㉞〜㊶
㉞、㉟と続いて行くたびに、一回一回の時間が短くなっていく。話す内容も抽象的なものが多くなり、嫌でも彼女が弱っていくのがわかってしまう。
頬は前よりも痩けて、顔は土気色を帯びていた。それでも彼女は撮影をやめなかった。
㊴が、始まる……
『あはは、やっほー……こんな姿勢でごめんなさい。動画のサムネイルを見たら今入院何日目なのかすぐわかっていいですね』
『そうそう、なんかお医者様から臓器が弱っていってる? 的なことを言われたんですよね。なんか特に肝臓の機能が低下してるみたいな。まぁ、多分すぐ良くなります。私はこの通り元気いっぱいです』
『でも、もしかしたら撮影を続けられなくなってしまうかもしれないですし、今のうちに沢山話しておきたいですね。もしかしたら撮影禁止されちゃうかもだし』
『そうそう、ちょっと暗い話になっちゃうんですけど、思い出したんです。お礼と謝罪を言わないといけない子を』
『昔、小さな女の子の友達がいたんです。すごく、大切な友達です。家にもよく遊びに来てくれましたし、いつも一緒に過ごしていました』
『キッカケは完全に忘れちゃったんですけど、私、学校で虐められてたんです』
『それで、ある雨の日、私の教科書が水たまりの中に投げ捨てられてたんです。ご丁寧に傘までどこかに隠されてて』
『私、昔から体が弱かったので、雨に濡れるわけにはいかなくて。どうしようかなと思ってたんです』
『そしたら、自分のことでもないのに、焦ったその子がやってきて……』
『必死に水たまりから教科書を集めて持ってきてくれて……一緒に泥だらけの教科書を洗ってくれました』
『結局教科書は使い物にならなくなっちゃったんですけどね。でも、こんないい子がこの世にいるんだって思って。彼女の存在は、私の中で大きな救いでした』
『いつも、助けてくれてありがとう。いつも、すっごく嬉しかったです』
『でも、私のせいで虐めに巻き込まれちゃって……その子まで虐められちゃって……ほんとに、本当にごめんなさい……きっと恨んでたはずなのに、それでも最後まで笑いかけてくれてありがとう……』
『本当に、ごめんなさい。恨んでくれてもいいから、どれだけ罵声を浴びせてくれてもいいから……まだ会える内に、もう一回会いたい……』
『ありがとう、ごめんなさい』
『また……いつか、一緒に遊べたら……』
『今日は終わります。また明日』
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㊵
『今日もまた撮影していきます』
『今日は、いつもこっそりお菓子を買ってくれたおばあちゃんにです』
『いつも────で──────してくれて────』
『それで────』
『────────ですよね』
『ふふふ、あの人は本当に────────』
『────────』
『それでは、今日はここまでにします。バイバイ、またね』
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ついに、動画の尺は残りごく僅かになってしまった。その事実に、手のひらから嫌な汗が滲む。きっと、今回で最後になるだろう。そんな確信があった。
そして……㊶が始まる。今回は、やはり何か様子が違った。
寝たまま撮影していたのが、今回は上半身を起こしている。
その目は、どこか遠くを見ていた。達観するような雰囲気でじっとそこにいる彼女は、異質な空気を纏っている。
『こんにちは。今日も、撮影していこうと思います』
『なんだか、今日は少しだけ調子が良いんです。こうして調子が良い間に、この動画の編集も進めておかないとですね』
『今日は動画を撮り始めて何日になるのでしょうか。ぱっと見、1か月以上は経っていそうですね』
『今のうちに、一旦投稿してしまいましょうか…………ここ最近体調が悪かったんですけど、今日は頭もスッキリしていて体も軽い気がします』
『ではこの話もここまでにして、今日もまた始めていきましょう』
『今日は叔母さんに、お礼を言わないといけません』
『叔母さんは、私を、自分の子供のように可愛がってくれました。独りになってしまった私を引き取って……本当のお母さんのように、愛してくれたんです』
『すごくすごく、嬉しかった。何度も記憶を失くして迷惑を掛けてしまったのに、変わらず接してくれて』
