第17話 三人の老人は若者の成長を願う
「遅いぞ、エル爺! いつまで待たせるんじゃ!」
「ホホホ、すまんのぉダイゴ。小便の切れがイマイチでのう、家を出るのが遅くなってしもうたわい。ホホホ」
「ダイゴ爺も十分遅かっただろうに。人のこと言えるのかい?」
「まあまあアマンダ、もう一杯どうじゃ」
「あたしゃ一番早く来て、もう十分に飲んでるよ!」
「ホホホ、わしは酒よりもまず飯が食いたいのう。昼飯を食っとらんので腹がすいてしもうたわい。ホホホ」
「エル爺、あんた平民学校の教師で、学校給食が職員全員にも配られて昼飯は必ず食ってるだろう? その調子で一日何食食ってんだい? 飯炊きの女中でも雇って食事の管理をさせな!」
「姉さん! 大ジョッキのエール三杯におすすめの夕食セットを一人分、適当に見繕って持ってきてくれんか?」
「はい! よろこんで!」
「ダイゴ爺、あんたあたしの話を聞いてたかい?」
「飯はまだかいのう……」
「今注文したところじゃ。待っておれ」
「まったく……。それで冒険者ギルドの教官のメイって子は大丈夫だったのかい?」
「ああ、その子ならさっき治療を完了したぞ。精神安定の術式が十分効いておったので今日から職場復帰しとると思うぞ」
「しかし、なんだって発狂なんてしたんだか。相手の子は結界師って聞いてるが、結界師に精神系の攻撃手段なんて無いだろうに……」
「ワシもよくわからんが、聞いた状況じゃとエル爺の怠惰剣が一番近いような気がするがのう。おいエル爺、お前さん誰かに怠惰剣を伝授したか?」
「ホホホ、怠惰剣は教えておらんが、怠惰剣を受けて新しい技を作り上げたヤツなら知っておるぞ。ホホホ」
「なに?! どう言うことじゃ?」
「ホホホ、名前はシドじゃ。平民学校の生徒じゃったが、先日成人して卒業しおったわ。シドは無属性の法力を放出できんでなぁ、怠惰剣は習得できなんだ。しかし、ヤツはわしの技を受けながら、技の理論を理解し、無属性の法力を地面を伝って伸ばして相手に法力を注入したり、逆に抜いたりする技を作り上げおった。わしもあの技を食らったが、小便をちびりかけたわ。ホホホ」
「あんたの場合、単に下の栓が緩くなってるだけさ。でも、どうもそのシドって子がメイの相手だったようだね」
「信じられんが、その様じゃな。それで合点がいったわ」
「どういうことだい?」
「前にも言ったことがあるが、法力は人の心とつながっておる。じゃから、法力を使ってスキルを発動する際に強い思念を込めるとスキルの効果が違ってくるのじゃ。ワシも精神安定のスキルを使う際に、ワシ自身の心を安定させ、平和で心地よいイメージを込めながらスキルを使用しておる」
「それは、あたしも治癒のスキルを使用する際にそうしてるけど、そんなに劇的な効果は無いと思うがねぇ」
「そりゃお前さんの能力が思念を込めるか、込めないかの差が感じられないほど膨大なだけじゃ。一つ一つのスキル発動に込められる思念はたかが知れてるが、そのシドという子が使用している技は単発のスキルじゃなく、法力を直接つないで継続して法力を流し込んだり、抜いたりしとるのじゃろ? すなわち、シドがイメージする『相手を無力化する思念』が絶えず法力を通じて相手の中に流れ込んどると言うわけじゃ。そんなことをされると相手はたまったもんじゃないだろうさ」
「それで、メイはあんなに発狂しちまったのかい。かわいそうに」
「おいエル爺、そのシドって子には他に何を教えたんじゃ?」
「ホホホ、シドは飲み込みがええからのう。法力鍛錬の方法と法力操作、剣技は歩法を一通りと、あと百裂剣もどきをマスターしおったわ。ホホホ」
「そりゃ本当か?! で、何で百裂剣もどきってなんだい?」
「ホホホ、シドは無属性の法力が放出できんから、百裂の斬撃で法力を放出するのでなく、百裂の斬撃で法力を相手に浸透させよったんじゃよ。本人は百裂剣でなく百裂浸透剣と呼んでおったわ」
「はぁぁ、そりゃまた難易度の高い技を……」
「ホホホ、シドはそれだけじゃなく、わしの百裂剣を九十八回まで百裂浸透剣で相殺して最後の二撃をわざと身体強化した体で受けて、残り二撃を使ってわしに反撃してきおったのじゃ。激しい法力浸透攻撃を食らってのう、法力酔いで意識を失って吹っ飛ばされてしもうたわい。吹っ飛ばされたのは何十年ぶりじゃったわ。ホホホ」
「「は?!!」」
