召喚された男たち (後編)
「せんせー、さようならー」
「はい、さようなら、気をつけて帰りなさい」
元の世界で魔導士長と呼ばれていた男は、帰る生徒が手を振るのに頷いた。顔は整っているのににこりともしないのが残念だ、女性にも男性にも興味が無いらしく誰が誘ってもなびかないと噂されている。
教材をまとめて、男は窓の外を見た。
見事な夕焼けが男の目に映った。
「私は、死ななくて良かったのだろうか……」
召喚されてから10年。男は折に触れてこの世界に来た時のことを思い出していた。
◇◇◇
「おお……成功した……召喚に成功したぞ……」
「賢者よ、招きに応じてくれたこと、心より感謝する」
招きか……。と男は嘆息した。
否も応もなく召喚しておいて「招いた」と、そういえば自分も言っていたような気がするな、と。
召喚をした人間はみな同じように言うらしい――そう自嘲した。
「頼む、陛下を救ってくれ、賢者よ」
「原因不明の病で床についておられるが、意識を取り戻さず一年の長きにわたっておられ……」
「王妃殿下も王太子殿下も陛下が倒れる前と同じ症状がでており……」
「人殺しの咎人に救いを求めるとは」
「えっ」
「人殺し……!?」
「賢者ではないのか」
男は語った。
元の世界で自分も異世界の人間に救いを求めて召喚を行ったことを。
成功したのは最初の一度きり。その後は幾度試そうと異世界人は現れたと思うと消えていったこと。
最後に召喚したときの失敗。自分が招いた人の無残な姿。
失神していた時分はその目で見ていない筈なのに、寝ても起きてもその姿が浮かび恨み言を聞いた。
そして召喚に関わったものが順に召喚されたらしいこと。
唯一召喚に成功した聖女が「一度異界に縁ができると他所の世界に繋がりやすくなる」と言っていたこと。
「私が言えた筋合いではないですが、安易に召喚に頼るのはやめたほうがよろしいかと」
そう言った男に、彼を招いた者たちが痛ましげなまなざしを向けた。
「賢者様の世界ではそうなのですね……。この世界において召喚による事故も、召喚者が別の世界に呼ばれることも報告は一例もありません」
確かに、自分がいた世界でも聞いたことはなかったと男は考える。
「お辛い思いをされたのですね、賢者様」
「いや、私は賢者などでは……」
「召喚・界渡りというのは、上から下へは容易なのです。水が高きから低きに流れるように。上位の界との境に亀裂を入れれば下の界に落ちてくる。逆に、いかに亀裂を入れようと下から上に上るのは難しい。賢者様も召喚をなさったことがあるとおっしゃるのでご存じでしょうか、そういう理由で召喚は成し得ても送還は難しい」
男は頷いた。
界の上下という概念はなかったが、送還に関しては同意だった。
「賢者様、どうかこの地に根を下ろして下され。後悔も苦しみも消えることはないかもしれませんが、それでも人は生きれる限り生きねばならないのです」
死んで楽になろうと思うな。
男はそう言われた気がした。
「私の足元に召喚陣が浮かんだとき……」
「はい」
「報いが来たことに安堵したのです。私が殺した相手に謝ることもできないほどの罪を、命をもって贖うことができるのだと」
「はい」
「だというのに、私は生きている」
「はい。この先、どれだけ人の命を救っても失われた命は戻りません。ですが、己の命を差し出しても、それは同じことなのですよ」
生きていることが既に苦痛になっているのに、まだ生きろと死んではならないと言われ男は項垂れた。
召喚時に死ぬことはなかった。
誰かが殺してくれるわけでもなく、自分で死ぬこともできない。
体が生き続ける限り、この苦しみと向き合うしかないのだろう。
それからこの国の国王を見ると、病ではなく呪いに侵されていることが分かった。男の得意分野である。
「……呪い、ですか。ええ、呪ったものに関しては心当たりはありますが、表立って断罪できるかと言えば答えは否です」
王を呪っているのは、先王の妾だという。王位を譲ったのちに迎えた妾が懐妊。生まれたのは男児であった。おそらく、我が子どもを王位につけたいのであろうと。しかし、それはあくまで推察で証拠はない。妾の素性が定かではないのに、穏やかだった先王が人が違ったように耽溺していることで他の者は口をはさめない。
それでも、引退した王は権限が失われているのだから構わないだろうと思ったところに、現王の病ときた。
王が倒れて一年。代理として政務をこなしているのは先王である。幸いにも頑健で病知らずの先王がいたからこそ国が倒れずにいられるのだ。しかし、そもそも王が倒れたことが妾の策略であったなら……?
