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24話 メイドでない日常(前編)

 ルンドベリ包装店のカウンターでは、朝から店主が独りニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながら頬杖を付いていた。


 「アーネちゃん、わしクッキーが食べたいんじゃが」

 「どうぞどうぞ」

 「このまま午後もサボっちゃおうかのう」

 「たまにはお休みも大事ですわ」

 「わし、つまらん」


 商会連合会長のクリッタは、盛大にふて腐れていた。ここ最近、アーネにとって嬉しいことが立て続けに起こっているせいか、彼女の幸せゲージは振り切れている。何を言っても許されてしまうのが気に入らなかった。クリッタとしては、五月蠅いと言われつつ構ってもらうのが最大の楽しみだっただけに、面白くない日々が続いている。


 「まあ、仕方ないでしょう。ご自身の結婚が決まったばかりだし、新しい商売は順調で我々の商売を脅かす程に成長していますし」


 クリッタの賭友達、ケンプ商会社長のケンプはため息を付きながらアーネの横に設置された配送カウンターに目を遣る。そこでは新しく雇った従業員が目まぐるしく動き回っていた。ユニオンと提携した配送業務はすこぶる順調のようで、包装業務との相性も大変良いものだった。


 この商店街で配送提携をしていない店舗は大きく売り上げを落としているほどで、ケンプ商会としても無視することは出来ない。後発にうま味など全く無いのだが、既にユニオンと配送提携を結ばなければ商売にならない状態に追い込まれていた。


 「それに、あの子を養子に迎える事に決めたらしいじゃないですか」

 「ナナリちゃんか」

 「それはもう、事故以来猫可愛がりでしたからねぇ」

 「わし、寂しい」


 ナナリ本人にはまだ内緒だが、夫となるグラベルには内諾をもらっている。もちろん反対など全く無く、時期だけの問題が残った。結局、婚姻をすませた後に正式に養子として迎えることに決めたのが昨晩の事である。


 「んっふっふ」


 思い出し笑いをするアーネの姿に、老人二人の目は自然と細くなっていた。二人にとって孫のような存在のアーネだから、彼女が幸せになるのなら多少の不便は仕方ないかと諦める事にした。


 「まあ、わしはこのクッキーが食えるなら文句はないがな」

 「ああそういえば、今日私が食べたクッキー、変わった形でしたね。猫みたいな耳が生えていて、いつも以上に美味しかった」

 「あ、それ当たりですよ。よかったですね」

 「なっ、なんじゃとお、わしは知らんぞ!」

 「滅多に入ってないですから、当たれば幸運なんですよ」


 勢いよく椅子から立ち上がったクリッタの眼前に、耳つきのクッキーが突き出された。それは、珍しい砂糖を使ったナナリ特性のクッキーで、サクサク感をそのままに口の中でほろりと溶ける上品な味が特徴だ。

 ナナリが作るクッキーの中に、極稀に紛れており、噂好きの女生徒の間で『フォーチュン・ルンドベリクッキー』として爆発的な人気を博しているのだが、老人二人には知る由もなかった。

 フラフラとクッキーに伸ばされたクリッタの手をはたき落とし、貴重なクッキーはアーネの口へと消えていった。

 

 「はぁ、やっぱりわし今日はやる気が起きない」

 「不良老人ですね、クリッタさん」

 「おわっ」


 目を閉じてテーブルに突っ伏すクリッタの耳元に、可愛らしい少女のささやき声が届いた。跳ね起きてみれば、深緑色のワンピースを着たナナリが両手を後ろにくんで笑っていた。今はスタンピード家のメイドがいるため、包装店の手伝いをしている。今は主力商品になりつつあるクッキーの生産を任されている。


 「ナナリちゃん年寄りを脅かすと、殺人未遂で逮捕されると教わらんかったか」

 「初耳です」


 ナナリは笑いながらオレンジ色の包装紙にくるまれた包みを差し出した。はてと首を傾げて受け取っただったが、包みを開けた瞬間に破顔した。

 包みの中から黄色や紫、薄桃色といった様々な色の猫型クッキーが顔を見せている。


 「こ、こりゃあ…新作かのっ」

 「せっかくなので、いろいろな味があったほうが良いかなと思いまして」

 「パンプキンじゃな、これは」


 すでに口の中へと消えた黄色のクッキーの味を噛みしめながら、クリッタの指先は紫色のクッキーへと伸ばし、ケンプは横からつまみ上げた緑色のクッキーをしげしげと見つめている。


 ブドウ、イチゴ、ピーチ、オレンジ、マロンなど十種類はありそうな、色とりどりのクッキーを楽しげに頬張る老人達を呆れ顔で見ていたアーネだったが、ふと思い出したようにナナリの方へ体を向けた。


 「そういえばナーナ、今日は午後からじゃなかったの?」

 「アンナさんが優秀なので、私のやることがなくなっちゃいました。それに今日はメイループさんも来てますし」

 「ああ、そうだったわね」


 グラベルの所でメイドを管理する立場にあるはずのメイループが、何故か頻繁に訪れてくる。新しいメイドのアンナはグラベルのメイドから選抜された優秀なメイドだと聞いているが、まだ指導が足りないことがあるらしい。

 そうこうするうちに、新しく二人が派遣されてくるという。なんだか乗っ取られつつあるようで、最初は戸惑っていたが、皆幸せそうに働いているので、そのうち気にならなくなった。


 「まあ、いいんだけどね」


 みんな一緒に暮らした方が楽しいものねと、アーネは目を細めてナナリを見つめた。オリアナ号の事故があってから、ナナリは少し大人っぽくなった。

 以前はどこか不安を抱えた大人しい少女だったのだが、しっかりと居場所ができた事に安心したのか、ここのところ活発に動き回っている。

 唯一心配があるとすれば…


 「こんちはー」

 「あ」


 カラリと音を立てて入ってきたリオネルを見て、ナナリは頬を染めた。毎日毎日毎日、よくもまあ飽きもせず顔を出すものだと、さすがのアーネも呆れる。


 最初は電報を忘れた事への贖罪で来ているのかと思いきや、思い切りナナリ目当てであった。どこにそれだけのコネクションがあるのかというほど、日替わりでいろいろなネタを持ってきてはナナリに話している。そのおかげで、最近はナナリもリオネルの訪問を楽しみに待っているという始末。


  メイド業で忙しかったせいか全く異性に興味を示していなかったナナリだったが、その枷が外されたこともあって、世間の少女並になったということだ。しかし、もはや親としての目線で見てしまうアーネとしては、複雑な心境である。


 「ま、将来有望な子ではあるけどね。まだ嫁にはやらないわよ」


 しばらく居座るであろう少年と、老人二人と、かわいい娘のために紅茶を煎れるのであった。

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