8:白き瞬間
私の能力『夢幻』は、一度発動された能力を視認することによって発動の条件を満たし、他者の能力を再現することができる……らしい。御影さん情報だ。
今まで使った時には流動的なもので能力を運用していたが、今こうして自らの意思で能力を発動すると、この能力自体についてが少しだけわかった。あと数回能力の発動を繰り返せば、いずれは完璧に使いこなせる日が来ると思う。
そして驚いたことに、能力を再現すると、その能力の仕組みが目で見るように頭へと入ってきた。どうやら、能力を再現することは、相手の思考を再現すること、即ち能力について把握することと同義のようだ。
『支配』。非事象タイプの能力。
自らが定めたルールを強制し、相手を強制的に勝負へと持ち込む。雌雄を決するまで相手をその場に拘束し、勝負に勝った場合の報酬を決める。
この時定めた報酬は互いを拘束するための道具であり、報酬を定めた時点で勝負から逃れることはできない。そして定めた報酬は互いに必ず払わなければならない。
ここまでは、早川から聞いた通りだ。大事なのはここから。
相手との脳源量の差が大きい場合、勝負時のルールをもう一つ加えることができる、というものだ。
私の読みは見事的中したというわけだ。あの不可解な自信は、私との脳源の量の差が作り出したルールに頼ったものだった。そして雑魚の私との勝負に報酬という形で能源量の多い春斗を巻き込んだ。
したがって、彼の狙い通りに事は進み、春斗は今死亡した。ただ、私の考えが正しければ、春斗は生き返らせることができる。
「早川。第三の選択肢だ。私ともうひと勝負しよう」
「何だと?」
「私が勝った場合、報酬として春斗の命を返してもらうよ。あなたが勝った場合、私の命を奪ってもらって構わない」
早川はため息を吐き、加えていたタバコを地面へと放り投げる。
「嬢ちゃん。答えはノーだ。悪いが俺は暇じゃあないんでね」
そして立ち上がろうとしたが、彼は私の支配によってこの場に拘束されているため、立つことはできなかった。早川は目を見開き、私の方を見た。
「お前……! この能力は!」
「私の能力だよ。相手の能力を模倣する能力」
私は彼の手からサイコロを取り、それを片手の中に入れる。
「さあ、どっちに賭ける?」
大事なのは、模倣することだ。能力による模倣のみならず、相手の言動をも自ら模倣することだ。そうすれば────
「まさか立場が逆転するとはな」
不思議なことに、私にとって早川はこの状況を楽しんでいるように見えた。
「そうだな……じゃあ俺は半に賭けよう」
「じゃ、私は丁」
私は内心ドキドキしながら手の中でサイコロを振る。仮説が正しくなかった場合、春斗は生き返らないし、私も死ぬことになる。間違いなく、人生最大の賭けだ。手が震えた。
それでもサイコロは、“彼が定めたルール”に従って『3』と『5』の合計8の丁という結果に行き着いた。
私の立てた仮説は「サイコロの出目は追加されたルールに従って出るのではないか」というものだ。支配は人に行動を強制する能力。物理法則なども無視できるのではないかと、私は考えた。
そして次に春斗の命。春斗の命は勝負の報酬という形で早川の手に渡った。つまり、所有物として早川の物になったのではないかと思った。まあこの仮説に関しては勝負が成立した時点で大丈夫だろうとは思っていた。
…………勝った。その安堵感が大きい。
その感情は、春斗が目を覚ました時点で更に膨れ上がった。
春斗は命を取り戻すなり、すぐさま男に対して能力を発動する。したがって、早川は身動き一つ取れない状態となって地に這いつくばった。
「お手柄だな、澪。……さてと」
春斗は彼の傍らにしゃがみ、ポケットから能力源の入った瓶を取り出した。するとその中身は、淡く光っていた。能力源の性質により、私たちは早川が傀儡使いであったと知る。
「決定だな。亡霊狩り本部にご同行願おうか」
**
「────あくまで推測だが、奴は俺達にしたように能力によって相手の命を奪い、そのうえでもぬけの殻となった体を改造して戦闘に用いていたのだろう。あの時雀荘に入っていったのも、恐らく能源、能力源の込められた、ただの傀儡だろうな」
本部にて。傀儡使いを連行した後、私たちは本部内に設置されたカフェにて話をしていた。
「……早川は私たちの捜索に気づいてたのかな?」
「ああ、多分な。そうじゃなきゃ、自分の能力源を込めた傀儡を街中で歩かせるなんて面倒なことはしないはずだ」
「それもそうだね」
春斗は頼んだ飲み物を口に運ぶ。それにしたがって、私も彼に奢ってもらった紅茶を口に運んだ。ここの紅茶は廉価な割に美味しい。また飲みに来よう。
「これほんとに美味しいね」
「……そういえば、三葉も紅茶が好きだったな。今度誘ってみたらどうだ?」
「うん。そうするよ」
このようにして、傀儡使いの件は幕を閉じることとなった。
**
翌日の早朝、御影さんからのメールがあった。
『昨日はお疲れさま。今日は春斗が暇らしいから、道場を使って刀の修行をつけてもらったらどう?』
『それいいですね。そうします』
