表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/32

第21話 ギルド支部長は布石を打つ

時間は少しさかのぼり、シドたちがギルドに到着する前の早朝。 ギルド支部長の執務室のドアがノックされる。


「入れ!」


「失礼します。支部長、メイ教官を連れてまいりました」


「ヘルマン人事部長、ご苦労。メイ君も疲れているところ早朝に呼び出して悪いな」


「い、いえ……あ、あの……き、昨日は新人試験で醜態をさらしてしまい誠に申し訳ございませんでした! 処分は覚悟してまいりましたが、どうか、どうか、教官職だけは続けさせていただきたく――――」


「いやメイ君、君を呼んだのは処分を言い渡すためではない」


「え?! え? わ、私てっきり……」


「ヘルマン君、伝えてなかったのか?」


「すみません、支部長。昨日彼女を見つけたのが会計部だったもので、周りの人間にあまり内容を話さない方が良いかと思いまして、本日の早朝に支部長室まで来るようにと伝えただけでした」


「そうか……。昨日の件でギルドは君に処分を下すことはない。安心したまえ」


「よ、良かったぁ……」


「君を呼んだのは新しい任務を与えるためだ。少し長くなる。二人とも立ってないで座ってくれ」


「は、はい。失礼します」 「失礼します」


「何か飲むか? と言っても、今あるのはハーブティーくらいだが」


「支部長、わたしが……」


「いい、座ってろ」


「きょ、恐縮です」


「昨日、フォートラン商会の番頭が来て試供品を渡されてな――」


「あ、それって最近、フォートラン商会から売り出し中のティーバッグですか?」


「そうだ。これまで繊維工房で捨てられていた布の切れ端を安く買い取って、浄化した後に袋状に加工して、ハーブを詰めて売っているそうだ」


「さすが研究都市マナエルですね。わたしは王都郊外の村出身で布と言えば手織りの布しか知りませんでしたから、この街で売ってる緻密な布製品と繊維工房の自動法力機織り機を見た時はびっくりしました」


「そうだな。このマナエルはシルバニア王国で唯一、魔境の中にある都市だからな。イビルキャタピラーやイビルスパイダーなどの糸が取れる魔物も豊富だし、魔石持ちの魔物も多い」


「そうそう、魔石を法石に変える自動浄化装置も驚きでした」


「その浄化装置の理論を組み上げたのがこの街の領主のジョセフ・ヴァル・マナエル公爵様だ」


「そうなんですか?!」


「ああ、あの方は現王エドマリス・ヴァル・シルバニア様の実弟だ。発明時はまだ先代国王フォルメス様の治世下で、第三王子だったんだが『超』が付くくらいの研究好きでな。浄化装置の発明で先王様から褒美を頂くことになった時に『魔物の素材が手に入りやすい領地が欲しい』って言ったらしいんだが、そんな条件の領地は王国の中でも辺境伯領だったマナエルだけで先王も困ってな……」


「へぇ~」


「苦肉の策で王都の王立高等学院に在学中だった、シルファ・ヴァル・マナエル様と学生結婚させることで、手を打ったんだ」


「婚約でなく学生結婚ですか!?」


「ああ、婚約だと他家からの横槍が入ると判断したんだろう。在学中にお子も生まれた」


「王族も大変ですね」


「ああ、マナエル家は王族とつながりを得て、全てが順調に進むように思えたが、そんな時に起こったのがみな知っている十年前のトータスダンジョンのスタンピード『厄災戦』だ」


「はい……私の伯父も冒険者として参戦して、その厄災戦で亡くなりました……」


「名前は?」


「ユエルです。D級冒険者の無属性の剣士でした……」


「そうか……。直接の面識は無かったが、領民の避難を護衛していた冒険者たちの内に無属性の剣士が大勢いたのを覚えている。彼らは領民を避難させるためにしんがりを引き受け、ほとんどが戻らなかった。しかし、彼らの犠牲により多くの非戦闘職の領民が助かった。君の伯父さんは大勢の命を救った立派な冒険者だ」


「……ありがとうございます。私もそんな伯父に憧れて冒険者になりました」


「メイ君も今や立派な冒険者だ。君の伯父さんも喜んでいるだろう……」


「いえ、昨日も不覚を取りましたし、わたしはまだまだだと感じました……」


「そう感じて前進できるなら、メイ君はまだまだ成長できるということだ」


「ありがとうございます。支部長はお強いと思っていましたが、あの厄災戦の生き残りだったんですね……」


「ああ、俺とジュノーとゴーリキーはあの厄災戦の生き残りだ。あの厄災戦でマナエルの八割の冒険者が犠牲になった。そして、マナエル辺境伯家は主家、分家、騎士団も全滅。マナエル家で残ったのは王都で在学中だった現王妃のユリア・ヴァル・シルバニア様と双子の姉妹のシルファ・ヴァル・マナエル様だけだった」


