04.長い道のりになりそうだ。
「シエロは砂漠にあるオアシスを中心に発展した国よ。森はないわ」
「......ということはどこか別の場所なんでしょうか」
あの光が原因なのは間違いない。しかし、あれは魔物がやったのか? 何のために?
とりあえず、周囲にさっきの魔物はいないようだ。少し安心した。
「森を抜けたらわかるかも。行きましょう、姉さん」
「ええ、そうね」
そうして歩き出そうとした瞬間。
何か固いものが降ってきた。
僕に。
「痛!!」
「大丈夫!?......ってそれは」
頭をさする。ああ、これはたんこぶになる...しかし角が折れなくてよかった。
折れるのか知らないけど。
そんなことを思いながら、落ちてきたものを確認する。
「何これ、本?」
「それ、貴方がよく持ち歩いていた魔導書だわ。もしかしたら、それがここへ導いたのかも」
「でも僕、さっきまでこんなの持っていませんでしたよ。それにこれ、開かないし」
「それは魔力を注がないと開かないわ。魔導書だもの」
うーん、と頭をひねる。どうやらこの本が原因なのは確からしいが、なぜここへ移動したのか、この本がどこにあったのかは、姉さんにもわからないらしい。
とりあえず、僕のものらしいので、持っていくことにする。
あらためて、森を抜けるために歩き出した。
真上まで枝が通っており、少し薄暗かったが、時々差し込む木漏れ日がきれいだ。
人か動物が通るのだろう、獣道になっていて、僕たちはその道なりに進む。
「姉さん」
「んー? なあに」
木の根や草に足を取られないよう気を付けながら、気になったことを聞いてみた。
姉さんは僕の少し前を歩いており、振り返らずに返事をする。
「僕ってどんな人だったんですか?」
「んー、真面目で、甘いものが好きで......あと、星も好きだったわね」
「星?」
「そう。夜なんか望遠鏡にしがみついて、いつまでたっても寝ないんだから」
「ふうん」
星か。自分のことを聞いてもやはり他人の話を聞いているような心地になる。
僕はどんな気持ちで星を見てたんだろう。望遠鏡からは、何が見えていたのかな。
ー
(ねえ......)
ん?今何か。
(ねえ、あの星はなんていうの。まじゅつしさん)
(あれはあまり星とはいわないが...月というよ。キミと同じだ)
幼い僕が、誰かと話している。
記憶、だろうか。
(おなじ?ぼくの名まえは月じゃないよ)
(いいや同じさ。だってキミは『月夜の使徒』だろう?)
月夜の、使徒......?
なんのことだろう?今の人は誰......魔術師っていってたけれど。
もやがかかっていて、思い出せそうなのに、つかめない。
ー
「......エディ、聞こえてる? 大丈夫?」
「あ、えっと。大丈夫です、なんでもない。ちょっと考え事してました」
「それならいいけど。見なさいエディ、抜けたわよ」
いつの間にか森を抜けていたらしい僕たちの目の前には、広大な草原が広がっていた。
少し高い場所にあるのか、青空が近く、遠くを見下ろすことができる。
「やっぱり、ここはシエロではなさそうね。国の外に出たことないから、どこかわからないけど」
「あ、姉さん。あそこに村のようなものが見えます。人に聞けば何かわかるかも」
「確かにそうね......ではあの村を目指しましょうか」
丘を下った少し向こうに、村を見つけた。間違いなく人はいる。
ならばそこにいる人に聞くのが早いだろう。
シエロがどうなったか気になるし、早く戻らないと。
ー
丘を下り始めて数分。さっき見たときは近そうに思えたが、これが意外と遠い。姉さんに抱えてもらって飛ぶこともできるが、さすがに恥ずかしいので緊急事態以外は遠慮したい。それに、姉さんにあまり負担をかけたくなかった。
しばらく歩いてると、姉さんがあたりを見渡し始めた。
「エディ、何か聞こえない?」
「?」
立ち止まって、耳を澄ましてみる。風が草をなでる音、鳥のさえずり、人の声。
静かで、体全体で自然を感じている気がする。とても気持ちがいい。
ん? 人の声?
「おーーーい!」
聞こえた! 上からだ。空を見上げると、誰かがこちらに手を振りながら近づいてくる。
翼がある。ペガサスだろうか。
逆光になっていてよく見えないが、なんだかシルエットがすこしおかしいような......。
ドスッと勢いよく降り立ったその人物は、スムーズに翼をたたむと元気よく話しかけてきた。
「やあやあ君たち! 見ない顔だねー! どこから来たの??」
すごいのが来た。
「初めまして、私はルーン。こちらは弟のエディよ。シエロから来たわ。あなたは?」
勢いに押されて思わず黙ってしまったが、機転を利かせた姉さんが答えてくれた。
まあ、勢いもあるんだが、僕は何よりその人の容姿に驚いていた。
「シエロ、あんまり聞いたことないけど......とりあえず、ルーンさんにエディさん! よろしくねー!!ボクはアリスだよ! それにしても......珍しい翼だねえ。君たちって純血種なの??」
僕たちの翼は雨覆が紺色、風切り羽根が薄い青緑の二色構成だ。
ほかの人の翼をあまり見たことがないが、珍しいのだろうか。
「えっと、姉さん。そうなんですか?」
「いいえ、その言葉は初めて聞いたわ」
アリスと名乗った少年は、僕たちの周りをぐるっと一周して観察した。
どうやら姉さんも知らない様子。というか、まず彼の姿が僕たちと違った。ペガサスではなさそうだ。両脚が鳥の足みたいになっている。それに耳の形も違うし、その耳の後ろからも羽根が生えている。
「えー?でも翼が生えてるし、人間じゃないよね??じゃあやっぱり混血種なのかなあ」
困惑する僕たちをよそに、アリスはどんどん知らない単語を羅列する。いや、人間は違うか。シエロにいたかは知らないけど、言葉は知っている。
「僕たちは人間じゃなくて、ユニコーンです」
「ゆに、こーん??なにそれ、初めて聞いたよ!......まって、もしかしてシュトルネーヴ出身? クランディアを偵察しに来たの? 怪しいぞ!!」
そろそろ収集がつかなくなってきた。どうやらなにか勘違いをしているみたいだし、これ以上新しい言葉が出てきたら、頭がパンクしてしまいそうだ。
「アリスさん。すこし落ち着いて。ゆっくり話していただける?」
姉がストップをかけてくれたおかげで、彼ははっとした様子で改めて話し出した。