「そ、そいつは本当かい?! それは職業特性も得ていない素の無属性の法力操作で元剣聖のあんたに勝ったってことかい?」
「ホホホ、その通りじゃ。シドはもうわしよりも強いぞい。なんせ、何十年か前に吹っ飛ばされた時には何ともなかったのに、シドに吹っ飛ばされた時は小便をちびっちまったくらいじゃからのう。ホホホ」
「だから、それはあんたの下が緩いせいだと言ってるだろうに。ちなみに、何十年か前に吹っ飛ばされた相手は誰だったんだい?」
「ホホホ、前回は金龍じゃったかのう。尻尾の一撃を食らって吹っ飛んだ。じゃが、最後には百裂剣で腹をぶち抜いてやったわい。ホホホ」
「なんじゃい、前回は人ではなかったのか? 人にぶっ飛ばされたのはいつなんじゃ?」
「ホホホ、人に吹っ飛ばされたのなんぞ、子供のころに親父に稽古をつけてもらってた頃しか思い出せんのう。ホホホ」
「まあ、あんたほどの剣士になれば防御に徹すればどんな相手でもそうそう吹っ飛ばされはしないか……。だがシドは最後の二撃を受けて攻撃中のあんたに二連撃を入れたんだ。たいしたもんだねぇ。法力酔いを起こさせるのは気奪剣に近いのではないのかい? 気奪剣も教えたのかい?」
「ホホホ、気奪剣なんぞ百裂剣の副産物に過ぎぬから、教える必要もあるまいて。そうそう、シドの連れ合いのミオと言ったかのう。あの子はシドに比べて法力操作が甘いので、気奪剣の話を少ししたのう。あの子は天才肌の子で、もう少し法力操作を覚えれば百裂剣をマスターできるじゃろうて。わしの百裂剣も八十九撃まで受けきっておるからのぉ。シドから学べばいずれクリアするじゃろうて。ホホホ」
「そいつはすごいカップルじゃのう」
「そういえば、あたしの治療院の近所の食堂の娘がミオって名前の怪我が絶えない子がいるねぇ。しょっちゅううちに治療を受けに来る子だよ。傷は剣の稽古でついたような傷だったから、『誰につけられたんだい』って聞いたら、従兄弟のシドって子と剣の稽古でつけられたって言ってたから、あの子がエル爺の言うミオとシドだろうねぇ」
「ホホホ、恐らくそうじゃろうて。平民学校の授業でもあの子は傷だらけだったわい。それだけ傷を受けても稽古で剣を打ち込めるのは、シドを信頼しておるからじゃろうて。ホホホ」
「そういえば、先日の冒険者ギルドの新人試験でライノという新人教官が聖剣士の新人に吹っ飛ばされて気絶していたが、ありゃひょっとするとミオがやったのかもしれないねぇ。エル爺よ、ミオの法力容量は大きいのかい?」
「ホホホ、シドほどではないがミオも法力容量は大きいぞい。わしの二倍くらいかのう。ホホホ」
「なんじゃそりゃ。どうすれば成人したての子がそんなとんでもない法力容量になるんじゃ? ってまさか、ワシの仮説の理論を自分の教え子で実践したのか?! あれは危険じゃから人に教えるなと言っておいたじゃろう!」
「ホホホ、あまりにシドが法力容量の伸ばし方を熱心に聞いてくるんで、つい教えてしまったわい。ホホホ」
「ついじゃないぞ! あの方法だと法力が枯渇するごとに生命容量が減って最悪死に至るんじゃぞ!」
「あの方法って、まさか法力を枯渇するまで消費して法力の飢餓状態にして法力容量を増やすって方法かい?! 」
「そうじゃ。ワシの仮説じゃが、法力を使いすぎて飢餓状態になった者は法力容量が劇的に増える。しかし、その飢餓状態が一定時間続くと法力容量が増える代わりに生命容量が減るんじゃ。長期間のダンジョン探索でポーション切れで法力を補充できなくなった法術師によく見られる現象じゃが、法力容量が増えてより強力な法術を扱えるようになるが、いざ戦闘で攻撃を受けると考えられんほどあっさり死んでしまったりする事例が多くあるんじゃ」
「それは、あたしも心当たりがあるねぇ。この街の領主婦人だったシルファ様は聖法術師だったけど、5年前のスタンピード戦で無茶な法術行使を繰り返して、結局、スタンピード戦の1か月後に急死してしまったそうだよ」
「死因は何だったんじゃ?」
「あたしゃ、彼女が死んだ後に領主に召喚されたから、詳しくは知らないけど、領主の説明では、地下水道に入り込んだ魔物を掃討していた時に弱い魔物に攻撃を受けて死んだそうだよ」
