悟りの聖女
貴族は血統が全てとは言うけれど。
残念ながら私の家族は違ったみたい。
ただのソラリア改め、ソラリア・フィアバート公爵令嬢。十八歳。先日までは皇都の教会で、聖歌隊に所属していた。いわゆる孤児だった。
そんな彼女がなぜ公爵令嬢になっているのか。
建国祭の日、教会で聖歌を歌ったあと、舞台から降りるときに、誤って足を踏み外し、階段から転げ落ち、公爵閣下の膝に乗り上げてしまったからである。
自分で言ってても意味が分からない。
でもそれが事実だから仕方がない。
多分だけど、公爵閣下改め、私のお父様の膝に乗り上げたとき、首に下げていたネックレスの指輪が見えたからなのではないかと思ってる。
指輪は、孤児院の前に捨てられていた私の、産着の中にあった物らしい。
この指輪のおかげで、私は孤児院の大人に大切に育てて貰えた。絶対に貴族の落胤だからと。
だけど、まさか、本当にそうだとは思わなかった。
しかも公爵家。男爵家でも子爵家でもなく。先祖を辿れば皇族に行き着く公爵家。
まあ、それは置いておいて、最初の思考に戻った。
この帝国では、貴族は血統が全てだと言われている。
正妻と側妻の子がいた場合、どんなに側妻の子が優秀でも、正妻との間の子が後継者として育てられる。
側妻の子では駄目なのだ。血統魔法が使えないから。
貴族の正妻はその家の魔法との相性で決められる。
貴族の子女子息は、幼少期から帝立魔法学園で、厳密な管理をされ、皇帝によって結婚相手を定められる。
だから、大抵の貴族は結婚相手に恋愛感情なんてない。結婚相手との子どもができたあとは、好きに恋愛し、側妻や愛人を持つ。
平民として育ったソラリアには理解不能な世界だ。
話は脱線したが、要するに、ソラリアは側妻の娘なんだなと思われるかもしれないが、それは違った。
ソラリアは正妻の娘らしい。
正妻の娘がどうして教会の前に捨てられる事態になったのか?
それが、フィアバート公爵家が血統主義ではない理由に繋がる。
ソラリアが現実逃避している目の前の光景。
一人の女性を囲んで、ちやほやしつつ、時おりソラリアに鋭い視線を向けてくる公爵家の人々。
公爵閣下と侍女と侍従と護衛と……多分、公爵家の従兄弟かなあ?
そんな嫌そうな顔で睨まれても、私にはどうしようもないんだけど。
「お前が私の娘だと主張してきたから、しかたなく迎え入れたのだ。ありがたく思い、目立たずに生きろ」
超絶上から目線で本当に意味がわからない。
そりゃ、貴方は公爵閣下で、平民として育った私にとっては雲の上の存在ですよ?
だけどそれが実の娘に対して向ける言葉と表情と態度ですか?
開いた口が塞がらない。そもそも、貴方が大事そうに肩を抱いてる女性は誰なの……?
私と同じ歳くらいに見えるけど。まさか愛人ですかね。
「ソラリア嬢。私、フィアバート公爵様に養女として育てられたルリアーデです。公爵様に後継者がいただなんて知らなかったの。ごめんなさい」
美しい笑顔が魔性の微笑みに見えて仕方ない。
養女ということは、公爵家とは赤の他人。側妻の娘ですらないということ。
彼女が何歳から養女として育てられてたのか分からないけど、正妻の娘である私は、公爵にとって邪魔な存在だったのだろうことだけは分かる。
私がいたら、赤の他人を養女にする必要はないから。そこから先は考えるのが怖すぎて知りたくないから、思考を閉ざす。
公爵家で疎まれながら生きるより教会に戻りたい。
「ルリ。お前が謝る必要など無いのだよ。お前は美しく優秀で、皇太子の婚約者でもある。胸を張りなさい」
もう好きにやってください。貴族の世界、魔境すぎる……。
「あの……私、修道院に入ります。お世話になりました」
こうして私は出家した。
ソラリアの名は、後世の歴史書に『悟りの聖女』として、残るのみである。その素性は謎に包まれ、天が遣わした使徒だとか、単なる農民の娘だとか、はたまた亡国の王女だとかも囁かれたが、誰も帝国の公女だと考える者はいなかった。




