2:堕胎(2)
能力────人類が進化の過程で手にしたもの。
最初こそその種類は限られていたものの、今となっては千差万別。その構造自体も複雑なものへと変化しつつある。
私の能力は、その好例だった。
能力の発現は、その大抵が七歳から十歳に起こる。肉体が十分に成長していなければ、能力を扱うことが難しいからだ。だが、肉体的に十分であると言っても、それ即ち能力を自由自在に扱えるという意味ではない。肉体が備わっていたとしても、精神面が疎かであれば能力を上手く発動することができない。
私は能力発動時に関して、大きなトラウマがある。そのため、九歳に能力に目覚め一度使用してから今まで、私は能力を使用していない。
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「さあ、大人しくついてきてもらおうか」
能輩が私へそう告げた。と同時、彼の足元で倒れていたハルトさんが彼の足を掴む。
「行かせねぇよ……!」
その鬼が宿ったような表情は能輩を通り越し、私までをも震わせた。と同時、彼が足止めをしてくれているうちに、逃げなければという感情が沸く。
私が後ずさりをしたその瞬間、能輩がハルトさんの頭を踏みつけた。
「お前は寝とけ」
蹴りの威力に、ハルトさんは気絶する。しかし、次は地面を這って能輩のもとへと近づいていたミツハさんが彼の足を掴んだ。
「チッ」と舌打ちを漏らす能輩。
「しつこさだけが取り柄だな。お前ら若年の亡霊狩りというものは」
ミツハさんが私へと叫んだ。
「ミオ……! 逃げて……!」
彼女の腹部には、穴が空いている。その痛みと苦しみから、声を振り絞っていた。そんな彼女でさえ、能輩は足で容赦なく踏みつける。したがって、ミツハさんは瞬く間に意識を失ってしまった。
倒れるミツハさんとハルトさん。私の脳がフラッシュバックを起こした。
『全部お前がやった』
『悪いのはお前だ』
『なんて能力だ』
『この世の中が悪い』
『本当に私がやったのか』
過呼吸になり、その場に膝を着く。
あの時も──二人、倒れていた。二人だ。いや、正確にはもっと沢山いたかもしれない。ただ、私が見ていたのは二人だ。大量の血を流し、光を失った瞳で倒れていた。
奇しくも、その状況と今の状況とが酷似している。
膝を着いたまま、私は胸を押さえた。苦しさが引く気配がしなかった。
しかし、能輩は着実に、ゆっくりと私のもとへと歩んできた。私の目の前、手を伸ばせば届く程度の距離にて、彼は足を止める。
「さて、それじゃあ気絶してもらおうか。煌然澪」
彼は私の首へと手を伸ばす。その瞬間────
私の中で何かが弾けた。
過呼吸が止まり、私は彼への攻撃に意識を全てやっていた。
あれだけ躊躇っていたのに、その時だけは“能力の発動”を躊躇しなかった。きっと、ミツハさんとハルトさんに危害が加えられたから。私を守ってくれた人々を、傷つけた。その事が、私を奮い立たせた。
「『夢幻』」
瞬間、私の両手の指先からミツハさんの放換を“再現”したものが射出される。彼の能力「可変方向」は彼の言葉通りならば「相手の能力の方向を自由自在に変えることのできる能力」。
能力が方向を伴うベクトル的力である場合、その能力は無効化されると言ってもいい程に強力な能力だ。だが、もしその方向が多方からのものであれば?
私は放換を四方八方から彼に向けて放った。
「うあああああ!!」
悲鳴を上げながら、体の複数箇所を貫かれる能輩。彼は能力に貫かれる直前、苦肉の策として一つの能力のみの方向を変化させた。かろうじて私は反射されたそれを避けた。そして可変方向が一度に変えることのできる能力の数は一つだけということが確定した。
彼が倒れると同時、私たちを覆っていた黒い煙のようなものが崩壊する。崩壊したその煙の向こうに、私は一人の男性を見た。
「こんにちは。煌然澪さん」
瞬間、背後から接近してきていたもう一人の人物により、私は首元に手刀を入れられ、意識を失う。
「そしておやすみ」
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目が覚めると私は、椅子にくくりつけられていた。しかも、紐や縄などではなく屈強な鉄のチェーンで。無論、動くことはかなわない。
カビ臭さに、薄暗さが加わり、この空間は私にどこか不気味さを感じさせた。辺りを見回していたそんな時、正面にあるボロボロの木の扉がきしみながらゆっくりと開いた。
「おっ、起きてるね」
扉の向こうから現れたのは、あの時、煙の向こう側に立っていた男性。彼は続けて言った。
「おはよう煌然澪さん。君に、少しばかり頼み事をしたい」
「頼み事? 何ですか?」
私は自分が縛られている理由よりも先に、彼の頼みとやらを聞くことにした。すると彼はニコリと微笑む。
「今後、君には俺たち“亡霊狩り”への助力を頼みたい。どうかな。やってくれるかい?」
亡霊狩り。世間に蔓延る能力を悪用した犯罪者──亡霊の対処のため、行政組織として国により設置された組織。義務教育でそう教えられた。
そんな組織に、私が協力?
