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宣言

(あれ、違ったのかな)

 目を見開いたまま微動だにしなくなってしまった翔だが、それでも視線だけは真っ直ぐに芽衣を射抜いている。その漆黒に含まれているのは、彼にしては珍しいほどの驚嘆の色。


「なんで分かったんだ」


 端的に紡がれたその言葉で、芽衣は自身が立てた仮説が合っていたことを察した。彼女の推理が予想の斜め上を行ったためだろうか、声にまで感情が滲んでいるような気がする。普段から無愛想な彼の声色に、である。


(まさか自分のこと言われるなんて思ってなかったよね……)

 純粋に驚いたような翔の言動をそう解釈した。そして彼の瞠目が今回ばかりは見間違いでないと再認識しつつ、彼の問いへの答えを返す。


「んーなんとなく。やけに慣れてるなあと思ってさ」


 言いながら脳内に『吸血鬼を見たことがある』という彼の発言が再生された。昨日教えてくれた髪色等は、以前調査をした時に見たと考えるのが自然だろう。

(なら顔も見たことあるんじゃ……?)

 彼の見た吸血鬼が後ろ姿だけならともかく、髪が見えたのなら顔も同時に見えているはずではないか。

 ならやはり、彼はわざと答え合わせのような形式にしているのだろうか?


 そう推理を膨らませていると不意に、いつの間にか背もたれに身体を預けた翔が言葉を発した。


「随分と、勘が良いんだな」


 一見すると褒めているような文言。しかし皮肉めいた口調のせいだろうか、まるで褒められている気がしない。


「それほどでも……?」

 とりあえずそう返してみるが、おそらく純粋に褒められた訳ではない。何故かは分からないが漠然と、輪郭も捉えられないままにそう直感した。しかし、次の瞬間にはその小さな心の棘も思考にかき消されていく。


(まあ、気にするほどのことでもないし)

 違和感を見逃したことに気が付かないままの芽衣に対し、彼は少しばかり考えるそぶりを見せてから口を開いた。


「……前にも同じことをしたが、何度やっても吸血鬼の正体までは辿り着けなかったな」


 いつかのように彼自身の首を右手で摩りながら、どこか懐かしむように翔は言葉を紡ぐ。その言葉で、彼がやたらに吸血鬼について詳しい理由がようやく腑に落ちた。

 しかし少なくとも2回以上は調査を行っているにも関わらず未だに正体が分からない。同時に発覚したその事実に、目の前が若干暗くなる。

(このまま分からない可能性もあるってことでしょ.....?)


「どのくらいの期間調査してたの?」


 回数を重ねていることは分かったが『何度も』ということは、なにかしら限度を設けていたのではないか。そしてその限度内に終わらなければ、一緒に調査をしていた相手は吸血鬼について分からずじまいなのだろうか。


「……長くて2ヶ月。それでも分からなかったら次に移る」

「次?」

「吸血鬼だって移動するからな。同じ所にはいない」


 思い出すように顎に手を当て『調査の期限』を明示した翔。その長いようで短い数字に、芽衣はほんの少しの焦りを覚えた。

 それを過ぎてしまえば翔は次に移り、自身は吸血鬼の正体を知ることは出来なくなってしまうだろう。


(移動するのは分かったけど……なんだろ、なんか引っかかるなあ)

 やはり、彼の言葉の随所には言い表すことが難しい違和感が残る。その正体はモヤとなり掴むことが出来ないが、気にしたところで意味がないことも分かっている。

 それよりも今重要なのは、吸血鬼の正体を暴くことなく調査が終了してしまう可能性が浮上したこと。


「前に一緒に調査した人達って、吸血鬼の正体分かんないままなんでしょ?」

「ああ」


『もしかして』という希望を持つ余地すら与えないほどに即答され、芽衣は肩をガックリと落とす。そうしてそのまま前のめりになると、落ち込むように自身の顔を両手で覆った。


「だよね〜。私もそうなるのかなあ」

 両の手に遮られくぐもった声は未来を悲観するようで、どこか投げやりにも聞こえるようなもの。

 サスペンスドラマでも小説でも、一度見始めたのなら結末まで知りたい。しかし、そう上手く事が運ばないのが現実というものなのだろうか。


「お前なら大丈夫だと思うが」


「っえ?」

 しかし次に翔から聞こえた言葉。どこか確信に満ちた短いそれを理解するまでに、芽衣は少しばかり時間を要した。


(私なら?)

