第14話 受付嬢は冒険者ギルドを変革したいと強く願う
「シルビア君、いい加減にしたまえ。君は冒険者ギルド本部の幹部候補生であるから特別にこの会議に出席を認められてるのであって、本来なら受付嬢はこの会議に出席する資格はない。君は研修のためにここにいるのであって、この支部の責任者に意見するためにいるのではない」
サイロス副支部長の言うことは正論だが彼の本音はそこにはない。
「あと一年、私と共に問題なくこの支部で勤めれば、君は本部ギルドの責任ポストに、私は栄転して本部ギルドの役員になることができる。今、リスクを負うメリットはないではないか」
私が努力して本部ギルドの幹部になろうとしているのは、ギルド上層部のこの様な保身的考えを一掃したいからなのだ。
しかし、今はその思いを上層部に知られてはならない。
私にはまだそれを成すだけの実力も権限もない。
しかし、だからと言って実力のある冒険者を不遇職であるという理由だけで、私たちの保身のためにG級冒険者として認めないなんて許されていいわけがない。
「サイロス副支部長、確かにあなたと私は本部ギルドから研修でこのマナエル支部に派遣されております。しかし今は、このギルド支部の一員でもあります。この支部にとって有益な提案は積極的に行う必要があると思います! 受験番号88番の彼は実力を持った、このマナエル支部にとって有益な冒険者です!」
私は覚悟を持って反論する。
「シルビア君、君がさっきから述べているその88番の冒険者の実力だが、本当に彼はG級にふさわしい戦闘力を持っているのかね? 聞くところによると、模擬戦闘の試験では何とかという試験教官……ええっと…」
「付与術師のメイ教官です」
「ありがとう、ヘルマン君。そのメイとか言う教官がいきなり発狂しだして試験にならず、その後、試験教官になったこっちは……何と言った?」
「水法術師のケイト教官です」
「そうか、ありがとう。そのケイトという教官は試験中に剣がすっぽ抜けて場外に飛んでいったために失格となって負けたそうじゃないか。そんな練習不足な教官が相手じゃあ、戦闘力は測れないと思うがね。そう思わないかね、ヴァン支部長」
サイロス副支部長がニヤケ顔でヴァン支部長に声をかける。
このことをヴァン支部長への攻撃材料とするつもりだ。
「部下の実力不足は私の責任です」
対してヴァン支部長は実直な人で、自分の責任から逃げることをしない人だ。
「そうそう、現場の教官の精神面のケア、そして教官としてふさわしい実力を維持するのは君の責任だ。聞いたところによれば、何とかという剣士ともう一人の付与術師の教官も新人に敗れたそうじゃないか」
「風剣士のライノ教官と付与術師のカレン教官です」
「そうそう、まあ、名前なんてどうだっていいが、そのあたり、君はどう判断するんだね?」
そうだ、私はこの様な本部上層部が持つ体質もどうにかしたいと思っている。
本部から派遣されている副支部長が、現場上がりの支部長に対し部下のような扱いをするこの態度、自分の部下であるにも関わらず部下の名前も覚えず、現場の教官など「どうだっていい」と公言するこの体質は、各支部と本部の間に深刻な溝を生み出している。
「私は直接、メイ教官、ケイト教官、ライノ教官、カレン教官と共に日々の訓練に励み、彼らの教官としての資質と実力を確認してきました。私は現状、彼らはどこに出しても恥ずかしくない者たちであると確信しています。ですが、今回の結果において彼らは、自分自身の実力がまだ十分でないと思ったことでしょう。このことは彼らの向上心につながり、きっと更なる実力の向上につながると私は信じます」
「答えになっていないよヴァン支部長。私は君の管理責任について問うているのであって、教官たちの実力の向上についてなんて何の興味もない。君は支部長として今回の失態をどう責任を取るのかね?」
冒険者たちの実力は教官たちによって支えられ向上していくものなのに、その教官の実力の向上について何の興味もないと公言するこの態度、彼は一体何のために冒険者ギルドに所属しているのか!
第一、模擬戦闘において教官たちは必ずしも勝つことを要求されていない。
彼らの職務は新人冒険者たちの実力を測り、実力の足りない冒険者には訓練を施し、実力をつけさせ、安全にクエストをこなせる状態へと引き上げることだ。
突然発狂してしまったメイ教官はまだしも、報告書によると、新人に敗れたライノ教官とカレン教官の場合、並外れた実力を持つ新人と対戦した結果敗れたのであって、彼らの実力が足らなかったわけではない。
ケイト教官は水法術師であって、剣を得意としていない。
対戦相手はグラスウルフのリーダー個体を一突きで討伐するほどの槍の実力を持った新人だ。
もしかすると、ケイト教官は剣を取りこぼしたのではなく、何らかの体術で彼によって無力化されたのかもしれない。
唯一問題となるかもしれないのは突然発狂してしまったメイ教官についてだが、報告書では模擬戦闘前の彼女の状態には異常は見られなかったとある。
これはあまりに唐突に起こった事態で、何者かによる精神攻撃術式の行使などを先ず疑うべきケースであって、現場の教官やましてや支部長に責任を問うような事例ではない。
おそらく、サイロス副支部長の狙いはヴァン支部長の降格に伴う自身の昇進なのだろう。 なんて卑劣な男なんだろうか彼は!