「それじゃあ、今のマナエル公爵家は……」


「ああ、第三王子のジョセフ様が領主となり、同時にマナエル家は辺境伯から公爵に陞爵したんだ」


「そんな経緯があったんですね」


「また、シルバニア王家はユリア様を王妃とすることで、厄災戦で壊滅してしまったマナエル家の忠誠と王国への貢献を諸侯たちの前で称えると共に、マナエル家が伝統貴族派の横槍で乗っ取られないよう取り計らったんだ」


「そうだったんですね。わたしたち庶民には王族様、貴族様のことはよく分からなくて―――」


「支部長、そろそろ本題に……」


「そうだったなヘルマン人事部長。だが、この話も全く本件と無関係ではない。むしろ、メイ君に任せる任務には欠かせない内容だ」


「それはどういう……」


「メイ君は昨日新人試験を受けたキャサリンという新人冒険者を知っているか?」


「えっと………あっ! その子ってカレンが試験担当した――」


「そうだ。その子だ」


「カレンがアマンダさんから聞いた話では、彼女はたぶん宮廷関係者で、王家に伝わる暗殺術の使い手だとかって…………ひょ、ひょっとして……」


「メイ君の予想通りだ。彼女はキャサリン・ヴァル・マナエル。マナエル公爵家のご令嬢、公爵がシルファ様と学生結婚した際に生まれたお子だ」


「そ、そ、そんな方が冒険者に?!! ど、どうして!?」


「まあ、ノブレス・オブリージュが国是であるシルバニア王国では貴族や王族の子弟が密かに冒険者になるのは珍しくない。表立って自分の地位を公表する冒険者は少ないが、結構な人数の貴族子弟がこのマナエル支部でも働いている」


「し、知りませんでした……じゃ、じゃあ私が指導してきた冒険者にも……」


「そうだな、結構な人数を君にも指導してもらっている」


「なっ! わ、わたし結構、新人訓練の時に厳しい言葉で指導してきたんですが……あ、後で不敬罪とかにならないでしょうか?………」


「それは問題ない。彼らも分かって訓練を受けているからな。後で問題になることはない。むしろ、これからも厳しく指導してくれ」


「わ、分かりました……。で、そのキャサリン様のことってどういう……」


「ああ、メイ君は特別新人育成制度は知っているかね?」


「いいえ、不勉強で申し訳ございません」


「いや、いい。ギルド教官の人材不足で、最近は使われなくなった制度だが。ギルドが将来有望と判断した新人冒険者に専属の教官を付けて、ワンランク上のクエストを受注できるようにする制度だ」


「じゃあ、G級冒険者ならF級冒険者のクエストが受けられると言うことでしょうか?」


「そうだ。難易度で言うとE級までのクエストだ。教官がクエスト達成に関与せずに自力でクエストクリアしたならば、E級の査定が反映される。と言っても、ギルド規約で新人冒険者は一年間、G級に留め置かなければならないので、昇級は一年後になる。だが、順調にクエストをクリアしていけば一年後の昇級は飛び級でE級に昇格できる」


「それでは、今回の任務は私にキャサリン様の専属教官に付けと言うことでしょうか?」


「その通りだ。彼女は聖法術師だ。知っての通り、聖属性を持つ冒険者は非常に希少だ。加えて、彼女はパーティーメンバーに聖剣士のミオ君と言う新人冒険者を選んだ。彼女らは今回の新人試験で特筆すべき成果を上げた。彼女たちの育成はこのマナエル支部にとって非常に重要な案件だ」


「了解いたしました。ご命令、謹んでお受けいたします」


「頼んだ。と言って説明を終えたいところだが、もう少し説明を聞いてほしい。実は今回の新人試験の結果を受けてサイロス副支部長がキャサリン君、ミオ君に褒賞としてF級冒険者資格を与えるようヘルマン人事部長に命令したのだ」


「そ! それって新人冒険者は一年間、G級冒険者として研修を行うというギルド規定に反しませんか?」


「その通りだ。彼は規約違反を犯すことをヘルマン人事部長に強要した。私は支部長としてこの様なことは見過ごせない。しかし、情けないことに私が不正を告発してもギルド上層部がそれをもみ消す公算が高い。今の冒険者ギルドはその様な腐敗がはびこっている……」


