表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/63

招待②

「さて、あと他に聞いておきたいことある?」

「うーん、そうですね……」


 吸血鬼()が月夜にしか現れない理由も、彼のチョーカーが持つ意味も知ることが出来た。その上彼ら三兄弟の兄弟愛も感じることが出来て芽衣の心は温かさで満たされるばかり。

 

 しかし。


(あ、でも)

 その時ふと脳裏を過ぎったのは、今までヒントを教えてくれた和海に対する僅かな違和感。

 彼の与えてくれたヒントは、そのどれもが吸血鬼の正体を暴く手がかりになってくれた。


 では何故、和海は吸血鬼()を売るような真似をし続けたのだろうか?


(こんなに仲良いのに……あ、そういえば)


 ──『兄さん(あの人)と関わると碌なことがない』


 耳元で再生される低く落ち着いた声。

 初めて和海、海斗と会った際翔から心底面倒そうに釘を刺された言葉。あの時は単純に仲が悪いのかと思っていたが和海の発言を踏まえると兄弟仲はむしろ良好であり、現に翔と海斗の仲はこの目で見たことがある。


 ならば、一体誰の言葉が真実なのだろうか。


(でも流石に聞けないし……)


「吸血鬼のヒントをあげた理由が知りたいのかな」

「っあ」

 彼が考えを読めることを完全に失念していた。そんな失態を悟ると同時に、喉元まで冷たいものが迫り上がる。

 しかしそれは読心に対するものではなく、彼の纏う空気に対するもの。


 ……先ほどよりも、声の抑揚が減ったような?


「答える前に俺からも2つ、芽衣ちゃんに聞きたいことがあってさ」

「?」


 こちらを見据える海の色を帯びた瞳が一瞬伏せられ、すぐに姿を現す。

 しかし同じ色を宿すはずのそれが、わずかに濃さを増したような錯覚を覚えた。


「芽衣ちゃんはさ、家族と仲良い?」

「っ、いいと、思います」

 脈絡のない突然の問いかけに反射的に言葉を返せば「そっか。大事にしなよ」と、柔らかくもどこか儚さを含んだ声色が耳朶を打つ。


「俺はね、親との仲はそこまで良くなくて。だからこの家にも本当は帰って来たくなかったんだけどね」

 まあ今は誰もこの家にいないけど、と続けられた声は明らかに冷気を帯びていて。じわりと変化した彼の雰囲気で怖気が全身を襲う中、完全に抑揚が失われた声色が続けられる。


「弟との仲はそこそこなんだけど、特に翔は中々表情が変わらないから見ててどうしても退屈しちゃって」


 だから、揶揄いたくなってさ。


(え、っあ、だから)

 ようやく理解した。彼が赤の他人である自身に対し、吸血鬼の正体に迫るヒントを与えてくれた理由はただ一つ。

 常に反応が薄い翔の、感情が揺らぐ様を楽しむため。



 ──『可愛い弟には辛い思いをしてほしくない』

 あの言葉は、一体どこまでが本音なのだろうか?



「だから面白いものが沢山見れて、芽衣ちゃんには感謝してるんだよ。じゃあ、もう1つ」

 はっと我に返れば翳った笑顔が見える。そこに本能的な危機感を覚え咄嗟に身を翻そうとするが、次の瞬間には彼の手がこちらへと伸びているのが視界に映った。そのままくんっ、と腰を引かれ肩を押されれば力の入らない身体は容易にシーツへと倒れ込み、その勢いで近付いた和海の顔に瞠目していれば


「おっと、ごめん。まだ寝ていて」


 と、余裕の中にどこか無機質さが含まれる声色が耳に届いた。


(え、え?なんでっ)

 大きく揺れる茶色の瞳。灯りを背に浴び影がさした端正な顔は、緩く笑みを浮かべてそれを見下ろしたまま。


「この前翔の家に来た時指切ったでしょ?あの時、なんか懐かしい感じがしてね」


 するりと、彼の指が左手をなぞる。「気になって仕方なくてさ」と言いつつ、今度は右手首から腕へと滑った骨ばった指先。冷たささえ感じられるそれにぞわりと肌が粟立つのを感じながらも、芽衣はただ目の前の光景を見つめることしか出来ない。


「確かめたくて、ちょっと付き合ってくれないかな」

 そう言われると同時に右腕が宙へと引っ張られた。次に冷たい唇が腕に触れたことで認識した、身に迫る危機。


 和海は、本気だ。


(えっ、うそでしょ!?)