「全責任はマナエル支部支部長の私にあります。もし、今回のことで当支部に何か不利益がありましたら私はその責任を取り、包み隠さずギルド上層部に報告し、処分を受けます」
「言質は取ったからねヴァン支部長。おい、ヘルマン君、このことはしっかりと議事録に残しておいてくれたまえ」
「はい、了解しました。サイロス副支部長」
「さて、私はこの後、バルター商会の商会長との会食があるから失礼するよ」
「待ってください、サイロス副支部長! まだ受験番号88番の彼について話は終わっていません!」
「しつこいぞ、シルビア君!」
「いいえ今回、受験番号88番の彼を含め彼らのパーティーは冒険者ギルド新人試験の新記録を達成したのです。それに対して何もせずにそのまま放置するのですか? 私は今でも受験番号88番の彼をG級冒険者とすべきだと思っていますが、それを置いても彼らの果たした結果に対してギルドはふさわしい褒賞を出す必要があるのではないですか?!」
「ふむ、それは一理あるね。そのパーティーの中の聖法術師のキャサリン君は貴族だ。彼女とその親族に取り入るのは悪くない手だ」
「副支部長! この場は新人冒険者の試験結果を公平に吟味する場です。冒険者の身分は関係ありませんし、受験者の名前を出すのはルール違反です!」
「なにを綺麗ごとを言っているのかね君は。君も一年後にはギルド本部において責任ある立場になるんだ。政治的な振る舞いも学習したまえ。そうでなければ、ギルド本部ではやっていけんぞ」
「そ、そんなこと……」
私はそんなギルド本部の体質をどうにかしたいと思っているのだ。 そんな言葉に従えるわけがない。
「おい、ヘルマン君。今回の栄誉を称え、君の責任でキャサリン君をF級冒険者に認定したまえ」
(な! 何を言ってるんだこの人は?! )
新人冒険者は例外なく一年間は見習い期間としてG級冒険者として活動しなければならないことはギルドの規約に定められたことだ。
それにも関わらず、それを無視することは許されない。
加えて、自分の責任でそれをするのではなく、自分の部下にその規約違反をさせようとするなんて、なんて卑劣な考えだろう。
「そ、それは……ギルド規約に反しますし、これまでの新人冒険者試験では前例がありません……。それに、私の責任となると、後々、上層部から責任を追及されることになってしまいますので……」
「なに?! 君は私の命令に従えないのかね?!」
「そ、そういうわけでは……」
「大丈夫だ。万が一があっても、私は現在のギルド本部の役員のある方と太いパイプがある。後に問題があっても執り成してやるから心配するな!」
「副支部長! そんなの良いわけがありません!」
「良いのだよ、シルビア君。それにこんなことギルド本部では日常茶飯事だ。気に留める者はいない。君も早く慣れたまえ」
(何という腐敗! ギルド規約を順守させる側の人間が率先して規約違反をしているなんて!)
「………副支部長、褒賞を与えるのが貴族の彼女だけでは不公平になるかと思います。ギルドが貴族を優遇しているという噂が立てば他の冒険者たちが黙っていません。他のメンバーにも何がしかの褒賞を与える必要があるかと……。ここはやはり無難に褒賞金をそれぞれに出してはいかがかと……」
「はぁ? 他のメンバー? 褒賞金? 差し出がましいぞヘルマン君! 他の二人は平民ではないか! そんな奴らはどうでも…………いや、もう一人の平民のメンバーは聖剣士だったか……。将来、キャサリン君はその聖剣士を部下にして、叙爵させるかもしれないな……。よし、その聖剣士の平民もF級冒険者にしてやれ。そうすれば、不公平とはならんだろう。いい考えだ」
副支部長はあくまで貴族を偏重し、規約違反を押し通すつもりのようだ。
ヴァン支部長はどう考えているんだろうか?
「ヴァン支部長! このままで良いのですか?!」
「サイロス副支部長、私は支部長としてギルド規約違反を見逃すわけにはいきません。このことは上層部に報告を……」
「無駄だよヴァン支部長。君が何を報告しようとも私の不利になる報告は握りつぶされることになっている。そんなことをすれば、むしろ君にとって良い結果はもたらされないだろうね」
「なっ!………」
(冒険者ギルドの上層部はここまで腐敗しているのか! どうにかしたいけど力不足だ!)
