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見知らぬ2人の男

(今、私の名前呼んだ…よね?)

 どこからか聞こえた自身の名前。しかし呼んだであろう声の主が分からず、その場でキョロキョロと辺りを見渡す芽衣。だが前にも後ろにも、見た限りではそれらしき人物は確認出来ない。


(確かに聞こえた気がしたんだけど…幻聴かな)

 数秒見渡すも発見出来ず、芽衣は小首を傾げつつ前に向き直った。

 もしかしたら気のせいかもしれない。そう思い直し、正門に向けて歩みを進めようとした時。


「芽衣ちゃん、こっちだよ」


 再度呼びかけられ、思わず立ち止まる。

 先ほどよりもはっきりと耳に届いた低い声。気のせいだろうか、その声は先ほどまで見ていた人だかりから聞こえたような。

(やっぱり幻聴じゃない…でも男の人の知り合いなんていたっけか…)


 疑念を抱くものの、やはり気になってしまう。

 そして今にもギギギと音がしそうなぎこちない動きで、芽衣は声の主がいるであろう横を見やった。


 すると人だかりの中心にいた2名のうち、背が高い黒髪の男性と目が合う。かと思えば、そのまま緩く微笑みながら『そこにいて』と言うように手のひらをこちらへかざしてくる。

(!?)

 その体勢を保ったまま隣の茶髪の男性と何やら会話を交わすと、周囲の生徒達に声をかけ通路を作る。そうして人だかりを抜けながら、何故か2名ともこちらの方へ近づいてきた。


(えっ私!?)

 突然近づいてくる見知らぬ人物に動揺を隠せない芽衣。慌てて後ろを振り返るが、そこには誰もいない。

 ならば、やはり用があるのは自身なのか。


 何を確認するでもなく辺りを素早く見渡す間に、気付けばだんだんと距離を詰められていた。

 縮んだ距離を空けるように足が数歩、無意識に後ろへと進む。


(ほんっっとうに分かんないんだけど!)

 瞠目しつつ、相手から視線を逸らせずにいた時。ふと、彼らの姿ごしにこちらをまじまじと見つめる女子生徒達が目に入る。

 見開いた目を細めてよく見やれば、数名はこちらを見ながらヒソヒソと怪訝そうに言葉を交わしている。


(デジャヴだ…)

 自身に突き刺さる視線。それは初めて翔に声をかけられた時に感じたものと全く同じような、驚きと好奇心が込められたものだった。



「芽衣ちゃんだよね?」

 人1人分の間隔を開けて立ち止まるなり言葉を発したのは、先ほど目が合った黒髪の男性。

 180cmはあろうかという長身でこちらを見下ろしながら、端正な顔立ちに薄く笑みを浮かべている。

 加えて印象的なのは、頭の上部で束ねられ、サラサラと風に靡く長い黒髪。


(よく見たらかっこ良…じゃなくて)

 一瞬見惚れかけるも、鋭い切れ長の目に射竦められ我に返る。いくら格好(かっこ)いいとしても、目の前の男性は何故か自身の名前を知っている怪しい人物なのだ。

 そう再認識した途端、この場から逃げ出したくなるような不安を覚える。


「そんなに構えなくても大丈夫だよ」

 芽衣の警戒心が露骨過ぎたのだろう。黒髪の男性にあっさりと指摘されてしまった。


(そう言われても…ほんとに知らない人なんだよなあ)


和兄(かずにい)、自己紹介した方がいいんじゃない?」

 黒髪の男性に対してそう促したのは、彼の隣に並ぶ芽衣と同い年くらいの茶髪の少年。

 芽衣よりも色素が薄い髪を顔のすぐ下まで伸ばし、甘いベージュ色の瞳は垂れ気味の目に縁取られている。

 そして温和そうに眉尻を下げながら、こちらに対して人懐こそうに微笑んでいた。


「ああ、それもそうだね。初めまして、俺は和海(かずみ)。この小さいのは弟の海斗(かいと)。どうぞよろしくね」

 簡潔に名前を述べながら、和海と名乗った男性は隣の少年の背中をポンポンと軽く叩く。

「僕そんなに小さくないし」

 頬を膨らましつつ、海斗と紹介された少年は不服そうな目で隣を見上げていた。

 事実、160cmの芽衣よりは明らかに背が高いのだから、別段小さいという訳ではない。


(まあでも、並んでみるとそりゃあ小さく見えるよね)

