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02.現実は衝撃的すぎて



「......貴方、自分がどうしてこの部屋にいるのか、わからないでしょう?」



それ、私のせいなの。

彼女はそう言って、目を伏せた。



一瞬、言っている意味が分からなかった。

どこか申し訳なさそうな表情を見て、だんだんと理解する。


僕が記憶喪失なのは、彼女に原因がある。

しかしそれは、具体的にどういう意味を表しているのだろう。



何かの比喩表現? それとも物理的に?



彼女は、人を殴って記憶を飛ばすような、バーサーカーには見えないが。

......ひょっとすることも、いや、ないか。



「それは、どういう意味ですか?」



不安でどんどん変な方向へ行く思考を追い払って、意味を問う。

すると、彼女は先ほどよりも少し落ち着いた様子で、口を開いた。



「まず、自己紹介からね。私の名前は、ルーン・......いえ、ルーンよ。そして貴方の名前は、エディ。私の実の弟よ」

「弟......そうだったんですね。でも、どうして僕はそのことを知らなかったんでしょうか?」



普通じゃない。姉弟であれば、名前くらいは憶えているはずだ。

本当に僕は、彼女の弟なのだろうか。



「それについては、説明するわ」



そう言って、彼女――ルーンは、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。



「この国で、少し大きな事件があったの。私たちは、その場から逃げて、この部屋に隠れた。“シエロ王国”っていうのだけれど。とっさに隠れたから......この部屋については、私もよく知らないの」



シエロ王国というこの場所で大きな事件が起きた。

僕たちはその被害者というわけか。


しかし、この部屋をよく知らないというには、すこし疑問が残る。



「あの肖像画は?描かれているのは僕と貴方ですよね?」

「そう、みたいね。私は......初めて見たわ。知らなかった! こんなものがあるなんて」



明らかに動揺していた。手の甲をさすり、あちこちへ視線を逸らす彼女は、どうみても怪しい。すべてが嘘だとは言わないが、本当だとも思えない。



彼女は、信頼に値しない。



しかし、確実に言えるのは、僕よりもはるかに状況を理解しているということ。



「それで、ここで夜を明かしたのだけれど。えっと......エディが寝付けかったから、私が睡眠魔法を使ったの。けれど私、得意じゃなくて。きっと、魔法の効果が完全に解けなかったんだと思う。今のあなたは、一部の記憶が、眠ったまま。本当に、ごめんなさい」


