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【番外編】死を以て何を知る

吸血鬼三兄弟父、誠泰の回顧。

「ねえマサ、私のお願い、聞いてくれるかしら?」

 未だ消えない残雪と春風が脳裏に焼き付いたあの日、今にも消え入りそうな声で彼女は私にそう問うた。


 ーー


 (つむぐ)と出会ったのは、遠い昔の晴れたとある春の日のこと。風で巻き上げられた桜の花びらが踊る土手を、あてもなく散歩していた時のことだった。


「わあっ!?」


 頭上から降ってきた声で咄嗟に顔を上げた時、次に目に映ったのは桜の木からこちらに向かって落下してくる彼女の姿だった。思わず両手を差し伸べれば次の瞬間にはすっぽりとその身体が両腕に収まり、反射でぎゅっと瞑られた瞼から覗いた鮮血のような瞳に息を呑んだことを今でも鮮明に覚えている。


「貴女、人間の方では……」

「あら、そういうあなたこそ私と同じじゃない?」


 一目で吸血鬼、それも特異体質だと分かる赤い瞳と所々に黒が混じった白髪。切り揃えられたその髪と着物が乱れるのも構わずに勢いよく腕の中から飛び出した彼女は「ありがとう!」と花が咲いたような笑顔を溢した。


 思えば、この時から惹かれていたのかも知れない。


 それから季節が繰り返し巡ってくる中幾度となく逢瀬を重ね、彼女と添い遂げたい想いから伴侶となった。変わらず言葉を交わし続ける中で見えた彼女の人となりは、まさにお転婆と言って差し支えないもの。

 それでも時に思慮深く、時にこちらの心の中まで見透かすような鋭さにますます惹かれていったのは言うまでもないだろう。


 ただ一つ懸念があるとすれば、彼女の特異体質が『人間の病に罹る』という点。

 しかしそれも、私が人間から医学を学べばいいだけのこと。


 そう、考えていた。


 そうして彼女と夫婦(めおと)になってから程なくして長男を授かった。名付けをしたいと浮き足立っていた彼女がつけた名前は『和海』。彼女が好きな海と、私に似ているからと言う理由で私と同じく二文字にした名前だと彼女は笑っていた。


 それから暫くの後、今度は次男を授かった。今度は私に名付けをさせてくれるとのことだったので『翔』と、紬と同じ一文字の名前をつけた。彼女と同じ特異体質であり外見が一番よく似たその子に、とても合っている名前だと言っていた。


 それからすぐ、最後に三男を授かった。また名前を付けたいと口にしていた彼女に任せれば、彼女がつけたのは長男と同じ海の入った『海斗』。顔つきが一番彼女に似ていることに加え上二人はすっかり心身が成熟していたため、4名の愛情を目一杯受けて育った子だった。


 その頃には彼女のお転婆はどこへやら、いつしか落ち着いた『母親』になっていた。

 もちろん彼女の変化なら何であろうと受け入れられたが、私にはそれがどこか寂しく感じられたのを覚えている。


 加えて3つの命をこの世に産んでくれた彼女の身体が確実に蝕まれていることに、私は気付くことが出来なかった。あるいは、目を背けていただけだったのかも知れない。


 そうして40年、海斗が生まれて少しばかりの年月が経過した頃だった。


「紬、ここのところ咳が多いようですが……」


 運悪く、彼女は当時の流行病に罹患してしまった。大流行を招くほど感染力の強いそれは今までの病とは全くの別物であり、半端な私では到底太刀打ち出来るものではなく。しかし、人外である以上医者に診せることも叶わない。診せたところで気休め程度が関の山だろう。

 なす術なく日に日に弱っていく貴女を見るのは、私にとってこれ以上ない拷問だった。



 そうして春が顔を覗かせ始めた矢先、遂に紬は床に臥せったままになってしまった。しかし起き上がるのがやっとであるにも関わらず子供達に対しては「すぐ治るから」と、愛ゆえの言葉を口にする。

