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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

どうして悪霊に祟られたのかわからない。

作者: ゆす

 夕方。

 学生や昼間働いた人々が自宅に帰る時間帯。


 学校指定の制服を着た、高校生の数人が談笑しながら街を歩いている。

 いずれも整った顔立ちでアイドルグループのような男女だった。


 その中でも、ひときわ目立つ容姿の長い黒髪の美少女がいた。


 名前は、西園寺きらら。

 成績優秀、スポーツ万能。

 実家は大きな会社を経営する資産家のお嬢様である。


 西園寺きららは、心を痛めている。


 クラスメイトの女生徒『小鳥遊たかなしことり』が不登校になった。

 一週間以上も、その姿を見ていない。


「西園寺さん、どうしたの? 元気ないな」

 茶髪のイケメン男子生徒『東雲マサヨシ』が、話しかけてきた。


「小鳥遊さんの事を考えていました」


 どうして彼女は学校に来なくなってしまったのか。

 自分には何かできたのではないかと考えている。


「あぁ、小鳥遊か。最近見ていないな」


「気にすることないよ。俺たちだけはあいつに優しくしてやったじゃないか」

 少し小柄で子犬のような男子生徒『北条ケンイチ』が二人の間に割り込んだ。


 西園寺とその友人たちは、無口で引っ込み思案な小鳥遊を心配して積極的に声をかけていた。


「小鳥遊さんは、何を悩んでいたのでしょうか」

 西園寺は、憂いた様子でため息をついた。


 容姿が美しく人並み以上に賢い西園寺は、学校には親しい友人がたくさん居て、授業もわかりやすくて毎日が楽しい。


 ゆえに、クラスカースト最底辺にいる小鳥遊の気持などまったく理解できていなかった。


「所詮、他人の考えなど理解できない。ましてや小鳥遊など」

 赤毛の武人めいた男子生徒『南部タケヒト』が西園寺の肩をたたいた。


「きららは気にしすぎなのよ」

 ショートカットの女生徒『天野ひかり』が西園寺の腕に抱き着いてなぐさめた。



 西園寺とその友人たちは知らない。

 このとき話題となっていた『小鳥遊ことり』が悪霊めいた生命体に憑りつかれ、まったく別の人格へと変貌していた事を。


--


 西園寺の仲良しグループはいつも一緒だ。


 だが、友人たちと談笑する楽しい時間は終わり、自宅に帰る時間になった。

 周囲はすっかり暗くなっていた。


 たまたま通りかかった、取り壊し予定のまま手つかずになった雑居ビルが不気味な影を落としている。


 西園寺きららは視力も良い。

 ゆえに、フェンスで囲われた雑居ビルの敷地に侵入する女生徒の後ろ姿を見逃さなかった。


「あれは、小鳥遊さん?」

 西園寺は、小鳥遊を追って駆けだした。


「西園寺さん、一体どうしたんだ」

 一緒に居た友人たちも、わけもわからず西園寺の後を追って雑居ビルの内部に侵入した。


「居たの。小鳥遊さんが!」

「見間違いじゃ無いのか?」


「いえ、あれは確かに小鳥遊さんでした」


 雑居ビルの窓はフェンスに覆われている。

 内部は、非常用の照明すら無い暗闇だった。


 各自スマホのライトを点灯して、慎重に廊下を歩き、階段を登った。

 肝試し気分で探索する。

 人の気配は無く、不気味な暗闇が続くばかりだった。


「誰も居ませんね」

「もう帰ろうよ」


 何も見つからず、すぐに四階に到達した。

 雑居ビルに侵入したのは全部で五名。


 初めに姿が見えなくなったのは、最後尾をダルそうに歩いていた小柄な男子生徒『北条ケンイチ』であった。


 音も無く開いたドアから触手のような真っ白な腕が伸びてきて、あっとゆう間に暗い部屋の中に引きずりこまれた。


 ドアがゆっくりと閉じる。

 だが、その様子に前を歩く友人たちは誰一人気が付かなかった。


「あれ? 北条が居ないぞ」

「ほんとだ。 あいつ先に帰ったのかな?」

