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答えあわせ②

『芽衣ちゃんこんばんは』

「こんばんは、すみませんこんな夜遅くに」

 

 時計の針が2時過ぎを指す真夜中。自宅リビングのソファーに腰掛けながら、芽衣は翔の兄である和海(かずみ)と電話を繋いでいた。


『俺から誘ったんだし気にしないでいいよ。それより早速始めよっか』

 答えあわせ、と付け加えた彼の声を聞きながら心拍数が増す。吸血鬼の正体に近づけるかもしれない好機に、芽衣の心はどうしようもなく波立っていた。


『木を隠すなら森の中ってとこまで分かってるんだよね?』

「ですね」

『じゃあ、人を隠すならどこがいいと思う?』

「……人」


 投げかけられたその問い。導き出したことわざの持つ意味は『同じものに紛れ込ませるのが最適』、ならば


「人混み……ですか?」

『正解〜。ところで前にも言ったけど、()()()()()()の吸血鬼は人混みでも目立ちそうだよね』


 確かに、あの白と黒が混在する髪色は人目を引くだろう。しかしそんな特徴的な人物をただの一度も見たことがない。

 そんな人物が人混みに紛れるためには──


「髪を染めれば目立たない……?」


 考えついた言葉が無意識に口から溢れ落ちる。なぜ、今まで思い至らなかったのだろうか。

 普段からあの髪色で生活するより、周囲と同じに染めてしまった方が目立つこともなく便利だろう。そうして頭が冴えていくような感覚を覚えていると『そうそう』と、電話口から楽し気にトーンの上がった相槌が聞こえてきた。


『芽衣ちゃんとかうちの海斗は例外として、日本人は翔や俺みたいに黒髪が多いよね。無難に黒髪にすれば目立たないと思わない?』


 つまり、髪や目を黒く染めた状態で日常に溶け込んでいるということ。確かに黒髪黒目なら目立つこともないし、紛れるという観点で言えば大正解だろう。


 そして、芽衣はここであることに気が付いてしまった。


(黒目黒髪なら私の周りにもいっぱいいるし……その中に紛れててもおかしくないってことでしょ)

 

 考えたくもない仮説が頭を過ぎり慌てて首を横に振る。もしそれが正しいとするなら同級生だけでなく日常で会う人物皆んなが怪しく見えてしまい、いよいよ誰を信じていいのか分からない。

 現に、今電話をしている和海だって黒目黒髪なのだ。


『吸血鬼は男性でしょ?』

「えっ、すごい。なんで分かるんですか?」

『翔が言ってたよ。あ、ちょうどいいから翔で想定してみよっか』


(想定?)

 和海の口から飛び出したのは彼の弟の名前。同じく黒目黒髪で、吸血鬼とは似ても似つかない色を持つ彼。


『あくまでもしもの話なんだけどさ。例えば翔が本当は吸血鬼だとして、染めたりカラーコンタクトで正体を隠すのには限度があると思わない?』

 

(あ、確かに)

 社会に溶け込むために髪や瞳を黒く染めたとして、自身の前に現れる際だけ色を戻す手間を果たして選ぶだろうか。

 

「染めたままの方が楽…ですよね」

『そうだね。なら、彼らが人間に擬態出来るとしたらどうだろう』

「擬態?」

『そ、カメレオンみたいな感じ』


 擬態、カメレオンのようにということはつまり。


「染めなくても地毛の色とか目の色を好きなように変えて生活出来る……ってことですか?」

『流石芽衣ちゃん。理解が早いね』



 吸血鬼は、外見の色を自由自在に変えることが出来る……?



(あっ、なるほど)

 ストンと、芽衣の中で何かが腑に落ちる音がした。

 人間に化け外見的特徴である色を周りと同じにしてしまえば、目立つことはなくなる。 

 とすると、自身の前に現れるあの姿が本来の『吸血鬼』であり、任意で姿を人間に変えられるということ。相手は人間ではないのだから、常識外のことも可能なのかもしれない。


(……ちょっと待って、なら)



 ──翔が吸血鬼でない根拠は、一体何があるのだろうか。



 ふと、先日向かい合って言葉を交わした際の彼の姿が思い浮かぶ。

 その首元を飾るチョーカーは吸血鬼のものに酷似しているが、外見の色が違うという理由で吸血鬼の候補から外した。しかし彼と吸血鬼の関係を否定する根拠は、言ってしまえば外見的特徴が違うという一点のみ。

 そしてよくよく思い返してみれば吸血鬼の背丈は自身が少し見上げるほどに高く、髪も前髪にかかる程度の長さ。声も耳にすんなり馴染むほどには低く心地の良いもの。

 

 そのどれもが、翔の特徴と一致する。


(っ……でもちゃんと翔の口から違うって)


 ……言ったっけ?


(……あれ)

 あの時、彼は一度でも『違う』と明確に否定しただろうか?