 どこか他人事のように感じられていた光景が一転現実味を帯びていたことに焦りを覚える。そんな困惑を愉快そうに見下ろす、底の無い青い瞳。

 まるで「嘘ではない」と、言外に投げかけているような。


 しかし吸血鬼の存在は受け入れることが出来たとはいえ、その牙が肌を突き破る感覚まで慣れたわけではない。つい先ほど感じた翔のそれが思い出される中芽衣は咄嗟に和海の胸板を押し返す。


「和海さんっ……!」

「痛くするつもりはないけど、暴れると変に咬んじゃうかもよ」


 確かに押しているはずの左腕からは手応えが全く感じられず、その身体は全く退く気配がない。そんな彼から紡がれた穏やかで抑揚のない声は、抵抗するべきか否か逡巡する隙を生み出した。

 そんな隙を見逃さないとばかりに彼の唇が肌を滑り──


「っ!!」

 次の瞬間つぷぷと牙が肌に沈んだ。思わず「いっ」と口に出したものの、彼の言葉通りそこから痛みは全く感じられない。

 しかし初めて目にするその光景にぞわぞわとしたものが足元から這い上がる。


「ん、ふぅっ」

 瞼を伏せ、顔の角度を緩く変える様はこれ以上ないほどに艶やかな光景でくらりと目眩に襲われる。時折吐息を溢しつつ芽衣の腕へと唇を寄せる男はまるで何かを確かめるようにそこを繰り返し舐ったかと思えば、暫く後に腕から体温が離れていった。

 だが次の瞬間解放された腕を視認した茶色の瞳が、信じられないとばかりに大きく瞠目する。


 傷跡が、ない。


「えっ、なんで」

 舐め取られた鮮血は肌へと薄く染み込んでいるにも関わらず、2つあるはずの皮膚に空いた穴がまるで見当たらない。そこで思い出した、初めて吸血鬼を見た時のこと。

 

 夢ではなく現実だったあの時も、傷跡は無かった。


「自分の咬み跡くらい、自分で消せるよ」

 目を細め、優しい声色で和海は呟く。しかしやはり、その瞳の奥は全く笑っていなくて。


(舐めれば、消える?)

「察しがいいね。さて、俺にこんなことされた訳だけど……翔はどんな顔するかな」

「っ……」

「ああでも咬み跡消しちゃったし、ばれないかもね」


 先ほどまで親身になって質問に答えてくれた彼と同一人物であるはずなのに、まるで全くの別人になってしまったかのような。そんな彼の行動全てが弟の感情を揺さぶる手段のようにも思えてぞわりと鳥肌が立った。

 そうして戦慄していれば不意に彼の掌が頬に触れ親指がすり、と肌を撫でる。びくっと肩が跳ねてしまったが彼は特に気に留めていないようで。


「俺はちょっと出てくるよ。外に出るのは危ないからダメだけど、この家の中なら自由に見て回っていいからね」


 まるで用事を終えたとばかりに腰を上げた彼はこちらを一瞥するとそのまま部屋を照らす蝋燭を一つ吹き消す。先ほどよりも幾分か暗くなった部屋の中、ガチャリとドアが開く音だけが響き渡った。


(なん、だったの)

 確かに優しかったはずの和海の、まるでグラデーションのように移り変わった雰囲気。いつも余裕を醸し出している彼と先ほどの彼は、どちらが本当の和海なのだろう。

 

 しかしそんなことを深く考える余裕は、芽衣にはもう残っていなかった。


「あれ……」

 彼が消えていった扉を見つめていれば途端ぷつりと、緊張の糸が切れた音が聞こえる。

 そうして微睡む意識の中、ぼんやりと思い浮かんだのは鮮血の瞳を持つ男の姿だった。


 ***


「ん、翔兄おかえり〜」

「……」

 だんだんと空が白み始めた頃。ようやくガチャリと音を立てたドアに向かって言葉を発した海斗だったが、いつもは返される短い返事がないことに小首を傾げる。その視線の前に佇む翔の顔は、見たことがないほどに曇っていて。


「元気ないね、なんかあったの?」

「……ああ」


 そう短く答えれば「ふうん」と、緑の瞳が興味を失ったように逸らされた。そんな弟の横を通りベッドに腰掛ければ脳裏にありありと蘇る、首元に鮮血を咲かせた少女の姿。

 

 記憶がないとはいえ、おそらく手酷く扱ってしまったのは事実。

 やはり自身のような化け物が、芽衣の隣にいるべきではなかったのだ。


「翔兄が落ち込んでるのめずらしー」

 茶色から一転白へと色を変えた髪を揺らしつつ海斗がラグへと腰を下ろす。沈んだ気分のまま声を発さずに弟を見据えていれば「そうだ」と、思い出したように明るい声が聞こえた。


「和兄が散歩に行くって言ってたよ、3時間くらい前だったかな。日が昇る前なのにあの姿で大丈夫かな」

「……こんな時間にか?」

 

 じわりと湿った違和感が這い上がる。

 兄ならあの姿で出歩くこともままあるだろうが、かと言って人間に化けることの出来ない夜間の外出は避けるはず。加えてただの『散歩』にしては遅すぎるのではないか。

 そうして芽生えた疑念が、次に聞こえた言葉で確信へと変わった。


「っていうか聞いてよ。和兄が『生家覚えてる?』って質問してきたんだけど」

「……は?」


 僕びっくりしちゃった、と返された言葉は瞠目する翔の耳に届くことはなく背筋には気味の悪い悪寒が走り抜ける。

 あの家の話題は兄にとってのいわば地雷。それをわざわざ口にするなどありえない。


 ──『俺が貰ってもいいよね』 

 不意に蘇る兄の言葉。そして3時間ほど前といえば、自身が芽衣の家を後にした時間。


 まさか。

 

「……は」

 脳裏に過ぎる、考えたくもない最悪の仮説。

 そうして弾かれたように立ち上がると弟の驚声も耳に入らないまま、翔は芽衣の家へと走り出した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