銀の彈丸
〈葛餅の黃な粉に咽る戲作者よ 涙次〉
【ⅰ】
カンテラと悦美、君繪は川の字になつて寢てゐた。悦美、君繪が寢鎮まるのを見計らつて、カンテラ、寢處をカンテラ外殻に變へた。
と、外殻の傍らに、或る者の氣配を感じる。所謂「狼狂」の、然も女だ。毛むくじやらの顔が、女の躰に載つてゐる。
* 「一心堂」主の、あの女。女は一名を桝本千代と云つたが、それはカンテラの知るところではない。たゞ、「死に切れないのだな」、とカンテラは思つた。
千代は、幽冥界を漂ふ、亡靈と化してゐた。あの一夜、をカンテラは思ひ出す。共に寢た仲ではあつたが、今の愛剣、傳・鉄燦を奪つたのだ、俺は。あの女を俺は斬つた。妖刀・鉄燦の聲に従つて...
* 当該シリーズ第45話參照。
【ⅱ】
テオにはその話はしたのだつたつけ。まあいゝ、俺は眠い。寢るとしやう。
翌朝テオに打ち明けた。「あの『狼狂』の女が、來た。タロウが吠えなかつたのは、彼女が完全に魔界へ墜ちてゐないからだらう」
「狼人間には、銀の彈丸が効くらしいですよ」-「銀の彈丸ね。何処かで賣つてゐる、と云ふやうな物ではないな」
あの女、俺に怨念を抱いてゐるのは間違ひないが、さては鉄燦を取り返しに來たか-
【ⅲ】
(パパ-)(君繪か?)(さうよ。『狼狂』の女の人の話、聞いてゐたわ。パパ、命を狙はれてゐるのね?)(だうやらそのやうだ)(銀の彈丸なら、わたしがサイコキネシスで入手出來るかも知れない)...
その夜も、狼狂の女はやつて來た。ぢつと、カンテラの籠る、ランタンに見入つてゐる。これでは幾ら何でも、氣にならないと云ふ方が可笑しい。「南無Flame out!!」。カンテラは堪らず實體化した。すると、女は消えた。
ふと、君繪を見る。掌に何か握つてゐる。一心に眠つてゐる彼女には惡いと思ひつゝも、カンテラはその掌をこぢ開けた。銀の彈丸だ。
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〈むうむうと氣難しきは我が生まれ今日を生きるも昨日の消えて 平手みき〉
【ⅳ】
テオが氣を遣つて、その話を牧野にしてくれてゐた。カンテラには拳銃は使へない。
牧野はピストルを隠し持つてゐた。いつかこいつを使ふ時が來るだらう、さう牧野は心に期してゐた。「それを使ふのは、今だな」とカンテラ。テオ「フルくんに云つてみませう」
それでカンテラさんの身を守れるなら、と牧野は云つた。またも夜、銀の彈丸は一つしかない。「狼狂」の女が三度、吊り下げられたカンテラ外殻の下に立つ。
「プシュッ」サイレンサーのお蔭で、銃聲はそんなものであつた。心臓を射拔かれた「狼狂」の女、斃れた。「ぐ、ぐ、刀...」と云ひ殘して。遺體は幽冥界を脱した証拠に、その場にごろんと轉がつてゐた。消える事無く、轉がつてゐた...
【ⅴ】
「やはり鉄燦を-」カンテラ、余りの妄執に、聲も出ない。だが、自分はその妄執に見合ふだけの事を、しでかしたのだ。
取り敢へず、牧野には当面の小遣ひを渡した。カンテラ、牧野を飼つてゐて、正直、こんなに「良かつた」と思つた事はない。だが、「拳銃は最後の武器だ」(『忍者部隊月光』、だつたかな?)。やはり自分は刀を揮ふしか能がない。密やかに、五月の曉けの光が差して來た、カンテラ事務所であつた。
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〈辰雄忌の震へを嗤ふバイク子か 涙次〉
ほんのインタールードと云ふには、重い話になつた。だが、カンテラは最早「殺人マシーン」ではない。然も、千代が彼の睡眠を妨害しても、それはカタの付く前歴ではないのだ。私(作者)も眠い。短いが、お仕舞ひとしやう。