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13話 サーカス!(前編)

 数年前から、この国ではサーカスが盛んに開催されている。

 特に北方領にあるブルゲス動物園のブルゲス動物調教サーカスが有名で、恐ろしい猛獣が調教師の鞭一つで鮮やかな芸を披露するショーは、老若男女を問わず人気がある。


 そしてアーネとナナリはといえば、公演会場であるメインテントのすぐ脇、いわゆる一等地にある臨時店舗で早朝ミーティングを行っていた。


 「ええと、包装チームのみなさん」

 「はい!」

 「忙しくなるのは午前・午後の公演終了後だと思います。それまでは、時間があれば他のチームを手伝ってください」

 「わかりました~」

 「あいよ」


 包装をお願いするのは、若い男女の組み合わせと、かつてグラベルのスーツを借りたアウル洋服店のおかみさんを含めた4人だ。若い男女の方は、接客能力よりも手先の器用さで採用を決めた。二人とも見とれるほど指が長く、研修でもすぐにコツを掴んで素早く作業をこなしていた。魔法のように包装紙を折っていく様は、アーネでもうらやましいと思ったほどだ。

 そして接客は、おかみさんとナナリの担当である。


 「ナナとおかみさんには、接客と金銭管理をお任せします」

 「任されたよ。ナナリちゃんよろしくね」

 「あまり慣れていないので、色々教えてください」

 「あんたの器量なら、放っておいても男共がホイホイ寄ってくるさ、安心しな」

 「いや、そういうのはちょっと」

 「あはは」


 おかみさんにバンバンと背中を叩かれているナナリの格好は、いつもの濃紺ではなく伝統的なモノクロームのメイド服だった。


 一般的にメイドの恋愛は禁止している家が多いせいか、ここ最近労働者階級においてはメイドに対する妄想と人気が高まっていることを知っていたおかみさんが、アーネに強く進言してきたのだ。要するに、客寄せである。


 その効果は意外と大きいようで、開店前からナナリに対してチラチラと熱い視線を送ってくる来場者がいる事を、アーネは気づいていた。


 (変な事に巻き込まれないように、ナイト君が護ってくれると良いんだけど)


 ちらりともう一つの集団に視線を向けると、この国の人にはなじみ深い郵便配達の制服を着た男達が視線を返してきた。


 「それで、ユニオンさんのほうですが…リオネルさん聞いてます?」

 「あ、はい、いいですね!すごく、可愛らしく―あ、すみません、えっと何でしょう」

 「しっかりしてください。そちらの仕事一番重要なんですよ」

 「も、もちろんです、俺頑張りますからっ。我々はユニオンの代表ですから!」


 ユニオンメールは国営の郵便会社であるが、政策で小包配送部門は別会社として会計分離される予定がある。そのため新たなビジネスチャンスを窺っていたのだが、つい先日大株主であるラブール商会から『面白いビジネスの試験実験に付き合わないか』と上層部に話が持ちかけられたという。

 渡りに船とばかりに飛びついたユニオンは社内で希望者を公募した。


『ブルゲス動物調教サーカスでの配送サービス(パイロット版)』である。


 当初、殺到する応募者を醒めた目でみていたリオネルだったが、ルンドベリ包装店とのコラボレーションイベントだと耳した直後、あらゆる手段を使って同僚を押し退け、参加の権利をもぎ取ったのであった。


 果たして予想通り、そこにはちょこまかと愛らしく手伝いをする天使の姿があった。

 リオネルの視線は、固定されたまま微動だにしない。


 「ユニオンの皆さんがピークになるのも公演の合間だと思いますが、それ以外の買い物客からの注文もコンスタントにあると思います。需要が読めないので、初日はフル稼働でお願いします」

 「わかりました!!」


 惚けた顔でナナリを見つめるリオネルと違い、激しい倍率と厳しい面接をくぐり抜けたユニオン職員達の士気は高かった。この仕事が成功すれば新しいビジネスモデルとして新部門を任される可能性が高いのだから、皆が本気だった。