「前回のスタンピード戦でマナエルは城壁と城門を突破され、市内に魔物が入り込んで、一度街を放棄したからな。街を取り戻してからもずいぶん厳しい掃討戦が続いたそうじゃから、無茶な法力使用を繰り返したんじゃろ。ましてや、彼女は希少な聖属性持ちじゃから、魔物の討伐だけじゃなく、魔物の攻撃で魔素を受けた負傷者の浄化も無理して行っておったじゃろうから、連日の法術使用で法力の飢餓状態が続いて、生命容量が相当減っていたのじゃろうな……」
「エル爺!! あんたなんて方法を自分の教え子に教えたんだい! 耄碌してやって良いことと悪いことの区別もつかなくなっちまったのかい?!」
「ホホホ、そう激昂すると皺が増えるぞい。シドなら問題ないわい。シドは無属性の法力を注入したり、抜いたりできると言うたろう。体の外に出して固めた法力を、時間をおかずに自分やミオの体内に戻せば、生命容量は減りはせんじゃろて。ホホホ」
「な!! シドって子はそんなこともできるのかい?!」
「それが本当なら、とんだ化け物カップルになるぞ!」
「ホホホ、ミオはまだ人の範疇じゃが、すでにシドは化け物じゃぞ。ホホホ」
「今の話を聞いて、なぜライノっていう子が吹き飛ばされた時に地面が穿たれたか納得がいったよ。ミオが大量の法力を注ぎ込んで剣がマテリアルブレイクしたんだねきっと」
「ホホホ、ミオはまだ出力調整が甘いでのう。剣の修行でもよくシドに注意されとったわい。ホホホ」
「おいおい、剣がマテリアルブレイクするような出力の法力で、いつもはどんな剣で修業しとるんじゃ? そこらの法鉄の剣じゃぁあっという間にダメになっちまうだろうに……。最低でもミスリルの剣が必要じゃろうて。平民の家でミスリルの剣なんぞ買えんじゃろう」
「ホホホ、いつもの修行ではミオはシドが作成したトレントの木剣を使っておるわ。ホホホ」
「トレントじゃって? トレントもミスリルほどでなくても十分高級素材じゃぞ。それに加工が恐ろしく難しい。いったいどこで手に入れて、どんな風に加工しとるんじゃ?」
「ホホホ、わしも良くは知らんが、トレントの廃材を高級家具屋から安値で貰ってきて、法力操作を使って加工しておるそうじゃぞ。ホホホ」
「廃材といっても子供が買える値段の廃材となればトレントの小片くらいじゃぞ。そんな小片からどうやって木剣なんぞ作れるんじゃ? 法力操作で加工と言うのもさっぱり分からん」
「まあ、あんまり詮索しないでおいてやりな。トレントの小片の廃材から木剣を作成できるとなると、特許を取れれば大金持ちさね。あたしらが余計な詮索をするとシドの儲けが減るかもしれないからねぇ」
「そりゃそうじゃな。しかし、話からするとシドもミオも既に剣聖以上の剣士ということじゃから、こりゃバナエルの小僧も近々引退かのう」
「よしな! 成人したての平民の若者が中央のしがらみに耐えられるわけないだろうに。バナエルはコーエン家が侯爵家だからうまくいってるのさ。平民出身者への風当たりの強さはあんたも身に染みてるだろ!」
「す、すまん。その通りじゃな……。ワシも身に染みておる。いずれはその実力が知れ渡ってしがらみにとらわれる時が来るかもしれんが、今はその時じゃなかろう。若者には自由に成長する時間が必要じゃ……」
「ホホホ、さすが平民初の正統神聖教会の元聖女様と元王国中央大学学長様が言うと実感が伝わるのう。ホホホ」
「何を言ってんだい! お前さんのハイドル家も元は貴族とは名ばかりの貧乏騎士爵家だったじゃないか。お前さんが剣聖になって子爵家にまでなったが、しょっちゅう伝統貴族派の連中に『成り上がり者よ』と馬鹿にされてきただろうに!」
「ホホホ、そうじゃった、そうじゃった。ホホホ」
「お待たせしました! エールを大ジョッキで三つと、本日のおすすめ定食一人前です」
「おお、待っておったぞ!」
「ホホホ、わしは昼飯を食っとらんから腹が減ったわい。ホホホ」
「あんたはその調子でいったい一日何食食ってるんだい!」
「まあまあ、固いことは抜きにして三人で乾杯といこう」
「あたしゃもう十分に飲んでるって言っただろうに!」
「ホホホ、何に乾杯するのかのう。ホホホ」
「そりゃ、若者たちのこれからの成長を願ってじゃ!」
「わかったよ。ジョッキをよこしな」
「ホホホ、食前酒にちょうど良いのう。ホホホ」
「は?! 大ジョッキのエールがかい?」
「ほらほら、ジョッキを持つのじゃ。では、愛すべき若者たちの成長を願って――」
「「「乾杯!」」」




