08
一晩寝たら疲労も取れて魔力も戻っていた。
ここまで魔力を使ったのは初めてだけど、結構回復力は高いようだ。
日本にいるときもアウトドアの趣味はなく、野宿なんて今回の遠征で初めてしたけど、結構快適だ。
一応、聖女様ということで優遇されているんだろう、騎士たちは簡易テントみたいなもので見張りを交代しながら休んでいるけど、私に与えられているのはテントというより遊牧民のゲル。野営というより移動式住居。お風呂はないので体を拭くくらいしかできないのだけがちょっと辛い。
町に来たとはいえ瘴気の影響で避難した人も多く、いまだに残っている人たちも国から派遣された騎士を歓待することもできない状況なので、道中と同じくゲルで休んだ。町の人に厚遇されても困るから結果オーライ。
私が目を覚ますと侍女たちがあれやこれや世話をしてくれる。王子がチョイスした聖女っぽいロングワンピースは、背中でボタン止めするタイプなのでさすがに一人では着られない。髪を複雑に結うことも飾りを的確につけることも私にはできないから、そのあたりは全部お任せしている。
そういう点では城にいたときは楽だった。自分で脱ぎ着できる服だったし髪は適当に括るだけ。亮君に見せるんでなければ適当でいい。着るのが大変なだけで着心地はいいんだけどね。締め付けもないし動きやすいし。
「おはようございます、聖女様。お体は大丈夫ですか?」
朝食を済ませてゲルを出たとたんに神殿騎士に声をかけられた。待ち構えていましたか、そうですか。いや、私も聖魔力の結晶のことは気になるからありがたいけどさ。満面の笑みを浮かべた神殿騎士の後ろには、なぜか不機嫌そうな実行犯も一緒だ。
「おはようございます。体は平気なのでご心配なく」
慣れあう気は無いと言っても、さすがに挨拶は返すし心配されたら答える。神殿騎士はほっとしたように、早速ですがと前置きして聖魔力の結晶について話をしたいという。
「歩きながらでも?」
「もちろんです」
さくさくと昨日の続きをしたい。ねばねばプラークを処理しないことには、血栓もどきを消し去っても時間がたつにつれてまた凝るだろう。血栓もどき……魔脈栓でいいか、魔脈栓をほどくのは簡単だけどプラークがなぁ……。昨日みっつ正常化しただけで魔力が激減して魔法が使えない状態になったし、もっと効率よく対処できるようにならないかな。
「昨日お預かりした聖魔力結晶と聖魔力粒を瘴気の濃い地点にそれぞれ配置し、どちらも瘴気を浄化することを確認いたしました。私の所見ですが、結晶よりも粒のほうが浄化速度は速く、ただ浄化の継続時間が短いようです。結晶のほうはいまだに浄化力を保持しておりますが、粒は一時間ほどで浄化能力を失いました」
なるほど、ならばまずは聖魔力粒で一気に浄化して、その後に結晶を置いて以後に備える形がいいんじゃないだろうか。
空魔石に魔力を充電させることを教わって、独学で聖魔力結晶を作るようになって四か月。かなりのストックはある。
「魔脈の乱れ自体は私が対処しないとどうにもならないとしても、瘴気を一時的に抑える手段としては悪くないとおもうんだけど、どう?」
「悪くないどころか、聖女様のご負担にならないのでしたら是非にお願いしたいです。瘴気が見えるものに結晶と粒を持たせて各地方へ派遣できれば僥倖です」
「根本的な解決にはならないけど」
「確かに、魔脈の乱れが治まらなければ瘴気はまた噴出するでしょう。ですが、一時的にでも抑えられれば――聖女様の御来迎まで希望を持てるというもの。本当にありがたく思っております」
――神殿にも瘴気を浄化できる者はいますが、瘴気の異常発生に対し神官らの浄化は焼け石に水状態でした。神殿も国も打つ手がなく、今、この国の民は縋るものもなく望みも持てず、ただ漫然といずれ来る死を諦念を持って受け入れているのです。そう続ける神殿騎士に腹が立つ。そんな現実を教えてくれなくてもいい。
彼は私のことをどう思っているんだろう?きっと今の言葉は私を追い詰めるためではなく、純粋に感謝の心の表れだと思う。王家がきっと慈悲深い聖女だの救世主だの持ち上げて、民に希望を与えているんだろうけど私はそんなんじゃない。ということをこの神殿騎士は知らない。
ああ、聞きたくない。私はたいして善良な人間ではないけれど、さすがにそんな話を聞かされると心が痛む。
ダメ。考えない。私の目標は日本に帰ること。亮君のところに帰ること。この世界の事情、この国の民の苦痛の為にそれが移ろうことはない。
神殿騎士の言葉を実行犯はどんな気持ちで聞いている?私が日本に……亮君の所に帰るためにいやいや聖女をやっていることを知っている実行犯。忸怩たる思いなのか私が働くことを当然だと思って頷いているのか。
どちらだとしても見たくないから見ないけどさ。
神殿騎士と話し合い、結晶のほうを聖水晶、粒のほうを聖粒子と名付けた。話し合ってと言っても、提案してきたのは神殿騎士で私は頷いただけだけど。今までなかったものなら名をつけるべきだと言われてもどうでもいいやと丸投げした。
名前が長いし仰々しいので、クオーツ、グレインと呼ぶと言ったらそれでいいと言われた。
実行犯は蚊帳の外だったのが面白くないのか、聞えよがしに舌打ちして文句をつけてくる。
「たった一度検証したくらいでまだ有用性もはっきりしていないのに先走りしすぎではないか」
「そうですね、勇み足かもしれません」
神殿騎士は後ろを歩いていた実行犯のほうを振り返ることなく言う。
「ですが、立ち止まっている時間は一秒でも惜しいのですよ、魔導士長。何の手立てもなく死に向かう民のことを思えば、勇み足どころか走り出したいくらいです。……聖女様に負担をおかけすることは心苦しいのですが、どうぞお力をお貸しください」
いや、負担というか、私が少しでも楽をするために作ったものだから、どうぞいくらでも使って欲しいよ。
神殿騎士の言うことが尤もだと思ったのか、実行犯はまたも舌打ちをしたけれどそれ以上文句は言わなかった。