もっとも、リオネルもある意味誰よりも本気だった。努力の方向が人と違っていたが。



 その頃、包装チームでは慌ただしく準備作業が続いており、いよいよ販売開始まであと10分となると、ナナリはそわそわ落ち着かない気分で周りを見回していた。

 しきりに来場者の服装を気にしているようである。


 「私、浮いてないでしょうか」


 ぼそりとつぶやいた声を拾ったアウル洋服店のおかみさんは、一瞬きょとんとした顔を見せ、すぐにバシンとナナリの背中を叩きながら大声で笑った。


 「一番可愛らしいっていう点では、浮いてるかもしれないよ」

 「いや、綺麗な人達が一杯いますから、それはないです」

 「貴族なんて、庶民には関係ない世界さね。来場者の9割は中流以下なんだ。そんあ人達には豪華なドレスを身にまとった貴族と可愛らしいメイド娘、どっちが気になると思う」


 (当然メイドさんだよ!)


 作業をしながら二人の会話に聞き耳を立てていたリオネルは、心の中で力強く叫ぶ。

 

 「ほー。ああいうのが好みなのか、リオネルは」

 「ハンス!」


 心のつぶやきが、いつのまに口に出してしまっていたのかと顔を赤らめながら、話しかけてきた同僚を睨みつけた。ハンスとは入社当時からの腐れ縁で、仕事上のライバルだ。


 「しかし、人妻は良くないぞ」

 「は?」

 「ふくよかな体に埋もれたい、というのは男の本能ではあるけどな」

 「何の話だよ」

 「あのおかみさんが好きなんだろう?」

 「阿保か、お前」


 軽く胸に拳をたたき込むと、ゲホゲホとむせているハンスを無視して梱包材の搬入作業を再開した。



 †-†-†-†



 「あの、これどんなサービスなんですか?」

 「簡単に言うと、お買い物した荷物をご自宅までお届けするサービスですよ」

 「ママー、おかしー、おかしほしー」

 「ちょっと待って、ママおはなし中なの」


 最初の来客は家族連れだった。

 受付窓口に置かれた先着50組へのプレゼントであるクッキーをめざとく見つけた子供が、両親の手を引いて連れてきたのだ。

 おかみさんが手早くサービスの内容を説明してチラシを手渡している間に、ナナリは子供にクッキーの入った包みをプレゼントする。


 「お姉ちゃん、ありがとう!」


 いまやルンドベリ包装店のロゴマークにまで成長した『白猫』がプリントされた小さな巾着袋を手に、少女はクルクルと喜びの舞を披露した。

 ひとしきり踊り終わると袋の口を覗き込み、再び喜びの声を上げる。

 

 「私クッキー大好き」

 

 輝くような笑顔でクッキーを摘む姿を見ていると、ナナリまで嬉しくなってくる。

 

 「おいしい?」

 

 ところが、一口かじりついた瞬間、少女はピタリと動きを止めてしまった。

 そしてそのまま、隠すように巾着袋を胸に抱えて受付台の陰へと走り去ってしまったのだ。

 

 (あれ…もしかして、美味しくなかったかな。甘みが足りなかったとか)

 

 少女を追いかけるわけにもいかず、しょんぼりとしながら受付へと戻ると、おかみさんの説明が佳境に入っていた。

 

 「つまり、お買い物を沢山しても安心してショーを観られるってわけなのよ」

 「とてもいいわ。どのくらいの大きさまでお願いできるのかしら。注意することは?」

 「制限はないけど、大きさと重さで金額が決まりますよ。翌日配送になるから、生ものは止めた方が良いってことぐらいかね」

 「うーん、帰りにお願いしようかしら」

 「お待ちしてますよ」

 

  にこやかに笑ってチラシを手渡したところで、夫の方が娘の失踪に気がついた。

 

 「おや、アンナの姿が見えないが」

 「お嬢様でしたら、あちらに」

 

 ナナリがそっと指さすと、そこには背中を向けた少女の姿があった。

 どうやら少女なりに隠れているらしい。

  

 「アンナ、もういくよ。どうしたんだい、そんなところで…ん?」

 

