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ご機嫌ななめ②

(本気で連絡先交換する気なの!?)

 てっきり不快感を抱いた勢いで口にした言葉だと思っていたために、まさか覚えているとは思ってもみなかった芽衣はただ瞠目するばかり。

 そうして見開かれた茶色の瞳の先には、無言でこちらを威圧する翔の姿が。今朝よりも機嫌が僅かに良くなったと思ったのは、どうやら勘違いだったようだ。 


(でもさあ…)

「私の連絡先なんて使わないでしょ……っあ」

 思わず漏れた心の声に驚き、慌てて口元を覆う。しかしその言葉が癪に障ったのか、翔は無表情を歪ませながら


「なんだ、あの2人は良くて俺は駄目なのか」

 

 と、詰問口調でこちらへと1歩距離を詰めてきた。それに呼応するように、芽衣の足も半歩後ろへと進む。


「駄目って訳じゃ……。でもほんとに要らないと思うけど」

「要る要らないの問題じゃない。俺が欲しいって言ってるんだ」

「ええ…」

 鋭い口調で食い気味に言い切ったその姿に、芽衣はただただ困惑していた。


 一体何故、翔は『ただの同級生』の連絡先にここまでこだわるのだろう。


(まあ、交換自体は別に良いんだけどさあ……)

 訳も分からないまま高圧的に詰められれば、人間誰しも警戒心を抱くというもの。いつもは楽観的な芽衣も、この時ばかりは持ち前の疑り深さが発動していた。


「っていうか、番号言ってくれれば私打つよ」

 別に他者に携帯を覗かれることを警戒している訳ではない。強いて言うなら、目の前の不機嫌な男自体を警戒しているといったところか。

 しかしその言葉を受けた翔は緩く目を瞑ると、やれやれといった様子で

「何もしないから貸せ。お前の携帯の中身に興味はないからな」

 そう心底どうでも良さそうに言われてしまっては、他の代替案が思い浮かばない。


(なんで興味ない人間にそこまで……。まあいいけども)

 結局今回も押しに負けた芽衣は言われるがまま、スマートフォンを差し出した。これでは何でも相手に従ってしまいそうだと、知らないうちに苦笑が漏れる。


 そんな芽衣を横目で見ながら、翔はタッチパネルを操作して番号を打ち込んでいく。そのまま流れるように11桁を打ち終わると通話ボタンを押し、自身のポケットの携帯が音を立てて振動したのを確認した。


(使うかな……いいけどさ)

 なにはともあれ彼の目的は達成されたのだからと、携帯電話を返して貰おうと口を開きかけた、その時。


 ──ほんの一瞬、見間違いかと思う僅かな瞬間だけ、翔の表情が満足げなものに変わった気がした。

 

(…えっ?)

 刹那の変化に驚き、ぱちぱちと瞬きする芽衣。確かに一瞬だけ、眉が上がったような……。

 いつもの無愛想な顔からは到底想像できない、勝ち誇ったようなあの表情は目の錯覚だろうか。


 芽衣のもの珍し気な視線を感じ取ったのか、翔はいつもの無表情でこちらを振り向くと

「……お前な、ロックも掛けないで不用心すぎないか」

 とだけ言い、呆れた表情で携帯を差し出してきた。確かに一理あるが、携帯を半ば強引に差し出させた彼にそれを言う資格があるのだろうか。しかも

「翔だってロック掛けてなくない?」

 そう問いかけると腕組みをしながら「俺はいいだろ」との返答が返ってくる。


(どういう理論よ……)

 呆れたように肩を竦める芽衣の前に立つ翔はやはり、いつものように口を真一文に引き結んでこちらを見下ろしている。


 以前「吸血鬼を最初に見たのはいつか」との質問に答えた際の瞠目もそうだが、やはり一瞬変わったと思ったあの表情は気の所為だったのだろうか。



「それで、今日は調査出来そうか」

 まるで今思い出したかのように、翔は唐突にそう問いかけてきた。目の前の男をぼーっと見ていた芽衣は我に返ると、「翔が良ければ」とだけ返事をする。

 今の芽衣にとって最も重要なのは、夜毎自身の前に現れる『彼』の目的と正体を暴くこと。機会があるなら是が非でも協力してもらいたい。


(まあ機嫌悪くても顔色良さそうだし、翔が大丈夫って言うなら)


