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正体

 緊張している。それは、紛れもない本心からの言葉。


「部屋移ったとはいえ不安なんだよね……だから電話すっごいありがたい」

 続けて言葉を紡げば『そう言ってくれるのは嬉しいんだけどねえ』と、心配を含んだ声色が聞こえる。そんな彼女に作戦を明かすことが出来ないのがなんとも歯痒い。


 なぜならまだ、翔が吸血鬼だと確定したわけではないから。

 例えば、吸血鬼について何かと詳しい和海。彼もまた弟と同じ色の容姿をしており、日中に散歩が出来るのは、もしかすれば仕事を休んでいるからという可能性もある。ほぼ確実に翔だと踏んではいるものの、それはあくまで予想の範囲。

 だが同時に、和海とあの吸血鬼には決定的な違いがある。


 なにはともあれこの罠でそれが証明出来るのだから、正体が分かった後でも報告は遅くないだろう。


『怖いのは芽衣なのに電話しか出来なくてごめんよ。警察にでも電話しようか?』

「あはは、だいじょぶだいじょぶ。心配ありがと」

 笑い声を上げることが出来るほど、吸血鬼に対する恐怖はやはり確実に薄れている。


 ──『殺さねえよ』

 彼がそう、言っていたから。


「正体分かったら1番に教えるよ。待っててね」

『気長に待つけどさあ……ほんとに大丈夫?』

「死にはしないと思うから大丈夫でしょ」


 物騒なこと言わないでよと心配してくれる親友はやはり優しく、十分に心強い存在でもあった。心が温かくなるのをじんわりと感じながら「もう遅いし寝よっか、おやすみ」と挨拶を交わせば、数秒後に打って変わって無機質な機械音が耳に届く。

 

 静まり返った途端に大きく耳に響き始めた鼓動は、気付かないうちにかなり緊張してることを如実に物語っていて。まるでテスト返却時のように落ち着かない気持ちを味わいつつ、芽衣はベッドに深く背を沈ませた。


(もし今日来たら……起きれるだいじょぶ)

 流石に物音がしたら起きられるはず。そう自身を鼓舞するように握り拳を作ると、顔の前にそれを掲げる。

 そうして瞼を伏せた途端ぼんやりと、翔の姿が暗闇の中に浮かび上がった。何かと細かい気遣いが出来る彼の記憶を追いかけていれば、だんだんと現実と夢の境界が曖昧になってきて。


 今日もし現れたら、ちゃんと目を見て会話しよう。

 夜風が心地よく身体を包む中、落ちる前の意識でそんなことを思った。


 しかしその夜、吸血鬼が芽衣の前に姿を現わすことは終ぞなかった。



 翌朝、眩い部屋の中を見渡してみたものの、開放した窓に変化もなければ段ボールが動いた形跡もない。夜中とあまり変わらない風を感じながら伸びをすると、芽衣はベッドから足を下ろして床を踏む。


 翔がここへ来ないことは、彼が吸血鬼ではないことの証明になる。それは嬉しいはずなのに。


(来たっていう証拠さえあれば)

 そもそもこの家に来ていないのであれば、作戦自体が遂行されたことにならない。

 空き部屋を後にし自室を見に行ってみるものの、どうやら窓の鍵は閉められたままのようで。加えて窓の前にバリケードのように並べた段ボールが1つも動いていないところを見るに、昨夜は本当に来ていないのだろう。


 なら、これは失敗だ。


(来なかっただけ、まだ大丈夫)

 気長に待つしかない。そう思い直した芽衣は踵を返すとベッドに潜り込み、朝日に包まれながら目を閉じる。

 二度寝の心地良い波に身を預けながら願ったのは、最後の作戦の成功だった。


 この先に何が待ち受けているかなんて、知る由もないまま。


 そうして3日後、ついに機会は訪れた。


 **


 2018年7月28日。満ちた月が空を紺色に染め上げる、凪いだ夜のこと。


 天井を見上げる目線を掲げた携帯へと移し、画面を1回叩く。そこに表示された時刻は午前1時を少し過ぎたところであり、その事実に芽衣は大きなため息を吐いた。


(今日もダメかあ)

 1週間、2週間と吸血鬼が現れる間隔が空いてきているとはいえ、罠を仕掛けた後の3日は1ヶ月ほどに長く感じられるもの。まさか、次に現れるのは3週間後だとでも言うのだろうか。

 それでは困る。何せ、翔に提示された『調査』期間は長くて2ヶ月しかないのだから。


 しかしここで、芽衣は突然思い至る。


(……2ヶ月過ぎてない?)