「そ、そんな……」


「だが、こんなことのためにヘルマン人事部長に規約違反をさせるわけにはいかない。そこで、特別新人育成制度を使ってキャサリン君、ミオ君にはE級クエストを中心として受注してもらう」


「なるほど」


「サイロス副支部長が主に目を通す書類は会計部のものだけだ。会計部の書類には冒険者等級でなく、冒険者番号が記載される仕組みだ。おそらく、サイロス副支部長はE級クエストの報酬がキャサリン君、ミオ君に支払われているのを確認すれば、自分の命令が遂行されていると思うだろう。どうだろうかヘルマン人事部長」


ヘルマン人事部長とメイは息を呑む。


「支部長、お心遣いありがとうございます。確かにサイロス副支部長の業務は金銭に関する部門に偏っていて、他の部署に顔を出すことはほとんどありません。事務方では冒険者等級を確認する受付部、人事部で注意して取り扱えばサイロス副支部長にキャサリン君、ミオ君の等級が漏れる可能性は低いと思います」


「受付部は元から冒険者等級の守秘義務が内外問わず厳重に課せられていて、受付周りは遮音の法力装置で会話が外部に漏れにくくなっている。人事部で扱う書類にさえ注意すれば大丈夫だろう。冒険者等級を確認できるのは後は育成部、調査部だが、これは俺が管轄しているので問題ない」


「支部長、これは専属の教官である私が注意すればいいことなのかもしれませんが、冒険者同士の会話から情報が洩れることはありませんでしょうか?」


「そうだな、その可能性はある。注意を払っていても同じ等級の冒険者同士の情報交換で自然と情報は拡散するだろう。そこで提案だが、キャサリン君、ミオ君を連れてE級ダンジョンの攻略を行ってはどうだろうか?」


「いきなりダンジョン攻略ですか?!」


「そうだ。通常はフィールドの個別クエストを地道にこなすのが新人冒険者のセオリーだが、それだと受注と納品、換金のために頻繁にギルドを出入りしなければならない。しかし、ダンジョン攻略の場合、得た戦利品の納品は常駐クエスト扱いとなり、受注処理なしにまとめて納品できる」


「では、私が彼女たちに代わって納品すれば⋯⋯」


「そうだ。彼女たちは、いちいちギルドに来る必要がないから、外部と遮断できる。また、ダンジョン攻略の場合、納品量が多くなるため納品は受付でなく、倉庫での納品となるのが一般的だ。メイ君も目立たず納品できる」


「なるほど。でも、お二人はこれで納得してくれるでしょうか?」


「少なくともキャサリン君は同意するだろう。彼女は魔王討伐推進派だからな」


「え?! それってどういう……」


「ダンジョンは魔王によって運営されていると言われている。先ほどは言わなかったが、彼女の母君であるシルファ・ヴァル・マナエル様はマナエル奪還戦の後、街中に入り込んだモンスターの掃討戦で命を落としている。多分、それが原因でキャサリン君はダンジョンスタンピードを起こした魔王を恨んでいる」


「そんなことが⋯⋯」


「彼女はマナエル家の令嬢だが、マナエル家は厄災戦とその後の奪還戦、街の復興とスタンピード戦の後始末と多忙の日々だったため、彼女を伯母である王妃様に預けることとしたのだ。王族としての生活はどの様であったかは知る由もないが、少なくとも彼女は魔王のせいで母親の死に目に立ち会えなかったと思っていることだろう」


「それは……」


「本来ならここまでの情報を一教官である君に開示することはないのだが、少なくとも一年間、君とヘルマン人事部長にはサイロス副支部長との緩衝役を担ってもらうことになる。だから、ここまでの情報を開示したのだ。本来、私が責任者としてギルド内の不正を正さなければならないのだが、無力な私の尻拭いを君たちに押し付けてしまい、大変申し訳ない……」


「か、顔を上げてください、支部長! 私たち教官は支部長がギルド上層部からの不当な要求からの傘となってくださっていることを知っています! 私たちが協力するのは当然です」


「そ、そうです。私こそサイロス副支部長からの命令を拒絶できなかったところを支部長の機転で助けていただけるのです! 私の方がお礼を述べなければなりません!」


「私もこの様な現状をどうにかしたいと努力してきたが、力が及ばなかった。だが、最後まで盾としての役割は担ってみせる! キャサリン君、ミオ君は私たちの将来の希望だ。最終的な責任は全て私が引き受ける。昇級までの一年間、彼女たちのことよろしく頼む!」


「「お任せください!」」


このようにして、キャサリンとミオの昇級への道筋は彼女たち不在の中、整えられていった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