第5話
実際のところ、伯父がダイイングメッセージを残したこと自体には、とても驚いている。
伯父のコレクションの一つ、彼が大好きだったナイフで、心臓をグサリと一突き。初めて人を殺す俺にもわかるほど、確かな手応えがあった。
一撃で絶命したに違いない。そう判断して、俺は部屋から立ち去ったのだが……。
明美に言われて、後で牧彦と共に現場へ戻ったら、見覚えのない血文字が描かれていたのだ。びっくりして当然だろう。
死んだと思った伯父が、実はまだ生きていて、最期の最期の力で書き残したメッセージ。しかし何を血迷ったのか、それは『あ』という一文字だった。
俺の名前は『隆』だから『あ』は含まれていない。いったい伯父は何を考えていたのだろう? 正面から俺に刺されたのだから、犯人を見誤ることはないはずなのに……。
結果的に見れば、このダイイングメッセージのおかげで、俺は嫌疑の外へ。『あけみ』の明美と『あーくん』の牧彦だけが疑われる格好だ。
この点は、伯父に感謝しなければなるまい。そんな気持ちになるくらいだが……。
「三人は、これに見覚えありますか?」
警部が掲げてみせたのは、一冊のノートだった。
ダイイングメッセージの議論を中断してまで、わざわざ俺たちに見せるくらいだ。よほど重要な証拠品なのだろう。
大切そうに、証拠保管用らしきビニール袋に入れられている。その状態でも、ノートの表紙に「2022年」と書かれているのは読み取れた。
「あら。それって、伯父の日記かしら……」
「えっ、日記!?」
明美の言葉に、俺は驚いて聞き返してしまった。
牧彦も「知らなかった」という顔をしており、そんな俺たち三人を見て、警部はニヤリと笑う。
「どうやら、ご存知の方とそうでない方々に別れたようですな。こちらで中身を確認したところ、興味深い事実が記されていました」
続いて、警部が取り出した別の書類。日記の一部を書き写したものらしい。
「少し被害妄想だったのでしょうか? 春樹さんは、あなた方三人のうちの一人に殺されるのではないか、と考えていたようです」
「そんな……!」
明美の悲鳴は無視して、警部は続ける。
「自分自身に対して言い聞かせる、覚え書きの意味もあったのでしょう。同じような記述が、何度も繰り返されていました。『死に際に犯人を示す暗号になるものを用意しておこう』と。『隆ならば赤いもの、牧彦ならば青いもの、明美ならば黄色いもので示す』と」
そして警部は、改めて俺の方を睨んできた。
その圧力に負けて視線を逸らすと、壁の時計が目に入る。この部屋に集められてから、まだ5分しか経っていなかった。
「どうやら『あか』と書き残すつもりだったようですな。しかし血文字で記す内容よりも、血を使うこと自体に意味があったのです。血という真っ赤なインクに我々の注意が向けられれば、それだけで十分なのですから」