 どういう意図を含んだ発言なのか聞き返そうと顔を上げたが、彼と視線が交錯した時に悟った。

 きっと、今は教えてくれない。


 色々気になるところはあるが、少なくとも2ヶ月間は協力してくれるつもりらしい。それに何より、彼は自身に期待しているようだ。

 そう言ってくれるのなら。


「じゃあ、私は1ヶ月で正体暴いてみせようか」


 半分冗談混じりにそう言ってみる。既に調査を開始してから1週間と少しが経過しており、どう考えてもあと3週間ほどでは終わらないことは明白だった。それに吸血鬼の特徴や行動を知る彼でさえ辿り着けないのだから、自身の発言は雲を掴むような話だろう。


 しかし。


「……面白い、やれるものならな」


(っあ、れ)

 次にそう答えた彼を見た瞬間、芽衣は思わず息を呑んだ。


 翔が、笑っている。荒唐無稽な宣言を一蹴することなく、まるで楽しいとでも言わんばかりに眉を上げて。


「う、ん。頑張る」

 すぐに口角を下げた彼から目を離すことなく、まるで信じられないと言わんばかりの顔をしつつそう答える。


(なんか、めちゃめちゃ期待してくれてるっぽい?)

 それなら彼の笑顔を裏切らないようにしよう、そう心に決めた芽衣。


 初めて見た彼の愉しげな顔は彼女の記憶にはっきりと焼き付き、いつまでも色褪せることはなかった。


 **


「テスト&高総体お疲れ様〜!!乾杯!!」

「かんぱ〜い!」


 紗季の元気な音頭に応えるように、芽衣はガラスのコップををカチンと鳴らす。

 放課後の調査から1週間後の土曜日のこと。2人は芽衣の自宅にて『お疲れ様会』を開いていた。彼女の両親は共に買い物に出掛けているため、家には現在芽衣と紗季の2人のみ。

 そのため、吸血鬼という人前では憚られる話題にも手をつけることができる。


「これで心置きなく調査に参加できるわけだけど、最近やってるの?」

「ん、まあ」

 紗季の手土産であるクッキーを口にしながら短く答えた芽衣だが、『最近やっているか』と聞かれると微妙なところ。


 実は直近で会議をしたのは先週の火曜、つまりあの宣言をした日が最後だった。それ以来出来なかった理由は単純で、翔の飛び石での欠席が続いたためである。

 彼と会話をするようになるまでは特に気に留めていなかったが、おそらく今回欠席するまでは皆勤だったように思う。そういえば、昨日も欠席していたような。


(また具合悪いのかな……)

 関わりを持つようになってから、芽衣は無意識に翔のことを気にする回数が増えた。自身の問題に協力して貰っているのだから心配の情くらい湧くだろうが、あの青白い顔がどうしても頭から離れない。


 そうして翔について考えていた時ふと、最後の会議をした時の会話が思い出された。()()仮説は紗季の発言がきっかけで思い至ったのだから、答えもきちんと教えておいた方がいいだろう。


「そうだ、吸血鬼は血がなくてもある程度大丈夫ってやつは合ってたみたいだよ」

「ほんと!大きな一歩じゃない?」

「だといいけどね〜」


 しかし、再度よく考えてみれば最後に吸血鬼が姿を現したのが先週の日曜日。そこから既に2週間が経とうとしているが、一向に現れる気配がない。

『ある程度の期間』が1週間というのは、考え直した方がいいかもしれない。


「そろそろ反撃の方法も考えないとなあ」

 そう呟き、芽衣はクッキーを1つ頬張った。鍵を閉めたところで入ってきてしまうのなら、やはり自衛策は講じておいた方がいいだろう。しかし彼の正体を暴くという目的と両立させるのであれば、部屋から逃げるのは得策ではない。

 どんな方法であれ、吸血鬼に一撃をお見舞いすることになるのだ。


(どうすればいいの……殴る?でも殴り方なんて分かんないし……顔は、ちょっとやだな)

 今までの人生で人を殴った経験などなかった芽衣だが、今回ばかりは仕方がない。しかしだからとて、顔面に手をあげるようなことは到底出来るわけもなく。

 甘い考えかもしれないが、可能なのは鳩尾から下にかけてになるだろう。


「真正面からだと望み薄だし……どうしよっかな」

「おわ、なにする気?」

「お腹に一発、出来るかな」

「うわ〜物騒」


「仕方ないよね」と返事をしつつ、そう思案していた時。

 不意にヴヴッという振動音とともに、芽衣の携帯のカメラレンズ右横が白く光った。それを受け携帯を表に返すと、そこには母からのチャットメッセージが表示されている。


「芽衣のは通知来ると光るから分かりやすいね。んで、なんの通知?」

「お母さんから。昼ご飯食べてくでしょ?」

「いいの?やったね」


 紗季の言葉を受け手早く母へ返信をすると、芽衣は再度携帯を裏返してテーブルに置く。そうして背面を一瞥した、その時。


(あ、これ使えるんじゃ?)


 ふと、芽衣の頭にとある妙案が降ってきた。



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