第23話 結界師はドブさらい(?)を開始する
俺は会議室を後にし、会計部で褒賞金の銀貨十枚を受け取った。
昨日の討伐報酬銀貨百七十枚は先ほど決めた通り、キャサリンの亜空間バッグでパーティー資金として預かってもらう予定だ。
俺はギルド証の受け取りと、ドブさらいクエストの受注のために総合受付に向かった。
換金受付とは違い、総合受付は朝のクエスト受注でごった返していた。
よく見ると、右端の列は昨日試験を受けた新人冒険者たちが並んでおり、その列はギルド証の受け取り列となっている様だった。
俺もその列に並んだが、新人たちの様子を見ていると何人かに一人は歓喜してギルド証を受け取っていたが、大半がギルド証を受け取るや否や意気消沈して、その後地下の訓練所へ降りていく様子が見えた。
どうやら、大半の新人冒険者はH級冒険者として戦闘訓練に参加させられるようだ。
傍から見れば結構厳しい審査基準のようだが、それだけギルドは新人が命を落とさないよう、気を配っている証拠だと俺は思った。
「次どうぞ」
そうこうしているうちに、俺の番になり、受験番号表を受付嬢に渡した。
「受験番号88番のシド様ですね。残念ながら今試験ではH級と認定されました。この後、地下訓練場にて新人冒険者のための訓練が実施されますので、ぜひご参加ください」
この受付嬢はニコリともせず、本日何度も言ったセリフを俺にも繰り返した。
昨日対応してくれたシルビアさんとはえらい格差だ。
だが、次に発した俺の言葉でその表情は驚きの表情に変わった。
「訓練は結構です。ドブさらいのクエストを受注したいのですが、どうすれば良いでしょうか?」
「え? え? ど、ドブさらいですか? あのぉ……H級の皆さんは新人訓練に参加されていますので、ご一緒に参加された方が良いと思うのですが……」
まあ、そう答えるだろうと思っていた通りの答えが返ってきた。
だが、俺は再度同じ言葉を繰り返した。
「結構です。ドブさらいのクエストを受注したいのですが、どうすれば良いでしょうか?」
「え?! えっと、しかし……」
この受付嬢が困った様子で固まっていると、奥から聞いた声がした。
「申し訳ございません。何か問題でもございましたでしょうか?」
俺は彼女の声と笑顔にまたドキッとしてしまった。
声をかけてきたのはシルビアさんだった。
「し、シルビアさんこの子、いえ、この方がH級冒険者の新人訓練を拒否されて、ドブさらいのクエストを受けたいって……」
俺が声を発する前に目の前の受付嬢がシルビアさんに泣きついた。
「この子」って言いかけた様子から、どうやらこの受付嬢は俺を我儘を言う子供の様に見ているようだ。
「あなたも知っているでしょ。冒険者にはクエストを選択する権利があります。よっぽどの危険が無い限り、冒険者が希望したクエストは受理すべきです」
「わ、分かりました……。失礼いたしました。ドブさらいのクエストをご案内します……」
その後、シルビアさんは再度笑顔で俺に一礼し、奥に戻って行った。
俺は少しぼうっとしていた様で、目の前の受付嬢の咳払いで我に返った。
「申し訳ございません。ぼうっとしてました」
俺が謝ると目の前の受付嬢は少し憤慨したように、ドブさらいのクエストの説明を開始した。
説明によるとドブさらいのクエストは領主からの常設依頼なのでクエストの詳細は冒険者ギルドでなく、各地区の衛兵詰め所で説明され、そこで割り当てられた区画のドブさらいを行い、詰め所に報告し、衛兵のチェックの後に完了証を受け取り、それをギルドの換金受付に提出すれば報酬が受け取れる仕組みとのことだった。
「ご説明ありがとうございました。これから衛兵詰め所へ参ります」
「あ、は、はい。お気をつけて。できれば、早めに訓練を受けてくださいね」
よほど上司から新人に訓練を受けさせるよう言われているらしい。
まあ、これも冒険者ギルドの良いところだと思い、俺は笑顔で返答した。
「ご忠告ありがとうございます。気を付けて行ってまいります」
俺がその場を立ち去ろうとすると、彼女は思い出したように慌てて俺を呼び止めた。
「あ! ま、待ってください! 言い忘れていました! 一応規則なのでお知らせしておきます!」
(急に慌てて、何だろうか?)