「先に帰るなら、ひと言いってくれれば良いのに」


 つい先ほどまで、後ろに居たはずなのに電話をかけても繋がらない。


「俺、ちょっと探してみるよ」

「あっ、私も一緒に行く」


 『東雲マサヨシ』と『天野ひかり』が廊下を戻る。


「待って下さい。知らない場所で別行動など危険です」

 西園寺が引き留めた。


 だが「すぐに戻る」と二人は聞かずに階段を降りた。


「真っ暗で、なんだか気持ち悪いね」

 そう言って、天野は東雲の袖を掴んだ。


「そうだな。このビルには何かが居る。そんな嫌な気配がある」

「ちょっと、やめてよそういうことを言うの」


 二人は少し怖くなって早足で階段を下った。

 一階、二階、三階。


「あれ? このビル何階建てだっけ?」

 どれだけ階段を下っても、階段は途切れることなく続いていた。


「ひ、引き返して西園寺さん達と合流しよう」

「うん。そうだね」


 今さら引き返しても、もう遅い。


「ねぇ、この階段いつまで上るの?」

「俺に、聞くな!」


 上りの階段は延々と続く。

 二人が四階にたどり着くことは無い。


--


 残された西園寺と南部の二人はその場を動けずにいた。

 電話をかけても繋がらないので、先に進むことは考えられない。


 明らかに何かがおかしい。


 赤毛の男子生徒『南部タケヒト』は、自分たちに対して悪意が向けられていることを感じていた。


「今日はもう帰ろう」

 南部は、西園寺に提案した。


 南部は、全国大会で優勝経験のある実戦空手の有段者である。

 スポーツマンらしく礼儀作法に厳しく、女性には優しい。


 内心では、西園寺きららのことは『命を懸けても守る』と誓っている。


 ゆえに、何者かに暗がりから突然襲い掛かられても、自動的に反撃することが可能であった。


「西園寺さん。危ないから下がってくれ!」


 南部は前に出て、襲撃者に立ち向かった。

 敵は複数。

 暗くて敵の攻撃は見えないが、日々の訓練で培った技で反撃した。


 殴る。蹴る。

 西園寺には指一本も触れさせないよう、必死に敵と戦った。


「南部くんもうやめて!」


 南部は、西園寺の声で我に返った。

 襲撃者は全員床に倒れている。


 試合とは違う実戦の緊張感にやりすぎてしまったが、終わってみたらあっけない相手だった。


 だが、その満足感も長くは続かない。


 スマホのライトをかざした。

 すると、床に倒れていたのは三人の友人たち。

 北条、東雲、天野だった。


 南部の必殺の技を受けて、ぴくりとも動かない。


「ど、どうして、こんなことに?」

 南部は頭を抱えた。

 全力で友人の顔を殴り、骨を砕いた感触が蘇った。


 自分を嘲笑うような声が聞こえた。

 顔を上げると、廊下の先に不登校の女生徒『小鳥遊』の姿があった。


「お前の仕業か!」

 南部は、雄叫びをあげて突進した。


 自分たちをこの雑居ビルに誘いこんだのも。

 自分が友人を傷付けたのも。

 何もかも小鳥遊のせいだと確信した。


 西園寺が、自分を制止している声は聞こえている。

 だが、自分は小鳥遊を一発殴らないと気が済まない。


 すると突然。

 南部は、目に見えない壁に衝突した。


 ガラスの砕ける音がした。

 踏みしめる床の感触が喪失し、南部はビルの窓を突き破って自由落下していることに気が付いた。


(自分が見た小鳥遊は幻覚だったのか?)


 地面に叩きつけられて、南部は意識を失った。


--


 西園寺は、警察と消防に電話をかけてみたが繋がらない。


 床に倒れた友人たちを運ぶ力も無い。

 窓を突き破って落下した友人の安否も心配だ。


「みんな待っててね」

 西園寺は、雑居ビルを出て助けを求めることにした。


 だが、そのときスマホのライトが消灯した。

 西園寺は、まったく視界の利かない完全な暗闇の中に一人取り残された。


 悲鳴を上げて、驚いたのは束の間。

 西園寺は、機転の利く女子だった。


(そうだ。壁伝いに歩けばきっと出口にたどり着く)