 2人を見比べつつ妙に納得した芽衣。しかし直後、彼女の心に小さな違和感が生まれた。

 じわじわと込み上げるその違和感の矛先はどうやら、先ほど和海がした自己紹介。それが時間の経過とともに、なんとも言えないモヤモヤとして心の中に広がっていく。


 特に変なところは無かったように思える紹介。だがまるで、何かを見逃しているような。

(なんだろ、なんか引っかかるな)

 考えてみるが、心に(つか)えるその正体は分からない。


(まあ別にいいけどさ...っていうか、名前だけ分かってもなあ)

 名を名乗られたところで、初対面の怪しい人物に変わりはない。首を傾げつつ、目の前の顔をじっと見つめてみるが、やはり見覚えはなかった。


 芽衣の懐疑の念が篭った視線に気が付いたのか、おもむろに和海が口を開く。

「あ、もしかして名前知ってるのを怪しまれてるのかな。ごめんごめん、弟から聞いてたからつい」

(…弟?)

 その単語に反応し、目の前の海斗に視線を移す。しかし彼は『僕じゃないよ』と言うように手を振るばかり。


「多分芽衣ちゃんと同じクラスだと思うんだけど、涼崎翔っているでしょ?あれが俺の弟」

「えっ!?」

 突然聞こえた名前に驚声をあげてしまい、咄嗟に口元を両手で覆う。それでも大きく見開かれた目は、兄弟を名乗る両名を交互に凝視していた。 

 そうして見れば見るほど、芽衣の知っている翔と目の前の2名は似ても似つかない。


 似ていない兄弟もいると言われてしまえばそれまでだが、果たして本当に兄弟なのだろうか?


「実の弟だから安心してね。なんなら後で本人に聞いてもいいし」

(!?)

 まるで考えを見透かしたかのように指摘され、ビクッと肩が跳ねる。

「あはは、驚きすぎだよ。でさ、その彼についてちょっと聞きたいことがあって」

 そんな芽衣を意に介すことなく、笑みを浮かべたまま和海はそう続けた。


(翔についての話を…なんで私に?)


 聞きたいことがあるのなら、最近関わりを持ち始めた自分などではなく、本人に直接聞けばいいのではないだろうか。

 やはり本当に兄弟かも確認出来ないまま、本人の預かり知らぬところで軽々しく情報を話すのは憚られる気がした。


「警戒しすぎだよ。…なるほどね、こういうところか」

 指摘したかと思えば、和海は口元に手を当てながらそう呟く。

(こういうところ?)

 その言葉の真意を図りかねていると不意に、隣の海斗が言葉を発した。


「後ろからめっちゃ見られてるね。和兄どうする?」

 

 その言葉を受け、和海はゆっくりと後ろを一瞥する。芽衣もつられてそちらに視線を移せば、先ほどよりも明らかに増え、こちらを見ながら言葉を交わす生徒達の姿が目に入った。

(うわあ…)

 一瞬にして表情が強張り、そわそわとし始める芽衣。


 その様子を察したのか、こちらに向き直った和海は

「立ったままじゃ話しにくいし、場所変えよっか」

 と、さも当たり前のように提案してきた。


 思いがけない言葉に、一瞬身体が硬直する。そんな芽衣の様子を見た和海は肩を竦めると、落ち着かせるような声色で言葉を紡ぐ。

「あいつ口数少なくてさ、あんまり会話してくれなくて困るんだよね」

(あ、分かるかも)

 

 芽衣の記憶にある彼は常に近寄り難い雰囲気を纏っており、おまけに口数も少ない。

 それをぴたりと言い当てたということは、やはり本当の兄弟なのか。


 少しばかり警戒心が薄らいだタイミングを見計らうかのようにして、今度は海斗が口を開く。

「芽衣さん、僕も翔兄の話聞きたいなあ。いいでしょ?」

 そう言いながら目を細め、こちらに満面の笑みを向けてくる。果たして、この表情を前にして断れる者がいるのだろうか。

 少なくとも、芽衣にその選択肢は無かった。

「…分かりました」

「やった!あ、あと僕の方学年下だからタメでいいよ。僕もそうするし」

 パッと、より明るく輝いて見えた笑顔。本当に嬉しいのがこちらまで伝わってくるようだった。


「じゃあ、行こっか」

 海斗の人懐こさに絆された芽衣。そのまま和海に促され、気付けば両名の後ろを付いて歩いていた。

 

 **


 そうして連れてこられたのは、通学路より少し外れた場所にある公園。

 周りを大きな木に囲まれたそこでは、学校終わりであろう子供が数名遊んでいるだけ。

 芽衣はそれを横目で見ながら、奥に設置してあるベンチへと案内される。


「どうぞ座って」

 和海はベンチの上を手で軽く払うと、芽衣に対してそう促してくる。

 言われるがまま腰を下ろせば、和海と海斗が芽衣を挟むようにして座った。


(これ、どういう状況…?)