 記憶を辿るが、求めているその文言はいくら探しても出てくることはない。


(人間に擬態できる吸血鬼、ならやっぱり……)


 しかし。

 もし、例えば翔が本当は吸血鬼だったとして。

 一体なぜ、わざわざ自身の正体を賭けるという危険を冒してまで『調査』を提案してきたのだろう。


『俺から言える答えあわせはここまで。あ、そうだ芽衣ちゃん、暑いからって窓開けて寝るのはおすすめしないよ』

「へっ!?」


 思考を巡らせていた頭に届いた文言で思わず驚声を上げ、手から滑り落ちそうになった携帯電話を慌てて握り直す。

 確かに7月に入ってからというもの、吸血鬼が現れる前のように自室の掃き出し窓を開けて眠っていた。窓を閉めたところで意味がないと割り切ったためである。

 しかし季節は梅雨明け直後。夜中に雨が降る可能性を考慮し、窓は半開きにしていた。


「っ、なんで分かったんですか?」

『お、当たってた?今の時期寝苦しくなるし、俺も開けて寝てるからそうじゃないかと思って』


(ええ……?)

 当てずっぽうでの発言というより、窓が開いているのを分かっていて忠告したような。

 そんなどこか腑に落ちないモヤモヤを無理やり押し込める。


(まあ開けて寝てても不思議じゃ……ん?)

 その時、電話の向こうから小さくドアの開閉音が聞こえた。音の聞こえ方からしてどうやら和海がいる部屋ではないようだが、おそらく同じ建物の中。誰かと一緒にいるのだろうか。

 そしてそれに気が付いたように『おっと、もうこんな時間だね。そろそろお開きにしようか』との言葉が聞こえる。


 その言葉で壁掛け時計に視線を移せばもう2時半。先客がいる中で流石にこれ以上付き合わせるのも申し訳なくなった芽衣は「ですね」と軽く返事をした。


「長々と付き合わせてしまってすみません。助かりました」

『んーん。また近々会うことになりそうだけどその時はよろしくね』

「えっ」

『あはは。じゃあおやすみ、芽衣ちゃん』

「…お、やすみなさい」


 その言葉を最後に、画面上には通話終了の文字が表示される。それにしても挨拶直前のあの言葉は一体。

(会うことになる…?なんか用事でもあるのかな)


 思い当たる節を探してみるが特に見つかる訳でもなく。

 それよりも、この30分で得られた吸血鬼の情報の方が芽衣にとっては重要だった。


 再び浮かび上がった疑惑。それを当の本人に尋ねるのはやはり勇気が要るが、『吸血鬼ではない』という文言さえ聞くことが出来れば心は幾分か軽くなるだろう。


(でもまた不機嫌になられても困るし、この答えあわせは内緒のまま聞いて……)



 ──答えあわせ?



 その言葉が浮かんだ刹那、ほんの一瞬だけ芽衣の呼吸が止まる。それは自身を誘った和海の言葉。

 ヒントに対する答えあわせだと思い気に留めなかったが、吸血鬼の正体を知っている、あるいは何かしらの確証を得ていなければ出てこない言葉。

 

 しかも。


「そういえば吸血鬼の髪色、和海さんに白としか伝えてなくない?」


 ふと過ぎった彼の言葉、『特徴的な髪色』という言い回しが今更ながらに引っかかる。白髪と言い表さなかったのは、吸血鬼(白黒)の髪色を元々知っていたからではないのか。


 翔の話では、吸血鬼は最低でも2人以上はいるらしい。ならばやはり、和海は夜な夜な現れるあの吸血鬼を特定しておりその正体を知っている、ということになるのだろうか。


(えぇ……)

 翔も和海も、肝心なところはなぜか教えてくれない。そんなモヤモヤを消化しきれないまま身体から力が抜けていく。

 そろそろ寝よう、そう考えた芽衣は無理やり身体を動かしテレビとリビングの電気を消すと、2階の自室へと足を進めた。

 

 **


「っ!!?」

 

 まるで冷水を浴びたように全身の血の気が引き、根が生えたような足は一歩も動くことが出来ない。

 和海との電話を終え自室を目指した芽衣だったが、部屋のドアを開けた瞬間石のように固まってしまった。

 

 自身の頬を撫でる風は目の前の掃き出し窓から吹くもの。

 そうして彼女の瞳が捉えたのは、部屋を出る前は確かに半開きだったはずの窓が全開になっているこの光景。


 ──吸血鬼が、入ってきた?


(!!!)


 次の瞬間叩くように部屋の電気スイッチを押し室内を白く照らす。

 明るい静寂の中ドクドクと脈打つ鼓動を耳にしながら、部屋の中を左手側のベットから右へとゆっくりと見渡した。


 ベランダにも室内にも、それらしき姿は確認できない。

 そうして次に目に映ったのは向かって右手側、1人くらいなら余裕で入ることが出来る折れ戸のクローゼット。


 まさか。


(っ……)

 ゆっくりと、長くて短い距離を進む。

 両親を呼んでこようか、いや、吸血鬼なんて存在が露見すれば間違いなくパニックになってしまう。


 泥棒でなく吸血鬼なら、殺されることはないはず。

 でも、怖い。


(い、ないよね……?)

 気味の悪い冷や汗がこめかみを伝い、心臓が口から飛び出そうなほど脈打つ。

 そうして震える指先でおそるおそる取っ手を掴み、意を決して勢いよく手前へと引いた。


 

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