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14話 サーカス!(中編)

 初日は5組の配送依頼、16個の包装依頼があった。

 配送依頼は少なかったが、露天の土産品をプレゼント用に購入する人が多かったらしく、包装のみを依頼するお客さんが予想外に多かった。


 「価格設定を間違えたかしら」

 「いや、適正だと思います。それに今日は大幅に増えますよ、多分」


 アーネの独り言に、ユニオンのハンスは空を見上げながら応えた。

 配送依頼の受注が伸びなかったのは認知度不足もあるが、大きな原因は『運ぶのは面倒だ』と思える条件整備が足りなかったせいだ。2日目の今日は露天も増えたし、大荷物では楽しめない移動遊園地も開園しているので、買い物需要が増加すると踏んでいた。

 そしてなにより、空は真っ黒に染まり今にも雨が降り出しそうな雰囲気なのである。

 「サーカスはテント内ですから、雨天決行でしょう。馬車に乗れる貴族は別として、そのほかのお客さんは、両手に荷物を持って帰らないといけないわけです」

 「傘もさせないと不便ね」

 「そこで、テントの出口に設置した配送サービスのチラシに目がいくわけです」

 「いつのまに?よく置かせてもらえたわねぇ」

 「座長さんへ差し入れたクッキー効果でしょう」


 初日の業務終了後、ハンスは先着50名用に用意したクッキーの余りを持ってしばらく姿を消していたのだが、上手いこと交渉の道具に使ったらしい。。

 こういった根回しや、ちょっとした工夫は大きく売り上げを左右することが多い。実際今日の立ち上がりは、昨日の2倍を超える勢いだ。


 (ふうん、経営センスがありそうな子だわ)


 アーネとしても将来提携するかもしれない相手は有能な方が助かる。その意味ではハンスは最有力候補だなあと思いつつ、もう一人の気になる青年の方へ視線を向けた。


 「ええと、そこの青いテントを右に曲がるとフィッシュ&チップスの屋台があるから、そこを―あ、ちょっとお婆ちゃん杖忘れてるよ杖!すみません、それでチップスの屋台の先に受付が―おいやめろガキ共、オレで木登りすんな」


 一組の夫婦を道案内しつつ老婆の手続きを手伝い、親とはぐれた子供達の面倒を見ているの青年、リオネルである。

 頼られるというより、なつかれているといった表現が正しいだろう。話しかけやすい無害そうな外見のせいで、老若男女問わず彼に話しかける人は多い。


 (経営センスは…無いわよねぇ)


 苦笑しながら、見ているとまとわりついていた子供の一人が、親の名前を呼びながら泣き始めた。


 「ハンス、悪い!ちょっとガキ共を案内所に連れて行くから仕事変わってくれ」

 「ああ、梱包作業?いいよ昼飯おごりで」

 「ちょっとまて、これは人助けだろ」

 「人生は厳しい、そして頼みごとには対価が必要だ」

 「ちくしょう給料前だってのに」


 (でも、どっちも楽しみなのよねぇ)


 アーネはニヤニヤと頬を緩ませて二人を観察していた。

 マーケティングに敏感で実経営に長けたハンスと、カリスマ性を発揮するリオネル、どちらがビジネスパートナーとして台頭してくるだろうかと想像が膨らんでいく。

 (あるいは、両方くるかしら)


 ハンスは、梱包作業と平行して仕訳作業を黙々とこなしている。それはリオネルが午後に行うはずの重労働だ。とても昼飯一食で割に合うとは思えない量を捌いているハンスは、きっとこう言うのだろう。