 何故、辛いのに他者を案じることが出来る。何故、私は彼女と同じになれない。


 そんな事実が、どうしようもなく耐え難かった。


「早く元気になって、子供達が待っていますよ」

 力なく横たわる彼女の右手を包み、自身の額に当てる。ひんやりと乾きまるで生気が感じられないそれは、どこか遠くにも感じられて。

 しかしそんな私にさえ彼女は困ったように、それでいて慈しむように顔を綻ばせた。


「マサの方が、子供みたいね」

 隈が刻まれた目元を柔らかく細めた彼女の顔と声を忘れることは、決して出来ないだろう。


 分かっていた。もう、長くないことなど。

 彼女が私の隣から消える時が、すぐそこまで迫っていることを。

 そんな現実から目を背けた私を宥めるように、彼女はとある『お願い』を口にした。


「海斗はまだまだ小さいから、成長を見守れなくて残念。きっと私に似て可愛い子に育つんだわ」

「っ、やめてください。貴女は、これからも──」


 言いかけた言葉を遮るように、不意に頬へと触れた小さな手。

 笑いながら涙を流した彼女の表情もまた、今でも忘れることが出来ない光景の一つ。


 そうして震える声で呟かれた、今でも心に残り続けるたった一つの願い。


「マサ、あの子たちを見守ってあげて欲しいの。私の分まで」


 約束、してくれるわよね?


「っ……そんな、それでは貴女の後を追うことが出来ません」

「ふふ、そのためのお願いだもの」


 そうして目尻を下げた彼女に瞬間息を呑む。その笑顔は彼女と出会った当時の、勝ち気であどけない表情そのもので。

 嗚呼。やはり、貴女には敵わない。


「……ちゃんと、守りますから」

「ありがとう。ねえ、マサ」


 愛してるわ。


 そうして旧暦の3月に、彼女はそのまま息を引き取った。

 まだ降り積もった雪が残る中、彼女の表情はまるで眠ったように穏やかなもので。


 同じく泣き笑いで見送ったことに対して、彼女は何を思うだろうか。

 現実味が感じられないまま虚な瞳で空を見続けていた私のことを、貴女は笑ってくれるだろうか。


 そうして子供たちに彼女の死を報せた後、湖畔を臨むことの出来る木々の間に小さな墓を建て埋葬した。彼女の好きな海と広さは圧倒的に違うが、自然を鏡のように映す湖の光景で満足してくれることを願って。



 ──『子供たちの成長を見守る』という彼女との約束が難しいものだと気付いたのは、それからすぐのこと。翔やまだ幼かった海斗はともかく、和海は彼女の死を引き摺ったまま私と距離を取るようになった。


 医学を学んでいたにも関わらず肝心な時に意味を成さなかった医療と、同じく役に立つことが出来なかった私。

 恨まれて当然だろうと、自然と会話が減っていった。


 そうしてまたある時、とうとう和海は弟達を連れて家を出て行ってしまった。


 誰よりも母を慕い大切にしていた和海が私を許してくれるはずがないと、そんなことはとっくに分かりきっていたはず。それでも彼女を懐かしむ会話くらい出来るだろうと、私は自惚れていたのだ。


 そして私の心に巣喰い続けたのは彼女との約束を破ることになってしまった申し訳なさと、手からするりと溢れ落ちた彼女を失ってしまった後悔。寂寥感に苛まれる度瞼の裏に蘇る在りし日の光景を掻き消すように、意味もなく医学に没頭した。


 分かっている。

 永い生を歩んでいく中で和海が私を赦してくれる日など、訪れることはないことを。


 それでも子供達を思い浮かべる度、脳裏には貴女も鮮明に蘇ってきた。

 顔の造形は私と瓜二つだが、中身は誰よりも母に似ていた和海。

 まだ幼いながら、柔らかい目元が母にそっくりな海斗。

 

 そして母と同じ特異体質であり、彼女を彷彿とさせる真っ赤な瞳を持つ翔。


 貴女がまだ傍にいてくれたらと、考えたことがないと言えば嘘になる。もしかしたら今でも、あの子達と暮らすことが出来ていたのではないのかと。


 貴女を救えなかった私を、きっと赦してはくれない。

 それでもまた、あの子達に会えたなら。


 終



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