「シドさんはフィールドに出られることはないかと思いますが、フィールドに出る際には水、携行食、穴を掘る道具、チリ紙、お金があるなら魔物除けのポーションを持って出てください。穴を掘る道具、チリ紙、魔物除けのポーションは用を足すときに必要です」
(なるほど、新人試験の時、フィーネさんから聞いた内容だな⋯⋯)
「フィールドには穴を掘る魔物が開けた穴が多数あるので、単独行動の際は近場であっても落ちると救助が来るのにしばらくかかります。その際、救助までの水と食料が無ければ死んでしまいます。また、穴が浅い時は掘る道具で横穴を掘って助かる場合もあります」
(これもフィーネさんから聞いた通りだ。 水と食料の意義も良く分かった)
「了解いたしました。ところで、穴に落ちた時はどうやって見つけてもらうんですか?」
「そうですねぇ……たいていの場合は声を上げて助けを呼んだり、武器や防具を打ち鳴らして人に気づいてもらうのが一般的です」
「そうなんですね。でも疲れると声も音も出せなくなりますね」
「確かにそうですが、狼煙を焚いたりすると穴の中で燻されてしまいますし、他に手段がありません」
「そうですか。ご質問にお答えいただきありがとうございました」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
俺が立ち去ろうとすると再度呼び止められた。
「全く、話は最後まで聞いてください! 調子が狂います! 」
(質問を挟んですみません⋯⋯性分なもので)
「新人冒険者は半年間は無料で武器防具の修理を冒険者ギルドで受けられます。H級冒険者であるシドさんは武器を使うことはないと思いますが、今後、昇格されて必要になりましたらご利用ください。このサービスは半年で終了します! 早めに昇格して武器を使うクエストを受注して剣に慣れないと、将来後悔しますからね!」
通常とは違う俺の様な冒険者への対応でルーチンが狂ってしまった彼女は、初めの無表情な作業顔とは打って変わって今は何か必死さや憤慨が顔に現れている。
(悪いことをしてしまった⋯⋯)
「ご丁寧にありがとうございます。それも今後、必要がありましたら利用させていただきます」
俺は一礼して、複雑な表情の受付嬢を横目に、冒険者ギルド支部を出て、最寄りの衛兵詰め所に向かった。
冒険者ギルド支部は街の政庁の隣に建物があり、この辺りは街の中央地区となっている。
最寄りの衛兵詰め所は政庁の門の近くにあった。 俺は詰め所の入り口に立ち、大きな声で呼びかけた。
「すみません。冒険者ギルドから参りました。ドブさらいのクエストの受注をお願いいたします」
すると、奥から若い衛兵の一人が出てきた。
「はい! ドブさらいのクエストだね。こちらの地図の所へどうぞ―――」
その若い衛兵は慣れた様子で俺に地図を使って割り当て区画を説明した。
このマナエルはとてもきれいに区画整理ができている街で、正方形の区画が並んだ構造をしている。
俺の今日の割り当ては中央区の三十四番区画、裕福層向けの商店が立ち並ぶ区画が割り当てられた。
「あの裕福層向けの商店が多いから、ひょっとするとドブさらいを断られるかもしれない。断られたら別の区画を割り当てるので、戻ってきてくれ」
「分かりました」
(たぶん、俺が今考えている方法を使えば断られることはないだろう……)
「ドブさらい用の用具と作業着は詰め所の裏にあるから使ってくれてかまわない。ただ、使用後は必ず洗ってから元の場所に戻してほしい。ドブに溜まった泥はその区画のゴミ捨て場に泥を入れる大樽があるので、水気を可能な限り除いて、そこに入れておいてくれ」
「分かりました」
「ドブにはスライムが住んでいて、魔素を吐き出しているので、泥には魔素が含まれる。あまり臭気を吸い込まないよう、また、樽の蓋もしっかり閉めるよう注意してほしい」
そう、この街のドブにはスライムが住んでいるのである。
大抵の場合、スライムはドブさらいが始まると逃げて行ってしまう。
だから、ドブさらいをする人には魔物討伐の恩恵はない。
だが、俺はこのスライムを討伐することで職業成長を得ようと考えている。
「ご説明ありがとうございました。ところで、ドブに住むスライムは討伐してよろしいでしょうか?」