『本当に、返しきれないほどの恩があります。どうすれば報いることができるのかわからないほどです』
『いつも見守ってくれてありがとう。この動画も、本当は止めたかったはずなのに、気づかないフリをしてくれてありがとう。大変なはずなのに、毎日ご飯を作ってくれてありがとう』
『私がリンゴが好きだと知って、普段食べないリンゴを冷蔵庫にストックしてくれるようになったのも……色んな気遣いが、全部嬉しかった』
『大好き、いっぱい、好き。どれだけ伝えても伝え足りないくらい好き。後で直接伝えたいけど、こうして動画に残しておけば……きっと何回でも、この気持ちを知ってもらえるから』
『だから、もし私が………………いや、これは言わない方がいいかな』
『ふふ、ごめんね。気にしないで』
『大好きだよ』
『せっかく今日は元気だし、ついでに今日は初投稿の記念日? でもあるからね。いっぱい気持ちを伝えていきたいな』
『あはは、この動画、投稿するんだって思うと緊張してきちゃった。実はね、昔からyo○tubeとかで配信したり、動画を上げたりするの夢だったの』
『でもお父さんに話したら、ネットは怖いから、そういうことをするなら絶対に相談しなさいって言われちゃって。お父さん、怒ってるかなぁ……』
『まぁ、お兄ちゃんは多分味方になってくれるだろうし、多分大丈夫でしょ!』
『ふふふ、みんなに会ったら、直接たくさん気持ちを伝えなきゃ。やっぱり、動画じゃなくて直接言うのが一番だよね』
『話が脱線しちゃった。この動画はお礼を言うためのものだから。あんまりこういうこと言い過ぎないようにしないと』
『今、お礼を言いたいのは、あのお友達だね。もう何回もこの話をしている気がするけど、すっごく大事な友達がいたの』
『あの子のおかげで、私はこんなに元気に生きてるって言っても良いくらい』
『もし貴女がいてくれなかったら、色々とおかしくなって、もう生きてなかったかもしれない。なんだか、貴女がいるおかげで、私も生きてて良いんだって思えたんだ。だから……ありがとう。すごく暗い感情だし、なんか重くてごめんね? 引いちゃった?』
『とにかく、いつも一緒にいてくれて……ありがとう』
『また会いに行くっていう約束、守れなくてごめんなさい』
『もし私のことをまだ友達だと思ってくれているなら……どうか、会いにきてください。私からはもう……行けそうにないから』
『あぁでも、私が今いる場所、わかんないよね? ほんと、あの時まだ携帯持ってなかったのが今になって……』
『どうしよ……どうやって伝えたら良いんだろ……うーん』
『あ、そうだ! Twitt○rだ! Twitte○使えば良いんだ。私のアカウントを作って、そこにDMを送って貰えば……変な人からも来ちゃう可能性あるけど』
『まぁ、これは多分大丈夫! 合言葉は……あ、そうだ! 私たちしか知らないあの子たちの名前を送ってほしい! えへへ、我ながら天才だね』
『じゃあ、Twi○terのIDは動画の概要欄に貼っておくね』
『えへへ、大好きだよ。また会えたら……嬉しいな』
『それでは、そろそろ動画も締めていこうかな。ここまでずっと見てくださった方、ありがとうございました。またいつか、私が元気になったら会いましょう。動画の撮影は……元気になったらまた再開します』
『どうかこの動画が……あの子に届きますように』
『じゃあみんな、バイバイ、またね』
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動画はここで終わっている。最後は呆気なく、突然であった。彼女は、今どうしているのだろうか……動画の投稿日は4日前だ。
最後は、だいぶ記憶が戻っているように見えた。それはきっと、良いことのはずだ。でも……何となく、彼女の様子が何かを覚悟したもののように見えて、あまり落ち着かなかった。
動画の再生数は5。これが悲しい現実だ。無名の人が急に投稿しても、伸びるはずはない。
私なんかが何かをしたところで、結果は大して変わらないだろう。でも……少しでも彼女の力になりたくて、衝動に任せてSNSアプリを開いた。
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もふもふのクラゲ@yura_kurage・0分前
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