 アンナの父親は、娘が手にしたお菓子に興味を抱いたらしい。それが今話題の『ルンドベリの猫』がプリントされた袋だとわかると、ひょいと娘の手から取り上げた。

 

 「美味しそうだな、お父さんも一枚頂くか」

 「あ!」

 

 少女が止める間もなく、クッキーは父親の大きな口へと消えていく。

 咀嚼音が続き、父親が驚いた顔で感想を述べようとした時だった。

 

 「なんだこれ、すごく美味―」

 「うわああああああん!」

 

 その鳴き声ときたら、広場にいた人間全員が振り返ったのではないかと思うほど轟音で、近くに居た思わずナナリは両耳を押さえてしまったほどである。

 少女は泣き叫びながら父親をぽかぽかと叩いた。

 ひたすら叩きながら、訴えた。

 

 「アンナのクッキー食べちゃったああああ」

 「あ、アンアごめん、でもお父さ」

 「おとうさんのバカあ、だいきらい、わあああん」

 

 これは厄介な事になった。

 誰もが心の中でそう思い、事態の収拾方法が思いつかないまま呆然と見守る中、奥でゴソゴソしていたナナリが少女の脇にかがみ込んで優しく頭を撫でた。

 

 「こんにちは、アンナちゃん」

 「おねー…ひっぐ」

 「お姉ちゃんのクッキー、そんなに美味しかった?」

 「うん…おいひぐ。アンナだいじに…うえぇ」

 「そっか、ありがと。お姉ちゃんとっても嬉しかったよ。だからお礼に良いものあげる」

 

 そう言って少女の目の前で花柄のハンカチを広げた。

 それはルクスブルーで老婦人から頂いたものだ。

 

 「これはね、お姉ちゃんがびっくりしたくらい美味しい、クッキーなんだよ」

 「お姉ちゃ…が?」

 「そう。とても素敵なおばあちゃんに教えて貰ったクッキーなの。食べて見たい?」

 

 コクリと頷く少女は、ひくひくとシャックリを続けていたが、もう興味の中心は新たなクッキーへと向いていた。

 老婦人から教わったレシピで、何度か試行錯誤してようやく出来上がったクッキーは、ナナリも大満足の出来上がりなのだ。

 香りだけでも食欲をそそるのだろう、少女がゴクリとツバを飲み込むのがわかった。

 

 ニッコリ笑ってクッキーの一欠片を少女の口へと運ぶ。

 

 「どうかな?」

 「あまい!おいしい!」

 

 少女は目を丸くしながら、ジッとクッキーを見つめている。

 ナナリは、ここが一番大事なところだと肝に銘じながら小さく深呼吸をし、少女と話を続けた。

 

 「これはアンナちゃんにあげる」

 「ほんとう!?」

 「でも約束があるの。ちゃんとお父さんとお母さんに一枚ずつあげること」

 「う、うん」

 「あとお父さんに嫌いって言っちゃった事、あやまるのよ」

 「う」

 「約束できる?」

 「わかった!」

 

 ほんのり頬を染めながらクッキーを受け取り、父親の頬にキスをして謝る少女を見ていたら、ナナリはきゅっと心が締め付けられるような寂しさに襲われた。


 (家族かあ…)

 

 ぼんやりその様子を眺めていると、ポンと頭に手を置かれる。

 そのまま、アーネの胸に抱き寄せられた。

 

 「よくやったわ、ナナ」

 「はい」

 「父親もショックから立ち直ったみたいだし、一安心ね」

 「はい」

 「やっぱり家族っていいわ…って、え!?ちょっと、どうしたのよ、ナナ?」

 「は、い」

 「はいじゃないくて」

 

 怒ったような、困ったような、優しいアーネの声、それは悪戯をして失敗した子供を慰める時声、ナナリの大好きな声だった。

 

 アーネにしがみついたまま、嗚咽で肩を震わせた。


 軽いホームシックのようなものだろうと、アーネは黙って胸を貸すことにした。

 様子を窺いに近寄ってくる男共を、しっしと遠ざけながら。


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