⑨〜㉝
⑨が始まる。
『今日もまた撮影していきます! 動画、全部見返しました。なかなかに長いですねぇ。そういえば、お母さんに聞いた結果を報告すると言っていましたが、忘れちゃいました。ごめんなさい』
『もう一度聞いてみようとしたんですけど、昨日の話に出ていた写真が見当たらないんです。不思議ですよね。どこに行ってしまったのでしょうか。見たかったのに……』
『まぁ、気を取り直して! 今日もまた、感謝を伝えていきましょう』
『と言っても、何だか今日は頭がぼーっとして、あまり思い出せないんですよね……お母さんにでも言いましょうか。何だか直接伝えるのは気恥ずかしいですし、こういう機会に言っておかないと』
『いつか絶対、直接伝えます。だから今はここで言わせてください。いつも寝てばかりでだらしない私を、育ててくれてありがとう。いつ何を話したのかもすぐわからなくなるのに、私のお話を沢山聞いてくれてありがとう。ご飯を食べさせてくれてありがとう』
『大好き』
『直接言えるまで、待っててね』
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⑫
『や、やっほー。何だか、朝起きたらベッドの横に不思議なノートがあったので、こうして撮影しています』
『ええと、みんなに感謝を伝える動画? らしいですね。確認したら確かにスマホの中に沢山動画がありました。でもノートに動画は見るなって書かれてるんですよね、不思議です』
『それじゃ同じ内容とか間違えて話しちゃわないかな、と思うんですけど……うーん』
『まぁ、筆跡的に私が書いたものですし、きっと何か深い意味があるのでしょう! なんせ私は天才ですからね! 物忘れ激しいけど』
『てことで早速感謝の言葉を伝えていきましょう。そうですねぇ……あ、先に皆さんにペン子ちゃんを紹介しなきゃ』
『じゃーん! この子がペン子ちゃんです。昔スーツの人に貰ったんです! 羨ましいでしょ』
『あの人には沢山お礼を言わないといけません。いろんなことをしてもらいました。よくケーキとかお菓子とかを買ってくれた気がします』
『そうそう、いつもスーツを着てて、背筋がピンとしてる人なんです』
『それで────』
『──────だから』
『────してくれて、ありがとう!』
『てことで今日の撮影は終わりです。ペン子ちゃんが会いたがってるので、また遊びにきてね!』
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その後も動画は続いていった。
何度も何度も同じ口ぶりで同じことを話す彼女は、痛々しくてとても見ていられなかった。
でも、このまま撮り続けて行ったその先を見ないわけにはいかなくて、たまに深呼吸をして落ち着きながら視聴を続けた。
──まだまだ動画の尺は残っている。
そして㉑が始まった。
今回は、いつもと違いベッドで完全に横になっていた。顔色もいつもより悪い。
体を横向きにしてカメラを見る彼女の笑みは、いつもよりぎこちなく見えた。
『あはは、ちょっと体調悪くて……でも、なんか毎日ずっと動画を撮影してきた感じなのに、今日休むのは負けた気がして。今日もこんな形で撮影続けていきます』
『それに……今日は大事なことを思い出して……こんな日に休んでなんていられません。きっと、この動画を撮り始めた時も同じ気持ちだったんでしょうね。絶対に今こうして残しておきたいんです』
『私は、大事な友達がいたんです。本当に本当に、大切な……。顔も名前も、思い出せないんですけど……』
『小さな女の子で、いつも学校で一緒に過ごしてました。家にもよく遊びに来て……』
『彼女は、いつも私を庇ってくれました。当時、虐められていた私を、庇ってくれたんです』
『だから、巻き込まれて私と一緒に酷いことをされるようになっちゃって……』
『謝らないといけないんです。そんなことをしてしまったのに、こうして何もかも忘れてのうのうと過ごして……何て酷い人間なんでしょう。ごめんなさい……恨まれてて当然です』
『だからこうして、もう会いに来てはくれないんでしょう』
『本当に、ごめんなさい……』
『恨まれててもいいから、もう一度だけ……会いたい……』
『直接、謝りたいんです。だからどうか……もう一度だけ、会いに来てくれませんか……?』
『また仲良くして欲しいなんて言わないから、また会いたい……』
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㉒が始まる。変わらず寝たきりで、顔色は悪い。
『や、やっほー。こんな姿勢でごめんなさい。今日も撮影していきます』
『ある女性に、絶対に感謝を伝えないとと思って……』
『すごく、恩のある女の人がいるんです。昔よくご飯を作ってくれたり、いっぱい頭を撫でてくれたりしたんです。どういう関係だったのか、よくわからないですけど。お母さんじゃないのに』
『とにかく、沢山沢山良くしてくれたんです。だからお礼を言っておかないといけないと思って』
『いつも私のためにありがとう! どうか、私のことを覚えていたら、会いに来てください! 沢山、お礼が言いたいの!』
『また覚えていたら明日も撮影します。ばいばい』
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㉓、㉔、㉕と続いていく。
数字が重なるごとに、少女の顔色は悪くなっていく。口数も減っていき、どこか無理をして撮影しているように見えた。
そして㉝が始まった。
いつもと違い、枕のすぐ横にカメラがあり、顔がドアップで映っている。そのせいで目元の隈や血色の悪い唇がはっきりと見える。
『こんにちは、今日も撮影していきます。今日は病院からです。入院することになっちゃって……でも心配しないでください。私は元気いっぱいです』
『早く元気になってサクッと退院しないとですね。じゃないとみんな、私が病院にいたら会いに来にくいでしょうし』
『そうそう、今日はお友達にお礼と謝罪を言いたくて撮影してるんです』
『昔、学校にすごく仲のいい女の子がいたんです。学校を思い出す時はいつも隣にその子がいるんです……』
『きっと大親友だったに違いありません。そんな大親友を忘れる私は薄情者です』
『家でもいつも一緒に遊んでて、すっごく楽しかったんです……』
『でも、私が転校しちゃってから、会えなくなっちゃって……』
『お別れの日に、約束したんです。きっとまた会いに行くって』
『でも、お母さんに聞いてもわからないっていうの。だから、きっと私……会いに行けてなくて……』
『約束を、破ってしまってごめんなさい……。でも、やっぱりまた会いたい。また会って一緒に遊びたい』
『だから、もし私のことがわかるなら、また会いに来て欲しい……自分勝手なことを言ってしまってごめんなさい』
『沢山遊んでくれてありがとう。とっても楽しかった。そして、約束も忘れちゃってごめんなさい』
『また、会いたいな……』
『退院したら、お母さんに色々聞いて、会えないか試してみるね。また会えたら、昔みたいにいっぱい遊んでくれると嬉しい』
『じゃあ、今日の撮影はここまでです。明日も、覚えていれば撮影します。あ、お医者様にはちゃんと動画の許可もらってるから、そこは心配しないでね。ばいばい、またまたね』
画面が暗転する。一時停止して、水を飲むために立ち上がった。
動画の尺は、もう長くはない。