俺がそう質問すると若い衛兵は少し驚いたような表情になった。
「え?! スライムを?! あ、ああ、討伐してくれるならありがたい。増えすぎるとドブから魔素を含む臭気が上がってきて健康被害を起こすので、政庁では定期的に浄化によるスライム討伐が行われている。まあ、討伐にも費用がかかるので、君が討伐してくれると言うなら、政庁としてもありがたい。でも別段、討伐に際しての追加報酬は無いが、それでも良いのか?」
「ええ、ドブさらいの報酬だけで結構です」
「そうか。討伐後のスライムはそのまま樽に入れてくれていい。後でまとめて浄化するので」
「分かりました」
俺は若い衛兵から三十四番区画の受注用紙を受け取り、外に出た。
ドブさらいの報告は警ら中の衛兵に声をかければ確認して受注用紙に完了のサインをしてくれるそうだ。
後はその用紙をもってギルドの換金受付に行けば、報酬として一区画分で銀貨一枚がもらえるそうだ。
三十四番区画は詰め所からそう遠くなく、すぐに着いた。
俺は現場に手ぶらで着いたが、別に道具を忘れて来たわけではない。
俺には考えがあった。 俺は三十四番区画の端の店舗の従業員に声をかけた。
「すみません」
「はい、いらっしゃいませ」
「あの、ギルドの依頼でドブさらいに来た冒険者です」
そう言うと、従業員はあからさまに嫌な顔をして答えた。
「これから営業という時間にドブ板を開けてドブさらいをされると困るんだよね。臭気が店の中まで入ってくるし、お客様にドブを跨いでもらわなきゃならない。それに、すくった泥を並べられるとせっかく掃除した店の入り口が汚れてしまう。今じゃなく、店の閉店後にしてくれないか?」
まあ、予想していた通りの反応だ。
「心配しないでください。ドブ板を開けるのは店の右端と左端だけですから」
「そんなんじゃ、ドブが綺麗にならないじゃないか。それはそれで困る」
「大丈夫ですよ」
俺はそう言って店の右端と左端のドブ板を取り除いた。
「結界!」
俺はドブの中に結界を生成した。
それもドブの形状にぴったりな結界を生成し、自分の位置と結界の位置を固定した。
俺は昨日から色々と結界の生成を繰り返し試している間に結界を任意の位置に固定できるようになった。
俺は結界をドブに入れたまま店の右端から左端へと歩いた。
すると、結界が通過する位置のドブ板がガタガタと音を立てた。
俺は左端の開口部に到達すると、集めた泥を囲むように結界を変形させ、泥を包み込んだ。
そして結界の位置を上昇させると、ドブの中から結界に包まれた泥がごっそり出てきた。
「あんた、すごいな! あんたの職業は?」
「俺は結界師です」
「結界師?! あの不遇職の? だが、あんたの技量は大したもんだ。よほど熟練の結界師なんだろうな!」
「いえ、昨日の成人式で職業をもらったばっかりの新人結界師ですよ」
「え?!! き、昨日?!! そりゃいくら何でもおかしいだろ!? 未熟な結界師の結界ではホーンラビットの突進も止められないとか聞いたぞ。その泥の重量を持ち上げたら結界が割れちまうだろ?」
俺は一瞬言うべきかどうか悩んだが、
ばれたところで真似をするような人もいないだろうと思い、この人に俺の結界の仕組みを教えることにした。
「俺は結界に無属性の法力を充填して強度を補ってるんですよ」
「え?! 無属性の法力?! そ、そんなことができるのか?!」
「できますよ」
俺はそう言うと持ち上げた泥を見た。
すると無数のうごめく物が見えた。
うごめく物は全部スライムだった。
俺は結界の強度を落とさないよう、結界上面にサンドイッチされた無属性の法力を泥の中へと送り込んだ。
すると一斉にスライムたちが激しく動いたかと思ったら、あっという間に動かなくなった。
「ちょ!ちょ! こ、こりゃどういうことだ?!」
「さっきも言ったとおり、無属性の法力を中に注いで、スライムを殺したんですよ」
「へ、へぇぇぇ!! すごいな!って、あんた! お願いがあるんだが、その泥を譲ってもらえないだろうか?!」
「え?! 泥をですか?!」
今度は俺が驚かせられた。
(いったいこの人、スライムの死骸入りの泥なんてどうするつもりなんだろうか?)
意外な提案に好奇心が刺激され、俺は少し高揚感を覚えた。