昨日、専用の武器として刀を選択した後から、本部より刀を一本借用している。とはいえまだその扱いは素人そのものだし、昨日の任務では一度たりとも使うことはなかった。
能力の扱いもまだ輪郭をぼやっと掴んだ感じで不正確だから、武器の扱いに長けておくことは必要だろう。
ということで私は今、道場にて春斗と待ち合わせをしている。彼曰く、三葉も暇だから来るそうだ。彼らを待つ間、私は借りた刀を眺めることにした。
壁に寄りかかって座り、刀を鞘から引き抜いた。
鈍く光る刀身。御影さんが言うには、能源を込めなければ切れることのない初心者に優しい安全設計のものらしい。つまり、能源の操作がある程度できなければ話にならない。
能力発動への慣れ、能源の操作、刀の扱い。課題は山積みだ。ただ、それだけのびしろがある。そう考えると、少しだけ気が楽になった。
「おはよう澪」
道場入口の方から、三葉の声がした。刀を鞘に収め、私は立ち上がる。
「おはよう二人とも」
「おはよう。……なぁ澪。澪はファーリーとポッケ、どっち派だ?」
ファーリーとポッケ。どちらも昔から子供に親しまれている探し絵本の二大巨頭の名である。私も小さい頃によく見ていた。
「私はファーリー派だね」
私の言葉を聞き、春斗は意気揚々として三葉の方を見た。
「な? やっぱファーリー派が一般的なんだよ」
「……納得いかないなぁ」
「いーや、ファーリーが最強だ。アイツもファーリー派って言ってたし」
「アイツ? ……ああ。怜音ね」
聞き覚えの無い名前に、私は反応せざるを得なかった。
「怜音って誰?」
「あっ、そっか」とミツハは手をぽんと叩く。
「そういえば澪はまだ会ったことなかったね。怜音は私たちと同じ選別を通過した同年齢の亡霊狩りだよ」
「あいつは中々の変わり者でな。服装は大体黒くて、白髪。まぁ見たらわかると瞬間でわかると思うぞ」
「へぇ〜」
まさか、亡霊狩りにミツハとハルト以外にも同年齢の人がいるとは。いつか話をしてみたいものだ。
「というか、今日は澪の特訓目当てでしょ? ファーリーとポッケの話なんてどうでもいいから早く始めようよ。私も見たいし」
「ファーリーポッケの話はお前が始めたんだろ?」
「ほらほら〜。早く始めて」
ハルトはため息を吐いた後、私へと言った。
「……それじゃ、まずは刀に能源を込めてみてくれるか?」
「うん。オッケー」
私は刀を引き抜き、刀身の側面をなぞるようにしてゆっくりと能源を込めた。能源は刀身を覆い、多少揺らぐ形で安定した。春斗はそれを見て、今度は自身が持っていた刀を私に渡した。
「今度はこれに流してみてくれ」
同じ方法で、能源を込める。すると今度は、先程とは打って変わって、能源は大きく揺らぎ、全く安定することは無かった。言わば、絹豆腐を箸一本で持ち上げようとするような掴みどころのない感覚。
穏やかな笑みと共に、私を見る春斗。
「難しいだろ?」
「うん。全然安定しない」
私は春斗の刀をまじまじと見る。私が借りている刀と春斗の刀、一体何が違うのか。その答えは、春斗が教えてくれた。
「俺たち人間の体には、能源が内包されている。そしてそれは物体も同じ。内包されている能源の量によって、その扱いは困難となる。物体内の能源をセーブしながら自分の能源を込めて使うわけだからな」
「……なるほど」
「とは言え、今の澪の武器はビギナー向けの物だから、今急いで訓練する必要はないよ。まずはじっくり、剣術の方から学んでいこう」
それから約三時間。私は春斗の指導の下、剣術の訓練に時間を費やした。素人の私相手に指導は難儀を極めていたが、三時間で何とか基本の形は頭に入れた。
出来るかどうかは別として。
そんな時、道場に霞田さんがやって来た。
「やあやあ三人とも。調子はどう?」
「霞田さん。ぼちぼちです」
「今日は君たちの教育係の御影が仕事に出ているからね。俺が上層部からの言伝を伝えに来た」
霞田さんはスマホの画面を見つめながら言う。
「澪さんと三葉さんの二人が対象だ。二人には蓮花市の調査をしてきてもらいたい」
今度は三葉との任務か。親交を深めるという意味では嬉しい限りだ。三葉は微笑み、私へ「よろしく」と握手を求める。私はそれを拒むことはしなかった。
三葉は訊いた。
「具体的には何をしたら良いんですか?」
「蓮花市内に設置されたキャンプの状態と必要な物資の具体的内容。この二点をキャンプのリーダーに聞いてきてほしいそうだ」
「キャンプの状態と必要な物資の二つですね。わかりました。念の為、後で私あてに任務の詳細をメールしてくれますか?」
「ああ。それなら今メールで送っといたよ。キャンプの座標も記載済みだ」
「ありがとうございます」
若干の矢継ぎ早に進んだ会話の果てに、三葉は私の方を見てから「じゃあ行こっか」と言う。私は「うん」と言ってから春斗の方を見た。
「春斗。剣はまた今度お願い」
「ああ。任務頑張ってこい。三葉もな」
「心配せずとも」
私と三葉は道場を後にし、蓮花市────“悲劇の都市”と呼称される、今は亡き人々の魂の在り処へと向かった。




