7:丁半の選択
結局その日のうちに傀儡使いを見つけ出すことはできず、私たちは一度解散することになった。そしてその翌日の朝八時、私よりも早くに探索のため沖亜市を訪れていた春斗からメールが送信されてきた。
『傀儡使いらしき男を見つけた』
『2条5丁目にある雀荘に来てくれ』
寝ぼけたまま指定された場所へと直ぐに向かうと、その雀荘から少し離れた所にあるイチョウの木の陰に春斗がいた。
「おはよう」
「おはよ。あの雀荘の中に傀儡使いが?」
「ああ。瓶が反応したからな」
彼は昨日の瓶を私へと見せた。瓶の中に込められた能力源は淡く光っていた。そして瓶を雀荘の方へと近づけると、その光は少しだけ強くなった。
「中に入んないの?」
「俺たちは高校生。年齢的にアウトだ」
「あ、そっか」
というわけで、私たちは入口が見える距離にある公園のベンチに座り、傀儡使いが出てくるのを待つことにした。春斗と日常的な会話を交わしていた時、一人の男性が私たちの前で足を止めた。
「おいおい、朝っぱらからイチャイチャか? 若い奴らは暇で羨ましいなぁ」
「おっさん。俺たちは仕事中だ。どっか行け」
春斗は軽くあしらうように言ったが、彼はどこかへ行くどころか、私たちの目の前で地面に座った。それからタバコを一本箱から取り出し、フィルターを口に加えてライターで着火する。
一息吸って、顔を上向きにし、上空へ煙を吐き出す。それから言った。
「俺とゲームをしないか?」
春斗は入口の方をちらっと見る。この男性がここに留まる以上、春斗は入口に注意を払うことができない。傀儡使いの体裁を知っているのは春斗だ。
したがって、私が男性の対応をすることにした。
「いいですよ。私としましょうか」
「よしきた!」
笑みを浮かべながら、男性はズボンのポケットの中をまさぐる。その間、春斗は小声で私へと言った。
「澪。気をつけろよ」
「大丈夫だよ。能源も普通だし」私も小声で返した。
男性はサイコロを二つ取り出し、それを手のひらの上に乗せ、私へと見せた。
「ルールは簡単。この二つのサイコロを振って出た目の和が奇数か偶数かを互いに予想するだけだ」
「互いに?」丁半みたいなものかな。
「そうだ。ただ、それだけじゃつまらないからな。何か賭けるものを決めよう」
流れる沈黙。男性は私の顔を穴が空くほど見つめ、それから春斗を指さして言った。
「俺が勝った場合、そいつの命を貰おう」
私と春斗に、衝撃が走る。
「おいおい、聞いてないぞそんな話」
案外冷静な春斗と、あまり冷静ではない私。
「た、たかがゲームですよね?」
「ああ。たかがゲーム。だが俺たち亡霊と亡霊狩りにとっちゃあ、命の取り合いだろう?」
「……!」
私の脳裏に、霞田さんの姿が浮かぶ。彼は自身の能源を亡霊と同等のものへと変えていた。もし亡霊にもそんな技術があるのだとすれば──
「俺の能力は『支配』。初めにルールを定め、勝負が定まるまで相手をその場に拘束する。そして勝負の報酬を定め、相手からそれを略奪する」
彼の説明は正しかった。その証拠として、私は立ち上がることができない。つまり、この場から逃れることができずにいた。
私たちは、相手の術中にやすやすと嵌ってしまったのだ。
「……私が勝った場合はどうなるんですか?」
「そうだな。俺も平等に命を賭けるとしよう」
……どうしよう。私は困って、春斗の目を見つめた。彼は助け舟を出すようにして男へと言った。
「俺が俺の命を賭けてゲームをするのはありか?」
「なしだ。俺がふっかけたのはこっちの女だからな」
少しの沈黙を経た後、春斗は大きくため息を吐いてから私に言った。
「澪。恐らくこいつの定めたルールは絶対だ。それに参加する人間も、ゲームの結果互いが得る報酬も」
「春斗……」
「なあに、心配することないさ。丁半の確率はニブイチ。気軽にやるといい」
戸惑いを抱えながら、私は頷いた。やるしかないみたいだ。
「それじゃあ、気は進まないけど、始めましょう。……えっと、お名前なんて言うんですか?」
「『早川』だ。お前たちは?」
「俺が春斗」
「私は澪です」
男はにたりとした笑みを浮かべ、二つサイコロを両手の中に閉じ込め、まるでバーテンダーが扱うシェーカーのように両手を振った。その表情に、私は憤りを感じていた。
「さあ、どっちに賭ける?」
丁半博打。
江戸時代より続く、一種の賭け事。壺振りが二つのサイコロを壺に入れて同時に振り、参加者はその出目の合計が偶数であるか奇数であるかを予想する。偶数であれば丁、奇数であれば半。
今回、早川から持ち掛けられたのは、その丁半のルールを少し変えたものだ。
春斗が言った通り、確率は二分の一の丁か半か。そして今、選択肢は私の手中にある。確率自体はあ変わらないものの、先手を打つ権限がこちらにあるのならば、心的余裕が私にはある。
ただ、私の選択によってどちらかの死が確定してしまう。
……命には皆平等の価値がある。この世界に生まれ落ちた時点でそれは奇跡で、何人たりともその命を奪うことは許されない。常にその信条を持って、私は生きている。
だが今、その信条を折らなければならない。そうしなければ、この状況はいつまで経っても硬直したまま。
早川と春斗。どちらが死んでしまったとしても、私はその責任を、その罪を背負って死んでいかなければならない。
大事なのは覚悟だ。覚悟を決め、丁か半かを決める。ただそれだけの行為に私は既に三分の時間を費やしていた。
「おいおい早くしてくれ。このまま夜まで続けるつもりか?」
私を急かす彼の発言。私はそこに違和感を覚えた。
死ぬ可能性があるのは、春斗も早川も確率としては同じ。なのにどうしてこの人はこんなにも余裕があるのだろうか。
……何かある。私はその考えから彼の言動を思い出すことにした。そして、一つの結論に辿り着いた。
私は春斗に手招きをして顔を近づけさせ、彼の耳元でそれを囁いた。
「────私を信じてくれる?」
「ああ。信じてるさ」
私は向きを変え、早川の目を見る。彼の目には依然として自信が漲っていた。私は言う。
「丁」
「じゃあ俺は半だ」
早川はにたりとした笑みと共に、両の手の覆いを取り除いた。
『5』『2』合計7の半。
私の負けだ。
私、春斗、早川の三人が出目を確認した瞬間、隣に座っていた春斗が、ベンチから崩れ落ちた。
「まずは一人。……さあて嬢ちゃん。お前には今、二つの選択肢がある」
早川は俯く私の顔を覗き込みながら、自らの顔の前で二本の指を立てた。
「一つ、この場から立ち去り亡霊狩りを辞める。一つ、今この場で俺に殺される。さあ、お前はどっちを選ぶ?」
深呼吸。焦る必要はない。心を乱す必要もない。敵に対し、憂慮は必要ない。
私は能力を発動した。
「『支配』」




