表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/63

再会

 そして迎えた、8月12日の日曜日。しんと静まり返った自室に響く時計の針は、既に午前0時を回ったところ。


「まだかな……」

 呟きながら芽衣は閉め切った掃き出し窓へと視線を向ける。翔に言われた通りに鍵をかけたその向こうに浮かび上がる月は、新月の翌日ということもあってどこまでもか細いもの。

 そうしてその細さは、芽衣の胸中を如実に表すように弱い光を放っていて。


(……もしかして来ない?)

 いつもとは違い自宅に1人ということもあり、だんだん焦燥感と心細さが綯い交ぜになったような感情を覚え始める。時間まで指定されていなかったとはいえ、流石にこんなにも遅くなれば落ち着かなくなるのも当然のこと。

 まさか、来る気が失せてしまったのだろうか?


「はあ……」

 諦めたように息を一つ吐き力なくベッドに背を預ければ、次に視界を埋めたのは紺碧に染まる天井。彼が現れるときはいつもこのような光景だったなどと懐古しつつ緩く瞼を伏せた、その時だった。


 コンコン。


(っ!?)

 不意に響いたノック音。聞き覚えのあるそれに反射的に上体を起こし掃き出し窓を見やれば、そこには濃紺の空を背負った人影が一つ浮かび上がっていた。


「か、ける……!」


 瞬間じわりとバターが溶けるように、芽衣の心へ温かいものが染み込む。高鳴る鼓動に突き動かされるようにしてその姿へと近付き鍵へと手を伸ばした、次の瞬間。


 ──カラララッ


(っえ?)

 鍵に触れる直前で開いた窓。吹き込んだ夜風が頬を撫でる中、芽衣は目の前の状況を理解出来ずにいた。

 間違いなく鍵は閉めていたはず。しかしならば何故、いつかのように窓を外側から開けることが出来たのだろうか?


「何突っ立ってるんだ」

「っ」


 電話越しではない、直接耳に届いた翔の声。耳が熱くなるのを気にする余裕もなく顔を上げれば至近距離にある鮮血の双眸とばっちり目が合った。 

 

 久しぶりに見たその姿に、今更ながら緊張のようなものを覚える。

 以前と違うのはそれが恐怖から来るものではなく、一種の恥ずかしさのような感情だということ。


(好きって言っちゃってるんだもんね……!?)

 簡単に言えば告白してこっぴどく振られたようなものだが、それでも諦めの悪い自身は彼の目にどう映っているのだろうか。そんなことを考えつつ彼の様子を窺うものの、何故か彼はその場から動く気配がないようで。


「……入らないの?」


 一向に足を踏み入れることのない彼を見かねてつい尋ねてみた。影になった表情が一瞬動いたようにも見えたが、それでもなお彼の足はその場に固定されたまま動かない。


「……?翔?」

「……お前、俺が言ったこともう忘れてるだろ」

 やれやれとでも言いたげに右手で頭を抱えた翔。しかしその言葉で芽衣の耳奥に蘇ったのはあの『きらい』の三文字。

 そんな相手の部屋にはもう入りたくないと思うのが普通だろうと、浮かれていた頭で今更ながらに理解した。


「っ、嫌いって言ったこ」

「嫌いじゃねえ」


(!!!)

 遮るように言い切られはっと顔を上げれば、頭を抱えていた彼がいつの間にかこちらをじっと捉えている。吸い込まれそうなほど澄んだ瞳を見つめながらも一瞬何を言われたのか理解が及ばなかった。


(嫌いじゃ、ない?)

 まるで信じられないと言うように見開かれた茶色の瞳は、真っ直ぐに鮮血の瞳と絡み合う。時が止まったかのような錯覚を覚えていれば「はあ」と、彼の呼吸が鼓膜を震わせ時間を動かした。


「……あれは違う。忘れろ」

「え、あ、うそ。だって」

 だんだんと声が震える。一体何に対して泣きそうになっているのかも分からないまま目線がフローリングへと落ちれば「なんで泣くんだ」と、ぶっきらぼうながらも穏やかな口調が降ってきた。

 そんな彼の優しさで、さらに目頭が熱くなったのも束の間。


「っわ!?」

「なんで驚くんだ。入ってもいいんだろ」

 不意に靴を脱いだかと思えば、翔はそのまま自室へと足を踏み入れる。そんな彼に押されるように後ろへとたたらを踏めば、次の瞬間には彼の腕がバランスを崩した身体を支えるように腰へと回されていた。


「〜〜っ!!」

 ほとんど隙間のなくなった距離にぶわりと顔が熱くなり視界が滲む。突然のスキンシップに驚いている芽衣などお構いなしにベッドまで数歩彼女を引きずれば、翔はそのまま芽衣をベッドの縁へと座らせた。

 ドサっと、拳2つ分ほどを空けて翔も隣へと腰を下ろす。


(なんか、近いっ)

 今までなら全く気にならなかったであろう距離感も、彼への気持ちを自覚してしまえば途端に逃げたくなるような感情に塗り替えられる。そうしてソワソワとしていれば「泣くほど嫌だったか」と、上から目線なのに小さい子供に尋ねるようなちぐはぐな声色が聞こえた。


「そうじゃ、なくて」

 緩く首を横に振ればぐいと、力の籠った指先が眦を拭う。咄嗟にビクッと肩を跳ねさせれば翔は一瞬眉根を寄せた後、ゆっくりとその体温を離した。

 

「やっぱり嫌なんだろ」

「違う、びっくりして……」

「これ以上のことをしたのにか?」


(っ!!?)

