②〜⑧
暗転した画面に、②という字がでかでかと表示される。そしてしばらくして、再び動画が始まった。
『なんか、机にメモ書きがあったので読んでみると、なんと昨日から動画の撮影を始めたみたいですね。写真アプリを見たら私の動画があってびっくりです』
どうやら動画を編集で繋げたらしい。先程までとはまた画角が少しだけ変わっている。顔が近づいてきて動画が終わっていたことを考えると、何かにスマホを立てかけて撮影しているのだろうか。
『ちゃんと昨日の分を見返したので、何を話すのかはバッチリです! 安心してください』
まるで、先程の映像を撮った時のことは何も覚えていないかのような口ぶりで話す少女。だがその表情は明るい。
『まだまだ、沢山伝えたい言葉があるんですよ。まだ覚えている内に、沢山話しておかなくちゃ』
丁寧な話し方をしつつ、たまに言葉が崩れる様子は、彼女がまだ幼いことを強調する。頭を揺らしながら話すその様子は庇護欲を抱かせた。
彼女は気分良さげに語り始める。
『そうそう、 なんでこんなに元気なのかと言うとですね。さっきお母さんがりんごを剥いてくれたんですよ。りんごは至高の果物だと思います。食感からあの甘酸っぱい味まで全てが最高です』
『やはり食は人生を彩ってくれます。みなさんはカップ麺だけの生活とかしていませんか? 食事には気を遣ってくださいね。あ、もちろん私もカップ麺は好きですよ?』
『脱線しましたね。今日はある男の人へ向けてのメッセージです。あ、多分彼氏さんとかではないです。なんとなくですけど』
『なんだか、すっごくお世話になったことだけは覚えてるんです。具体的なことを思い出せないのは、私がポンコツすぎますけど』
『すごく昔のことだと思います。多分小学校かどこかでの話ですね。何か良くないことが起きて、その男の人が頑張ってそれを解決してくれた。そんなぼんやりとした記憶だけがあるんです』
『あぁ、ダメですね……なんでこんなに記憶が曖昧なんだろう。色々と、嫌になります』
『他にも、多分その人だろう記憶がいくつかあります。そう、昨日話した女性と一緒に、遊園地に行った記憶です」
『もう一人、他にも誰かが一緒にいた気がしますが、やっぱり思い出せないですね。まぁいいです』
『とにかく、その男の人も、昨日話した女性と同じように色々と私に良くしてくれました。お菓子をくれたり、勉強を教えてくれたり…………あぁ、思い出しました。一緒にクレープを食べに行ったりもしましたね。私が食べたいと強請って、連れて行ってもらって……』
『ごめんなさい、今日は記憶が全体的にあやふやで、なんだかうまく話せていない気がします。なんでなんでしょうね。こんなに記憶の欠片はあるのに、どうしても名前と顔だけが思い出せないんです……記憶にモヤがかかって……」
『ごめんなさい、ネガティブな動画にしてはいけないですね。これは感謝を伝える動画なんです』
『きっとこの人は、私を助けてくれた恩人。多分、小さい頃からずっと側にいてくれた、大切な人です』
『私を助けてくれて、ありがとう。こんな断片的な話じゃ本人もわからない気がするけど、もしそれは僕だ! と思った方がいましたら、私に会いに来てください!』
『なんだか、とても大きな恩がある気がするんです。だから、直接会ってお礼を言いたいんです』
『また、会えたら……昔みたいに一緒にのんびり過ごしたいものです』
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また画面が切り替わる。③の文字が表示されて、再び彼女の顔が映された。今度はカメラが物凄く近い。彼女の姿勢から察するに、手でスマホを持って撮影しているのだろうか。だがその視点は低めの位置にあり、彼女の膝の上からその顔を見上げているような角度だ。
『いつも同じような映像だとなんとなく面白くないですよね。せっかくなのでこうして撮影の仕方を変えてみました』
手で直接持っているからか、彼女が身動ぎするたびにガサゴソとノイズが入る。だが、それが逆に彼女を身近な存在として演出し、視聴者を惹きつけるものとなっていた。
少女はにこやかにこちらを見下ろし、また語り始める。
『今日は、小さな女の子へ向けたものです。昔、私とずっと仲良くしてくれていた女の子がいたんです。なんだか、学校のことを思い出す時はいつも隣にいるんです』
『きっと私の大親友だったに違いありません。そんな親友を忘れてしまう私は薄情者なのでしょう』