 西園寺は、両手を前に伸ばしてゆっくりと前進した。

 だが、どこまで進んでも一向に壁にたどり着かない。


 偶然にも廊下を真っ直ぐに進んでいるのだろうか。

 不安になって息が荒くなってきた。

 次第にこわくなって、立ち止まった。


 なぜか強い横風が吹いている。

 まるで真っ暗闇の屋外にいるかのように。


 西園寺は思わず叫んだ。

「助けて! ねぇ、だれか居ないの?」


 すると、すぐそばで聞き覚えのある囁き声が聞こえた。


「目が見えないのね、西園寺さん。助けてあげるよ」

「その声は、小鳥遊さん?」


「あなたは今、五階建てビルの屋上に居て、幅三十センチの鉄骨の上に立っている。足を踏み外して落下すると死亡するから注意してね」


「えっ、なんで? どういうこと?」

「真っ直ぐに十メートル程進むと下りの階段があるから、気を付けて歩いて」


「ちょっと待って、ちゃんと助けてよ。私たちクラスメイトでしょ?」

「だから応援してあげるよ。頑張れって」


「なっ、私はいつもあなたを心配して声をかけてあげたじゃない」

「そうね。でも、余計なお世話だったよ」


「余計なお世話、ですって?」

 西園寺の仲良しグループは、彼女がクラスで目立てるように、ノリの良い『無理難題』を振ってあげた。

 早くクラスに馴染めるように、各種行事の委員にも『半ば強制的に』推薦してあげたこともある。


 西園寺の仲良しグループの『親切』は、毎日のように実施されていた。


「小鳥遊さん。私はあなたを訴えてやる。恩を仇で返すなんて。こんな酷い人だと思わなかったわ!」

 西園寺は、どうして自分達がこんな目に合うのかまったく理解できていなかった。


「やれやれ。もういいよ西園寺さん」

 突然、西園寺の視力が回復した。


 ここは、廃墟ビルの屋上。

 幅三十センチの鉄骨は存在しない、ごくごく普通の床がある。

 目の前には、俯いた小鳥遊ことりが立っていた。

 長い前髪に隠されて、その表情はうかがえない。


「小鳥遊さん、わかってくれたのね」

 何がなんだかわからないが、西園寺はこれまでの怪奇現象の原因が小鳥遊であることを察している。

 悪戯にしてはタチが悪すぎるが、反省して頭を下げてくれたら許してあげても良いと西園寺は考えていた。


「私、西園寺さんにひとつだけお願いがあるの」

 小鳥遊は、俯いたまま話しかけた。


「お願い? なんでも言ってよ。私たち、お友達でしょ」

 西園寺は、まだ小鳥遊と仲直りできると信じていた。


 自分だけは、小鳥遊と友人でいてあげる。

 そう考えていた。


「お友達? 私たちが?」

 だが、小鳥遊から名状しがたい気配が溢れ出た。


 景色が歪むほどの怒りと絶対零度の殺意を感じた。

 そこで、ようやく西園寺は気がついた。


「小鳥遊さん? あ、あなた誰なの?」

 あれが小鳥遊のかたちをした、全く別の何かだと理解した。


「西園寺さん。私、あなたの『親切』は、もういらないの」

 小鳥遊の長い前髪の隙間から、真っ暗闇の深淵が覗き込んでいた。


 あれは見てはいけないと本能的に理解した。

 だが、それが西園寺の精神力の限界だった。


 西園寺の身体が勝手に硬直して、その意識を喪失した。


--


 その後、西園寺とその友人達は、匿名の通報者によって駆けつけた救急隊員に救助された。

 発見当時、全員『無傷の状態で』折り重なるように倒れていた。


 彼らの命に別状は無い。

 だが、全員の意識が戻らずに、今も病院のベットで眠っている。


--

登場人物紹介


西園寺きらら

 長い黒髪の美少女。

 おおらかな性格で誰にでも優しい、資産家のお嬢様。

 成績優秀、スポーツ万能で彼女を慕う友人も多い。

 悪霊と化した小鳥遊たかなしにどうして祟られたのか、最後まで理解できていなかった。



悪霊『小鳥遊』

 その正体は、イジメを苦に自殺を計った『小鳥遊ことり』の身体を乗っ取った精神生命体である。

 小鳥遊の記憶を共有しているため、西園寺とその仲良しグループを敵と判断して攻撃した。

 脳内伝達物質に直接作用する幻覚攻撃は、人類ごときに抵抗することは不可能である。



小鳥遊ことり

 無口で引っ込み思案な引きこもり女子。

 クラスカースト底辺を自覚している。

 西園寺とその友人たちが大の苦手。


 この続きは『クラスカースト最底辺だった私が、魔王となって勇者を圧倒するまで。』をご覧下さい。


 ホラーとは何か、考えてみたのですが、今回のテーマは『理不尽』です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「人間は社会的動物である、だから元人間の幽霊も人間との接点を求める」という常識を逆手に取るお話でした。 「ほっといて」という雰囲気を放つ人間をまとめて行くのが日本の学校教育だから、そりゃ主…
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