 その言葉で不意に蘇る、唇に触れた柔らかい体温。角度を変えて降ってきたそれを受け入れた行為のことを指しているのだと瞬時に理解した頭が、またもや沸騰しそうなほどに体温を上げていく。


(思い出しちゃダメ……!!)

 意識を逸らそうとすればするほど再生される、彼の言動の数々。

 自身のことを嫌いではないのだとしたら、翔は一体どういう感情で『別れの挨拶』と題したあの行為を行ったのだろうか。


「……ところでお前、まさかこの家に1人じゃねえだろうな」

 唐突に降ってきた怪訝そうな声色。幸運にも話題が逸れたことにより冷静を取り戻しつつ「よく分かったね、親は旅行中でさ」と正直に答えれば、またも翔は右手で頭を抱える。


「……お前な…、いや、なんでもねえ」

「……警戒心はちゃんと持ってるよ、大丈夫」

 嫌いではないと認識した頭であれば先ほど彼が言わんとした『俺が言ったこと』の内容も察しがつく。だがいくら口酸っぱく言われようとも、芽衣にとって翔は警戒するべき人物ではないのだ。

 おそらくそれを察したのか、彼は緩くこちらを一瞥するだけで特に口を開く様子は見られない。


 しかし、よく考えてみれば現在この家には自身と翔しかいないことも事実で。そんな状況に今更ながら緊張感を覚えるものの、芽衣にとってはそこまで重大な問題でもなかった。

(まあ嫌いじゃないとしても、私相手なら何も起きないでしょ)


 自身が一方的に好意を持っているだけ。ならばやはり、彼は警戒するに値する人物ではない。

 それが甘い考えだということを未だ理解できないまま、涙を引っ込めた芽衣は楽観的に口を開く。


「和海さんから聞いたんだけどさ、そのチョーカーってほんとに見えないの?」

「……ああ」

 こちらを一瞥すると、翔はすぐに窓の外へと視線を移す。しかし尋ねたことにはどうやら答えてくれるようで、嬉しさが胸中を満たす中続けて言葉を紡ぐ。


「私チョーカーの実物初めて見るんだけどさ、それどうなってるの?」

 少しばかりの好奇心でそう尋ねてみる。するとおもむろに翔が首元に両手を伸ばし、次の瞬間にはカチッという金属音が室内に小さく響いた。

 そうして手にした黒いそれを、無言でこちらへと差し出してくる。


「えっ、触っていいの?」

「……いい」


 なんとなく、彼の行動には自身に対する甘さが含まれている気がする。しかしそれらは自身を自惚れさせる最たる原因でもあるため、芽衣は極力気にしないように努めていた。


(まあ、勘違いしちゃえば翔に申し訳ないし……)

 自身と同じ感情を彼に求めているわけではないのだから都合よく捉えてはいけない。そう自戒しつつチョーカーを受け取ると、手触りの良いそれをじっと眺めてみる。

 首の後ろ側に銀の留め具がついたそれを自身は手に取ることが出来る。しかしこれが他の人には見えていないと言うのだから、やはり半信半疑にもなってしまうわけで。


 そんな不思議な物体を触りながら、芽衣は更に質問を続ける。


「翔はさ、なんで『調査』に私を選んだの?」


 それは当初よりずっと気になっていたことの一つ。髪色以外の外見は他者と変わりないはずだが、初めて現れたのが転校翌日だったということを顧みるに、その2日間で選ばれる何かしらがあったのだろう。

 そう考えていれば一呼吸置いた後、窓の外を見ながら翔が口を開く。


「……最初は、お前も他の奴らと一緒だったんだ」


 ポツポツと溢れ始めた言葉を黙って受け止める。まだ強い春風が吹く4月に初めて目にした、自己紹介時の翔の姿が鮮明に蘇った。


「挨拶の時、お前が俺の首元を見ていることに気が付いた」

 思い返すように、翔は穏やかな口調で話を続ける。どこか遠くを見つめる横顔を見据えていれば不意に、こちらへと視線を移した彼と目が合った。

 

「驚いたんだ。これが視える人間に会ったことがなかったからな」


 芽衣の持つチョーカーをとんとんと指先で叩きながら言葉を紡ぐ。

 つまりは自身が『波長の合う』人間だったために選んだということなのだろう。腑に落ちたそんな事実を飲み込み「教えてくれてありがと」と言葉を紡げば、翔は何かを言いたそうにこちらを見やる。


「……確かに、他と同じ『はず』だったんだがな」

「っえ、それってどういう──」


 言い終わる前にぐらりと身体が揺れる。そうして背中に感じた体温と、目の前の胸板から直接伝わる鼓動。

 何が起こったのか理解する間もなく、気付けば翔の腕の中に閉じ込められていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