 しかしここで1つ問題が浮上する。以前のように図書室で会議をした場合、また生徒が来た時に切り上げることになるだろう。


(テスト終わったからって油断できないよね…話聞かれても困るし……)


「月が関係しているのでは」という仮説の先を考えようとして遮られ、全て霞のように消えていった後悔が脳裏を掠める。


(誰にも聞かれない場所……あ、そうだ)

「公園はどう?この前行ったんだけど」

 その言葉に、形のいい眉がぴくりと反応する。

「この前兄さん達と会ったっていう公園か?」

「そこまで言ってたんだね」

「……ああ」

 何かを思い出したのか、眉を顰めながら短い返事をした翔。思えば今朝、彼の兄弟の話をした際も同じように苦い顔をしていたような。


(……あまり聞かれたくない話題だろうし、私は調査が出来ればそれで)


「じゃあ、公園までは私が案内するね」

 そうして久しぶりに『調査』をすることになった2人は、高総体前の部活動で賑わう学校を後にした。


 **


 芽衣が先を歩き、高校から少しばかり離れた公園に到着した2人。腰掛ける場所を探してふと視線が向かったのは、先日翔の兄弟と会話を交わした木陰のベンチだった。その視線から考えていることを察したのか、今度は彼が前を歩いてベンチを目指す。

 そうしてベンチの前に立った翔は座面を手で払うと、「ほら、座れ」と促してきた。その姿に、不意にあの日の和海の姿が重なる。顔も性格も全く似ていないのにこういうところは兄弟なのだと思わず感心した。


「ありがと」

 先に座った芽衣のすぐ横に腰を下ろし、並んで腰掛ける2人。

(同じクラスの人いれば絶対誤解されるじゃん……いないっぽいからいいけどさ)

 自身との関係を変に誤解されて困るのはおそらく翔の方だろう。申し訳なく思いつつもベンチに腰掛けて話す手前、こうなることは致し方ないのだと自らを納得させる。


 そんな芽衣の逡巡を知ってか知らずか、顔だけをこちらに向けて翔は口を開いた。


「というかお前、その首どうしたんだ」

 黒いチョーカーで飾られた首元をトントンと指差しながら、こちらに視線を固定したままそう問いかけてくる。


「首?……っ!?」


 今の今まですっかり忘れていたその意味に気付いた瞬間、芽衣はガバッと咄嗟に首元を両手で覆った。


(気付いてたの!?)

 自身でさえ忘れてしまうほど、誰にも指摘されることはなかった咬み跡。しかも、翔も今朝は何も言わなかったではないか。


「ちょっと、虫に……」

 不意を突かれしどろもどろになりながら、用意していた言い訳をなんとか口にする。相手は吸血鬼の存在を知っているのだから打ち明けてしまえば良いとも思い直したが、一昨日の夜を思い出してしまうととても言いにくい。

(変なとこ咬まれたしなあ……)

 そう考えつつ、無意識に手は左脇腹を摩る。するとじわじわと、吸血鬼に肌を撫でられたあの感覚が蘇ってきた。

 くすぐったいようで、続くほどに言い知れぬ恐怖を覚えるあの感覚。未知の感覚を味わされる度、肌が粟立つほどに慄き思考が混濁する。しかも逃げようとすればするほど牙が奥深くに食い込むのだからタチが悪い。


 そんな状況とは裏腹に、次第に朧げになった意識。それが途切れる前の記憶を手繰り寄せた時、月明かりに照らされた煌めくものが脳裏に浮かび──。


(っ……!!)

 思い出した途端、芽衣はかっと頬が熱を帯びたのを感じた。あの時、吸血鬼を見た時、自身はなんと言った?

 

 確か、『綺麗』と口走ったような……。


(っああもう虫ってことにしといて……!!)

