の入ったものが若干黒くなっていた。


「この麻袋は入っている内容物の魔素の濃度に応じて黒く変色するんだ。魔境での農業では土の魔素濃度の把握は重要だから、こう言った魔素濃度を測れる麻袋が重宝されるんだよ。俺が以前、他所でドブさらいされた泥をこの麻袋に入れた時はもっと黒く変色したんだが、この泥はそれに比べ魔素濃度が低いようだ。それで臭気があまり感じられないんだと思う」


「そうですか。先ほど俺が無属性の法力を注いだことで何か変化があったのかもしれませんね……」


「そうかもしれないな。だが、俺が求めているのは魔素の濃い泥ではないので問題ない。この後、泥を使う時に軽く浄化して魔素を取り除く行程が入るんだが、むしろその手間が省けてありがたいくらいだ」


「そうですか。それで、秘密保持契約は……」


「お! そうだ、そうだった! けどあんた、すごい技量だな! 秘密保持契約でなくて、うちの従業員にならないか?! 高給を払うよ!」


「えっと、すみません。幼馴染と友人にランクを上げてパーティーに参加するって約束してしまったのでお断りします」


「そ、そうかぁ……。おしいなぁ、あんたみたいな人材めったに出会えない」


「まあ、しばらくH級でドブさらいするつもりなんで、ギルドに何か依頼を出してもらえれば受けますよ」


「そうか! じゃあまたギルドに依頼するよ」


そういうやり取りをしつつ、俺たちは店の勝手口から事務室を経て会議室に入っていった。


さすが、高級店だけあって、事務室や会議室も豪華なつくりだ。


「遠慮なく座ってくれ」


「失礼します」


俺は見た目からも高級と分かる椅子に腰かけた。


サイモンさんは部屋の端で何やら準備を始めた。

どうやら、お茶の準備をしてくれているようだ。


しばらく待っているとトレーに乗せたティーセットを運んできた。


「お待たせ」


そう言って、サイモンさんはティーカップを俺の前に置き、それにガラスのティーポットでお茶を注いでくれた。


「中が良く見えるだろ。この中に入っているのはティーバッグって言ううちの商品で、ハーブティを布で包んで、ひもで吊るしているんだ。これだと飲んだ後でティーポットを洗う手間がはぶけて、簡単に次のお茶が入れられるだろ。俺はこれを商品化して会頭に認められて番頭にしてもらったんだ」


「へぇ、便利ですねぇ」


俺はこう言う発想の転換が好きだ。

サイモンさんは若いが、発想の転換で出世してきたんだろうと思った。


俺たちはハーブティーを飲んだ後、秘密保持契約書に互いにサインした。


「じゃあ、早速話そう。うちは総合商会だがハーブティに注力していて、各種ハーブティを扱っているが、今、画期的な新商品を開発中なんだ。これを見てくれ」


サイモンさんの手には植物の茎と葉が入った瓶があった。 俺は瓶を手に取り見たが、あまり見たことのない植物だった。


「この植物は排魔草はいまそう。魔境の沼地周辺に自生している草で、魔素を外に追い出す成分を含んだ草だ。俺はこの草からお茶を作って売り出そうとしている」


「へぇ、魔素を追い出すって、聖属性の草なんですか?」


「いや、この草の成分には聖属性はない。この草の成分は魔素を分解するのでなく、魔素を外に追い出す効果がある」


「そんな草が⋯⋯」


「俺が小さい時、魔素に当てられて苦しんでいる時にエルフの旅人がこの草でお茶をいれて飲ませてくれたことがあるんだ。そのエルフは旅の途中の魔境の沼地でこの草を採取したって言っていたので、俺は冒険者に依頼して手当たり次第に沼地に生えてる草を採取してきてもらったんだ。ほとんどが魔素を含む毒草だったんだが、この草だけは聖属性でないにもかかわらず、魔素を全く含まなかったんだ」


「聖属性でないってことは……」


「気づいたか? そう、この草は聖属性でないので、正統神聖教会への寄進をしなくていい。この国で商売をする上で、何であれ聖属性を持つ商品を商う時には必ず正統神聖教会から一定の割合で寄進を迫られる。これはこの国に住む限り強制だ。だから、何であれ聖属性の商品は高額になる」