 正確な日付は覚えていないが、彼から持ちかけられた調査に同意したのはテスト期間前の朝のこと。誤差の範疇とはいえ、もう2ヶ月と少しが経ってしまったことになる。

 まさか、もう見切りをつけられた?だから現れなくなってしまったのだろうか?


「嘘でしょ……」


 脱力した手から枕へと携帯が滑り落ちる。それかまさか、頭の良い彼には全てお見通しだったとか。 

 吸血鬼の正体まであと1歩、それが分かればわざわざ『調査』を提案してきた彼の望みを叶えてあげられるのに。


(あーあ……)

 ぼんやりと失意が這い上がるまま紺碧の天井をぼうっと見上げた、その時だった。


 ──カタッ。


(!!!)

 瞬間呼吸が止まる。裂けるほどに大きく見開かれた茶色の瞳に続いて、自然と強ばった肩。声も出せないまま反射的に壁の方へと顔を背ける中はっきりと聞こえた音は、部屋の中に響くことなく消えていく。

 しかし目の前の壁に反射した月光の中には、間違いなくヒトの形をした影が浮かび上がっていて。


 ──吸血鬼が、入ってきた。


「……」

 咄嗟に目を瞑り寝たふりをする。起きていると分かれば、彼が帰ってしまうかもしれないから。

 いつもとは真逆の行動を取りつつ、苦しさを覚える呼吸を極限までゆっくりにし、あくまで寝息を立てる様子を装った。


 ギシッ。


(っ……)

 ベッドを軋ませた彼が覆い被さる気配を耳が拾う。呼応するように手足の末端から固まってゆく中、ゆっくりと上体を倒した彼の呼吸音が近付いたのが分かった。

 瞼を伏せたまま、彼の動きを注意深く感じ取る。すると不意に聞こえたのは、目の前からの僅かな衣擦れの音。


「……なんだ、()()寝ているのか」


 右頬にかかった髪を冷たい指がさらりと掬い、流れるように耳へと寄せる。そうして露わになった肌に添えられた掌に思わずぴくっと反応してしまったが、彼は特に反応を見せないまま顔の輪郭をなぞり、指先を首元へと滑らせる。


 そうして不意に離れたその手は再度顔の輪郭に触れると、優しい手つきで顎を掴む。次の瞬間まるで目を合わせようとするかのようにゆっくりと、彼の手によって顔の向きが正面へと戻された。


 目的が読めないその行為を受け入れながら、先ほどの彼の言葉を耳の奥で反芻する。


 彼の言った『また』とは一体どういう意味だろう。

 自身はいつも、起きて逃げようとしていたではないか。


 やはり、また作戦がバレている?

 

「……」

 一瞬にして身体が強張ったものの、顎に触れた彼の体温が離れていくことはないようで。


(……じゃあ)

 もう、いいだろう。


 彼と向き合ったままゆっくりと瞼を上げる。刹那、茶と赤の瞳が至近距離で絡み合った。

 普段は逆光となって差し込む月光が角度を変え、彼を照らすスポットライトとなって降り注ぐ。そうして初めて目にすることが出来たのは、今まで隠されていた吸血鬼の全貌。


「……っ」


 瞬間満月のように見開かれた鮮血の双眸は、すぐに半月の形へと姿を変える。

 白黒の髪の隙間から覗くそれは、ただ真っ直ぐにこちらを見据えるばかりで動かない。そこに含まれているのは驚きか、それとも敵意か。

 

 しかしいつの間にか呼吸を極限まで浅くしているのは、芽衣も彼もどうやら同じようだった。


(……そっか)

 自身で企てた罠に引っかかったのは、他でもない彼。図書室で、公園で膝を突き合わせていたあの頃にはもう戻れない。

 ぐるぐると否定し続けた最後の仮説は、もう認めるしかない。


 そうして芽衣は極めて冷静にゆっくりと、彼の名を呼んだ。


「こんばんは、翔」



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