『昔はよく私の家に遊びに来ていた気がします。すごく楽しかったですね。今思えば、なんだかスキンシップが激しい子だった気もします。なんとなく擽ったかったことを思い出しました』
『また、一緒に遊びたいなぁ。私が忘れてしまったから、もう遊びに来てくれなくなったのでしょうか……』
『ごめんなさい。もしまだ私のことを覚えてくれているなら、一度でいいからまた遊びに来てね!』
『沢山遊んでくれてありがとう! すっごく楽しかった。また会えたら、ちゃんと謝らせて欲しい。忘れてしまってごめんなさい。仲直りして、また一緒に遊べたら嬉しい』
『あ、お母さんがご飯だって。じゃあ、また覚えていたら明日も撮影します。またね!』
画面は再び切り替わっていく……
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⑦、そう表示されてまた少女の姿が現れる。でも、いつもと様子が違った。
今回も手にスマホを持っているようで、彼女との距離が近い。だからこそ、その表情が余計にはっきりと見えた。
いつもは笑顔で撮影を始めていたのに、今回は酷く暗い顔で、その頬には涙が伝っていた。
『私は…………最低な人間です。自分の家族すら忘れてしまうクズです』
嗚咽の声を漏らしながら、震えた声でぽつりぽつりと溢す少女。
『私は、なんでこんな人間に、なっちゃったんでしょう……』
懺悔するように纏まらない言葉を口から漏らしていく彼女は痛々しく、脆く見えた。
『お母さんも……お兄ちゃんも…………お父さんも……みんなのことを、忘れて……』
『ごめんなさい……ごめん、なさい……』
『こんな娘でごめんなさい…………こんな妹で、ごめんなさい……。引き取ってくれた叔母さんにも、迷惑を掛けてばっかりで……』
『なんで、大切な人のことばかり忘れちゃうの……?』
『こんな人間でごめんなさい……』
その後もしばらく、錯乱した様子で懺悔する姿が映されていた。
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⑧が始まる。
今度はまたいつも通りの笑顔だ。先程のことが夢だったかのように、ニコニコとカメラへ笑いかけている。そして今回もまた上機嫌で語り出した
『えへへ、今日はお母さんがりんごを剥いてくれたんですよね。やっぱりりんごは至高の食べ物です。みなさんもカップ麺ばかり食べてないでりんごを食べましょう』
『そうそう、動画を全部見返したんですけど、昨日の動画何があったんでしょうね? お母さんが何とかって言ってたけど。毎日見るお母さんのことなんて忘れるわけないのに』
『何か悲しい動画でも見て変な風になってたんでしょうか』
『なんだか取り乱しちゃってて恥ずかしいです……でも今はこの通り元気いっぱいです! 心配しないでくださいね!』
『そうだ、今日はいつもスーツを着てるカッコいい男性のことを思い出したんです! なんだかいつもスーツを着てる人なんですよねぇ』
『顔は相変わらず思い出せないんですけど、背筋がピンとしてて、カッコいい人でした。あ、ちょっと待っててくださいね』
珍しく、ベッドから這い出して画面の外へと歩いていく少女。なんだかんだでベッドから出た姿はこれが初めてだ。
しばらく物音がしたと思えば、すぐに少女は戻ってきた。
その手には大きなペンギンのぬいぐるみが抱えられている。再びベッドの上でいつもの姿勢を取ると、手にしたペンギンを見せびらかすようにカメラに近づけてくる。
『じゃーん。ペン子ちゃんです。安直な名前だと思いました? でもタグにペン子ちゃんって書かれてるんですよね。だからペン子ちゃんはペン子ちゃんです』
『そうそう! この子をプレゼントしてくれたのも、そのスーツの男性なんですよ! スーツさんは一体何者なんでしょうか。思い出せないですけど、きっとすごくイケメンだったに違いありません』
『今でもペン子ちゃんはマイベストフレンドです! スーツさん、ありがとう! てことで、もしペン子ちゃんに見覚えがあれば、ぜひ私に会いに来てね! ペン子ちゃんも会いたいって言ってるから』
『そういえば話は変わりますが、今日部屋を探検? 探索? してみたんです! そしたら机の中から知らない女性とのツーショット写真が出てきたんですよね。この人誰なんでしょうか? お母さんに少し似ている気もします』
『他にも何枚か写真が出てきたんですけど、みんな知らない人だったんですよねぇ。あとでお母さんに聞いてみようと思ってます! てことで、忘れてなければ明日結果を報告しますね』
『ではまた、覚えていたら明日も撮影します! またね!』