「呪いを消すことも返すこともできますが、どうしますか?」
「返す?」
「ええ、呪詛返しと言いまして、行使された術をそのまま相手に返すことができます。なんなら倍返しも」
呪詛返し、そして呪詛の倍返しは聖女の発案で出来た魔術だった。
それまでは解くものであった呪いを「術者に背負わせればいい。なんならおまけ付きで」と言った時の聖女の顔は、とても聖女らしいとは言えなかったと男は思い返す。
――いや、彼女が”聖女らしく”あったことはなかったか。
勝手に攫って無理に押し付けた聖女という役割をこなしてはいたが、想像の聖女らしさは欠片も無かったと、勝手な押し付けをしていたと男は自嘲する。
――ならば、賢者と呼ばれた私はどうしたら良いのだか。
「そう……ですね。ええ、そうです。術は術者に返しましょう。賢者殿、よろしくお願いいたします」
いい笑顔で言われたので、相当うっぷんがたまっていたのだろうと男は思う。倍返しでなくていいのかと男が聞くと、三倍はダメですかと返される。
術が本人に返るために証拠の必要性も冤罪が起きることもないのが呪詛返しの便利なところだ。
結果、呪詛を希望通り三倍にして返し先王の妾は倒れ、現王は目を覚まして回復傾向にある。流石に一年も伏していたためにすぐに元通りとはいかなかったが、時間をかければ本復するだろう見通しだ。
妾を失った先王は萎れるかと思いきや憑き物が落ちたように元の隠居生活に戻ったという。
召喚された男は願いを果たした。
「帰る方法はないし、帰りたいともとくには……」
これからさてどうしようとなったとき、男は自分が何をしたいのか分からずにいた。
「賢者殿、あなたの知恵を我が国に頂戴するわけにはいきませんか?」
「知恵というほどのものは持っておりません」
「ご謙遜を。違う界からいらした……いえ、我々があなたを攫ったのですが」
「ああ、その件はもういいんです。召喚されたことでほっとしている自分がいましたし、あのまま国にいても立ち直れませんでしたから」
今でも立ち直っているとまでは言い難いが、願われた使命を果たし人の命を救ったことで心がすこし楽になったと男は言う。
「界が違えば習慣も常識も知識も技術も思想も違うでしょう?あなたにはこの国を知ってもらいたいし、私たちはあなたのことが知りたい。そのうえでこの世界に有益な知恵を授けていただきたいのです」
少し考えさせてくれと男は言い、相手も頷く。
男が思うのは、聖女の知識や発想力を欲しがった祖国とこの国の申し出との違いだ。
自分たちは聖女を「使う」つもりで、それが儘ならなくて次の召喚を行った。聖女を一個の人間として見ていなかった。それに比べてこの国は自分を尊重し意見を聞き、判断を委ねてくれる。
――私たちは間違っていた。
男は自分で力になれるならと熟考の末に提案を受け入れた。
この国のことを学び、自分の知識をどのように生かすか議論を重ね、国立の学校に教師としてはいった。
子どもたちに教育を施し、国の重職についている者たちと討論を重ね、目まぐるしく変化する生活に追われて気が付いたら召喚されてから十年もたっていた。
「私は死ななくて良かったのだろうか」
男のつぶやきを聞く者はいない。
誰かがその言葉を聞けば、自分の都合のよい答えが返ってくるのが分かっているから、男は自分に対して問い続ける。
「生きていてもいいのだろうか」と。
◇◇◇
「気が済んだか?」
神霊獣が界覗きを終えた私に聞いてくる。
「ん?気が済むも済まないもないよー。誘拐犯たちを飛ばした時点で返礼は済んでる。その後のことは、あいつら次第だと最初から思ってたよ。見るのは只の暇つぶし」
「そうか」
「うん。召喚先も色々なら召喚された人間も色々だなぁと思って。私含めて、だけど」
「それはそうだろう」
「うん、そうだよねー」
主犯は貧民窟でみじめな生活を送っている。
王子はなぜか界を転々とさせられている。
実行犯は誘拐犯の中では一番穏やかに過ごしている。
私はもう彼らに干渉はしない。ただ、時折り覗いて暇をつぶしているだけ。
ここでたゆたいながら。
これにて、番外編も完了です。
読んでくださってありがとうございました。