今、私がここで耐えなければ、この体質をどうにかする機会を失ってしまう。
今は忍耐するしかないと自分に言い聞かせる。
「私は支部長としてやはり冒険者の安全を蔑ろにするわけにはいかない。新人冒険者としての一年の見習い期間は冒険者の安全のためにある。たとえ、彼女たちをF級としても、見習いとして他のG級冒険者と同じように訓練は受けさせるべきだ。これは譲れない!」
「ふん! 私はそんな些事に興味はない。君の好きなようにすればいい。訓練なり何なり…………いや、ヴァン支部長、君の意見を取り入れよう。彼女たちに専属の教官を付けて、彼女たちのクエストに同行させてはどうかね。そうすれば、さらに彼女の家に恩が売れる」
「そんな特例、許されるはずがありません! 他の冒険者に何て説明するのですか?!」
「シルビア君、君は人気の受付嬢だ。君が他の冒険者たちに微笑んで優しく説明してやればいいではないか」
「ですから、何て説明するのですか!? 私が微笑んだくらいじゃ誰も納得しませんよ!」
「…………分かりました。彼女たちに専属の教官を付けましょう」
「ヴァン支部長、何を!?」
どういうこと?! ヴァン支部長がこんな不公平な扱いを許すなんて!
「いいんだシルビア君、俺に考えがある。サイロス副支部長、教官の人選は私がします。いいですね」
「人選なんて興味はない。勝手にしたまえ」
「ヘルマン人事部長、明日の朝一番にメイ教官と一緒に俺の部屋まで来てくれ」
メイ教官? 彼女は今、精神的ダメージを受けて精神治療師のダイゴさんの所で治療中なんでは?
「分かりました。でもいいんですか? 彼女は今……」
「だからこそだ。これはメイ教官のためでもある」
ヴァン支部長が何を考えてこのことを許したのかは分からないけど、彼を信用してみよう。
「そ、それでサイロス副支部長、88番の彼の褒賞はいかがいたしましょうか……」
「はぁ? 88番? そいつは平民の不遇職だ。金一封で銀貨10枚でも渡したら満足するだろう。その上で、H級冒険者だ。それでバランスは取れるだろう。………ああそうだ、 その88番に誓約書を書かせろ」
「誓約書ですか?」
「そうだ。今回のことでギルドに不服を申し出ないと誓約するなら、特別に他のメンバーはF級冒険者にしてやるとな」
「え? 他の二人は褒賞としてF級冒険者に認定するとのことでしたが……」
「頭を使いたまえヘルマン君。キャサリン君と聖剣士には褒賞としてF級に認定すると言い、その88番は別に呼び出して誓約書を書かせたまえ。88番は所詮、平民だ。自分が犠牲になってキャサリン君がF級冒険者になれると知れば、彼は貴族に恩が売れると思うに違いない。そうすれば一切その88番は文句を言わないだろうさ」
「そんな汚い手を! 副支部長! 私は反対です!」
「黙りたまえシルビア君! それ以上、私に歯向かうならば君の出世に響くぞ」
「くっ!…………」
「以上だ。私は忙しい。後は適当にやりたまえ」
そう言い残すと副支部長は退室した。
「「「…………………………」」」
「すみません。ヴァン支部長、ヘルマン人事部長。私にもっと権限があれば……」
「気にするなシルビア君。君には志があるのだろ? 今は耐えて出世し、ギルド本部、そして冒険者ギルドの上層部を変えてくれ。私たちは現場で精一杯、冒険者たちを守る」
「……わかりました。私も精いっぱい頑張ります」
「そうだ、ヘルマン人事部長、88番の彼にギルドの戦闘訓練に参加するよう勧めてくれ。それくらいなら、副支部長の指示に逆らうことにはならないだろう」
「どういうことですか?」
「ああ、彼が戦闘訓練に参加し、再試験を受けるならば、その時は私が彼の相手になろう。私との模擬戦闘でしっかりとした実力を示せるならば、誰も彼をG級冒険者にすることに文句を言わないだろう」
「わかりました。その様に伝えます」
「頼んだぞ。俺は十年前に廃れてしまったホーンラビット狩りの討伐方法を彼が復活させてくれたことが嬉しいんだ。彼は不遇職だが、G級に昇格してこの狩りを受け継いでくれるなら継続して安定した収入も得られるだろう」
「そうですね。私もそう思います」
「おそらく、今回の納品は多数の業者の取り合いになるだろう。彼にはどの位の需要があるのか目の当たりにしてもらった方がいいと思っている。だから、納品部には納品先について彼の意見を反映させるよう俺から指示しておく」
「分かりました。明日の朝、私から彼に納品部に向かうよう伝えます」
「任せた。シルビア君、君はどう思う」
「はい、私も支部長と同じ意見です」
「よし、ギルドの上層部や副支部長の思惑は関係ない。俺たちは全力で冒険者たちをサポートしていくぞ!」
「「はい!!」」
そうだ、冒険者ギルドの上層部や副支部長の思惑に振り回されず、今は現場の冒険者を守ることに全力を尽くそう。
そして、今は理不尽に耐えて頑張ろう。
現場で頑張る冒険者たちを、それを支えるギルド職員たちを守るために。
私は拳を強く握りしめた。