「…あの、私あんまり翔について知らないですよ?」

 肩を内巻きにして縮こまりながら、どちらに言うでもなく言葉を発する。

 

 それに対し、先に言葉を発したのは和海の方だった。


「大丈夫だよ。翔から聞く感じだと、会話してるの芽衣ちゃんだけっぽいから」

(えっ)

 どうやら、預かり知らぬところで噂されていたのは自身の方だったらしい。しかし、あの口数の少ない翔が一体どんな流れで、知り合ったばかりの自身の話など口にするのだろうか。

 

「なんの話してるかまでは聞かないけど、うちの弟と仲良くしてくれてありがとうね」

「いえ、こちらこそ」

 反射的にそう返せば、和海は一瞬瞠目した後に喉を鳴らして笑い出す。

「っ!?」

(なんか変だった!?)

 失笑の理由を聞こうにも、彼は目元を隠すように手を当てながら肩を揺らし続けるばかり。

 その時間が長引けば長引くほど、先ほどの自身の発言がどこか可笑しかったのかと不安に駆られる。


「いいね、真面目で面白い」

 ひとしきりくつくつと笑った後、和海は弧を描いた口で言葉を紡いだ。

(笑ってたポイントそこなの!?)

 まさかの理由に段々と可笑しさが込み上げた芽衣。気付けばふふっと笑いが漏れていた。



「芽衣さん、翔兄元気そう?」

 不意に反対側から声をかけられ、芽衣は笑顔のままそちらへと顔を向ける。

「うーん、今日はちょっと具合悪そうに見えたけど…昨日からだったりするの?」

 

 何気なく口にした疑問。しかし、次に海斗が発した言葉は予想外のものだった。

「どうだろ、僕翔兄に最近会ってないからねえ」

「会ってない?」

(?同じ家に住んでるんじゃないの?)

 同居している前提で話をしていたために、思わぬ齟齬に首を傾げる。


「あ、言ってなかったんだね。翔兄はね、アパートで一人暮らししてるんだよ」

「そうなの!?」

 まさかの事実に、本日2回目となる驚声をあげた芽衣。翔のプライベートが全く謎なことは承知していたが、まさか1人で暮らしているとは。

(高校生で一人暮らしって大変じゃない?)


「あいつが一人暮らしが良いって言うからさ」

 後ろの和海がそう補足する。

 その言葉に、芽衣はなんとなくこの兄弟には事情があるのだろうと察した。

(家庭内の事情で名字違う兄弟とかもいるもんね。だからさっき言ってな──…あれ)

 

 その時ふと、芽衣の思考に一閃の光が差し込む。そうして見えたのは、先ほど見逃した違和感の正体だった。


(和海さん、名字言ってないよね?)


 人は初対面の相手に名を名乗る場合、意識していなくても自然と名字から出てくるものではないのか。

 しかしあの時、和海は両名の下の名前だけを紹介した。しかも翔の兄弟だと明かす前だったのだから、尚のこと名字からではないことに引っかかりを覚える。

 もしかして、普段からこのような名乗り方をしているのだろうか。

(…それにしたって、後から名字聞かれるんじゃ?まあ多分翔と同じだろうから聞かないけどさ)



 正面に顔を向け前屈みになり、しばらく考え込む芽衣。

 そんな彼女の疑念を見透かすように、和海は感情の篭らない瞳でじっと芽衣を見下ろしていた。

 


「そうだ芽衣ちゃん、電話番号交換しよっか」

 ややあって、不意に和海から声がかかる。弾かれたようにそちらを見やれば、丁度彼が携帯電話を取り出しているところだった。

「えっ」

(私と?)

「今日あんまり話聞けなかったからさ、後で聞こうと思って。嫌?」

 目線を合わせるように少し上体を倒しつつ、細めた優しい目でそう聞いてくる。

 

「別に、嫌と言うわけでは…」

 そのように聞かれてしまえば、押しに弱い芽衣は受け入れざるを得ない。

「よかった。じゃあ、俺の番号言うからね」

 言われるがままに彼の電話番号を登録し、ついでに「僕も!」とせがむ海斗の分も追加した。

(まあ、新しい友達が増えたって思っとこ)

 

 

 その後は「僕たちそろそろ行かないと」との言葉を合図に公園を後にし、元の通学路まで送り届けてもらった芽衣。手を振りつつ小さくなっていく背中を見送りながら、彼女は今度こそ自宅を目指して歩き始めた。

 


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