一体どういう風の吹き回しだろうか。
「まずは、私の周りにいた人たちの安否を聞かせてください。あなたの頼みを聞くのはそれからです」
私の目には、涙が滲んでいた。言葉の中途で、マイとユウナのことを思い出してしまったから。二人はあの化け物にバラバラにされた。それでも────二人が生きていると信じたくて、そう言った。
だが、彼から返ってきた言葉は────
「君と一緒にいた二人の友達。名前はたしか……井上舞さんと越田祐奈さん、だったかな? ……言いづらいけれど、彼女ら二人は即死だったよ。医療の施しようがなかった。悲しいことにね」
下唇を強く噛み、感情を押し殺そうとした。だけれど、私の目から溢れる涙は止まってはくれなかった。
なんで二人が……!!
行き場の無くした悲しみが私を襲った。彼はこんな私を見て励ましの言葉一つかけず、自身の言葉を紡いだ。
「ミツハとハルトに関しては、全くもって問題なしだ。君の活躍のおかげでね」
「……それは良かったです」
大事には至らなかったみたいだ。不幸中の幸い、それは良かった。
「いいかい? 俺が君に亡霊狩りへの助力を望んでいるのは、人を助ける力が君にあるからだ」
彼は一呼吸挟み、続ける。私は涙を拭き、彼の言葉を聞き続けた。
「改めて頼むよ。君に亡霊狩りを手伝ってほしい」
「…………どうして私なんですか。他にも能力の強い人はこの世の中に沢山いますよ」
私の言葉を受け取り、彼は長めの沈黙を挟んだ。その理由は、彼の口から語られる言葉によって明らかとなった。
「本当はもう少し後で話すつもりだったけど、今話す。君の能力は今、世界中から狙われている」
あまりにも唐突な内容で、驚きと言うよりも疑問が私の頭に浮かんだ。『世界中から狙われている』?
一体どういうことなのか。
「君は『能力狩り』という存在を知っているかい?」
「……いいえ、初めて聞きました」
「だろうね。能力狩りというのは世界有数の稀有な存在。『人の能力を奪うことの出来る能力を有する者』それが能力狩りという存在だ」
「そんな人たちから、私の能力が狙われている、と」
「そういうこと。だから俺たちが君を保護する名目で、君の力を是非とも亡霊狩りに利用したいというわけさ」
少しの間、私は黙っていた。状況は大体理解できた。私は今危険な状況に置かれていて、彼ら亡霊狩りはそんな私を保護しようとしてくれている。もちろん、この力を利用したいという気持ちもあるみたいだが。
私の考えを促進するように、彼は言う。
「君は今後、生きている限り狙われることになる。そしてそれは、君と同時に君の周囲にいる人間も危険に晒されるということだ。マイさんやユウナさんのような被害者が、また現れてしまうかもしれない。でも、俺たち亡霊狩りならばその可能性を大きく減らせる。俺の言いたいこと、わかる?」
私の脳裏に、マイとユウナのバラバラになった体が浮かんだ。酷いとか惨いとかいった言葉じゃ、決して表すことのできない、あの姿。
一生忘れることはできないし、しない。そして私はこの記憶を未来まで継承していく。二度と同じことが起こってしまわぬように。
「……わかりました。亡霊狩りに協力しましょう。でも、私の能力は自分でも扱いに困ってるんです。上手く扱えるかどうか……」
「その点は安心していいよ。俺やミツハたちがまごころを込めて君にレクチャーするからね」
彼は微笑みを浮かべ、私を拘束していた鎖を解く。
「悪かった。君を拘束していたのは能力の暴走を懸念してのことだった」
「いえ、構いませんよ」
やっと自由になった身体で私は立ち上がり、彼と向かい合う。
彼は言った。
「そうだ。自己紹介がまだだったね。俺の名前は『御影 亮』。亡霊狩りの新人教育を主な仕事としている者だ。これからよろしく頼む、ミオ」
差し出された手を、拒むことはしなかった。
「ええ、こちらこそ」
御影さんが扉を開ける。外から差し込むLEDの光が、眩しかった。そしてその光に照らされる二人の人物。
ミツハさんとハルトさんが立っていた。
「どうやら、協力関係を結べたみたいだな」
「ミオ。元気そうだね。良かったよ」
二人とも、体の複数箇所に包帯を巻いているようだった。服の隙間からその様子が垣間見えた。
「ミツハさんにハルトさん……! お体は大丈夫なんですか?」
「おかげさまでな」
「私たち二人とも、心の底からミオに感謝してる。助けてくれてありがとうね」
「……! いえいえ、私の方こそ助けていただき、ありがとうございました」
私たち三人の間に、朗らかな空気が流れる。そんな様子を見て、御影さんは笑みを浮かべていた。
「それじゃ、三人揃ったことだし、行こうか」
「……どこへですか?」
「対亡霊犯罪専門組織本部。君に色々とレクチャーするのは、それからだ」