 開き掛けた奥底の記憶に蓋をし、祈るような気持ちで翔へと視線を送る。


「そうか」

 しかし意外にも、彼がそれ以上追求してくることは無かった。あまりにもすんなりと受け入れられてしまい、逆に拍子抜けしてしまう。

 

 本気で信じたのか、はたまた見逃してくれたのか。どちらにせよ好都合だと、ほっと安堵したのも束の間。


「それで、吸血鬼については何か分かったか?」

 

 いきなりそう問われ、ぎくっと身体が強張る。

 なぜこのタイミングでその話題が出てくるのだろうと思ったが、こちらを見ながら指先で首元を軽く叩く彼を見て、言わんとすることを全て察した。

 

 やはり、吸血鬼の仕業だと気付いていたのか。


(もしかして揶揄(からか)った?)

 真顔で人をおちょくることも出来るのかと感心したが、肝心の問いかけには緩く首を横に振る。


「いつもみたいに逆光で顔隠れてて見えなかったよ」

「そうか。なら髪はどうだ」


(髪?)

 ピンポイントなその問いかけに、先ほど蓋をした記憶が蘇る。天井を向かされた時目に映った、月光に照らされ銀糸のように煌めいていた白い髪。

「白かったよ。もしかして翔が見た吸血鬼も髪白い?」


 軽い気持ちでそう問えば、翔は少し思案するように目を逸らし、前屈みになりながら呟くように言葉を紡ぐ。

「……白いのも、灰色のもいたな」

「えっ」

(教えてくれるの!?) 


 ここで初めて、彼は自身が見たという吸血鬼の情報を開示した。しかも彼らは個体によって髪色が違うらしい。それ以上に驚いたのは、芽衣を襲う吸血鬼の他にも最低1人は別物がいること。

 以前は本当に探る気があるのかと疑うほどだっただけに、彼がもたらす僅かな情報が芽衣にとっては大収穫のように感じられた。


(やっぱり、吸血鬼について知るためには翔いないとダメみたい)

 そう思った芽衣は良い機会とばかりに、ずっと考えていた疑問を口にする。


「疑問なんだけどさ、なんで私なんだろ?別に美味しい血じゃないだろうに」

 

 他にターゲットがいるとして、その中に自身が含まれていることが不思議でならない。どこにでもいる一般的な高校生なのに。

 まさか、あの小説のように自身も気付いていない特別な何かしらがあるのだろうか。


「…さあ。吸血鬼に聞いてみないと分からんな」

 しかしここに来て、翔はにべもなく芽衣の疑問を片付けた。確かに彼に聞いてもどうしようもないが、吸血鬼に聞いてみる訳にもいかない。

(だよねえ…)

 分かりきった返答に肩を落とし、途方に暮れたように公園の遊具をぼーっと見やる。


 そしてばっさりと斬り捨てた彼に視線を戻せば、何故かまたも思案するように顎に手を当てる姿が目に入った。不思議に思い凝視していると、ゆっくりと首をこちらに向けた彼と目が合う。が、答える気は依然としてないようだった。


 もしかして、別のことを考えているのだろうか?


(急にそっけなくなるじゃん。まあ今に始まったことじゃないんだろうけどさ……) 

 翔が答えられるのは、あくまで吸血鬼の『身体的特徴』だけなのだろう。芽衣が見た感じはヒトの姿をしていたのだから、特徴があるとすれば目の色や口元の牙などの顔の部分か。


(髪が白いってことは目の色も黒じゃないだろうし…っていうか人じゃないから当てはまらないか)

 せめて顔が見えればと悶々とする芽衣。その隣では翔も珍しく長い考え事をしているようで、視線を横に向けたまま無言の時間が続く。


 

 そうして吸血鬼について各々熟考していた2人は、彼らに近づいてくる足音に気が付けずにいた。



「やあ、奇遇だね」

 

 不意に頭上から落ちて来た声に驚いたのは、2人ともほぼ同時だった。

 聞き慣れない声に一瞬固まる芽衣とは対照に、反射的に顔を上げた翔。そして彼らしくもなく黒い瞳を大きく見開いたまま

「兄さん」

 とだけ呟いた。



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