 『あれ、気付かなかったな。有能すぎるってのも考えものだね』


 この二人には、末永く仲良くしてもらいたいと思うアーネであった。



 †-†-†-†



 「さ、寒い、しぬ」

 「バカ、早く着替えろよ」

 「参った、予想よりずっと早いじゃないか」

 「降らないよりはマシだよ。もう少し弱い雨の方が良かったけど」


 突然の豪雨に当たり、ガタガタとふるえながらずぶ濡れの服を絞るリオネルに、ハンスは苦笑いを浮かべながらたき火に薪を突っ込んでいた。


 「これじゃ午前中は仕事にならないかな」


 あまり強すぎる雨は買い控えを引き起こし、配送を頼む人もいなくなる。加えて、どうせ濡れるからと包装の仕事まで減ってしまう。

 目論見が外れたと思案顔で外の様子を覗くハンスの目に、大きな傘がゆっくりと移動してくる様子が映った。


 「あ、リオネル」

 「ん」

 「急いでシャツを着た方がいいぞ」

 「は?」

 「あの、雨の中お疲れさま…で…ひっ!?」


 一瞬の静寂があり、その後ナナリの悲鳴は隣のテントにまで響きわたった。


 「全く、何があったのかと思えば」

 「すみません」

 「いや、俺の不注意が…ぶくしゅ」


 腰に手を当ててあきれ顔をしているアーネの前で、ナナリは萎れて頭を垂れ、リオネルは何度もくしゃみをしながらタオルで頭を拭いていた。


 「すぐに紅茶を入れます」

 「ごめん、助かる」


 震える両手でカップを受け取り暖をとるリオネルの肩に、大きなストールが掛けられた。ふわりとした肌触りの良いそれは、鮮やかなオリオンブルーをしている。びっくりして見上げた先に、ナナリが顔を赤らめながら視線を外しながら立っている。


 「これは?」

 「しばらく、お貸ししますので、どうぞ」

 「でも濡れちゃうよ」

 「風邪をひく方が心配ですから」

 「ありがとう、助かるよ」


 もとより断る理由もないので、ありがたく受け取ることにした。ほくほくと身も心も温まるリオネルだったが、若干挙動不審になっていた。ストールにくるまれていると、ほんのりナナリの香りが漂ってくるのだ。これは意識するなという方が無理である。

 

 (いや、まずいだろ、これは)


 そう思いつつも、手放すはずもなかった。ストールに埋もれたまま顔を赤らめるリオネルは、小一時間ほど休憩という名の桃源郷を彷徨うのであった。


 そしてサーカスは2日目の朝を迎えた。


 澄み渡る冬の青空は、ナナリの髪を思い起こさせる。

 ほうと白い息を吐き出し、物憂いにふけるリオネルの肩が叩かれた。

 振り返れば、10年来の悪友ハンスがそこに立っている。


 「なに黄昏れてんの」

 「うるさいな、晴れたから仕事が減るかなって心配してんだよ」

 「はは、どうかなぁ。まあ、仕事に関しては減るどころか筋肉痛になるほど忙しくなると思うよ」

 「なんでだよ」


 以前は、雨が降った方が需要が増えると言っていただろと反論すれば、だからお前は商売が下手なんだと笑われる。


 「昨日の大雨で来られなかったお客さん、途中で帰ったお客さん、予定はなかったけど快晴だから家族を連れていこうと思い立ったお客さん。来場者は増えるよな」

 「まあそうかもしれないけど、だからってみんなが配送を頼むわけじゃないだろ」

 「今日のメインイベントが何か知ってる?」

 「いや」

 「キリンだよ」

 「それが?」

 「鈍いねぇ、キリンは首が長いだろ」

 「ハンス、お前の話は凡人には難しいんだよ。わかりやく話せって」


 ハンスは時々話をはしょる。相手も同じ思考をしているのだろうと思って、結論だけ話すものだから、周りはついていけなくなることが多々あるのだ。それが原因でなかなか親しい友人が出来ず、今ではリオネルだけが唯一の理解者だ。


 「会場では、いろんな動物のぬいぐるみが販売されるだろ」

 「ライオンが一番人気だな」

 「あの雨でも凄い量が売れたらしい。そして今日からはキリンが一番だ」

 「そんなもんか」

 「するとどうなる、あの首の長さだぞ。はっきりいって持ち運びは不便、公演を観るにも邪魔だし周りからも苦情がくる」

 「なるほど、それで配送か」


 すでにテント前に『キリン、運びます』のチラシを置かせて貰ったという。ハンスの手際に呆れるリオネルだったが、アーネは逆に「良いマーケターになれそうね」と手放しで称賛していた。


 そんなやりとりを横目に、リオネルは頬を叩いて気合を入れ直す。


 「よし、やるぞ」


 昨日の失態を少しでも取り戻しておかないと、最終日の計画が台無しになってしまう。

 全ては、その時のために!

 心のなかで闘志を燃やすのだった。


 果たして、その日はハンスの予想通り多くの家族連れと富裕層が押し寄せてきた。いたるところでヌイグルミのキリンが長い首を覗かせ、午後の包装と配送は嵐のような忙しさに巻き込まれていくのだった。

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