そう、この魔境の中にある街、マナエルにとって魔素の問題は切っても切れない問題だ。


食事や飲み物に注意して生活していても、空気から毎日わずかずつ魔素を吸い込むため、一定期間で浄化を受けなければ病にかかる。


だから、家には高額になるが空気清浄用の聖属性の窓枠やドア枠を使用する。


剣士や法術師などの戦闘職は法力による強化で魔素の影響を受けにくくなるが、その他の一般的職業の人は影響を受けるため、必要以上に外に出ない。


近所へは聖属性がついた衣服を着て徒歩で行くが、一定以上の距離の移動は聖属性のついた駅馬車で移動する。


成人前の子供が最も影響を受けやすいので、子供には特に高くても最高の聖属性が付いた装飾品を身につけさせる。


この様な状況の中での教会への寄進は家計を圧迫する重要な問題なのである。


「俺は特にこのお茶を安く売って、貧乏人に流行らせたいんだ」


「それはいい考えですね!!」


俺の住んでいる地区はスラムと言わないまでも、低賃金層の人たちが多く住む貧民街で、高価な聖属性の家財や衣服が買えない人が多くいる。


そして、耐性のない人、特に子供たちはよく魔素に当てられて体調を崩す。


そんな人々のために俺たちの住む地区には安価で浄化をしてくれる聖治癒師のアマンダさんと言う治療院を開いている壮年の女性がいる。


彼女は領主さんの要請でこの街に来たそうで、特に鍛錬で傷が絶えなかったミオはお世話になった。


その他に、教会関係者の人でも庶民派の人たちは積極的に無料で浄化をしてくれる。


だが、正統神聖教会の中心勢力は庶民派を排斥し、彼らに対する予算を削減しており、貧民街にある教会の建物はぼろぼろである。


アマンダさんや庶民派の人たちはいつも忙しくしていて、毎日ギリギリまで頑張って近所の貧乏人たちを支えてくれている。


ミオも聖属性を持ったんだから、今後はアマンダさんや庶民派の人たちを手伝いに行かせようかと思っていたところだった。


しかし、このお茶が安価で手に入るようになれば、アマンダさんや庶民派人たちの負担も軽減され、近隣の人たちも体調を崩す人が少なくなるはずだ。


「そうだ、いい考えだろ? だが、問題が一つあった。この排魔草はいまそうは連作ができない上に畑では自生している草ほど大きく育たない。また、畑で育てた排魔草はいまそうは自生しているものより含まれる有効成分が薄いと言う問題があった」


「そうなんですか……」


俺はそれを聞いて少し意気消沈した。


「まあまあ、心配するな。本題はここからだ。俺はどうにか排魔草はいまそうが自生している環境に近くできないか研究を重ねたんだ。その結果、ごく最近、ドブの泥、特にスライムの死骸が含まれる泥を土に混ぜることで排魔草はいまそうが良く育つことを発見したんだ!!」


「そ、そうなんですか!! でもそんなの、よく発見できましたね!」


「ああ、偶然だった。俺が店の周りを掃除している時、ドブ板の隙間から外に生え出ている排魔草はいまそうを見つけたんだ!」


「ドブから!?」


「そうだ、多分、納品された排魔草はいまそうの種がたまたまドブに落ちたんだろうと思う。それを見て俺は居ても立っても居られなくなって、そこのドブ板を取り除いて中を見たらスライムの死骸と泥に根を生やした排魔草はいまそうを見つけたんだ」


「天の配剤ですね!」


「ああ、俺もそう思う。その後、俺はその排魔草はいまそうと周辺の泥を試験用の畑に持って行って実験したら、スライムの死骸が含まれる泥が生育に有効だと発見したんだ! たぶん、排魔草はいまそうは沼地に住むスライムの死骸を栄養分にして繁殖していたんじゃないかと思うんだ」


「なるほど、そこで俺が採取した泥が必要なんですね!」


「その通りだ! 俺は街中のゴミ捨て場にある樽の中にある泥を見て回ったんだが、スライムの死骸が入っている樽はほとんど無かった。樽の泥だけを取ってきて土に混ぜたんだが、スライムの死骸入りの土よりは格段に性能が下がる」


「なるほど」


「政庁のスライム討伐に同行してスライムの死骸を手に入れようとしたんだが、政庁の討伐方法だと聖属性攻撃で死骸も残らず浄化されてしまって、採取できなかったんだ」


「それは無理でしょうね」


「店の目の前にあるのに有効な採取方法が無いので、さっきもイライラしていたんだ。さっきはあんたにきつく当たって申し訳なかった。俺にはあんたが採取する泥がどうしても必要なんだ!」


俺は完全に納得がいった。


この街に限らず、スライムなんて専門に討伐する冒険者なんかいない。


スライムは意外と危険察知能力に長け、どぶ板を外すと逃げてしまう。

また、討伐できても職業成長率が悪いので、効率の良い獲物ではない。


討伐方法は聖属性攻撃が抜きん出て効率的なため、それ以外の討伐方法が確立されていない。


素材を前に採取できないサイモンさんが、イライラしていたのも頷ける。


「分かりました。これから俺が採取する泥は全てサイモンさんに納品します!」


「いいのか?! まだ値段も何も決まってないのに」


「いいんです。どうせドブさらいは続ける予定でしたし、スライム討伐は無償でするつもりでいたんで」


「そりゃ何で?」


「スライム討伐で職業成長を狙ってるんですよ」


「なるほど。一匹一匹は効果が低くても、数をこなせば大きな成長率を得られると言うことだな」


「そうです。だから、泥はタダ同然でもいいですよ」


「そんなわけにはいかない! 俺は商人だ。商人としての誇りがある。相応の対価で買い取らせてもらう!」


その後、俺はできるだけ貧乏人に安く売ってもらうための値下げ交渉、サイモンさんは商人の誇りをかけて値上げ交渉、と言った真逆のおかしな商談を重ね、最終的には、先ほど見た麻袋より大きな、ゴミ捨て場の大樽と同じ容量の麻袋一袋につき銀貨一枚で決着がついた。


俺はその後、十区画分の泥を集め、合計三十袋の麻袋を納品した。


泥だけでなくスライムの死骸も入っているので、意外とかさばってこの数になった。


俺は銀貨三十枚をサイモンさんから受け取り、ギルドから十区画分のクエスト達成報酬の銀貨十枚を受け取った。


ドブさらいのみで一日合計銀貨四十枚を手に入れた。


ちなみに、一日に十区画もドブさらいをした冒険者は俺が初めてだったようで、ギルドの職員にとても驚かれた。


H級冒険者でもしばらくは食うに困らないことが分かった一日だった。



「冗談でドブさらいで一生食ってくとか言ったらミオに激怒されるだろうな。言わないけど」



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