記憶の一部が眠ったまま。要するに、記憶喪失。

今の僕の状態を的確に表す言葉だ。


目覚めてからずっと感じていた違和感は、きっとこれだった。



罪悪感に押しつぶされそうな顔をした彼女は、俯いた。

真実は隠そうとするのに、なぜそんな顔をするのか。


分からない。



「でも、それは僕のためを想って、使ってくれたんですよね。なら、貴方だけのせいではないと思います。」

「......ありがとう」



彼女は、俯きながら静かにうなずいた。

長い髪が前に落ちてきて、顔が見えなくなる。


しばらく沈黙が続いたが、彼女はふと思い立ったように顔をあげた。



「でも、心配しないで! きっと、すぐ治ると思うし。わからないことがあれば、私がちゃんと説明するわ」





まさかこんなことになるとは思っていなかった。

魔法が、エディの記憶に影響するなんて――


これは、私の責任。


“すぐに治る”なんて言ったけれど、本当は分からない。

けれど、真実を伝えるわけにもいかない。


今の彼では、受け止めきれない。

だから、どうしても――隠し通すしかなかった。





「ルーンさん。いくつか、聞きたいことがあるんですが」



今の状況を簡単に理解したうえで、気になることがあった。

これまでのことを辛そうに話す彼女に、さらに聞いていいものか、迷ったけれど。


しかし返答は、少し予想外なものだった。



「ちょっと、エディ? さん付けなんてよしてちょうだい。姉弟なんだから、もっと気楽にいきましょう」



どうやら僕の呼び方が気に入らなかったらしい。

たしかに、本当に姉弟であるなら、さん付けはしないだろう。


しかし、どうしたものか。

今の僕は姉弟間での呼び方を知らない。



「そうですね。僕は普段、何て呼んでいました?」

「姉......お姉ちゃん♡だったかしら」



「......」



絶対嘘だ。これだけは断言できる。

そして体があまり呼びたがらない。なにかありそうだ。


色々考えて、一番当たり障りのなさそうなものを考える。



「遠慮させていただきます。姉さん」

「ふふ、残念」



意外にも彼女は、さっと受け入れた。

姉さんの印象が、少しだけ変わった気がした。



「それで、何を聞きたかったの?」

「ああ、そうでした。さっき言っていた事件について、詳しく知りたいんです」



事件、というと姉さんは少し表情を引き締める。



「この国では、ずっと国王陛下と王妃様が平和を守っていたの。でもある日突然、普段はおとなしい魔物たちが押し寄せてきて。街は壊され、人々は散り散りに逃げだした。この部屋に隠れてから、外には出ていないの。だから、今どうなっているのかは、私にも分からない」



想像以上に、深刻な状況らしい。


普段はおとなしいというその魔物は、なぜ国を襲ったのだろうか。

国王陛下と王妃様は、無事なのだろうか。


この静かで暖かい空間の外は、どんなに荒れているのだろうか。



想像もつかない。




「あと、魔法についても聞いていいですか?」



先ほど、眠らせるために使ったという、魔法。

魔物と響きが似ているが、どういうものなのか。



「ええ、魔法っていうのは、私たちユニコーン特有の力よ。でも、私たちには翼もあるから、ペガサスの力も持っているの」

「......ユニコーン? ペガサス? え、僕も?」


「そうよ。簡単に言えば、ユニコーンは魔法、ペガサスは翼。両方を持っている私たちは翼のあるユニコーン、と思ってくれればいいわ」



確かに姉さんにも、鏡で見た自分にも、角や翼、さらには尻尾までついていた。

何かの動物だろうとは思ったけど、それらは初めて聞く生き物だ。



「ユニコーンの角には、魔力が宿っているの。この魔力を使って、色んなことができる。例えば、そうね――」



彼女は近くにある小さなクッションに手をかざし、ふわりと浮かせてみせた。

宙を漂うクッションには、どこからも支えがない。


ふと姉さんの角を見れば、全体がぼんやりと光っていた。



「これが、魔法......」

「そう。もちろん、貴方もユニコーンだから使えるわ。でも、今は感覚が分からないでしょう?」



ここではじめて、自分の角を手で触ってみた。

視界には入らないため、不思議な感覚だ。それに、意外と固い。 


しかし、角を触ったり、目を閉じたりてみても、何も感じることができなかった。

面白そうだと思ったけれど、今すぐには出来なさそうだ。



「他に、何か聞きたいことはある?」



知らない言葉については、だいたい聞くことができた。

魔物については、外に出た後でもいいだろう。



そういえば――



「あの扉、開かないんです」



すっかり忘れていたが、あの扉、びくともしなかった。

不思議な仕組みか、僕の力不足だろうと、後回しにしていた。


外が危険だと知った今、開ける必要があるかは分からないが。



「それは、私が魔法で鍵をかけたからだわ」



魔法とは、そのような使い方もできるのか、と感心する。

たしかに、外が脅威に満ちているなら、鍵をかけるのも当然だ。


「外に、出ますか?」

「そうね。危険だけれど、外の様子を確認するのも義務だと思うし......行きましょうか」



......義務?



「姉さん、今なんて――」


「何でもないわ! さ、鍵を開けましょう」



姉さんは話を切り上げるように立ち上がると、扉の前へと歩いていく。

義務って、なんだろう。僕に隠していることと、関係があるのだろうか。


少し遅れる形で、姉さんの隣に立つ。



「それじゃあ、行くわよ」


「......お願いします」





ルーンは、静かに右手をかざす。

魔力を、角から全身に巡らせるイメージを思い描いて。

漂う意識の中で、“そこ”にある鍵を探し出し、そっと掴んだ。


角から出る光が、一層強くなる。


カチリ、と小さな音が響き渡った。



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